第38話:女神が二人同時でも熱心に勧めてくる場合
今回は、二対一、です。
リイムの一言は、小川で血抜きをしているおれを見て、もらしたらしい。
「・・・獅子殺し・・・」
なんか、まずかったかな。
夜になると暗闇に乗じて、こっちを執拗に狙う、ストーカーのような獣の群れを攻撃して、中心にいたボスを仕留めて、残りを遠くへと追い払っただけなんだけれど。
「・・・それは、オオバさまが、仕留められたのでしょうか?」
リイムが、おそるおそる、という感じで、質問してきた。
おれは、ちらり、とリイムを見てから、視線を反らした。
「さま付きは、無視」
「あう・・・」
リイムがへこむ。
まあ、昨夜のセントラエムの話からすれば、この子たちがおれに「さま」を付けるのは、当然なのかもしれないけれど。
大森林では、ウルとか、ちっちゃなエランだって、「オーバ」って呼ぶのに。
リイムに代わって、エイムが口を開く。
「・・・その獣は、獅子だと、思うのですが、それは、オオバさ・・・オオバが、仕留められたのでしょうか。そもそも、わたしも、リイムも、本物の獅子を見たことがある訳ではなくて、話に聞いていた獅子の姿によく似ているなあ、と思っていてですね。そうすると、オオバさ・・・オオバは、獅子殺しということになるのですが・・・」
「エイムだって、もうほとんど、さまって言ってるようなもんなのに・・・」
リイムがぼそりと不満をもらす。
そこか、気になるのは。
そこがポイントの話だったのか?
「獅子は、殺すとダメなのか?」
「いえ、そうではなくて・・・」
「肉がまずいとか?」
「あ、いえ、食べたことなどありませんので・・・」
「じゃあ、何か問題があるの?」
「問題はありません。全くありません。それどころか、大草原で、獅子殺しというのは、勇者の証、英雄の証、強者の証・・・あげていくとキリがありません。ニイムおばあさまも、若い頃には、五人組で獅子を倒して、名を上げたと聞いたことがあります」
「あっ、そ」
おれは関心を持たなかった。
「・・・そんな、どうでもいい、みたいな感じのことでは、ないのですが」
「おれの感覚から言えば・・・」
おれは、エイムをはじめとする、ナルカン氏族メンバーに向き合った。「獣は基本的に、肉。食べ物。ごちそう、だよ。しかも、森小猪とか土兎とかはもちろん、大牙虎よりも、イノシシよりも大きいサイズの肉! ライオン最高!」
「・・・ライオン?」
「ああ、おれの国では、ライオンって呼んでたな。もちろん、獅子でも分かるよ」
「はあ」
「とにかく、このサイズなら、結構な肉が確保できるはず。肉を付ける壺も用意してあるし、この旅の間は、そこそこ焼肉を楽しめそうだ。食べ切れない分は、いぶして干し肉、スモークライオンにすればいい。腐る可能性も考えると、四日分くらいかなあ。漬け汁は、パイナップルしかないけれど」
「はあ」
エイムは、何を言えばいいのか、分からない、という感じで、「はあ」としか言わない。リイムは「さま」付きでしゃべったので、おれに無視されて、ちょっとすねている。少年たちの視線も、驚きで何を言えばいいのか、という感じなのだろう。
まさか、崇拝、とかじゃ、ないよね。
おれは、とりあえず、そういうことを考えるのは止めて、ライオンの解体を進めた。
内臓関係は、素材になるらしく、今回は捨てずに、きれいに洗って、確保した。
いつものように平石で焼肉を、と思ったが、大草原では、燃料が乏しい。
樹木が少なくて、薪が手に入らないからだ。たきつけの草は山ほどあるのに。残念。
馬と羊は、その辺で草を満足そうに食べている。
羊は、ロープを外しているのだが、逃げるようなようすもない。この群れにいれば安全だと、羊たちも認識したのかもしれない。馬は羊にいじわるとかしないし、ね。
見渡しても、薪が手に入るようなところはない。
しょうがないので、手持ちの木炭と薪でたき火をする。
銅剣に大き目の肉切れを刺して、直火であぶる。
まずは心臓、ハツだ。
・・・食べられる。塩味しかないから、こんなものか。明日は、パイナップル漬けだから、変化するだろうか。
続いて肝臓、レバーだ。
・・・臭みがひどい。胡椒を早く栽培して増やしたい。ニンニクとかも、探し出さないと。
でも、栄養がある、という気持ちになるのはレバーの不思議。
あれ、リイムやエイムは、レバーが平気みたいだ。良かった。
「はい、大切な、部位です」
「そうです、大切な部位ですから」
あ、そう。
どうぞ、お食べください。
「それよりも、この銅剣、おとうさまのものなんですよ。こんな風に使われるとは、思いませんでしたが・・・」
