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110/134

110.猫はこたつで丸くなる

「……うう、寒っ……!?」


 朝の寒さに体が勝手に目覚めた。

 うっすらと日の光が差し込む寝室で、僕は体を縮こめる。

 ……べつに急ぎの用事があるわけでもないのだし、できればもうちょっと寝ていたいんだけど。

 そんな気持ちと体感温度がせめぎ合いつつも、僕はついにその厳しい寒さに屈服して、体を起こした。


「ふわ……ん、え? あれ?」


 日の光が差し込む窓。そこから覗く景色が、普段と少し違っているように見えた。

 僕は思わずそれに近付き、二階の部屋から庭を見下ろす。

 昨日までは緑が広がっていたはずのそこは、今は真っ白に変貌していた。


「――そりゃ寒いわけだ……」


 雪。

 ロージナを含めたこの周辺の地域では、精霊が消失してからというもの雪は降っていない。

 僕も普通の雪を見たのは、昔兄貴に雪山へと無理矢理連れて行かれたときぐらいだ。


「……ええと、雪が降るとどうなるんだ……? 農作物……流通……」


 ぽんぽんぽん、と続々と頭の中にしなくてはいけないことが浮かんでいく。

 なんだかめまいがしてくる気がして、思わずため息が出た。

 そんな朝から憂鬱になっている僕をよそに、窓の外には動く影があった。


「……ミズチとダイタローか。元気だなぁ……」


 思わず苦笑しつつそれを眺める。

 二人は楽しそうに雪をかけあって遊んでいた。

 ――楽しそう。

 僕はしばらくそんな二人の様子を見つめる。

 ……なんだかいろいろなことが面倒くさくなってきた。


「……うん、この雪が危険なものだったらまずいんじゃないか」


 誰にともなく、僕は独り言をつぶやく。


「これは異常気象だよ、異常気象……。だから町の責任者として、安全を確認しとかないといけないんだ」


 僕は一つ頷くと、クローゼットの中から防寒になるような服を取り出してささっと着替える。

 そう、これは確認なのだ。みんなの安全を守る為の確認作業。

 着替え終わった僕は、部屋を出て玄関を目指して駆け抜ける。

 雪原になりつつある白の世界に躍り出て、ミズチたちに向かって声をあげた。


「――混ーぜーてー!」


「おお、ご主人! ぜひぜひ! さあ、何をするのでありますか!? 雪合戦!? かまくら!?」


 ミズチとダイタローは、笑いながら僕を迎えてくれる。

 そうして僕たちは、お昼近くまで雪を投げ合ったり雪だるまを作ったりして遊んだのだった。



   ☆



「――で、放っておいていいのかい」


 僕に向かって、一緒にテーブルに座っている天邪鬼のサグメがそう言った。

 ひとしきり遊んで満足したので、今はお昼ごはんを食べに居間へと戻ってきている。

 今日のお昼ごはんは、ハナ特製の味噌煮込みうどん。

 疫病神のヨシュアの力で熟成された味噌と、実家の方から送ってもらった麦を挽いて作ったうどんを合わせた心身共に暖まる一品だ。


 サグメの言葉を受けた僕は、うどんをすすりながら隣に座ったニールに視線を向ける。


「……ええと、結構問題とか出てたりする?」


「――いいえ、大丈夫ですよ」


