108.座敷わらし(偽)
「な……何してるんですか皆さん! どういうことですか!」
ニールのおかげで減ったと思ったら倍になって帰ってきた仕事を明日の自分に丸投げし、ようやく家へと戻った僕を出迎えたのはそんなハナの声だった。
ハナには珍しく、その声には怒りのような感情が聞いて取れた。
普段ハナはぜんぜん怒らないだけに、余程のことがあったのかと身構えつつ居間へと向かう。
「……え?」
そしてその光景を見て、僕は思わず口を開いた。
「おお! お帰りなさいませ! さあてお食事にしましょうか、お風呂にしましょうか、それともこの身であなた様の満足するまでご奉仕いたしましょうか!」
そんなことを言いながら顔と顔が触れそうになる距離まで迫ってくるハナ。
そしてそんなハナの後ろで驚いているのが、そちらもまたハナなのだった。
「ちょっ……! 何を言ってるんですか、ニールさん!」
そこにいたのは二人のハナだった。
服装から顔にいたるまで、双子では済ませられないほどに瓜二つのハナがそこにいた。
僕は苦笑しつつ、迫ってきていた方のハナの肩を押し戻す。
「近い近い近い。何してるの、ニール……!」
それはおそらく、ハナの姿に化けたニールなのだろう。
僕に対する態度や言葉遣いもそうだが、何よりも声色が少しだけ違っていた。
女性の声ではあるし、ハナに似ている声ではあるのだが、ほんの少し低い気がする。
ニールは僕から一歩体を離して、その右手を大仰に上げた。
「ええ! それが私、そこのアズさんとナクアさんに遊ばれている最中でありまして!」
ニールの声を受けて、二人のハナの後ろでアズとナクアがハイタッチをする。
「いぇーい。ハナのお洋服を作って、ニールに着てもらったです」
「ナクアの手にかかればこんなコスプレ衣装も三日で納品! でも特急料金は高いよ!」
どうやらハナを増殖させたのは彼女たちの仕業らしい。
たしかにその外見は、見分けが付かないレベルでハナを模倣しきっていた。
ニールはその場で一回転すると、ひらりとスカートをはためかせる。
「御覧ください! この完璧な化け術を! どうです、欲情しましたか!」
「よ、欲情!?」
思わず彼から視線を逸らしてしまう。
いくら中身がニールとは言え、その太ももは眩しい。
彼はハナの顔でニヤリと笑うと、トントン、と自身の胸を叩いた。
「あなた様がお望みとあらば、いかなる願いも叶えてさしあげましょうとも! 私が相手ならば遠慮は無用です! あんなことやそんなことも自由自在!」
「わたしの顔で何をとんでもないこと言ってるんですかー!」
ハナがそう叫びつつニールの肩を揺さぶる。
「早く元に戻ってくださいぃ! いくら主様がそんな誘惑に乗るわけがないとはいえ……!」
「えっ!? あっ、はい……。ソウダネ」
「主様!? なんですかその相槌は!? 大丈夫ですよねっ!? 信じてますよっ!」
ハナの疑うような眼差しが僕に突き刺さる。
だ、大丈夫。
いくらハナの姿に化けているとはいえ、相手はニールなのだ。
……相手は男なんだ。
僕の鉄の意志の前にはそんな誘惑はあんまり通用しない。本当だ。
しかしそんな僕に対して、アズが「ふっふっふっ」と笑った。
「たしかにニールが本物かどうかは、微妙にその声で見分けることができるです。……しかし忘れちゃいけねーですよ! 声の正体とは、すなわち音!」
アズがマラカスを取り出し、シャン、と振る。
「音の妖怪であるこのあずき洗いに、不可能はねーです!」
シャンシャンシャン、とアズがマラカスを振る。
するとその先端から、青白い魔力がぼんやりと振りまかれた。
