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約束  作者: 日下部良介
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2.

2.


 翌朝、祖父たちの話声で目が覚めた。私はゆっくりと体を動かしてみた。動く…。昨夜のことはきっと夢だったのだろう。そう思うと安心した。ところが耳に入って来た話の内容に私はハッとした。

「竹山さん所の娘が夕べ川に流されて亡くなったんだと」

「でも、なんでまた昨日のようなひどい雨の日に川になんて行ったんだろうか?」

「わからんなあ。河童にでもさらわれたんじゃねえのか?」

 私は布団から抜け出ると、広間の方へ出て行った。

「おはよう」

「おう、美子ちゃん起きたか…」

 挨拶を返してくれた祖父の顔色が変わった。それを見た父と母が私の元へ飛んで来た。

「美子!これはどうしたの?」

 母が私の首に手を這わせながら聞いてきた。

「これって?」

 私がそう答えると、母が鏡を差し出して私を映してくれた。私の首には二つの小さな手の形をしたあざが付いていた。夢ではなかった。私が約束を破ったせいであの子は死んでしまった…。雨の中、あの河原で、たった一人で待っていたに違いない。

「私のせいなの…。私のせいで死んじゃったの…」

「何のこと?」

 私は釣りに行った日に女の子と出会って一緒に遊んだこと、次の日も同じ場所で一緒に遊ぶ約束をしたこと、でも、そのことを忘れてしまって約束を破ったこと、昨夜、布団の中でその子に首を絞められたことを話して聞かせた。

「良く話してくれたな。でも、大丈夫。美子のせいじゃないから」

 父はそう言って私を抱きしめてくれた。

 首のあざはすぐに消えた。念のため、お祓いなどをしてもらったのだけれど、その効果があったのかどうかは定かではない。


 その翌年は私が怖がったので母の実家へは行かなかった。けれど、母はお墓参りがあるからと言って、一人で実家に帰った。父は私を元気付けようと遊園地やプールに連れて行ってくれた。それはそれでとても楽しかった。普段は仕事でほとんど家に居ない父との二人きりでの生活は新鮮で面白かった。父が作ってくれた食事はことのほか美味しかったし、父が料理することをこの時初めて知った。夜は父の部屋で一緒に寝た。

 その日の夜は急にエアコンが故障したため、暑くて寝苦しかった。なんだか息苦しくて私は父の腕にしがみついた。父は私の方に向き直ると団扇で風を送り続けてくれた。ようやく寝付けそうになった時、耳元で囁くような声が聞こえてきた。

「あ・そ・ぼ・う…」

 同時に、誰かが私の肩に手を掛けた。その手はとても冷たかった。そして、小さかった。あの時と同じだった。体が動かないし、声も出ない。

「お・い・で…」

 私の目の前に女の子の顔が現れた。その顔はまさしく、あの時の女の子だった。女の子は強い力で私をどこかに引っ張り込もうとしている。私は必死で父に助けを求めた。けれど、動くことも声を出す事も出来ない。だから祈ることしかできなかった。私の祈りは父に届いたようだ。父は私の手を取ると、私を引き込もうとしているものに対峙した。枕元に置いてあったライターを灯すと、何やら呪文を唱えた。すると女の子は一瞬で消えてしまった。私はそのまま眠りに落ちた。


 翌朝、私の体には小さな手の形をしたあざが数か所残っていた。あの時と同じようにあざはすぐに消えた。その後、女の子が出て来ることもなかった。

 一年前のことがあって、父は寺の住職から悪霊を追い払う方法を聞いていた。けれど、それはその場しのぎのものでしかなかった。今回はそれが役に立ったのだけれど、根本的な解決にはならないのだという事も知っていた。


 その日のうちに父は私を連れて母の実家に赴いた。

「あら、結局、来たのね」

「どうやら美子に悪霊が憑いているみたいだ」

「まさか!あの時、お祓いしてもらったのに…」

「それだけじゃあ、ダメだと言う事さ。ちゃんとあの子の霊を鎮めないと…。今から寺に行って来るから美子を頼む」


 父は寺の住職とあの河原に来ていた。

「確か、ここだったかな」

「娘の話だとこの辺りで間違いないと思います」

 住職は目を閉じて神経を集中させた。すると、河原の縁でたたずんでいる女の子の姿が見えてきた。

「何をしておる?」

「約束したの」

「ここはお前の居る場所ではないぞ」

「あの人は嫌い」

 女の子はそう言って父を指差すとその場から消えてしまった。住職は父を振り返った。

「お前さんにも見えていたかのう?」

「ええ、私が二度、あの子から娘を引き離したので嫌われているようですね」

「おそらく、あの子はここから離れられないのじゃよ。約束が果たされるまで、ずっとここに居続けるしかないのじゃよ」

「しかし、娘の前に現れたんですよ」

「二度とも夜中じゃったろう?最初はあの子が亡くなったその瞬間じゃ。二度目は同じ日の同じ時間だったはずじゃ」

「そう言われれば、確かに」

「おそらく、あの子は亡くなった日の亡くなった時間にだけ娘さんを連れて行くことが出来るのじゃ」

「それなら、娘は来年までは安全なんですね。それまでにあの子の霊を鎮めることが出来れば…」

「まさに、その通りなんじゃが、そう簡単にはいかんのだよ。霊を鎮めるには約束を果たさなければならんのじゃ」

「えっ?じゃあ…」

「そうじゃ!あの子と娘さんをここで遊ばせてやらなきゃならん。それはあまりにも危険極まりない。せめて、娘さんにあんたくらいの能力が備わっておればのう…」






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