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第十八部 二章 好奇心

 6月10日


 View レイラ

 

 今、俺はとんでもない修羅場に巻き込まれようとしている。ダイニングで正座する俺とエイラ、そしてアシュリーの三人、目の前には母さんが立っている。普段でも見上げるようなものだったが影があってその表情を見ることが出来ない。


 そりゃそうだ。仕事でろくに帰れなかったのにようやく帰ってこれたと思ったら家族が一人増えていてそれが普段冒険者が倒しているような魔物に分類されているものなど誰が想像できるだろうか。


 玄関を開けて目の前には娘の2人が魔物でお馬さんごっこをしていたという事実にその場で腰が抜けた母さんを説得しようとしたがその前にこの様な事態になってしまった。


 正直にこれまでの経緯や意見を交えて説明したが怖くて声が震えてしまい最終的には呂律が回らなくなり黙り込んでしまうが、言いたいことは言った。もしかしたら絶縁されてしまうのではないかというのもあって涙が込み上げてくるのを必死でこらえる。


 「…もし、私がこのキョンシーを見たのが拾ってきた直後だったら躊躇いもなく倒していたけれど」


 そこまで言うと母さんは何かを考えているようで「うーん、うーん?」としばらく黙っていると力強く頷くと


 「いいわよ、ごめんね。少し熱くなっちゃって、お仕事の事で色々あって冷静さを欠いていたみたい」


 そう言ってあっさりとアシュリーがこの家の一員になる事を了承して貰えた。その日のうちに父さんも早めに帰って来た。予め母さんから連絡があったものの直接合わせて説明したため少しだけ攻める様な姿勢をしていたがその事を察したのか母さんとは違い渋々了承した感じだった。


 それから数日は仕事がひと段落したお礼にと城から直々に休暇(強制)をギルド全体にくれたお陰でオーガスタ家は久しぶりに家族で食事を食べる事が出来て一家団欒を楽しめた。最初こそアシュリーに警戒していた両親も数日間の間にご飯を一緒に作ったり、部屋の片付け、洗濯物干しから取り込み、畳みまでしてくれる。全部軽く教えただけなのにすぐ覚えて、料理の腕前も追いつかれそうで頭の中がかきまわされる気分を味わった。


 ~オーガスタファミリーとアシュリーの会話記録の一部抜粋~


 レイラの場合

 

 「…うん、全問正解だね」

 (小1から小3の問題を記憶から何とか掘り起こして出したけど全問正解か…キョンシーとは言え脳まで硬直していないって事か)


 「あ、りがとう?」


 「うん、言葉遣いも随分と良くなったね、レイラも教えた甲斐があったよ。さて、お風呂入ろうか、死後硬直で身体が固まりやすいんだからあったまって体操しよう」



 エイラの場合


 「アーリちゃん、このステージ難しいから手伝って~」


 「アシュリー、です。私は…アシュリー」


 「いいじゃん、あだ名で呼び合う友達いないんだから~…うん、ともだちなんか……ともだち…なんか…うぅ…」


 「……どのステージですか?」


 「このクエスト、やけに硬いのこいつが」


 「突進攻撃の後に膝裏を攻撃するとダウンして防御力が一時的に下がります。その間に頭に叩き込むと更に防御力がクエスト中下がったままになります」


 「ほんと!?」


 「協力プレイしましょう」


 

 アリアの場合


 「まさか敵対的じゃない魔物を2回も見るなんてね。こっちの方が可愛いけど」


 「…」


 「はぁ…レイラにお勉強を教えてもらってる。目の保養になるわぁ」


 「……?」


 ゲンブの場合


 「パパ…お醬油、使う?」


 「あ、あぁ」


 「オシゴト…たいへん?ワイン飲む?」


 (良い子じゃないか、大切にしないとな)