エイムが何か言っていたが、そこはスルーで。
「エイム、もう、ガイズおじさまの銅剣じゃないわ。オオバのものよ。ニイムおばあさまも、そう言ったじゃない?」
「そうだったね・・・」
「それよりも、これ、しっかり食べないと・・・」
「そうね、食べないと・・・」
レバーがお気に入りの二人。
男の子たちに分ける気はないらしい。
まあ、年上だし、ね。
おれは、肩肉、腿肉も焼いて、少年たちにふるまう。
楽しい焼肉祭りだ。
朝から、だけれど。
食後は、馬に乗って、川沿いを移動する。
途中、野生動物を見かけるけれど、みな、逃げていく。
この馬の群れは、他の動物たちより、数が多い。
羊も加えたら三十頭を超えている。
川の合流地点からは、細い方に進む。虹池につながる小川だ。
ここからはひたすら南下する。
羊のペースに、脳筋馬は合わせてくれる。成長の証だと思いたい。
夕日を見ながら、体操と勉強。そろそろ、お互いの名前を書けるようになってほしい。
そして、野営。
・・・おれのところに、リイムがやってきた、と思ったら、同時にエイムもやってきた。
二人とも、ぴったりと、寄り添ってくる。
「オオバ、どうか、お情けをかけてください」
「オオバ、どうか、お願いします」
何を考えてんだか。
脳筋馬が、もてるねえ、大将、とでもいうように、ぶるるるるん、と鳴いた。
「何考えてんだ、二人とも」
「もちろん、オオバの子がほしいのです」
「もちろん、そうです」
まずい。
これはまずい。
アイラの妊娠が発覚して、おれは、我慢を続けてきた。
もちろん、性欲はある。
人並みか、それ以上には、ある。
しかも、しばらくぶりだ。
これはまずい。
流されそうだ。
「朝、たっぷり、食べました」
「はい。あれで、今夜は眠れないはずです」
あれって、レバーのことか?
レバーって、精力剤なの?
そんな効果、たぶん、ないと思うけれど・・・。
まあ、大草原の氏族たちの、思い込みがそうなのであれば、そういう効果は心理的に出てしまうのだろうけれど。
それに、これこそが、ニイムの狙い、という気がする。
送り込んだ娘が、おれの子を産むということ。
そして、おれの胸元に隠れているセントラエムは、スキル獲得実験だととらえているので、この状況を止めようとはしないだろう。
思えば、アイラの時は、いきなり唇を奪われ、胸を押し当てられ、その結果として、思考力が麻痺していた気がする。
そう考えると、今は、こういう状況でも、冷静だな、うん。
もはや「D」ではないから、だろうなあ。
まあ、少年たちの教育上、まだ早い、ということを心の中の言い訳にでもしよう。
そうしよう。
「はなれろ、リイム、エイム」
おれは冷たくなり過ぎないように、そう言った。
二人が、ピシリという音でも立てたかのように、固まる。
はなれろと言ったのに、固まったのではなれてくれない。
「いいか、もう一度言う。はなれろ、リイム、エイム」
ゆっくり、言い聞かせるように、言う。
リイムとエイムが、ゆっくりと、はなれていく。
・・・正直な気持ちを言えば、少し残念では、あったりもする。
「オオバ・・・」
「だめなのでしょうか・・・」
あきらめが悪い二人。
こんな感じでせまられるのは、悪い気はしないのだけれど。
「今はまだ、危険な旅路の中だ。二人は気づいてなかったかもしれないが、昨日の夜も、その前の夜も、この群れは獅子の夜襲を受けていた」
「獅子の夜襲・・・」
「そんな・・・」
「だから、今朝、獅子の群れを襲って、その主を倒し、群れを追い払った。そういうことだ。安全な旅ではない。そのことを忘れるな。油断して、女におぼれている暇など、ない」
「そうでしたか・・・」
エイムがうなずいた。「勇者に油断なし、とはこのことです。ますます感服いたしました。わたしの非礼をお詫びします」
「エイム、ずるいっ。いつも、そうやって、いい子になって」
「リイム、静かにしましょう。オオバはわたしたちの主さまです。オオバの命に逆らうのは、氏族のためにはなりません。リイムがオオバの怒りを受けて、氏族へ戻されたら、大森林とナルカン氏族の戦になります。オオバを敵に回して、ナルカン氏族に生き延びる道はありません。姻戚関係を頼って、連合を組んだとしても、それも無駄でしょう。滅びるまでの時間がわずかに伸びるだけのこと。リイム、あなたは、あの時、氏族の男たちが打ちのめされた姿を見て、何も思わなかったのですか?」
「思ったわ、もちろん。だから、ニイムおばあさまの言葉に素直に従ったし、オオバの子がほしいの。強い子を産みたいもの。間違ってるっていうの?」
