111.ぷにぷにやわらか素材
この辺りでは珍しく雨の日がしばらく続いていて、身も心も少しじっとりとしてきた頃。
ようやく晴れたのでたまには外でひなたぼっこでもしようかなぁ……なんて思っていると、屋敷の扉が勢いよく叩かれた。
「おい、セーム! ちょっと来てくれ!」
「どうしたの、エリック」
やってきたのはこの村の冒険者たちを取りまとめるエリック。
ハナにいれてもらったお茶を飲んでいた僕は、彼に腕を引かれて外へと連れ出された。
僕が彼に連れて来られたのは、町の水田。
最近は収穫も安定してきたその田んぼでは……。
「……うわ、これは――!」
そこには、一面に透けた水色の物体が敷き詰められていた。
エリックはしかめ面で口を開く。
「……これ、スライム……だよな?」
スライム。
半透明の体の、まるで大きな水滴のような形をしたモンスターだ。
あまり人々を襲ったりすることはないし、普段はじっと動かない為に脅威は少ないとされている。
僕も本でしか見たことはないが、その外見的特徴を見るにそれはおそらくスライムなのだろう。
それが今は植えられた稲の間に、ぽつぽつと点在していた。
ざっと数は数百……下手すると千を越えるだろうか。
僕がスライムの数を数えていると、後ろから声がかけられた。
「――そうだ、間違いなくスライムだ」
「……イスカーチェさん」
エルフの生物学者、イスカーチェさんが歩いてくる。
おそらくはエリックが呼んでおいたのだろう。
「スライムの体はほとんどが水でできている。この辺りの地域では本来そこまで多くはないはずだが、このところの長雨で大量発生してしまったのだろうな」
スライムは風にあおられるようにして、ぷるぷると震えている。
イスカーチェさんはため息をつきながらスライムの方へと目をやった。
「久々に晴れたことで、湿地を求めて水田にやってきたのだろう。このままでは稲を倒されかねないし、追い払う必要がある」
「追い払うっていっても……」
僕は遠目にスライムを見つめながら、妖怪たちのことを思い出す。
火や水、風や氷でなんとかしようにも、せっかく成長して収穫が近い稲に悪影響が出てしまう。
イスカーチェさんは眉をひそめて、険しい顔をした。
「スライムは戦闘力という点ではたいしたモンスターではないのだが、環境の変化に強いという一面がある。――つまり、しぶとい」
「しぶとい……」
「ああ。叩いたり水や砂をかけたぐらいじゃどうしようもないな。多少の毒素があっても、取り込んでしまうほどにスライムは適応力が高い」
「……ということは、もしかして打てる手が無いってことなんじゃあ……」
僕の疑問に、イスカーチェさんは苦笑しながら答える。
「手ならあるじゃないか。……人の手が、ね」
……ううん、今日はのんびりしたかったんだけどな。
僕は簡単に解決することは諦めて、手が空いているみんなに声をかけて回ることにしたのだった。
いざ、人海戦術。
☆
「はいパス、サナト!」
「はーい! おっけー」
僕の手の中で暴れるスライムを、サナトに向かって放り投げる。
サナトは一瞬で抜刀すると共に、スライムを空中で真っ二つに切り裂いた。
「……お見事!」
切られたスライムは水分をまき散らしながら、ぐでりと地面に崩れる。
スライムの死体を麻袋に回収して、僕は額の汗を拭った。
「これでようやく30体か……。なかなか骨が折れるなぁ」
スライムは切った状態のままで置いておくと、まれに再生して再び動き出すことがあるらしい。
それを防ぐ手段としてあとでまとめて焼き払うために、その死体を回収しなくてはならない。
しかしこれがなかなか重労働だ。
加えてスライムも、黙って捕まってくれるわけでもない。
「……アズ! そっちいった!」
「ラジャーです! ……とーう!」
アズは手に持ったマラカスを大ぶりでスイングし、飛び跳ねて逃げるスライムを叩き飛ばす。
そして空中を舞うスライムを見て、ミズチが地を蹴る。
「――任せるであります!」
彼女はくるんと空中で回転し、スライムの体に蹴りを叩き込んだ。
スライムの体はまっすぐに僕が持つ麻袋へと入って、その動きを止める。
どうやらスライムは暗所だと、動きが少し鈍くなるようだ。
「……なんだか悪いことをしている気分だ」
まるで人さらいになったような気持ちでスライムを袋に詰める僕に向かって、アズが「ちっちっちっ」と指を振った。
「こいつらは弱い酸を持ってるです。たぶん動物の死体とかを溶かして養分にする為だと思うですけど……畑に長くいられると、土壌が酸性になって作物が育たなくなっちまうです」
「……共存できる方法があればいいんだけど、ひとまず今回は大きな被害が出る前に駆除しちゃわないとね」
せっかく軌道に乗ってきている村の農業の勢いを止めたくはない。
それに久々に天気が良いのだし、たまには外で体を動かすのも悪くないかもしれない。
「……さて、それじゃあもう少し頑張ろうか」
