第2話 転生
「ラノベとか、読んでる?」
え~と、ここはどこで私は誰なのでしょう?
目の前で、綺麗なおば……いえ、お姉様が私に問いただす。
「ほら、日本で流行っているでしょう。異世界転生とか悪役令嬢とか」
あ~、何か聞いたことはある。全然興味ないから近寄らないようにしていたやつね。
病院? 真っ白い空間すぎて何もないように見えるんだけど。
「ラノベ、ですか? 読んだことがないです」
「アニメは?」
「興味なかったので」
「そう。珍しいわね」
珍しいのか? ラノベどころか本読んでいない人多いよ。
「ええと、あなたはお医者さんですか?」
「違うわ。あなたはね、死んでしまったのよ。ご愁傷様でした」
ええと、どうリアクションしていいのか分からない。生前? の記憶が曖昧過ぎる。とりあえず、私って死んでしまったのね? 実感薄いな。
「あなたは料理人見習いとして、一生懸命ビジネスホテルのレストランで働いていたの。だけど頑張りすぎたのね。寝不足と重労働が、何の技術も習得する前に亡くなってしまったのよ。だから皮むきとか、皿洗いや、掃除はちょっとだけ経験値が高いけど、調理技術としては素人、料理教室に通うくらいのガチ勢専業主婦くらいの腕前ね。調理師の学校に通っていたわけでもなかったし」
改めて言われると残念感が酷い。生前の私って……いいところ無いのか?
「それで、次に生まれ変わるのは『スヴェート』という、この世界とは繋がりのない宇宙の中の星です。俗にいう『異世界転生』というものですが、詳しくないのですよね」
「はい」
だって興味がなかったんだから仕方がない。本読むより日々の食事の方が大事だったんだから。
母が亡くなり、小学生の時から家の掃除や料理をするようになった。お父さんには少しでも栄養が偏らないように、少しでもおいしいものを食べさせたいと気が付いたのは中学生の時。ネットで調べられる、簡単・お気軽レシピでは違うと気が付いてから、真面目に図書館で料理について勉強したんだけど、なかなかうまくいかなかった。だから町のレストランでバイトをしながら伝手を作り、ホテルのレストランに就職を決めたのに。
父が亡くなり、気落ちしたまま私も死んでしまったのね。はぁ。
「聞いていますか? 本来であればこんな説明なしに魂をまとめて洗浄し送り込めばいいだけなのですが」
「まとめて洗浄? 雑ですね」
「どれだけの魂を扱うと思っているのですか? 欲まみれの魂の洗浄は強力な洗浄剤で一気にやらないと大変なのです。汚れが落ちないものは破棄しないといけませんし」
なんだかよく分からないけど、怖い話?
「ただ、まれにね、いるんですよ。執着がなさ過ぎてきつい洗浄液に浸せない魂をもった人が。そう、あなたのような人です」
ディスられているのかな?
「父親が亡くなった瞬間から、世界に対して執着を無くし、欲しいものも、未来への希望もなく、友人も恋人もいらない。昔でしたら悟りを開いた大僧侶や大賢者なのですが、今の時代では、無気力の極みなだけです」
「おお、誉められたのでしょうか」
「褒めていません! しかし確かに昔の大賢者は苦しい修行の上にあなたと同じ境地に立ったのです」
「だったらいいじゃない。結果が全てでしょう」
「プロセスが違うのです!」
面倒くさいな。結果が同じなら同じでいいのでは?
「そう。結果が一緒のためこうしてここにいるのです。でもね、なにか不条理だと思いませんか? 一生かけても悟りまでたどり着かなかった修行僧が星の数ほどもいるのに、無気力ってだけで同じ境地だなんて」
「そうでしょうか。頑張って修行したがる方は、きっと脳筋の体育会系か、悟りを開きたいという欲望にとらわれた煩悩まみれな人だからではないでしょうか」
「そう言われれば……」
あ、ショックを受けている。大丈夫かな?