 じっくりと味噌の香るスープを味わっていたニールは、静かにそう言った。


「今日一日の流通はストップしていますが、既に雪の勢いは収まっている様子。農作物に関してはアズさんに任せているのでおそらく大丈夫でしょう」


「良かった。あとでアズには何かお礼しとかなきゃ」


 ニールの言葉にこっそりと僕は胸をなで下ろす。

 僕がサボってても最近は彼が勝手にフォローしてくれているので、随分と町の運営が楽になった。

 空いた時間で何かすればいいんだろうけど、最近は遊んだり休んだりしがちではある。

 ――まあでも、元々僕はそんなに働き者でもないしな。

 最近は実家にいたときのようなのんびりした生活を、徐々に取り戻しつつあった。

 のんきにそんなことを考えている僕を見て、サグメは深くため息をついた。


「そうじゃなくて――はぁ。まさかキミ、気付いてないのかい?」


「……へ?」


 サグメの言葉に、僕は首を傾げる。

 彼女は呆れたような顔をして眉をひそめた。


「異常気象の原因だよ。気候が変わるほどのことなんだ。ボクたちには十分心当たりがあるだろうに」


「気候っていったら……精霊? ……あ」


 僕の言葉にサグメは頷いた。

 昔、このあたりでは人魔戦争により精霊が消失したことで、気候が大きく変わった。

 そして逆に、最近はミズチたち妖怪が精霊の代わりとなったことで気候が改善されて住みやすくなったりもしたわけで。

 ――つまり、この突然の雪は。


「……妖怪が原因?」


「だろうね。さ、キミの出番だよ」


 サグメはそう言いながら、いつも通りの皮肉げな笑みを浮かべて頷いた。



   ☆



「――お邪魔しまーす。……ユキ、いる?」


 ユキは氷室を管理する為に、僕の屋敷とは別の小さなワンルームの家に住んでいる。

 そこは昔から村にあった石造りの家を改装したもので、僕が入るのは実は初めてだ。

 おそるおそる扉を開いて中をのぞき込むと、その奥から声が返ってきた。


「……いない」


 そんな返事を受けて、僕は苦笑しつつ足を踏み入れた。

 中はユキが住む前と比べると、随分と綺麗になっている。

 部屋には薄い空色の壁紙が貼られ、床にはふわふわなカーペットが敷かれていた。中央にテーブルと椅子、奥にはベッドが置かれている。

 靴箱があるから、おそらく土足は禁止なのだろう。

 僕は入り口で靴を脱ぐと、滅多に入る機会なんてない女の子の部屋ということで少し緊張しつつ、彼女の声がしたベッドの方へと近付いた。


「……大丈夫? 具合悪いの?」


 僕がそう問いかけると、掛け布団にくるまっていた彼女はけだるそうに体を起こした。

 ……雪女も風邪をひくのだろうか。


「……ん。ちょっとね」


 見れば、彼女の頬は少し紅潮していた。


「ガスラクやヨシュアに来てもらうかい?」


「ううん、いらない。少し寝てれば、たぶん治る。病気じゃなくて、なんていうか……雪女の体質、みたいな感じだと思うから」


 彼女はややぼんやりとした表情を浮かべながら、窓の外を見つめた。


「前の世界でもたまにあったんだ。よくわかんないけど、熱っぽくなっちゃって。そんなときは決まって、天気が悪くなるの」


 雪女特有の病気……というよりは、貯まった魔力が暴走してるとかそういうのかな……?

