再出発 2
(なぜだ……?)
ブレントは茫然と粗末な椅子に座っていた。
憲兵隊の牢に収容されて、十日が経っていた。貴族院の地下牢よりずっと粗末で、食事も肉の脂身で味をつけたスープと、パンが二切れだけだ。帯剣することはおろか、上着を着ることも許されない。着たきりのシャツからは、嫌な匂いが漂っていた。
最初は大声をあげ、出せと騒いだ。けれどすぐに憲兵がやってきて、無言で剣を突きつけられた。本当に殺されるのだ、とわかって、身体中ががくがくと震えてしまい、それきり声をあげることができなくなった。
しばらくして、貴族院で正式に訴追が決まったと告げられ、過酷な取り調べが行われた。主にミミのいた酒場の主人に、何を話したのかについて問われた。ブレントが酔いに任せて話したことは、全て隣国へ漏れていて、第二騎士団の弱点は簡単に突かれる状態になっていた、と聞かされ、机を殴りつけたいのをこらえた。
(まさかあの主人が、間諜だったとは……!)
気になるのは、ミミのことだった。それとなく憲兵に聞いてみたが、鼻で笑われた。
「ストックポート伯爵家の領地で、不正があったのだろう? 首謀者は捕縛され、処刑されたと聞いている。その女も処刑されたのではないか?」
アデレードはミミを処刑したのだろうか。自分と恋仲だったと知りつつ処刑するとは、いかにもアデレードのやりそうなことだ。牢の中でぎりぎりと歯ぎしりをした。
その後も取り調べは続き、やがて牢から出された。後ろ手に縛られたまま、裁判所へ連れていかれる。アデレードの不貞を訴えた法廷ではなく、重罪人を裁く石造りの法廷へ連れていかれた。すっかりやつれた両親と兄も、同じ部屋の中にいた。
「ヘレンズ伯爵家は、爵位と領地を剥奪する。そして、ブレント・フィリップ・ヘレンズは、北部の鉱山へ流刑とし、身分を奴隷に落とす」
ブレントは一瞬声を失った。鉱山へ流刑とされるだけではなく、奴隷に落とされるとは、あまりに重すぎる判決だ。
我を忘れて、そのまま叫び出した。
「裁判長! どうか私の話を聞いてください! 私は、嵌められたのです!」
「ブレント! これ以上罪を重ねるな!」
ヘレンズ伯爵がブレントを諫める。だがブレントは、叫ぶのをやめなかった。
「私は、私は、嵌められたのです! ストックポート伯爵とアイルズベリー侯爵と、アデレードに! あいつと婚約さえしなければ……! 私は、ミミと家を構えて……! 畜生!」
ブレントは憲兵隊に取り押さえられ、激しく殴りつけられた。あっという間に顔が腫れあがる。ブレントはさすがに言葉を発することができなくなり、そのままぐったりとなってしまった。
裁判所から引きずり出され、奴隷用の荷馬車に乗せられる。荷馬車がガタゴトと動き出し、大路を進んでいく。と、見覚えのある顔が目に入った。
「ミミ! ミミ!」
ミミが質素な服装をして、ブレントをじっと見ていた。
「ミミ! 助けてくれ!」
だがミミは顔をそむけ、荷馬車から離れていった。御者が「うるさい!」と怒鳴り、馬用の鞭でブレントを叩きのめす。
「ぐっ……!」
ブレントは荷馬車の床に倒れ伏した。ミミの姿はもう見えない。そのまま荷馬車は王都を出て、北へと向かっていった。
「第二騎士団長であったブレント・フィリップ・ヘレンズが、間諜に情報を漏らした罪で奴隷に落とされた」というニュースは、しばらくの間王都をにぎわせていたが、やがて人々は新しいニュースに気を取られてゆき、ブレントの名前は忘れ去られた。
その後のブレントのことは、よくわかっていない。数多くいる奴隷たちと同じように遇されて、生涯を鉱山で過ごしたものと思われる。