そしてハナの姿をしたニールは、自身の喉を押さえる。
「ほう。あーあー……。ふむ。自分ではよくわかりませんが、これはもしや……?」
「うわ、ハナの声になってる……!」
微妙な声色の違いが調整され、その声はたしかにハナと同じ澄んだ声質となっていた。
ニールは僕に向かって、にっこりとハナのように微笑む。
「……寝所の用意はできています、主様。それではまずはお背中を流すところから――」
「やめーい!」
ハナが、同じ顔をしたニールの頭をスパーンと叩く。
それを見てアズが頷いた。
「……完璧です。これならいくら主でも見破れねーですよ」
アズの言葉に、ハナは不安げな表情を浮かべてこちらを見る。
「そんなことはない……ですよね?」
「さ、さすがに大丈夫だと思うけど……。ハナとの付き合いも長いし」
しかしそんな僕の言葉を聞いたアズは、その目を光らせた。
「……ほほう。それでは試してもらうです! ナクア! 煙幕です!」
「へ? ……あ、なるほど! 了解!」
ナクアはアズの言葉に頷いて、いきなり僕に向かって蜘蛛の糸を撃ち出した。
ナクアの両手首から放たれた二本の白い糸は、僕の目にクリーンヒットする。
「ぎゃー! 目潰しっ! これ煙幕じゃなくて目潰しって言うんだよナクアァァ!!」
「大丈夫大丈夫、すぐ取れるから。さあこの間にシャッフルシャッフル!」
僕の視界が覆われている横で、ハナの悲鳴が聞こえた。
「な、何を……!」
慌てて僕が目元から蜘蛛の糸を取り払うと、アズがハナ二人の背中に手を添えてずいっと僕の方へと押し出す。
「……さあ準備完了ですよ、主」
ハナの外見をした二人は、涙目でこちらを見つめていた。
「まさか主が間違うわけがねーとは思うですけどぉ」
アズのわざとらしい挑発に、左のハナは震えるような声をあげる。
「あ、主様が間違うはずはありませんよね……?」
右のハナは首を小さく横に振った。
「わ、わたしは信じてますから……! 主様のこと……!」
ニ、ニールのやつ本気で演技をしだしたぞ……!
二人の顔を見比べる僕を見て、アズはにんまりと笑った。
「さあ、どーっちだ」
声も外見も喋り方も同じ二人のハナの視線を感じて、僕は頬が引きつるのを感じた。
☆
「ひぅっ……!」
左のハナの頬に手を当てると、彼女はびくりと震えつつ声をあげた。
僕はそのまま肌の表面を爪の先でくすぐる。
「くうっ……」
彼女は少しくすぐったそうにしながら、声を我慢するように口を閉じた。
「……ふむ。なるほど。ではこっちのハナは……?」
僕はもっともらしいことを言いながら、次に右のハナへと手を伸ばす。
「んんんっ……!」
首筋をくすぐると、ハナは鼻にかかった吐息を漏らした。
彼女の顎をそっとつかみ、その瞳を覗き込む。
僕がじーっと眼を見つめると、彼女は少し頬を染めた。
「はわわ……」
「……ストップ! ストップでーす!」
アズが僕とハナたち二人の間に入る。
「主、ハナにセクハラしてるだけじゃねーですか?」
「そ、そんなことはないよ。こうして本物かどうか、反応を見て調べているんじゃないか」
僕の回答に、アズは眉をひそめた。
「……その結果、何かわかったことはあるですか」
「どっちのハナも可愛い」
即答する僕に、アズは呆れたよう表情を向けた。
しばらく蔑むような視線をこちらに向けた後、アズは溜め息をつく。
「……片方はニールなの、忘れてねーですか」
「そういえばそうだった……!」
ハナたちの方を見ると、二人とも僕に「可愛い」と言われたことに対して照れるようにはにかんでいる。
……くそ! どちらかはニールのはずだというのに、二人の反応はどちらも可愛らしい!