やっぱり、ニイムからは、そういうことが言われていたのか。
まあ、そこは、少し訂正を。
「いいか、二人とも。おれは、十五歳くらいの女の子を要求したが、それは、おれのためじゃない」
「えっ?」
「そうなのですか?」
「そもそも、一人の予定だったのが、どっかの誰かの父親が族長くんをそそのかして、交渉よりも強奪って感じにしたから、たまたま二人になっただけだ。「荒目布」を二枚、ナルカン氏族に渡したのは、こっちとしては手違いみたいなもんだ」
「・・・申し訳ありません」
「むー・・・、そうすると、エイムなしで、わたしだけがここにいたかもって、ことじゃないの? オオバを一人占め、みたいな感じで」
「いや、それはないな」
「・・・どういうこと?」
「つまり、女の子が一人って場合は、おれとナルカン氏族は戦っていないってことだ」
「分からないんだけど?」
「・・・リイム、少し控えましょう。オオバが言いたいのは、オオバとナルカン氏族が争わずに交渉した場合、口減らしとして女の子を布と交換したとしても、それはわたしたち以外の女の子になる、ということです」
「・・・ああ、そういうこと。つまり、出戻りの誰かが差し出されてたって、ことね」
「おれたちの予定では、戦ったとしても、そうなるはずだった。リイムやエイムは、氏族の宝だろうしな」
「えへへ」
「それほどでも、ありませんが」
「それを送り出す決断をしたのは、ニイムなんだろ?」
「はい。ニイムおばあさまの命令に、族長のドウラは全く逆らえませんから」
「まあ、妹としては、情けない兄なの」
「ニイムの勘違いは、差し出した女の子がおれのものになるって考えたところだ」
「オオバのものには、なれないってこと?」
「・・・なんというか、うちの村にも、いろいろと事情があってだな。もう成人しているノイハに嫁がいないし、もうすぐ成人するセイハにも、嫁の当てがない。だから、大草原から嫁を探してこよう、というのが今回のおれの旅の目的だ」
「あ、そういうことでしたか。それは、困りましたね」
「どうして困るのよ?」
リイムがエイムに尋ねる。
二人は同い年の従姉妹同士なのだが、エイムが姉、リイムが妹、という感じだろうか。
「わたしたちは、オオバと結ばれ、オオバと子をなし、氏族を遠くから援護する、というのが、ニイムおばあさまの考えた、ナルカン氏族のための策です」
「それは分かってる」
「ですが、オオバは、大森林の、自分以外の男に、嫁を連れて帰るつもりなのです」
「・・・それがどういうことなの?」
「わたしや、リイムは、オオバ以外の男に嫁ぐ、ということです」
「ええーっ?」
「そして、それは、オオバの自由、です。なぜなら、わたしたちは、オオバを主として、氏族から差し出された者ですから」
エイムは冷静にそこまで言い切ったが、後半は冷静ではなかった。「いつまでも嫁に出されず、そのうち、これはもう氏族に残るのだと分かって結婚をあきらめていたところに、オオバが現れて・・・。せっかく、すごい夫と巡り合えたと思ったのに・・・。実はただの奴隷扱いだったなんて・・・」
そこは、おれの責任ではない。
ニイムの認識の誤りだ。
・・・それとも、おれは、女が欲しそうな顔でもしていたのだろうか。
まあ、この二人がどういう扱いを受けたとしても、ニイムから文句が出ることはない、ということは理解できる。
勘違いしたのはニイムの方だからだ。
恨むのなら、ニイムを恨んでほしい。
「わたしたちって、奴隷扱いなの?」
「ま、形式上は、そうだな。物々交換で、渡された品物だ」
「・・・そうよね。今までだって、いろんな子たちが、そうやって、いろいろな氏族へ送られたり、辺境都市へ送られたりしたんだから、わたしだけ、特別なはず、ないか」
「オオバ、今、形式上は・・・と言いませんでしたか?」
「ん・・・まあね。リイムも、エイムも、それにバイズやガウラたち、ナルカン氏族の男の子も、アコンの村にくれば、実質上は奴隷ではなく、ごく普通に村人として、暮らしてもらう。うちの村は、ある意味では特殊な村だけれどね」
「・・・意外です」
「何が?」
「大草原では、そういうことは、あり得ないでしょうから」
「そうか。そりゃ、どうも」
「ところで、オオバ」
「何?」
「大草原では、族長の妻が、氏族の誰かに下賜されて、妻となるということが普通にあります。ですから、今からわたしたちを妻にして、それから、その、ノイハさんやセイハさんと娶わせるということもできると思うのですが・・・」
何それ?