 残念ながら魔法のことはよく知らないので、今度港町に行ったときに領主(ミラ)に聞いてみよう。

 僕が港町に遊びにいく口実を考えていると、いつもより三段ぐらいは声のトーンを抑えた声がユキの口から漏れた。


「迷惑……だよね。突然雪なんて降らせちゃってさ。きっと雪女は、町で暮らさない方がいいんだと思う」


 覇気がないユキの言葉を、僕は笑い飛ばす。


「あはは、そんなことないよ」


 近くの椅子を引いて、僕は腰掛ける。


「ユキがいてくれて助かってるよ。氷だって毎日使ってるし、なんだかんだユキは面倒見がいいしさ」


 ユキはけっこう、子供たちに懐かれている。

 普段はカッコつけてるのか興味なさそうにはしているものの、子供を預けると親身になって構ってくれていた。

 みんな平等に見ているところが、子供たちに親しまれやすい性格なのかもしれない。


「――それに僕は、ユキがいなくなったら寂しいよ」


 僕の言葉に、雪は一瞬目を丸くしてこちらを見つめた。

 そしてすぐに呆れた顔をして、ため息をついた。


「……あ、そ」


 ユキはそうして顔を伏せる。

 ……ちょっと馴れ馴れしい物言いだったかな。

 僕が反省していると、ユキは僕から視線をそらしながらまた元のようにベッドに横になった。


「……まだちょっとだるいし、今日ぐらいはいいか」


 彼女は布団を被って、小さくそうつぶやく。

 具合が悪いのか、その顔はまだ赤い。


「……看病していってよ。……ほら、調子悪いんだからちゃんとお姫様扱いして」


「えっ? ま、まあいいけど……」


 ――と気軽に答えたものの、看病って何をすればいいのかな。

 普通に考えると……。


「……何か食べたいものとか、ある?」


 僕がそう尋ねると、彼女は軽く首を横に振った。

 ……こ、困ったな。どうしたものか……。

 僕が椅子に座って考えあぐねいていると、ユキがこちらを見つめながら口を開いた。


「……眠くなるまで、ちょっとお話して」


「……お話? えーと……昔話とか……?」


「ううん。わたしが喋る。喋り疲れたら、勝手に寝るよ」


 ……話を聞いて欲しいってことかな。

 僕は笑って頷く。


「うん、いいよ」


 僕の言葉にユキは笑って、目を閉じた。

 彼女はゆっくりと口を動かして、話し始める。


「――わたしね、ここに来る前は雪山にいたんだ」


「雪山。……山の奥に住んでたの?」


「うーん、今みたく暮らしてたかっていうと、ちょっと違うかな。そのときはもっとなんていうか、自分が幻みたいな存在だったんだよね。自由に動くこともできなくて……説明難しいな。たぶん、消えかけてたんだと思う」


 僕は以前、ウンディーネと対峙したときのことを思い出す。それはスライムで出来たドクロのような形をしていた。

 妖怪は、精霊のような存在だ。

 こちらの精霊たちと同じように、ユキのいた世界でも妖怪は消滅しかけていたのかもしれない。


「そんなとき、あの男が現れた」


 ユキはそう言うと、首を動かしてこちらを見つけた。


「顔も名前も違ったけど……たぶん、ニールだと思う。雰囲気が似てたんだよね。……あいつ、顔も変えられるし」


 ニールはのっぺらぼうだ。

 他人と区別がつかないほどに外見を変化させられるのは、僕も何度も見てきた。


「それで『どうせ消えるなら新天地へ行かないか』ってことでこっちに案内されたの。主従契約の説明とかされてね」


 僕は契約の本(レメゲトン)を思い浮かべる。

 ハナから説明された『契約』。

 それは僕が妖怪たちの願いを叶えてあげることで、その代わりに妖怪たちも僕に逆らいにくくなる魔術的な枷(かせ)のようなものだ。


「主くんがぼんやりしてたから代わりに事情を聞いて回ったんだけど、どうもみんなアイツに会ってるみたいなんだよね。こっちに来る前に」


「ぼ、ぼんやりって……」


 僕は思わず頬をかく。

 そんなことないぞ! ……と言おうかとも思ったが、たしかに妖怪たちの素性について詳しく聞いてはいなかった。知る必要がなかったとも言える。

 ユキはこちらに取り合わずに、言葉を続けた。


「わたしたちは元いた時代も場所もバラバラ。たとえばハナちゃんは、わたしより七十年前ぐらいの時代から来てたりする。たぶんニールはそんな長い時間、妖怪たちに声をかけて回ってたんだと思う」


 ユキはベッドに横たわりながらうっすらと笑う。


「……わたしたちがこっちに来るとき、出された条件が一つあってね。『過度に文明を持ち込まない』だったかな。曖昧な感じだし、アイツの様子を見るにお菓子の作り方とか持ち込む分には問題なさそうだけど……まあ、何も言ってこないからとりあえず今は問題ないんだろうけど」