「……そ、それじゃあ、次は質問。……ハナの好きな食べ物は?」
僕の言葉に、二人は交互に回答する。
「おせんべい」
「クッキー」
「……むむ」
二人の言葉に僕は腕を組んだ。
回答は割れたが、どちらがハナの回答でもおかしくない。
続けて僕は尋ねる。
「……ハナの一番敏感なところは?」
「あ、主様!? とつぜん何を言い出すんですか!」
「そんなこと言えませんし言いません!」
――チッ。
交互に答える二人に、僕は小さく舌打ちした。
いやべつにやましい気持ちなんて全く全然ない。信じて欲しい。
「むむ。なかなか難易度が高いぞ、これ。さすがニールだ」
遊びとはいえこうも完璧に化けられてしまっては、いよいよ見分けがつかなくなってきた。
うーん、僕とハナしか知らない情報を聞いてみる?
いやいや、そうは言ってもニールのことだし、ハナや僕のことはいろいろ調べているはず。
……そうだ、それなら逆に。
「僕のこと、どう思う?」
「どう……?」
「思う……?」
僕の言葉に、二人のハナは左右対称に首を傾げた。
「……あ、いや。印象というかなんというか。……どうかな?」
思いつきで聞いてみた質問だけど、改めて自身の評価を他人に尋ねるのは少しくすぐったいものがある。
僕が軽く話を流そうと答えを催促すると、左のハナは少し考えてからゆっくりと頷いた。
「……主様は、理想の主人です」
彼女はその顔に、誇らしげな笑みを浮かべた。
「町のため、妖怪のため、人々のために尽力するその心優しき姿。――わたしたちはそんな素晴らしいあなたに、ついていきたいと思っています」
そう言ってハナは笑う。
……そんな風に言われると、少し恥ずかしい。
変なことを聞いてしまったかもしれない。
「……あはは。ありがとう」
僕は気恥ずかしさから思わず左のハナから視線を逸らし、右のハナに向ける。
一方の彼女は「うーん」と思い悩むように唸った後、眉をひそめつつ口を開いた。
「――へんたい」
「……へ?」
思わず聞き返す僕に、右のハナは慌てて手を振った。
「あっ! いえ、常にそういうわけではないんですが、最近ときたま視線がいやらしいときがあるのに気付いたと言いますか、さっきのやりとりもさすがにアズちゃんナクアちゃんニールさんの前で、しかもこんなに早い時間からは怒るべきだったのかもしれないと今になって思うわけでしてっ」
ハナは言い訳するように早口でまくし立てる。
「ああ、いや、違う、違うんですよっ! たしかに主様は少しだけ節操のない行動を取ることもありますし、いえいえでもそれはあくまでも健全な範囲でして、それにここぞというときには強く出れない根性なしの部分もあるんですけれども」
ぐふっ。
ハナの言葉が矢となって、僕の胸に突き刺さる。
「それでいてわたしにはいろいろ甘い言葉を言っておきつつ、いつも気付けば他の娘たちを見て鼻の下を伸ばしたりして。……手を出す勇気もないくせに」
ち、違、違う! 鼻の下なんて伸ばしてない!
……た、たぶん。
「いつもはのんびり屋さんなのに、そんな風にたまに変に行動力が高いときがあって。いえたしかに面倒くさがらずに何でもする人なので、それが村のためにもなったんですけど……。でも自分の身を危険にさらすのは本当にやめて欲しいんです。そのくせ、いざというときにわたしをお留守番させるのは、ちょっと納得できません」
「そ、それはハナを危険にさらしたくないからで……」
僕の言葉にハナはキッと睨むようにこちらを見つめた。
「それはわたしだって同じです! 主様に何かあったらどうするんですか!」
「いや、だってほら、ハナって結構どんくさいし……」
「それを主様が言うんですか!? 主様だって外で遊ぶより家の中で本を読んでる方が好きで、ひたすら引きこもっていたいタイプじゃないですか!」
「ご、ごご、ごめんなさい。言い過ぎたよ、だから落ち着いて……」
「落ち着いてます! だいたい主様は極端過ぎるんですよ! 命を危険にさらすときは誰よりも一番前に出て、働き詰めのときは倒れるんじゃないかと思うほど働いて、いざ休み出すとこのまま一生寝たきりになるのではないかと思うほどの怠惰の極み! 手の届く範囲の物ぐらい自分で取ってください! ハイハイも出来なくなったんですか!? 赤ちゃんに戻りますっ!?」
「悪かった! それは全面的に僕が悪い! すみませんでしたー!」
「最近ようやく気付きました! 本当に――!」
ハナはビシッと僕を指差す。
「――本当に、主様はダメな人ですっ! ダメ人間です!」
「おっしゃるとおりで……!」
何も言い返せない!
