第1話 或る冒険者の終焉と破壊者ルナの噂
このダンジョンには、『破壊者ルナ』と呼ばれる謎の人物が存在していた。
存在している、と言っていいのか? 噂ではいるはずだし、会ったという者もいるらしい。
会ったという者は、必ず「命を救われた」と言っていたが、なぜか感謝を述べない。救われたパーティーはほとんどが解散して去ってゆくため、真実が伝わってこない。
『破壊者ルナ』は冒険者の心を折る。
そんな噂だけが、一人歩きをしていた。
◇
そんなことを思い出したのは、俺が今死にそうなピンチに陥っているからだ。
パーティーは壊滅寸前。頼りのヒーラーは魔力が尽きてへたり込んでいる。
タンクは大盾を吹き飛ばされ、魔法使いの杖は折れた。
目の前にはゴア・ゴート、俺の身長の三倍はあるヤギの魔物が、止めを刺そうと一旦間合いを取るためにゆったりと距離を取った。一気に飛びかかろうと体重を後ろ足にかけるのが分かった。
「助けてくれ、死にたくねえ! 神でも悪魔でもいい!」
「そうか。ならお前の剣を貸しな」
真っ赤なローブを纏った、小柄で線の細い冒険者が、俺から剣を取り上げた。
何しやがる! くそっ、フードのせいで顔が見えない。
「どうやらこのパーティで一番いい武器はこいつでいいようだ。これならいける」
当たり前だ。この剣は名工ランチェスタが作った逸品。全財産をつぎ込んで手に入れた魔剣だぞ。
「うっ、くっ、あっつ!」
何があった? 剣を手にした男は、いきなり呻き始めた。
「これだから嫌なんだよ。ふんぬ~! 熱っ!」
隙だらけじゃねえか! 何やってるんだ、今にもゴア・ゴートが飛びかかってくるぞ!
「ンメェ~!」
いななきを上げて勢いよく飛びかかったゴア・ゴート。
なんだ? 剣が真っ赤に見える。
男が半身をずらし直線的な動きから身を躱すと、横薙ぎに出した剣がそのまま魔物の頭を切り裂いた。
いくら名刀とは言え、俺の剣、そこまで切れ味が良かったか?
脳みそを失った魔物は、そのまましばらく走って倒れた。
冒険者は剣を放り投げるように手放し、どこからか水筒を取り出しては手のひらに水をかけていた。
「これだから嫌なんだ。燃えるなよ本当に」
「お前……破壊者ルナ、なのか?」
ローブを着た人物、少年? 華奢に感じる? 俺の質問に答える気がないのか、剣を指差して言った。
「その剣はもう使い物にならない。お前たちはすぐに入口の帰還スペースまで転移させられる。このダンジョンの十階層ごとにある魔法陣に乗った時と同じ現象だ。命が残っただけありがたいと思ってくれ。じゃあな」
目の前が一気に明るくなり、俺たちは帰還スペースにいた。
「どうした!」
「破壊者ルナに助けられた」
そう言うと冒険者たちが集まって来て、仲間を次々と運んでいった。治療が行われれば命は助かるだろう。
俺は剣を手に取った。温かいぬくもりが剣に残っていた。刀身を見ると波打つように歪み、刃は欠け、剣先は折れていた。
ああ、こういうことか。
剣と一緒に俺の冒険者としての心が折れた。
仲間たちももう冒険者はできないだろう。
破壊者ルナ。噂通り感謝など言えない気分だ。
だが、彼のおかげで今生きている。礼は伝えたい。
涙がとめどなくあふれ出た。
俺の冒険者人生は、これで終わりを迎えた。
◇
これは、遥か未来の出来事。
この物語は、破壊者ルナと噂される少女が、平穏な日常を夢見て頑張るスローライフ的な物語である。




