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最近、家に帰るのが億劫だ。
まさか、家が苦痛なんて日が来るなんて思ってもみなかった。
原因は父の書斎に山積みされているお見合いの釣書、お茶会や夜会の招待状だ。
「早く処理して下さい」
とは家令だ。
「私宛にも招待状が山のように来るのよ。お返事を書くだけで手が壊れてしまいそう!!」
とは、普段あまり私に怒ることもしない母親だ。
ついに母親は病弱を理由に寝込むという手段をとって、片っ端から招待をお断りするという暴挙に出た。
私は仕方なしに釣書に目を通し、招待状の送付元をチェックし、その家名や内容をしたためていく、という作業をしていた。
そのせいで、返事を書くのが追い付かない。
婚約破棄後から届くようになったそれらは、すべてリストにして報告せよと王太子からのご命令だ。
私を使って王太子に取り入ろうとする輩がわかっていいらしい。
王太子や王太子妃には直接モーションもかけれない貴族、商人、国外の有力者達が、たかが伯爵令嬢に競い合うように招待状を出しているから笑えてくる。
「どれも、三下ばかりだな」
ジャクリーンとのお茶会に持参したリストを見て、途中から同席したマクシミリアンが吐き捨てた。
「お前は本当に有能だな」
「お褒めに預かり光栄にございます」
嬉しくもないので、棒読みでマクシミリアンに返しておく。
「それで、どうだ?何度か共に出かけたのであろう?」
「どうしてご存知なのですか、と問うても無駄なんでしょう…」
もしかしたら、私に王家の影でもつけているのか。
そうでなければ、私がダリウスとデートを数回したことを知っているはずがない。
ジャクリーンにもまだ伝えてない事実なのだ。
もしかしたら、家人が王太子に買収されているか。
私の胡乱な目付きに気付いたマクシミリアンは、だが鼻で笑うだけである。
「あれは合格だ」
マクシミリアンの背後でメレヴィスがサムズアップしている。
そういえば、ダリウスはメレヴィスの下にある部署に所属していた気がする。
「時間が足りぬからな。私達が外遊に行く前に籍だけ入れたらよかろう」
「そうね。籍だけ入れて、国に帰ってきたら結婚式を挙げたらいいわ!」
この夫婦はなんのことを話しているのだろうか。
「まだ、ダリウスと結婚するとは…」
たしかにダリウスには二回目のデートで告白はされた。
「君の働く姿を見て、前から好きだったんだ。婚約者がいるから諦めてたけど、一から婚約者を決め直すなら、今度は遠慮しない」
いつもの柔和な表情は鳴りを潜め、獲物を狙う侯爵家の顔を覗かせたダリウスに、不覚にもときめいてしまった。
どうせしなければいけないのだから、結婚相手は誰でもいいのではなく、自分で選びたかった。
私だって、ちゃんと恋を育んでみたい。
ダリウス相手にそれができるか不安だけど、気の合う友人から始まる恋もあるだろう。
結論は急がないで、のんびりダリウスと恋人の時間を楽しもう。
そう、考えていたのに。
王太子夫婦が外遊に行くのは半年後。
それまでに婚約して籍を入れろとは横暴すぎる。
父も母ものんびり決めたら良いと言ってくれてる。
ダリウスも私に配慮してくれて、恋人よりも友人のように以前と変わらない雰囲気でいてくれる。
私は恵まれているのだろう。
どんな形であれ、私の行く末を心配してくれる友人夫婦がいるのだから。
もうすぐアンドリューは3ヶ月の謹慎が終わり、辺境へと赴任する。
アンドリューは平民とはならず、ララミーと結婚しテーラ男爵家に婿入りすることとなったという。
モーズレイ家としても、アンドリューに対して恨みがあるわけではないので、後味が悪くない結果となって良かったとさえ思える。
「遅くなったかな?」
ダリウスが侯爵家の馬車で迎えに来てくれた。
今日は一緒にお茶をしてから、観劇に行くことになっている。
ダリウスにエスコートされ、私は何度目かになる豪華な馬車の中に入った。
マークレイ侯爵家は領地は大きくはないが、その代わり王宮で重職を担う家だ。
かつては宰相などを輩出したこともある、文官の一族だ。
慎ましやかな貴族として知られており、そんな家なので、私としても嫁いでいくのが安心だ。
「着いたようだね」
どうやら今日のお茶をするお店についたらしい。
見れば、地位とお金がなければ入店できないことで有名なお店だった。
「ダリウス、ここ…!?」
「まだ君には宝石もドレスもプレゼントできてないから。このくらいさせて欲しい」
「嬉しいわ!」
ここは元王宮のシェフが作る料理とスイーツが提供される。
お店のスタッフも王宮の上級使用人クラスの人間がサービスしてくれる。
さりげない装飾を施された室内の個室に案内された。
ダリウスは仕事のできる男なので、あらかじめ私のためにスイーツを注文してくれていたらしい。
席について待たずして、スイーツとお茶が運ばれてきた。
「本当は、もっと待つつもりだったんだ」
ダリウスがフォークを置く。
「でもこのままの関係でいたら、君を誰かに取られてしまいそうで…」
「ダリウス…」
「君の働く姿もドレス姿も、ずっと隣で見ていたいんだ」
コトリ、と小さな箱が置かれる。
「俺と共に歩んでくれませんか?」
私の手の中におさまった小さな箱。
開けると、そこにはやっぱり指輪が入っていて。
ダリウスのプロポーズの言葉に、嬉しさよりも困惑が先に来てしまった。
「本当はこんな話しちゃダメなんだけど」
ダリウスが情けない笑顔を浮かべる。
「今、王太子殿下付の部署に部署替えを打診されていて…」
「それは……」
「君と結婚するなら、マークレイ家が持つ伯爵の爵位使用を認めるって言われたんだ。君の返事を聞く前にこんな話するなんて、卑怯かもしれないけど…」
ダリウスは自分が卑怯だと言うが、私に誠実であろうとしてくれているから、教えてくれたのだろう。
それに、王太子が煮え切らない私ではなく、直接ダリウスの方に圧力をかけたらしい。
「………ごめんなさい。私のせいで……なんか……」
「いいんだ。僕は君へのプロポーズを許してもらえたと思ってる」
こんなにも、ダリウスは私のことを想ってくれている。
王太子夫婦のお気に入りと称される私の事情を含めて、受け入れようとしてくれている。
大事にされてる。
想われてるってこんなに安心感があるのか。
お店を一緒に見ている時でも、アンドリューとは話す種類を選んでいた。
でもダリウスとは、この商品はどこの国の物だとか、そんな仕事に関係する話をお互いにしていたような気がする。
プレゼントがなくても、何も買わなくても楽しいなんてこと、無かったような気がする。
私の仕事を認めてくれて、きっとこんなに私のことをわかってくれる男性は他には現れないだろう。
「指輪、はめてもらえませんか?」
「じゃあ!!」
「はい、私はダリウスと共に歩んで行こうと思います」
「嬉しいよ、エイダ!」
ダリウスが小箱から指輪を出して、私の左手の薬指にはめてくれる。
「これから、大変かもしれませんけど、二人で頑張りましょう」
あなたとなら、きっとできる。
そう、思うから。
そしてダリウスは私と籍を入れると同時に伯爵位を授かり、以降、私達は王太子夫婦の通訳として外交の場で働くのだった。
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