「まだまだ自分もいけるのでありますよ! 疲れたら御主人は座ってるといいのであります!」
「あはは。僕だって村に来たときよりは体力がついてきたし、まだまだいけるからね」
僕はミズチにそう言って、空の太陽を見上げた。
日の光は暖かく僕たちを照らしてくれている。
「……よし、じゃあ競争だ! ミズチ対、僕と他のみんな!」
「えっ!? それはさすがに人数差が!」
「よーし負けないぞ!」
そうして僕たちは半分遊びながら、村の人たちと協力しつつスライム駆除を続けたのだった。
☆
「お帰りなさいませ、主様。ごはんできてますよ」
「ああ、ありがとうハナ。お腹減ったー」
最近は家にこもってばかりだったので、運動後の強烈な空腹を覚えるのも久しぶりだ。
僕が食卓に着くと、既にその上にはいくつもの料理が並んでいた。
「……これは、もしかして」
皿に盛り付けられていたのは、半透明のやや茶色みがかった食材だ。
薄く伸ばしたような寒天のような見た目をしている。
僕はやや拙くも箸を使って、それをつまみあげた。
ハナは僕の言葉に応えるように、にっこり笑って頷く。
「スライムです」
「……た、食べられるの?」
「イスカーチェさんに聞いて見たら、『南の方では食用とすることもある』……とはおっしゃっていたので大丈夫かとは思います。よく洗えば毒性もないようですし……」
ハナの言葉に、僕はつまんだスライムの切れ端を見つめる。
おそらくはキュウリと和えた炒め物だろうか。
たしかに、美味しそうにみえなくもない。
「……いただきます」
僕は覚悟を決めて口に入れてみる。
その食感はコリコリとして、心地良い。醤油の風味が口の中に広がり、キュウリと合わせてさっぱりした味わいだ。
「あっ、美味しい……! これなら結構食べられそう……。こっちは……」
別の皿に箸を伸ばす。
どうやらそれはスライムの唐揚げのようだ。
同じく細切りにされたスライムの断片が、きつね色の衣で包まれている。
それを一切れ、口に入れる。
「うん……うんうん! こっちも美味しい。カリカリしてて、思ったより簡単にかみ切れるね。香ばしくてお酒にも合いそう」
「お口に合ったなら良かったです。一度火であぶって、乾燥させてから揚げてみました」
きっちりと火を通すことで水分が抜けたのだろう。
スライムの体はそのほとんどが水で出来ている為、乾いてしまうと脆いらしい。
「……ふーむ。これはもしかすると、養殖できれば新たな産業になりうるのでは……」
スライムは短い期間で異常発生していたから、もしかすると環境さえ整えれば大量に繁殖させることが可能かもしれない。
逃げださないように気をつけさえすれば、お金になるかも……。
僕がそんなことを考えていると、ハナが台所から麻袋を一つ持ってくる。
そして少し言いにくそうにしながら、おずおずと切り出した。
「あの、これ……」
ぷるん、と麻袋から顔を出したのは、一匹のスライム。
どうやらまだ生きているらしい。
「いえその、イスカーチェさんに聞いたら少しの残飯と水があれば育てられると聞いて、数匹だけ取っておいたんですけど……」
「ス、スライムを飼いたいの……?」
「その……ダメでしょうか? いえこの子、すっごくさわり心地が良くて……!」
ハナはそう言って、スライムを僕に差し出す。
僕も好奇心に導かれるまま、それに手を伸ばした。
むにむに。もみもみ。
……ほほう、これは……なかなか……。
「内側に消化用の酸が分泌されるらしいので、表面を触るだけなら人体に問題もないようです」
「なるほど……。それなら危険もなさそうだね」
むにむに。ぷるぷる。
「……それじゃあ試しに育ててみようか。上手く増えたら、特産品になるかも」
僕の言葉に、ハナは笑顔で頷く。
「はい。他にも干しスライムやスライムの漬物なんかも作れるんじゃないかといろいろやってみているところです。……たくさん捕れたので」
「ああ、それはいいねハナ。食材を流通させるには食べる方法と一緒に広めなきゃいけないし、もしかしたらもっと美味しく食べる方法が見つかるかも……」
僕は柔らかなスライムを触りつつ、その活用方法を思い浮かべる。
食用以外にも使える方法はあるかもしれないし、いろいろと考えてみよう。
そう思う僕の顔をのぞき込むようにして、ハナはこちらを見つめる。
「……なんだかスライムを触る手つきがいやらしいような?」
「そ、そんなことないよ!? 僕をどんな目で見てるの!?」
風評被害過ぎる!
普段そんなに僕はいやらしいことはしていない……!
……と、思うん……だけど……。
なぜかどんどん自信がなくなっていく僕を見ながら、ハナはクスクスと笑う。
「冗談です、主様。……さて、まだまだおかわりはあるので、どんどん食べてくださいね」
ハナはそう言って、キッチンへと戻っていく。
……うんいやらしい気持ちはないけど……これは……なかなか。
僕はそうして、夕飯を放置してしばらくスライムを触り続けるのだった。
むにむに。