そうして思わず視線を伏せてしまう僕の頬に、そっとハナの手が添えられた。
「――主様はそんなふうに、優柔不断で……でも優しくて」
彼女の言葉に、僕は顔をあげる。
「危なっかしくて……勇気があって」
ハナはこちらを見つめていた。
「移り気で……だけど、いろんな視点から物事を見れる」
その顔には、優しい笑みが浮かんでいる。
「とっても甘えん坊で――ダメな人なんです」
どこか楽しそうに、ハナはそう言った。
「……だから、主様にはわたしがついていないといけません」
「ハナ……」
うう、面目ない。
だけどきっと、彼女の言うとおりなのだろう。
ハナがいない世界なんて、考えられない。
「……ありがとう、ハナ。……そして、ごめん。今までそんなふうに我慢させてしまっていて」
僕の言葉に、ハナは首を左右に振った。
「……いいえ、主様。すみません、わたしも少し言い過ぎました」
ハナは恥ずかしそうに目を逸らす。
「――でもそんなダメなところも、良いところもみんな含めて……やっぱりわたしは、他の誰でもないあなたに仕えたいと思うのです」
再び彼女はまっすぐと僕の目を見つめた。
「だからこれからもよろしくお願いします、主様」
彼女の言葉に、僕は頷く。
「……こちらこそ、よろしくね」
そんな言葉を交わす僕たちを見つめながら、ハナが後ろで手を叩く音が響いた。
音の主はハナの後ろで、にっこりと笑っている。
「――そんな惚気けた夫婦喧嘩を見せつけられては、さすがに私の負けということでしょう」
ニールはハナの姿で、そう言った。
「……べつに勝負ではなかったと思うんだけど」
「むしろ勝負にもならなかった、というべきですね。いやはや、技術ではどうにもならないこともあります」
ニールはそう言ってどこからか漆黒の仮面を取り出すと、その顔に被った。
するとメキメキという音とともに、その体格が男性体のものへと変化していく。
「うわぁ……」
ハナの格好をしたミニスカートの成人男性がそこにはいた。
たくましい胸筋……。
僕がさきほどハナ(偽)にしたことを思い出して真顔になっていると、ナクアが悲鳴をあげながらニールの足元にすがりついた。
彼女はニールに懇願するように顔を上げ、涙目で見つめる。
「せっかく徹夜で作った衣装が伸びちゃうぅ……!」
「おお、これは失敬……! 浅慮でした」
困ったように謝るニールを見て、アズが「ほう」と声をあげる。
「筋肉座敷わらし……これはこれでありなんじゃねーですか……?」
「アズちゃんは性癖が特殊過ぎる!」
ナクアの声が響く中、ニールはポーズを決める。
僕にはない引き締まった筋肉が少しだけ羨ましい。
……もう少し体を鍛えるべきなのかな。
チラリと横目で伺うようにハナを見ると、彼女は首を傾げる。
「どうしました?」
「……いや、ハナは筋肉があった方が好きかなって」
僕の問いに、彼女はクスクスと笑った。
「では主様はわたしよりも、もっと綺麗で賢くて強い……そんな妖怪の方が良かったですか?」
彼女の言葉に僕は笑って首を横に振る。
そんな僕に、ハナは人差し指を立てて口元に当てた。
「まあ、鍛えておいた方が健康にはいいですからね。主様には、長生きしていただかないと困りますし」
「……末永くよろしく頼むよ」
「はい! では腕によりをかけて、精がつく料理を作らないと!」
ハナは頷くと、キッチンへ向かう。
……今日の晩御飯どんなものが出てくるやら。
ナクアがニールの服を無理やり剥ぎ取る様子を見なかったことにしつつ、僕は今晩の夕食に思いを馳せるのだった。