「本当に悟りの境地に到達したような言葉を軽々しく吐きますね」
「それだけ人類が進化したのかもしれませんね」
「ああ言えばこう言うし。まあ、こうなった以上あなたには特典をつけて異世界へ転生、生まれ変わってもらいます」
「拒否権はないんですよね」
「拒否権はありません。ですが、ご希望はいくつか聞き入れることはできますよ。特典ですので」
なるほど。本当はわけのわからないまま生まれ変わるのだろうから、何か得した感じなのかな?
「では、どのような世界へ生まれ変わるのか聞いてもいいでしょうか」
「ざっくりと説明しますと、剣と魔法の日本でいうファンタジーのような世界です」
「なんとなくしかイメージできませんが、仕方ないですよね」
「あなたの知識不足は補えませんね。そこでは魔物と人間との戦いが繰り広げられています。魔物の出る森や洞窟をダンジョンなどと呼び、そこで生死をかけた戦いが日々繰り返されています」
「全員が、ですか?」
「いえ、主に冒険者と呼ばれる職業の方々、場合によっては兵士の方々が主に戦っています。国同士の戦争があるのは、地球も同じですよね」
「そうですね」
「冒険者は何のために戦っているのでしょうか?」
「素材やアイテムを入手して、お金を稼ぐためですね。猟師のようなものです。日本でもクマが街中に出ると、自衛隊でなく一般市民の猟友会の方々が駆除するでしょう? 警察も協力するけど発砲はしないですし」
そんな例えでいいの⁈
「魔物が増えすぎないように、冒険者が戦って減らすのです。その中から才能あるものが勇者や聖女となり、魔王を倒しに行くのです」
なにそれ、蟲毒?
「そこで、あなたには勇者か大賢者か聖女になって頂きたいのですが」
「い、嫌です! なんで私が!」
「はぁ。そう言うと思っていました。生きることにやる気がないのですから」
「なんですか! まあ、そう見えますよね」
目が合ってしまった。ふぅと一緒に溜息を吐いた。
「修行して悟りを開いた人は、使命を果たしたいと進んで勇者や聖女になろうとしてくださるんですけど」
「修行した人が殺戮を目指すんですか! 平和を説くんじゃなくて」
「自信過剰なんですよね。誉められたい・認められたいという気持ちはどうしても無くならないものなんです」
「悟っているんですか、それ!」
あっ、笑顔で誤魔化そうとしている。
「はぁ~。あなたは一体何を望むのですか?」
「そうですね。平凡でもいい、平穏な日々を過ごせれば。作り置きのお弁当でも売って日々の生活に困らない生活をしたいですね。他人と関わらず、お客さんに過剰な愛想を振ることもない、料理を作って、売って、小銭を稼いで、本を読んだりしながら過ごす平凡な生活を望みます」
「なんですかそれは! やる気! やる気とかないの? 成功したいとか」
「無いですね」
「魔法を使いたいとか、人助けとか」
「魔法? 料理に関してなら。冷蔵庫とかなさそうだし、保存とかできたらうれしいですね」
「保存……。ああ、あるわ。時間的なものと、収納的なもの」
「あるんですか! いいですね」
「それを使えるようにするから、一つお願い聞いてくれない?」
お願い? 絶対面倒くさいよね。
「あなたが生まれ変わる場所は変えられないけど、どんな家に生まれるかは決められるの。勇者なら騎士のお家、大賢者なら魔法使いの学者のお家、聖女なら教会の孤児院に入るように」
「聖女、ひどくね」
孤児スタートって絶対いやだよね。
「まあ、何とかなるように育つから。お弁当売って日々過ごしたいなら、そういった環境に生まれないといけないわよね。しかも他人と関わりたくない? かなりむずかしい条件だってわかる?
言われてみればたしかにそうだね。
「そして、ここに来た人に対して、世界を守る役割を担ってもらうのが私の仕事、使命なの。だからあなたのギフトポイントを使い切って生まれ変わらせなきゃならないんだけど、保存と保管って、そんなにポイント減らないのよ」
ポイント? なにそれ?