 こうしてオーガスタ家は割とアイシャに心をすぐに許した。後日、アリアが消臭剤(飲み薬)を持って来た結果、微かに放っていた腐敗臭が無くなった。


 6月15日

 View Change リラ


 ザァァ、という外の音に耳を傾けながらパソコンを見ている。今日は大雨、この世界でも梅雨の季節は変わらず6月の中旬が一番雨が多い季節だ。


 この世界に来てからは雨を見ていないからか、新鮮な感じがする。窓から外を見ると警備中の兵士がレインコートを来て巡回しているが一歩歩む度に靴の中から水が噴き出す、既に彼の靴には水が多く染み込んでいるのだろう。


 「この雨じゃ、魔法をかけてもすぐに入っちゃいます」


 雨はとても強く風がバンバンと窓をたたいて風の音も聞こえる、ついさっき何かが割れる音がしてそこに向かったら飛来物が窓を破ってガラスが飛び散っていた。それが一度や二度ではなくいろんな所で被害があったのだという。今まで雨がなかったから油断していたというのもあるのだろう。魔法で防護するのを疎かにしており、予報があったとはいえ予想以上の大荒れでその影響が何十枚もの窓ガラスがお亡くなりになった。


 唯一無事な所は中心のエリア1~3だろう。そこは常に防護結界が張っており、内部以外からの自然現象、及び砲撃などの攻撃すらも耐える強度を誇っている。


 「今はまだ大丈夫だろうけど、後長くても2時間続くんならいろんな所で冠水しますね、港は大丈夫でしょうか」


 自室にはテレビは無くパソコンのみ外の情報を知るにはこれ以外には無い。テレビは城の中では限られた場所にしかなくエリアの休憩所それぞれに設置されている。それ以外には権力者の自室、財務大臣や部署のお偉いさんのプライベートルームにしか設置されていない。


 その理由はテレビが多いと仕事よりそっちの方を優先する人が多いため、仕事と娯楽の切り替えを自身で管理する力をつけてほしいと言う意思表明だという。


 言いたいことはわかるが、パソコンでゲームすることも出来る事から個人の娯楽と言う観点から見れば意味はないどころか娯楽の幅が広くなってしまうのではないかと思うのは胸の内にしまっておく。


 「……」


 パソコンを操作する手を止めて、再び外へ目を向ける、集中できない。特にパソコンですることと言えば情報収集と動画、あと多少のゲームをすることだが、雨の日はどうも気が滅入って何かをするという気力がわかない。


 リエラも同じようでベッドで横になりながら窓を見てたまに寝返りも打ちながら特に意味もなく、部屋の壁を見ている。


 体を伸ばして部屋に何か暇を潰せるものはないかと見渡すが特に何か出来る物は無い。エリックに本棚を設置をするように頼んでいくつかの本を読んだが、ほとんど読み終えてしまった。


 よく読んでいたあの呪いの本はエリックの一族がお遊びがてら作ったものだった。エリックの出自は遥か昔から伝わる呪術師の家系、元々はおまじないや占いを主にしていたが、呪いというものに目を付けた人が魅了されてそれを広めてしまったせいで力を使わずに人を殺す程の力をつけてしまった。


 一時はそれを自制しようとはしたがそれを止められず寧ろその素晴らしさを理解出来ない人達に怒り、更に呪術の果てを目指して呪いの強さを増していく結界となってしまった。


 その呪いを1つ1つ込めた本が術式総集書だ。たまたまエリックの代に残っていたものが第二十三番目でその他の本は破損して残ってないか今も世界のどこかに残っているかのどちらか、因みにそれを私に渡したのは本当に偶然だったという。適当に選んだというのもあるが、認識阻害の呪いのせいで特に中身も読まずにあれを渡してしまったのだという。


