第三話
気怠い微睡の中、自然に閉じていた瞼が開き、目を覚ました。
カインの姿は無いし、自分の領地へ帰ったのかしら?
ちゃんと私が眠りにつくまでは傍に居てくれたみたいね。
裏ではどんな顔をしているのか分からないけど、私に対しては誠実でいてくれるのね。
「お嬢様、お目覚めになられましたか?」
「ワァ! ビックリした! 貴方は?」
驚いて飛び上がっちゃけど、誰かしら?
見た感じ、メイド服を着ているから私の世話係とかって感じね。
切れ長の目に、カールのかかった薄桃色の長髪。
可愛らしい女性的な雰囲気なのに、意志の強そうな瞳が只者では無いと感じさせる。
「私はお嬢様のお世話を任された、ダリアと申します。 お着替えのお手伝いをさせて頂きますので、どうぞこちらへ」
「ダリアね。 私はアイラよ、宜しくね」
「……お嬢様、申し訳御座いませんが――」
「名前の事よね。 私はお父さんに付けてもらったアイラを名乗るけど、本当の名前で呼んで頂いても結構よ」
「いえ、名前は神官長の儀式によって、授けられます。
お嬢様の御尊名は本日の午後より、命名される予定で御座います」
「そう……それまでの予定は?」
「はい、お着替えの後は、朝食を取ってから神殿へ向かい、そこで御尊名を授かりお屋敷に帰った後、礼儀や作法の教育を受けて頂きます。 あまり多くの事を一度には学べないと思いますので、本日の所はそれだけですね」
「と言う事はいっぱい学ばなければいけないって事よね? まあいいわ」
ダリアに綺麗なドレスをきせて貰い、食堂へと案内される。
あら?
バーンアストライド公爵とお母様、それにカインも一緒なのね。
席に着くと次々に料理が運び込まれてくる。
どれも美味しそう!
この世界に来て初めてのパン!
町に居た頃でもパンがあるのは知っていたけど、私達には分け与えて貰えなかったからずっと食べてみたいと思っていたけど、食べた事がないのよね。
カインが朝食に招かれたお礼をバーンアストライド公爵に告げた後、「礼には及ばぬ」と返事をしたバーンアストライド公爵は食事に手を付け始める。
食事をする前の“いただきます”は無いのね。
盗賊の皆と一緒に居た時は私が勝手にやってたのを皆が真似してやってたけど……
あれが無いとご飯に手を付けるのは気持ち悪いのよね。
私は手をパチンと合わせて「いただきます!」と大きな声で言って食事に手を付けようとすると、皆不思議そうに私の方を見ている。
「それは……何かのご挨拶ですか?」
「お母様、私は食事をする時には感謝をして頂く様にって教えて貰ったの! この料理に使っている食材全てが元々は生きていたのよ? 生命の営みと恵に感謝しないと罰があたるわ」
えぇ……?
前のめりになったバーンアストライド公爵が瞳を爛々と輝かせてこっちを見ている。
私がお母様と呼んだから自分もお父様と呼ばれるのでは無いかって期待させちゃったかしら?
「素晴らしい教えだな。 それは……町の教育で学んだ事なのか?」
分かりやすい人。
声に弾みがあるわね。
でも、貴方の事をお父様と呼べる程、心の整理はついていないのよ、ごめんなさいね。
「いいえ、バーンアストライド公爵。 この教えは“お父さん”に教えてもらったの」
「ううぅ……そうか」
辛気臭い微妙な空気になっちゃったわね。
みんな黙ったまま食事が終わり、パチンと手を合わせて「ごちそう様!」と声を上げると再び驚いた顔をして皆で私を見つめている。
「とても美味しかったわ! 感謝して美味しく頂いたんだから、その後はお礼をいわなきゃ。
ありがとうって感謝を込めて食材や作ってくれた人に感謝する言葉よ!」
この後は神殿に向かう予定ね。
私は席を立ち、扉へ向かうとカインが着いて来てくれる。
一人じゃ扉を開けられなかったから助かったわ。
カインが扉を出る前に礼をしたので、私もそれを真似て扉の外に出た。
「カイン、これから神殿に向かうみたいなの。 エスコートして貰えるかしら?」
「喜んで」
カインが私の手を引く。
「ところでカイン。 お父さん達にはいつ会えるのかしら?」
「捕らえた人達は牢獄に入れられているから……会えないだろうね」
「その人達はその後どうなるの?」
「君をバーンアストライド公爵とイレーネ様から奪った重罪人。
こう言えば君なら理解してもらえるかな?」
「…………。
私は死ぬのは怖くないの。
こう言えばカインなら理解してもらえるかしら?」
「……分かった。
閣下には僕から許可を取っておくよ」
走り出してもどうせカインにすぐ捕まっちゃうし、これで皆と会えるかもしれない。
重罪人と言っていたから極刑は免れない。
けど、なんとかして皆を助けてあげたい!
