-Chapter53-
「朔か!? よかった、お前は家にいたんだな……!」
電話をかける直前に感じた不安が外れて、俺は少しほっとしながら自転車を道路に着地させる。朔の家まであと数百メートルだ。よくこの自転車ももったなと思いながら、朔の家まで漕いで行く。
「どうしたの迅? 何があったの?」
電話口の向こうでは、朔が不安そうな声で言った。俺の様子に戸惑っているのだろうか。それとも、彼自身が誘拐されたことで、少し疑心暗鬼に陥っているのか。なんにせよ、最悪の事態が起こる前に、朔を連れて行かなければならない。
「杣から連絡があった。……あぁ、話している時間が惜しい! 外に出てくれ!」
俺はそう言うと同時に、朔の家の前で急ブレーキをかける。その数秒後、朔が慌ててドアを開けて出てきた。俺ははやる気持ちを必死で抑え、要点だけを明確に伝える。
「急ぐぞ、朔……! 怜が危ない!」
俺のその一言に、朔はまるで恐れていた事態が発生してしまったかのような顔をして、すぐに何らかの決意をした表情に変わり、自転車の後部座席に飛び乗った。そして、彼は俺の腰に手を回す。包帯でぐるぐる巻きにされているその腕を見て、
「ちょ、お前! ん? どうしたんだその怪我……いや、移動中にそれは聞くか」
一瞬驚いたものの、我に返って自転車を全力で漕ぎ出す。
「お兄ちゃん!」
ふと、後ろから聞いた覚えのある声がする。おそらく優奈なのだろう。この包帯の怪我を手当てしたのは、彼女なのか。
「祭りの時間までには戻るよ!」
朔は優奈に一言声を掛けていた。俺は振り返ることが出来ず少し残念に思いながら、なるべく時間を有効的に活用しようと、朔に声を掛けた。
「とりあえず状況だけ説明するぞ。怜が、舞に襲われたらしい」
この言葉を聞いて、朔はきっと深く動揺するだろう。しかし以外にも、朔は声を上げなかった。まるでこうなることが少しだけ分かっていたかのように。怜と舞の間に、何があったのか知っているのか? 少しだけ気になったが、俺は気になることは順番に処理していこうと思った。
「なぁ朔、お前の怪我はどうしたんだ?」
その質問に、朔は舞に後ろから何かで殴られて気絶したこと、それで縛られた状態でどこかに監禁され、そこから脱出するために魔法瓶というものを使って脱出したということ。その際にガラス片が刺さって腕を怪我したということを説明してくれた。
「そんなことが……くそ、杣の言っていたことは本当だったのか」
杣の言うとおり、舞は朔を人質に取っていたようだ。俺は全力で漕いでいる自転車を、更に加速させようと何度も漕いだ。行きは飛び降りるように進めたが、帰りは上りだ。行きのような手段は使えない。ただ、しっかり最短のルートを通っていたため、短い時間で神社までたどり着くことが出来た。
「杣の話だと怜は祭りのある神社の奥にいるらしい。そこには大きな洞穴があって、舞と杣はそこで何度か会話を交わしていたそうだ」
俺は屋台を駆け抜けながら話す。朔の表情も次第に落ち着かなくなり、神社にたどり着いた時点で、朔は自転車を降りて駆け出した。俺も駆け出そうとするが、ふと周囲を見渡すと、辺りに弥奈やゴル先輩がいないことに気付く。杣はきっと洞窟の中にいるのだろう。そう思いながら、洞窟に入る――。
「怜!」
朔の声が聞こえる。そちらを向くと、朔は炎の中に飛び込もうとしているところだった。
「おい、朔!」
俺は必至で制止するも、朔は止まらない。もう一度怜の名前を呼んで、炎の中に飛び込んでいった。俺は朔を追って炎の中に飛び込む。焼けるような熱さが身を覆ったが、俺たちが閉じ込められているときのような熱さではない気がした。
「あ、あんた……、どうして!?」
俺が炎を抜けた頃、舞の声が聞こえる。その表情は、驚きというよりも、後悔が表れているように見えた。
「舞! 怜をどうしたんだ! 怜を襲ったっていうのは、本当なのか!?」
朔は舞に掴みかからんとする勢いで舞を問いただす。舞はそんな朔に背を向けて何も答えようとしない。――杣は、この場にいなかった。彼女はどこに行ったんだ?
「怜は……どこにいるんだ?」
朔の声に次第に苛立ちが含まれていることに気付く。このままだと、朔は暴走してしまいそうだ。
「どこだっ! 怜はどこにいるんだ! ……言えっ!」
ついに彼は舞の服を掴んで叫ぶ。彼の頬には涙が流れていた。それは地面に落ちると、瞬く間に蒸発する。朔は舞を突き飛ばすと、さまようように怜を探し始めていた。
「怜! 返事をしてよ!」
彼はまるで夢遊病患者のようにふらふらと歩き始める。実を言ってしまえば、どこに怜がいるかは、分かっている。彼のすぐ近く、黒い塊が、きっとそうだ。もしそれに朔が気付いたら、彼はどうなってしまうのだろう?
「怜……どこにいるんだよ……」
朔は、黒い炭の前でがくりと崩れ落ちていた。