何なの、その族長お得設定?
女に飽きたら部下にぽい、みたいな感じ?
「そうすることで、氏族の忠誠が高くなるのです」
無茶苦茶だなあ、大草原は。
「うちの村では、そういうことはないから」
「・・・残念です」
「もう、自分の馬のところに戻れ。馬との信頼関係がないと、いざというとき、命に関わる。それに、まだまだ旅は続くからな」
おれはそう言って、二人を追い払った。
それと、うちの村から、大草原に嫁に出すのはなし、と決めた。
翌朝、女神への祈りを教え、体操をしてから、川沿いを約三キロくらい、走って南下。それから馬に乗って、羊のスピードに合わせて移動。
途中、対岸にバッファローらしき動物の群れを発見。
互いに関わり合うことなく、通過した。
陽が傾いて、野営準備。
今日の焼肉は、パイナップル漬け。
これも好評。ちなみに、明日も同じ。明後日も同じ。
銅剣が肉串になるのは、エイムが複雑そうな思いのある視線で見ていたが、文句は言わない。
カタカナを練習してから、夕日が沈むと、乗馬とともに寝る。
リイムとエイムは、来なかった。
安心したような、残念なような。
セントラエムは二人を呼べと、さかんに訴えていたが、それは無視。不思議と腹は立たない。しかし、フィギュアサイズとはいえ実体化しているセントラエムの前でナニをするというのはどうか。考えられない。おかしい。
次の日も同じ。
女神に祈り、体操をして、川沿いを走って、途中から馬に乗って、ひたすら南下。
ようやく、大森林の濃厚な緑が、遠くに見えてきた。
羊のスピードに合わせての移動だったが、虹池に到着。
馬たちは、虹池が気に入ったらしい。
首の動きで、ここに棲んでもいいか、と聞かれている気がする。
んー、どうなんだろうか。
いつかは、ここにも人が住むようにはしたいのだけれど。
今は、誰も使わないところではある。
ま、いいか。
森へは入らないように言い聞かせて、この近辺で棲むのを認めた。ということが伝わったと思う。
適齢期乙女は、小川に入りっぱなし。
目的は、色川石。
あるところには、ある。だから、大森林では、色川石に価値はほとんどない。
しかし、大草原からやってきたリイムとエイムにとっては、貴重な石としか思えない。
まあ、どれだけ採っても、なくなりはしないだろうから、好きなだけ採ってくれたらいい。
あ、少年たちにも命令して採り始めた。
やれやれ。
おれは薪を拾い集めて、平石を用意した。
いつもの焼肉で今夜は食べる。
これも好評。銅剣を使わなかったので、エイムの表情はいつもよりも良かった。
馬たちと一緒に寝るのは、今夜まで。
ここまで、どうもありがとう。
翌朝、女神への祈り、体操と、虹池の周囲を往復して走るランニングを終えて、おれたちは羊にロープを結んだ。
それから、森の中へと進んでいく。
脳筋馬も、付いて来ようとしたが、手で押し止めた。
また、会いに来るので、心配は入らない。
安心して、虹池で出産と子育てをするように。
森を進み続けると、大草原とはちがう、暑さに少年たちが苦しそうだった。
「確かに、暑い・・・」
リイムがぼやく。
「これでも、涼しくなった方だけれどな」
「え、そうなんですか?」
エイムが驚く。
虹池で水は大量に補充したので、しっかり水分を補給させる。合わせて、岩塩もなめさせておく。
大森林の中は、直射日光を浴びることは少ないが、じっとりと暑い。
大草原から戻ってきたから、今までは気にならなかった暑さを特に感じる。
森の中の移動は、馬ペースでも羊ペースでもなく、人間ペースで、しかも少年ペースだ。
休憩の度に、木のぼりロープでの木のぼりを教える。なかなかできない。考えてみると、大草原には極端に木が少ない。リイムとエイムはあきらめ気味だ。まあ、今は、大牙虎の脅威もないから、そこまで大きな問題にはならないけれど。
今日は獅子焼肉のラスト。
美味しく召し上がれ。