 だけど、呪いに対抗が出来てからはスラスラと読めるようになった。今までは流し読みをしていて集中していなかったが、改めてじっくり読んでみると興味深い内容もあった。


 文書全体がが手書きの文字だったから少し読みずらいというのもあったが、術式という名前の通り魔法についてまとめられた所や呪い、力学、環境、地理などあらゆる分野について纏められた文章がある。もし、この本が何十冊もあったら呪いというものに眼を瞑れば誰もが喉から手が出る程に欲しい本だろう。


 エリック曰く、呪いは遊びだという。魅了されたとは言えそれを遊び半分で文字一個一個に呪いをかけた結果、面白くなってビックリ箱感覚で全部別々の呪いをかけてしまった。何ともはた迷惑な奇人がいたものだと思った。それならば簡単に死ぬような呪いもあれば一週間胃がキリキリ痛む呪いや割り箸を上手く割れないようになる、ラーメンの袋にある切れ込みが無くなる、計量スプーンの大きさを一回り小さくする呪いとかやけに高低差がある呪いが掛けられているのも何故か納得してしまう。


 (友達になぞなぞとかパズルを出題する時に何がなんでも説いて欲しいからって理由で難しくしすぎるのと同じようなものかな。よく昔そうやって愉悦していたなぁ、懐かしい…)


 思い出に片足を浸かっていると目の片隅に小さな光が映る。それに目を向けるとスマホの通知を知らせる緑色の灯りが等間隔でチカチカと点滅していた。開くとそこにはレイラさんからのメッセージ、そこには「新しい料理を作ろうとしているのだけれど、試食してみたんだけど、何というか何かが足りないような…これだ!というインパクトが欲しいと思うの、だから何かそう言う食材がないかな?」という長文にしてはざっくりとした内容だった。


 詳しい事は分からないが少しでも暇を潰せるならと思ってそのメッセージに返信を送ることにした。


 「そう言う相談ならおちからになりますよ。ただ、料理の経験が乏しいものであまり自信がありません。こういう時はまず、基本的な情報を纏めてみてはいかがでしょうか?」


 「ありがとう神様仏様姫様~。それで、基本的な事なんだけど、今回の料理はパスタなんだよね。市販のパスタ麺で軽く味付けはしてそれは納得できる結果だったんだけど、問題はソースの方で、どことなくインパクトに欠けるの」


 「パスタソースですか、そのソースはどのようなものにしたいんですか?カルボナーラ?ナポリタン?それともボロネーゼか他のやつですか?」


 「その他のって言うのが正しいかな、完全自作のソースですから名前も決まってなくて」


 自作と言う単語を見て少し返信に困る。自作というものには自分の心がこもっている品だという事それに他人の意見を多く取り入れてしまうとそれは自作ではなく他作品となってしまう。


 レイラにはそう言う乗っ取りをするわけにはいかない。だとすると意見の答えは曖昧な答えがベスト「~を入れたら」ではなく「―を含んだやつ」という風に言えば手を添えた程度に抑えることが出来る。


 「そのソースは何をベースにしているんですか?それに入れている物も教えてください」


 「やはり、そこが基本になりますか、麵に含まれる水分で透明さをかけたので麺に絡めやすいとろみを付けたソースでベースは…」


 レイラさんはそこからベースと材料、食感をだすための工夫などを教えてくれた。そして行き詰っている部分も教えてくれた。


 そこは繊細さを求めてはいたけれど、味付けをして味見をした結果どうも迫力がイマイチだという。前世では余り料理にこだわる性格ではなかった為、どういえば分からないが一度レイラさんの料理を食べた事があるから、気持ちは分かる。


 多分、他にも料理にこだわる人にとっては一度は行き詰ってしまう苦悩だろう。


 (改めて考えてみると個人的な意見って難しいんだよな、前世の知識を活かせるなら医学以外の知識と言えば薬学や神経学をかじった程度…料理に活かせると言ったら薬膳料理しかないのがな)


