18話 大将とラーメンを考える4
椅子に座り、あの日の事を語る大将は――どこか寂しそうでもあった。
「それで何年も修行を重ねて……まぁ色々あって、親方に認められて独立の許可を貰ったんだ。レシピもその時に渡された」
「カンナさんは親方さんの娘さんなんですよね」
「その時に面倒を頼むって、親方に頼まれたんだ」
「……兄弟子さんはなんで出て行ったんですか?」
「――ずっとガンドル兄さんは、親方の汁そばに不満を持っていた」
両手を組み、遠いあの日を見るような顔をする大将。
「不満?」
「親方の料理が世間に評価されるほど、客層も変わって行った。店も城下町の一等地に移転して、金持ちや料理評論家が多く来るようになった。そうしたお客相手に合わして、料理も変わっていったんだ」
より高級な素材を。
より見栄えがよくなるように。
より上品な味になるように――そうやって繰り返す内に、当初の親方のそばからは、ほど遠くなっていった。
「でも俺が最初食った頃より、味はずっと美味しくなっていった……その時、なんの疑問もなかったし、それは間違ってないとも今でも思っている」
「客層に合わせて高級路線になってしまった事を、兄弟子さんは許せなかったのですね」
「ああ――」
「……それで親方さんは、」
「――通り魔に刺されて死んじまった」
大将は目を瞑り、組んでいる腕に力が入る。
「えぇ!?」
「犯人は、親方の成功を妬んでいた同業者だった。オーガ風情が、料理で成功しているのが気に食わないと……さすがに俺もキレて犯人を直接ブン殴らせろと、騎士団の留置所へ襲撃かけようかと準備していた――」
「え、やったんですか?」
それが本当なら、大将は無事では済まなかっただろうが――。
「いや。その前にカンナにバレて、その場でボコボコにされて1週間病院のベッドで過ごした」
「えぇ……」
思わず声が出てしまう。
しかしあの勝気そうな彼女の姿を想像すると――納得は出来た。
「でもまぁ、その時にカンナが一緒に居てくれたおかげで、頭の血も下がったわ」
「ほぉ……その後、お二人は結婚したんですか」
「まぁ、な――」
大将は照れくさそうに頬をかく。
「いつもカンナには仕入れとか金勘定とか、そういうのをやって貰ってる……本当に助かってる」
「……」
「話が長くなっちまったが、これはその時から受け継いだ親方のらーめんのレシピだ。それで俺が引っ掛かったのは、スープの事だ」
「スープ?」
「今言ったように親方のらーめんは高級志向になっていったが……俺が屋台を出すにあたって、色々元の状態に戻すついでに、改良も加えた」
使うコカトリスや野菜は標準的な品質のものを。
鳥の油は入れてなかったが、コッテリ感を出す為に追加。
本来はコカトリスのチャーシューが入っていた所も変えた。
「それを安く仕入れた魔獣の肉で特製チャーシューにしたんだ。分厚くて食べ応えのあるから、市場で仕事帰りの客も喜んでくれるじゃないかって」
「やはり仕事帰りに寄るような店では、食事満足度が高い方がいいですよね」
「ただある時、昔の親方の常連だったっていうお客さんが来たんだわ。それでこう言った」
『これも美味いけど、親方のスープはもっとトロみがって、凄い濃厚だったよ』
「トロみがついて濃厚?」
「俺の知ってる親方のらーめんは、もう今みたいな澄んだスープだった。だから、聞いたんだ。そしたら――」
『親方さんの事は残念だったねぇ。20年くらい前はよく、ここの市場の近くに店があってね。そこでよく食べてたんだ』
「つまり。親方がもっと若い時のラーメンは、今と全く違うものだったと?」
「ああ。ただ、そのお客さんが言うには、前からコカトリスを使った自慢のスープだったって話してた。その時は話半分に聞いてたんだが……」
「同じコカトリスのスープなのに、昔のはトロみと濃厚さが格段に上だった……」
大将は組んでいた腕を離し、自身の両膝を打った。
「もしそれを再現できたら……この店の限定メニューとして、新しく出せるんじゃねーかな」
「うーん……」
ここで考えても眠気の強い頭では、新しい考えも思いつかない。
ひとまずは、ここで解散となった。




