↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7秒  作者: Moaad Abu al-Qasim
PR
5/5

補足

「ねえ、ユウト……知ってる?」


サヤは低く、途切れがちな声で話し始めた。彼女の瞳は、紅茶のカップからゆっくりと立ち上る薄い湯気が描く輪を追っていた。


「私がこのカフェに通い始めたのは、九歳の頃なの。ここはもともと、私の両親が営んでいたカフェだった……。


あの頃の私は、この世界がどれほど残酷なのか、何も知らなかった。


二人は一日中ここで働いて、できる限りの努力をしていた。


贅沢な暮らしをするためでも、もっと良い生活を手に入れるためでもなく……ただ、自分たちには関係のない借金や税金を返済するためにね」


彼女はしばらく言葉を止めた。まるで、過去の砕け散った記憶を拾い集めているかのようだった。


そして、長い年月に押しつぶされたような声で話を続けた。


「最初、このカフェは祖父のものだったの。お父さんは祖父と一緒にここで働いていたけれど、祖父は亡くなってしまった。


お父さんには兄弟がいなかったから、このカフェと祖父が住んでいた古い家を相続したの。


でも……祖父には、たくさんの借金があった。


祖父はそのことをお父さんに話していなかった。お父さんは何も知らなかったの。


祖父が亡くなって二週間ほど経った頃、お父さんは家の郵便受けに入っていた一通の手紙を見つけた。


その手紙の内容について、わざわざ説明する必要はないでしょう? 何が書かれていたのかは明らかだから。


お父さんはひどく衝撃を受けた。借金の額があまりにも大きかったの。


それからお父さんは、祖父が残した借金と滞納していた税金を返すために働き続けた。


でも、カフェの仕事だけでは返済しきれなかった。


そのせいで、借金の一部を返すために家を売らなければならなくなったの。しかも、お父さんはカフェまで売ろうと考えていた……」


彼女は冷めた紅茶を少し口に含んでから、話を続けた。


「でも、お母さんが必死に止めたの。


『このカフェを売ってしまったら、私たちには寝る場所すらなくなってしまうわ。ここは私たちに残された唯一の収入源なのよ。絶対に売ってはいけないわ』


そう言ってから、お母さんは私を見つめ、さらに続けた。


『この小さな女の子に何の罪があるというの? この子を路頭に迷わせるつもりなの? 私たち、犬みたいに路上をさまようことになるのよ!』


……お母さんの言葉は正しかった。


お父さんは完全に絶望していたの。家とカフェを相続したのだから、これからは幸せに暮らせると思っていたのに……たった一晩で、すべてがひっくり返ってしまった。


結局、私たちはこのカフェに残った。


ここが、私たちの住む場所であり、唯一の居場所になったの……」


彼女の声は悲しみに締めつけられるように細くなり、言葉が喉につかえていった。


「私が十四歳になった頃、私もこのカフェで働き始めた。


お父さんは病気のせいで、もう働けなくなっていたの。お父さんは毎日何時間も必死に働いて、祖父が残した借金を少しずつ返していた。


そして、その二か月後……お父さんは亡くなったの」


彼女の瞳に涙が浮かんだ。それでも、今にも崩れ落ちそうな震える声で話を続けた。


「私とお母さんだけが残された。


私たちが何とか暮らしていけるように、お母さんはいくつもの仕事を掛け持ちして働いた。


そして最後には……私が十八歳のとき、お母さんも亡くなったの。


それ以来、私は一人でこのカフェを切り盛りしてきた……」


彼女はそう言い終えると、頬を伝う涙を止めることができなくなった。もう、それ以上の言葉を紡ぐこともできなかった。


その間、ユウトはただ黙って彼女を見つめていた。


「……泣かないで、サヤ。泣くようなことじゃない」


俺は静かに口を開いた。


「人生はあっという間に過ぎていく。俺たちが想像するよりも、ずっと速くね。


俺たちは、この世界をほんの一瞬だけ通り過ぎていく存在にすぎない。俺たちの寿命だって、自分たちが思っているよりずっと短いんだ。


サヤ……君は、自分の高祖父のことを知っているか?」


「……え?」


「彼がどんな人だったのか、考えたことはあるか?