 まぁ、パスタを作ろうとしている人にいきなり薬膳とか言える訳ないから、変わらず曖昧さを

交えるようにして…


 「思い出したんですが、祝勝会の時、みんなに色んな料理だしていましたよね。その中に麵類もあったはずなんですが、あれはどうだったんですか?」


 「あれはパスタ以外のやつなんですよ。作ろうとは思ったんですがパスタに合う麵が見当たらず作ろうにも時間がかかるので断念したんですよね」


 「でも、麵類が作れるのならちゃんと麺とソースが絡み合うのも想定した料理だったのではないのですか?それが参考になりませんか?」


 「でも、それが出来たのは厨房の食材が豊富だったから出来たんですよね。お肉はもちろん、野菜、果物、魚介、それらを見てテンションが高ぶってそれで…」


 「それに香草も含まれていましたよね、香草は全世界で料理の工夫もされているようですしそれに似たようなものはありますか?」


 「香草…香草ですか、確かに祝勝会では使いましたが、一般家庭に香草みたいなものは観葉植物以外には…あっ、ありましたありました!オリーブ、オリーブオイルがありました!」


 「それなら、香りもいいですし、インパクトとして使えるんじゃないですか?」


 「ちょ、ちょっと試してみます」


 少し強引に誘導したけれど行きついたか、インパクトとしてはオリーブオイルは最適だ。前世でゲームの傍らでよくオリーブオイルを使った料理が多くそれが今回のケースにベストマッチするんじゃないかと思った。


 (これでダメならまた違うことも考えなければいけないけど…詳しくない頭で出したのがこれだけなんだよなぁ…)


 しばらくメッセージ画面を見ていたがあまり返信が無く何かメッセージが届くまで出来る暇つぶしがないか部屋を見回してみるがさっきまで同じようなことをしたのを思い出してため息をつく。すると狙ったかのようにメッセージが届く。


 「ありがとう!想像以上に合ったよオリーブオイル、少し使い過ぎた感じもするけれどこれがなければずっと悩んでいたよ」


 「それはよかったです。お役に立てたのであれば幸いです。…考えてみればあなたがお料理の事で悩むなんて意外ですね。前にご馳走になった時はそのような知識が豊富なのだと思っておりましたが、四苦八苦して何度も試行錯誤を重ねていたとは思ってもみなかったです」


 「そうですね。実は前々からご飯を作る時に何回も同じような事をしたんです。リラや美奈、アイシャにも会う前から人見知りが激しくて家族としか話せない時に何かに没頭できる事があった方がいいと思って始めたのが料理でした。暇つぶしと思われるかもしれないですが、その時は本当に暇つぶしのつもりだったのでしょう。ちょっとした好奇心をもって始めたのですが、それをやっているうちに楽しくなってきて、続けていたらもっと美味しいものを作りたくなって気がついたら」


 「自分でも驚くくらいに上達したと…そういうことですね」


 「うん、でもそれに費やす時間がとても掛かる事を余り知られたくないと思ったんだよね。でも、少しそういう弱みを見せてもいいかなって思う事があって」


 「そうですか。詳しい話は次の機会にしましょう。少し用事が出来ました。話を急に切り上げるようで申し訳ございません」


 「いえいえこちらこそ、嵐の中急な連絡をしてしまい申し訳ございません。お礼の言葉はまた日を改めて」


 最後のメッセージにはこっちと同じ様な敬語に変わっていてそれを見て少し微笑む。


 (やっぱり性根は初めてあった頃から変わらないんだなぁ、人見知り治してあげるのに協力もしてあげるよ)


 それだけじゃない。再び眼下に広がる嵐の風景を見る、少し雨のせいで気持ちが沈んでいたのかもしれない。好奇心を持ちだすと自然と廊下に足を運んでいた。向かうのは母様の部屋、まだお腹の中にいる自分の姉弟になる子と言葉だけでも語り掛けたい。そう思いながら足取りを軽くなるのを感じながら母様の部屋に向かう。

次回4月末予定

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