 ユキは笑顔のままそう続けた。

 ……ふむふむ。

 なんだかユキの言いたいことがわかってきた。

 つまり彼女が言いたいのは――。


「――ニールが何か企んでる……ってこと?」


 僕の言葉に、ユキは静かに頷いた。


「企んでるっていうか、『何か目的がある』ってことかな。アイツは妖怪たちに声をかけて、こっちの世界に送り出した。そして後から自分もやってきている。……本人だっていう確証がなかったし、直接聞いてもはぐらかされたから主くんには黙ってたけどさ」


 ――むむむ。

 そう言われると、少し気になるかもしれない。


「でもニールは、悪い子じゃないとは思う……んだけど」


 だって僕の仕事も手伝ってくれるし……ていうか今も六割ぐらい勝手にやってくれてるし……。

 そんな僕の言葉に、ユキはクスリと笑った。


「そう? ヨシュアみたいに『世界征服を目指すのだー!』とか言い出さない?」


「あはは。……あれはちょっと困ってる。でも天邪鬼(サグメ)が何も言ってこないから、きっと大丈夫だよ」


 天邪鬼は人を扇動し、嘘を司る妖怪だ。

 ニールが何か悪巧みをしていたら彼女が教えてくれるだろう。


「僕だって、そんなに騙されやすいわけじゃないしさ」


 僕の言葉に、ユキは吹き出す。


「……本当かな~。主くん、騙されやすそうな顔してる」


「いやいや、僕はむしろ騙す側だからね。これでも結構交渉事とかまとめてるんだよ。本当ほんと」


「ふーん。……じゃ、そういうことにしておいてあげましょうか」


 ユキは穏やかに笑うと、そのまま目を閉じた。


「……ん、ちょっと眠くなっちゃった。……あとでイチゴ持ってきて。食べたい」


「おっけー。……じゃあおやすみ、お姫様」


「ん。苦しゅうない」


 ベッドに横たわるユキを残して、僕はその部屋を後にするのだった。



  ☆



「くぅ~っ! 全快っ! 良い収穫日和だー!」


 次の日。

 すっかり雪も溶けた太陽の下、ユキが庭で伸びをしていた。

 いつもは土に触ろうともしないが、今日は町の農作業を手伝うらしい。


「……ユキが畑に出るなんて、珍しいね」


「いやぁ……昨日はアズちゃん、頑張ってくれたみたいだからさー」


 ユキがそう言いながら視線を向けた先には、屋敷の一室があった。

 そこでは今、アズがぐったりとベッドで寝込んでいる。

 あずき洗いのアズは大地と農作物を司る。

 そのため彼女は冷害の影響を抑えるべく、昨日は全力で町を走り回っていたのだった。


「――たぶんだけどさ、わたしのために頑張ってくれたんじゃないかと思うんだよね。アズちゃん」


「……ユキのために?」


 僕の言葉に、ユキは頷く。


「雪で作物がダメになったらさ、やっぱりわたし責任感じちゃうもん」


「……気にしすぎだと思うけど」


 今のロージナでは、ユキの冷気は無くなると困るほどに重宝している。

 だから昨日の雪ぐらいなら、そのメリットに比べれば微々たるものだ。

 しかしユキは僕の言葉に首を振って、麦わら帽子をかぶった。


「――まあ、それにたまにはさ。お日様の下でお仕事するのもいいかなーって。……わたしは自分で言うのもなんだけど、気まぐれ屋なの」


 おどけたようにそう言うと、手袋に長靴と完全武装したユキが畑に向かって歩いていく。

 なんだかその背中が少し頼もしく見えて、僕は後に続いた。


「……たまには、真面目にやりますか」


 いつも不真面目というわけでもないけど――いや、やっぱり最近はちょっと不真面目だったかも。

 内心そう反省しつつ、その日僕とユキは町の畑の収穫を手伝ったのだった。

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