17話 おじさんと魚を釣る2
先ほどの場所からおよそ1時間ほど樹海を歩き、とある渓流へとやってきた。
向こうの方に見える大きな滝から繋がっているその河は、静かな心地良い水の流れる音が聞こえてくる。
「ここは樹海の獣達もよく集まってくるのぉ……しかし、むやみやたらと騒いだりしなければ、獣達も襲ってきたりはせぬからな。注意せよ」
「分かりました」
「……ここにクイーンマウンテンの主が居る訳か」
「うーん、まぁそうアルヨー。この辺りは浅いから、向こうの岸辺りで釣るといいネ。ワタシ達は、反対の岸で釣ってるヨ」
「奴は気まぐれじゃからな……どこかの流れの中に居るはずじゃ」
「釣るエサはどうしましょう。詳しくないんで一応、ルアーとかはありますけど」
「ふむ――疑似餌か。良かろう――ぬんっ」
老人が派手な色をしたルアーに何かを念じると、ルアーが薄く輝きを放つ。
「これは?」
「なに、ちょっとしたおまじないじゃ……ではリーエン、行くかのぉ」
「あいヨー」
2人は反対側の岸へと向かって行った。
「では、私達も釣りましょう」
「うむ」
こうして俺とオルディン、リーエンと老人の2チームに分かれての釣りとなった。
スマホに入れてきた初心者向けの釣り解説動画を見ながら、釣り竿の準備が整った。
竿を振り、ルアーは弧を描き――着水。後は待つだけだ。
「ふんっ」
オルディンが振るうと俺よりも遠くに着水した。
重りが水面に揺れ、それを静かに眺める――。
「……それで、先ほどの話の続きだが」
「あぁ。どこまで言いましたっけ……そうだ」
部下の人達に振舞う料理の話だ。
「……日本語で真意を伝える事を“腹を割って話し合う”と言うんです」
「……それはもちろん、実際に己の腹を切り裂いて話す――訳ではないのだろう?」
「もちろんです。しかし、今回はそれに因んだ料理を考えるんです」
「ほお」
「さっきも言いました通り、日本では何かを伝える時に、料理や食材に真意を込める事もあります。今回は――」
「腹の中を見せる……か」
オルディンは思案するように、自身の顎を撫でる。
「腹といえば内臓。内臓と言えばホルモンを使ったモツ煮とかどうでしょう。材料を入れて根気よく煮込む料理です」
「ふむ……ではこの川魚の釣りは無駄か?」
「いえ……先ほどリーエンさんの言ったクイーンマウンテンという魚。恐らく、私の予想が合っていれば……」
ここで。ただ水流だと思っていた重りが揺れているのに気づく。
「オルディンさん!」
「これは、来たか!」
オルディン側の竿が揺れている――その揺れはどんどん激しくなっていき、沈んだ。
「むッ!?」
釣り糸がピンッと張り、竿が上流の方向へと向かって激しく動く。
「来ましたか! えぇっと、こういう時どうすればいいんだっけ」
スマホを取り出し動画を確認しようとする前に、オルディンは動いた。
「なかなかの手応え――これは、さぞ名のある獲物だ――面白いッ!」
オルディンはニヤりと笑い、全身から黒いモヤのようなモノが出る。
それは釣り竿と、糸を伝い――。
「我が力、とくと見るが良い!」
一気に引き上げる!
水面から飛び出したそれは宙を舞い、太陽の光に当てられ――金色に輝いていた。
「どうだ! 釣ってやったぞ」
オルディンは犬歯を見せながら笑うと、手元に引き上げた川魚を確認する。
その魚は薄い金色のような肌に、濃い茶色のマダラ模様。大きさも80cmほどのようだ。
色も大きさも若干違うが、これは俺も知っている川魚だった。
「これは――ヤマメですね」
「ヤマメ?」
「日本にもいる川魚の一種です。異世界なので大きさなどは大分違いますが」
「ふむ。しかし、あの口ぶりだともっと大きな種類かと思ったぞ。釣ったはいいがこれ1匹では……」
「あっ、私にも掛かりました!」
「むっ。では我も次を――なにっ、もう掛かったぞ!?」
入れ食いのようにゴッドクイーンマウンテン――こと異世界ヤマメを釣り、なんとか予定の数は確保する事が出来たのだった。
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「ふぉっふぉっ。ここは秘境も秘境じゃからな……ここに住んでおる魚は、釣られる事に警戒心なんぞ持っておらん。素人には丁度良かろうて」
老人とリーエンも釣れたようで、網カゴの中には10匹ほど入っていた。
「ここは色んな渓流が合流する一番太い渓流ネ。だからたくさん居たヨ……産卵の時期には、あの滝を登って、山を登る事からクイーンマウンテンって名前が付いたネ」
「へぇ……」
「せっかく釣ったのじゃ。釣った以上は無駄にはできん。ここで食べていくぞ」
「アタシはいくつか煙で燻して保存食にするネ」
「いや、折角の申し出だが……」
「私達にもやる事があるので」
「そうかえ?」
俺とオルディンはこの川魚の入ったクーラーボックスを担いで、ひとまず入って来た遺跡へ戻るのであった。