「こういうのはどう? 普段はお弁当を売ってゆっくりと過ごす」
「普段じゃなくて全部それでいいです」
「あのね、その街にはダンジョンがあるの。そこで死にそうになった冒険者を助けるの」
「多分、冒険者って毎日亡くなりますよね。特に新人さんは」
ラノベとか知らないけど、要は熊と戦う日常でしょ。
「そうね。全員じゃなくてね、イレギュラーな場合だけよ。そのダンジョン、地下になっていてね、一階からしばらくは初心者、十階ぐらいからはちょっと慣れた人向けって感じでレベル分けされているダンジョンなの」
遊園地のアトラクションですか? なんて都合のいい設定でしょう。
「だからね、慎重にレベルを上げて行けば、まあ死ぬようなことはないはずなんだけど。無茶をする奴ってどこにでもいるのよね。それに向いていないとか、緊張感が足りないとか。あっ、高レベル帯は危険性かなり上がるけどね。初心者は無理さえしなければ軽い怪我で収まるわ」
「ゲームですか!」
「だから、そんな感じで死ぬような奴は放っておいていいの。自業自得だから」
「厳しいですね」
「だって、ダンジョンって冒険者をいっぱしの戦闘要員にするためのジムみたいなものだから。神みたいな存在が人間のために作ったのよ」
なんでまたそんなことを。
「魔族と戦えるようにね。魔王と戦うのは日常だし、ダンジョンで鍛えられた勇者パーティは何十組も存在するわ」
「そんなに⁈」
「世界は広いのよ。困っている町や村がいくつあると思っているの? あなたの住んでた日本だけでもあちらこちらでクマが出没していたでしょう。猟友会一団体で全国こなせると思うの? 北海道だけでも無理じゃない?」
「確かに」
「そしてね、そのダンジョンに魔王軍が干渉する時がたま~にあるのよ。そう、本当にたま~になんだけど」
たま~にって、やたら強調するのなんで?
「いくつもあるダンジョンのうちのどれかだし」
「はぁ」
「あなたの転生先のダンジョンがそうなった時、そのせいで困っている冒険者を助けてほしいのよ。チート能力つけるから。そう、一撃で倒せるように特別なギフトをつけてっと」
えっ、決定? ギフトってやつがついたの?
「移動魔法も必要ね。緊急時のみ使用可にすれば威力も上がるし普段は必要ないわよね」
むしろ普段移動魔法があったら便利かも。
「あ、もう修正聞かないから。あとは……緊急時にだけ私が話をできるようにしましょう」
いる? のでしょうか?
「これで良しっと」
「私のメリットは⁈ 倒したってただ働きなの?」
「ただ働きって……。せめてボランティアって」
「やりがい搾取は認めません」
「じゃあ、役に立つレシピと調味料を一回につき一つ渡します。向こうじゃ調理法あんまり発展していないからね」
「料理の発展していないところ? 調味料。そうねお醤油はなさそうね。一番最初はお醤油にして」
「わかったわ。この契約と日本でのことは、一気には思い出せないかもしれないから、思い出した時にお醤油をプレゼントしましょう。ダンジョンを魔族が荒らさずに戦うことなく一生を過ごすかもしれないしね」
「戦わないですむならそれが一番。……え? でも調味料は貰えないの? まあ、お醤油があればまだましか」
「やってくれる?」
「拒否しても無駄なんですよね」
「ありがとう。じゃあ、他人とあまり関わらない、お弁当を売る生活ができるように転生先を選んだから。のんびりした人生を送ってね」
「魔物一回倒して味噌がもらえるなら討伐がんばってみます。できれば早いうちにノルマこなしたいですね」
転生することに少しだけ希望が持てたところで、意識が飛んだ。
というやり取りを思い出したのは、転生先で十六歳になった誕生日のことだった。