馬車に乗り込むと、ゆっくりと動き出し、神殿へと向かう。
後ろから違う馬車が着いて来る。
きっとお母様達ね。
「カイン、神殿へはどのくらいで辿り着くのかしら?」
「それ程時間は掛からないよ。 何か気になる事でも?」
「カインとゆっくりお話がしたいわ。
そうねぇ……昨晩は随分緊張していたみたいだけど、カインは小さな女の子が好きだったりするのかしら?」
「そ……そう言う訳では! ただ、君の寝顔がまるで……
月の精霊の様に見えたから。
その……少し緊張してしまった。
自分でも驚いたよ、幼い君に委縮してしまったんだから」
私があまりに美しいから畏れちゃったってわけね。
素直で可愛い男!
「さて! もうすぐ辿り着く頃だと思うから、静かに待っていて、止まる時揺れるから、舌を噛むと危ない」
それから馬車が止まったのは少し経ってから。
照れ隠しに話を反らしたのね。
カインは可愛いわ。
すごく悪戯心を擽られちゃう。
カインに馬車から下ろして貰うと、バーンアストライド公爵が目の前までやって来た。
無言で私の前に突っ立ってるけど……誰も動かないわね。
両腕をワキワキさせているけど、もしかして抱っこでもしたいのかしら?
仕方ない。
それくらい許してあげるわ!
私は両腕を広げると、無言のままバーンアストライド公爵に抱き上げられた。
ずっと疲れている表情で、瞳だけは茂みジャガーだったけど、私を抱き上げると凄く笑顔になってくれた!
分かりやすい人の表情って、可愛くて見ていて飽きないわ。
本当男ってずるい!
こんな顔見せられたら許してあげたくなっちゃうじゃない!
私は抱きかかえられたまま神殿の奥へと連れていかれる。
奥には大きな王冠を被った豪華な衣に身を包んだおじいさんいた。
あの人が神官長ね。
その周りには若い神官達がいる。
みんな長身でなかなかイケてるわね。
小さな男の子達は神官見習いの男の子達かしら?
子供は純粋に可愛いわ。
バーンアストライド公爵が神官長の前まで行くと、早速神官長が儀式の言葉を発する。
私はバーンアストライド公爵に抱きかかえられたままだけど、このまま儀式をするの!?
でも本来なら生まれたばかりの赤ちゃんとする儀式だし、そういうものなのかもね。
ポタポタと上から雫が零れて来る。
バーンアストライド公爵が泣いている……
そうよね、本来ならこの儀式は赤ん坊の頃にしているはずだし、二人の子供は私だけみたいだった。
あれだけ明白に私との再会を喜んでいる姿を見て来たから気持ちは凄く分かる。
私とお父さんとの思い出は、本来彼が得るべき幸福だったんだもの。
ここに来て堪えきれなくなっちゃったのね……
私は小さく「お父様」と呟いて、その胸に小さな頬を寄せた。
あら? あらら?
急に私を抱いてくれている腕がプルプルと大きく揺れ始めた!
慌ててお母様がお父様の代わりに私の事を抱いてくれる。
あれよこれよという間に儀式が終わり私の名前が決まった。
奇跡的にもお父さんが付けてくれた名前と同じ。
アイラだった。
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