夜は、おれ一人、樹上で寝る。セントラエムとゆっくり話すため、ということもあるが、久しぶりに樹上の感覚を味わいたかったというのが本音だ。
翌朝、女神への祈りと、体操。ランニングは、迷子とかになっては困るので、なし。
ひたすら歩いて、休憩しては木のぼり、の繰り返し。
そういえば、虹池からこんな風に帰ったことがあったなあ、と懐かしく思う。
「この森、どっちがどっちなのか、分からなくて、怖い」
「リイム、ここの王たる、オオバに失礼ですよ」
「あ、ごめんなさい」
「いや、そういうことは気にしなくていい。まあ、この森で迷うことを考えたら、おれたちの村に攻め込むなんて、無謀なことは大草原の氏族にはやめてもらいたいもんだな」
「・・・攻め込むことなんて、ないと思います」
「そっか」
エイムが何をどう思って、そう答えたのかは分からないが、そうあってほしいと思う。
「馬を置いてきたのも納得」
「そうね」
リイムとエイムは、それでも話す余裕がある。
少年たちは、体力的にぎりぎりだろう。
羊を結んだロープは十本全て、おれが握っている。
短く握って、羊を密集させて歩いている。
ロープを伸ばすと、木にぐるぐると巻きついてしまったり、てんでばらばらな方向に進んでしまったりするからだ。
森の中で二回目の野営。
焼肉は品切れで、今日はかぼちゃを煮込んだものとパイナップル。パイナップルは疲れが取れるだろうと思って追加した。
かぼちゃはナルカン氏族にも人気だ。
食文化はかなりちがうらしいが、今のところ、大きく外れてはいないようだ。
セントラエムを通じて、ジルには明日着くと連絡済み。
おれはやっぱり、樹上で寝た。
ハンモックが気になるリイムの弟ガウラが、何か言いたい感じだったので、ハンモックで寝るかと聞いてみると、目を輝かせた。
ガウラは頑張って木にのぼり、おそるおそるハンモックの中へ。落ちないように結んでみの虫状態にして、おやすみなさい。
もちろん、翌朝はほどいてあげましたよ。いじわるなんて、しませんから。
大森林の朝は、神秘的な感じがする。
マイナスイオンがあふれているのだろうか。
清浄な空気の中、女神への祈りを捧げる。ジルがいないので、他の者の導き手として、おれ自身が意外とまじめに祈りを捧げている。
それからいつもの体操。もう、みんな体操は覚えたらしい。
これで、アコンの村に合流しても、朝は大丈夫だろう。
今日、アコンの村に着くと宣言して、移動を開始。
心なしか、歩くペースが上がったので、休憩を減らして歩き続けた。
大草原とのちがいに、戸惑いは大きいだろう。
特に、成人目前の二人にとっては。
少年たちは、これから馴染んでいけばいい。
新しい生活が、リイムやエイムにとって、どういうものになるのか。
どうなるのかは分からない。
それでも、やっていくしかない。
少なくとも、おれ個人としては、リイムと、虹池の村出身のサーラとが、似てるんじゃないかということに不安を感じていたのだが、リイムの方がよっぽど素直で、前向きだったことに安堵していたのだった。
稲が自生している池を通過。
稲穂は全部落ちたらしい。
そのまま、小川をさかのぼって歩いていく。
あと少しだ。
というか、もう、おれにとっては、いつもの場所のひとつ。
今回、一応、余所者を迎え入れるということで、大森林の奥地まで、分かりにくいルートを選んで進んできた。
まあ、この森を一人で行動しようという考えは、持ってはならないと分かっただろう。
いつもの河原が見える。
アイラが、クマラが、手を振っている。
噂の天才剣士は、弓の天才と一緒に・・・あれは、イノシシか?
ということは、タイガに狩らせたんだな、全く。
こいつら、歓迎会の準備をしてやがる。
しかも、自分が肉を食うために。
食いしん坊だな、本当に。
おれも、アイラやクマラに手を振って応え、新しい村人たちを振り返った。
「ようこそ、女神の守りを受けた、アコンの村へ」




