-Chapter39-
「おじゃましまーす……」
あれから俺は朔の説得を受け、朔の家に泊まることになった。母さんには明日連絡を入れておくことにしよう。
俺は靴を脱ぎ、丁寧にそろえる。朔の靴ともう一足、誰かの靴が無造作に置かれていたので、なんとなくそれもそろえておいた。ふと、リビングから夕食のいい匂いがする。そういえば、夕食はまだ食べていなかったな。……お腹が空いていたからなのか、誘われるようにリビングへ歩いていく。するとそこには、二人分の食事と、テーブルに突っ伏して寝ている少女――確か、優奈だったか――がいた。
「ごめんよ……優奈」
朔の呟くような声が、俺に聞こえてくる。なんとなくリビングを眺めていると、この料理は優奈が作ってくれたものなのだということが分かった。二人分の料理しかないということは、朔と怜という少女の分しかないということで、俺の分を作るには、彼女を起こさなくてはならないということにも気づいた。
「夕食……か。俺は食ったからいらないぜ」
俺は優奈のことも考えて、朔に嘘を吐く。その後俺は適当に廊下をうろついて、トイレと風呂の場所を確認する。二階に風呂があるなんていう家ではないので、俺はとりあえず一安心した。俺はトイレで用を足し、リビングに戻ろうとする。すると、リビングの中から、
「え、ちょぁ熱っ! 熱い! 地味な熱さ!」
と、朔が悲鳴を上げる声が聞こえた。何事かと思いリビングを覗くと、朔が魚を箸でつまんだまま、空いている方の手で鼻を押さえていた。……どういう状況だ。その後も朔は麻婆豆腐に顔から突っ込んでいったり、急に立ち上がって背中から大量のネギをボロボロと落としたりしていた。食べ物で遊ぶのはよくないと思う。そんな朔の奇行が一段落したところで、俺は朔に問いかける。
「なぁ朔、風呂借りてもいいか?」
朔は周囲を見渡した後、頷く。誰の様子を確認していたのだろう。優奈か、怜という少女か。とりあえず俺はあらかじめ確認していた風呂の場所へ向かった。
風呂はすでに沸いているようで、俺はゆっくりと風呂に浸かる。最近は色々と慌ただしくて、長風呂をしていなかった気がする。身体の芯まで温まり、俺は心身共にリラックスした状態で、風呂から上がった。下着は替えがないからさっきまで着ていたものでいいか……と、そんなことを思っていた矢先、不意に風呂場のドアが開いた。するとそこには、優奈が浮いていた。――人が浮いているなんて、あり得るのか? あ、そうじゃないか……つまり、目の前に怜という少女がいるのだろう。存在を認知できないから、目には見えない、と。……そこまで納得がいった所で、俺は今自分が置かれた状態を理解する。ちなみに、俺はまだ、服を着ていない。あとは、分かるんじゃないだろうか。
「うわぁぁああぁああぁああぁぁ!?」
俺の悲鳴が家中にこだましたにもかかわらず、朔と優奈が起きなかったのは、家族としての特徴か、単なる偶然か。
その日の朝、俺は何をしていたのか、よく覚えてない。それ以前の出来事がトラウマになっていて、何も思い出せない。むしろトラウマの部分を忘れてしまいたいのに、そこだけが鮮やかに記憶に残っているのは、神のいたずらか。そういうわけで、俺が正気を取り戻したのは、俺の携帯に電話がかかってきたときだった。
「も、もしもし?」
半ば動揺しながら、俺は電話に出る。
「随分動揺してるのね。何かあったの?」
通話相手は、どうやら舞のようだった。
「まぁ、ちょっとしたことがあったんだよ……それより、何か用か?」
思い出したくないことを聞かれたので、俺はとにかく誤魔化して本題にシフトさせる。舞からは絶対に疑われているだろうが、そんなことはどうでもいい。
「用っていうか、保険って所かしらね……色々と面倒なことにならないための」
舞は少し含みのある言い方で、用件を説明する。暫く杣と舞が一緒に行動すること、裏通りに現れる黒い奴について知っていることがあれば教えてほしいということ、怜という少女の情報を求めているということ。裏通りの黒い奴について、俺は一つ思い当たることがあったので、それを話してみる。
「昨日黒い奴と戦ったんだが、あいつら、どうやら月の光――多分、それだけじゃなくて光全般かもしれないが、それが苦手みたいだ」
舞は電話口の向こうから、少し考えるように小さく声を漏らす。
「そう、なのかしら? あたしが炎の魔法を使っても、あいつらは普通に寄って来たし、月光の下にも寄ってきていたけど……もしかしたら、個別にタイプがあるのかもしれないわね」
彼女の返答は、俺にとって以外なものだった。月光に寄っていた? もし個別のタイプがないとすれば、黒い奴は月光以外を苦手としていたことになる。それは一体何なんだ……? そう考えた所で、プツ、と俺の携帯電話の電池が切れる音が聞こえた。