そもそも、名前すら知っているのか?」


俺は少し間を置いてから、静かに続けた。


「彼はもう、忘れ去られた存在なんだ。


俺たちもみんな、同じ道をたどる。


時が経てば、誰も俺たちのことを覚えていなくなる。


まるで、最初から存在していなかったかのように……忘れられてしまうんだ」


ユウトの言葉はサヤの心に深く突き刺さった。


彼女はその場で凍りついたように動けなくなり、彼の言葉を頭の中で何度も繰り返した。


そして、その考えがどれほど恐ろしいものなのか、ようやく理解した。


俺は誰かを慰めるのが得意ではなかった。


静かにシャツのポケットから清潔なハンカチを取り出し、彼女に差し出した。


「……涙を拭いて」


彼女はわずかに震える手でそれを受け取り、そっと涙を拭った。


彼女の目は赤く腫れ、すっかり疲れ果てていた。


サヤはさらに声を落とし、胸の奥に埋めていた暗い秘密を打ち明けるように話し始めた。


「お母さんが亡くなってから一年後……私はもう、ここで生きていくことができなくなっていた。


人生がどんどん息苦しくなって、もう何もかも耐えられなくなってしまったの。


そして、すべてから解放され、何もかも置き去りにするための方法は……一つしかないと思ったの……」


彼女が言葉を言い終える前に、カフェのベルが鳴り、静寂が破られた。


一人の客が、力のない足取りで店内に入ってきた。


「ごめんなさい……ちょっと行ってくるね」


サヤは急いでそう言い、席を立った。


そして、俺を沈黙の中に残し、一人でその場を離れていった。


ぼやけた顔の下で、ユウトの目はわずかな驚きに見開かれていた。


何か似たようなことを思い出しかけた気がした。だが、それが何なのかは分からなかった。


記憶は、彼の顔立ちと同じように、曖昧で混乱したままだった。


サヤは去っていった。


そして、俺だけがその場に取り残された。


――――――――――――――――――


午後十一時四十七分


ユウトはソファに座り、火のついたタバコを手にしていた。


サヤの頬を涙が伝っていた光景を思い返す。


彼女が口にした言葉も、はっきりと覚えていた。


まるで、自分にも何か同じようなことが起きたことがあるかのようだった。


「ああ……くそ。何も思い出せない……。サヤは一体、何を言おうとしていたんだろう?」


――――――――――――――――――


午前八時……


いつものように、俺は目を覚ました。


体はふらつき、まるで酔っているかのように重かった。どうしようもなく、もう少し休みたいという気持ちが込み上げてくる……。


俺は苦労しながらベッドから起き上がり、重い足取りで浴室へ向かった。


蛇口をひねり、冷たい水で顔を洗って眠気を覚ます。それから、無気力に歯を磨いた。


顔を上げ、鏡を見つめた。


そこには、確かに俺の顔が映っていた。だが……。


四年前から、俺は一度たりとも自分の顔の輪郭を見たことがなかった。


目の前に映る、ぼやけた空虚な姿をじっと見つめる。


……一体、いつまでこんなふざけたことが続くんだ?


俺は長い間、鏡を見つめ続けた。


そこに見えるのは、ただ動いている影だけだった。


それから浴室を出て、自分の部屋へ向かい、出かける準備をした。


――――――――――――――――――


数分後


俺はカフェへ降りていき、明かりをつけ、窓のカーテンを開けた。


外は曇っていた。空は憂鬱な灰色に染まっている……。


「ああ……雨が降りそうだな」


俺は心の中でつぶやいた。


扉を開け、床を拭き、窓やテーブルをいつものように淡々と掃除した。それからコーヒーと紅茶を用意し始めた。


しばらく静かな時間が続いた。まだ客は一人も来ていなかった。


そのとき……扉が開き、一人の青年が入ってきた。


短い黒髪に、少し鋭く、それでいて美しい目。目の下には薄い隈が浮かんでいた。身長は平均より少し高いくらいだった。


彼を見るたびに、私の心臓は少しだけ速く鼓動する……。


「おはよう、サヤ」


彼は穏やかで、聞いているだけで安心するような声で言った。


「おはようございます、ユウトさん」


彼は穏やかで優しい笑みを浮かべながら頷き、何も注文せずにお気に入りの席へ向かった。


彼はずっと前から、このカフェに頻繁に通ってくれている。


でも、最近の彼には何か違うところがあるように感じていた……。


悪い意味ではない。


まるで、ずっと彼の肩にのしかかっていた重い荷物を、ようやく下ろしたかのようだった。


彼の穏やかな笑顔を見て、以前の彼のことを思い出した。


昔の彼の顔には、いつも苦しそうな表情が浮かんでいた。


けれど今は……まるで別人になったかのように感じる。


私はそんなことを考えながら、ずっと微笑んでユウトを見つめていた。


一方、ユウトは困惑した様子で私を見ていた。何が起きているのか分からないようだった。


そして、私は突然、自分の状況に気づいた。


「えっ……えええっ!? 私、ずっと彼を見つめていたの!? 全然気づかなかった……!」


「ご、ごめんなさい!」


「ああ……私、変な人みたい。まるで頭がおかしいみたい……」


「ははは……気にしなくていいよ」


私は慌てて彼から視線をそらした。


ああ、もう……顔が熱い!


私はおそるおそる紅茶のカップを手に取り、急いで彼のもとへ向かった。


何も言わずにカップを彼の前に置き、すぐさま踵を返して戻ってきた。


彼がそのときどんな表情をしていたのか……私には確かめる勇気すらなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

もし物語の雰囲気やミステリーを楽しんでいただけましたら、今後の励みになりますので、ぜひ「★★★★★評価」や「ブックマーク登録」で応援していただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。