表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/104

94 天下分け目の大乱戦





王都アークランドル近郊の夜空。




近衛艦隊と魔王軍の戦いに駆け付ける事に成功した主力艦隊は

堂々と艦列を整え前進する。



対魔王主力艦隊を率いるネータン王太女は旗艦マトゥのメイン艦橋で

砲撃戦用意を下命しつつ状況確認を行っていた。


「さすがは陛下だな。近衛艦隊とグランデ・ラースランは効果的に攻撃を

実行し魔王軍をうまく食い止めている。」


「ですがグランデ・ラースランが被弾しています。煙も上がっていて…」


「よく見たまえ。動力は健在で超大型魔道砲を始め各種砲塔も損傷は

無い。装甲を貫かれていない。」


軍学校を首席で卒業したという新進気鋭のアセッテル艦長が動揺して

いるのをベテランでネータンの側近ダラン提督が落ち着かせている。


ネータン王太女、ダラン提督にアセッテル艦長の3人が並んで暗視機能を

付与された望遠鏡を用いて近衛艦隊の戦いを確認しているのだ。


「あああ、それに近衛艦隊は随分と追い込まれています!かなり

アークランドル付近の空域まで後退させられて……」


「落ち着きたまえ。魔王軍が損害を無視して強行に前進した結果だ。

どう見ても損耗は魔王軍の方が大きい。しっかりしたまえアセッテル

艦長。君はあの名将ステッセル提督の孫だろう?」


「は、はい。」


かつて大アルガン帝国支援艦隊を率いたステッセル提督が高齢で退官し

入れ替わるように学業成績抜群の孫アセッテルが入営した。


確かに優秀で素直なアセッテルだが初陣が大魔王クィラの率いる

魔王軍というのは経験を積ませるにしては鉄火場過ぎたかと

ダラン准将は内心で苦笑する。


その時、通信兵がガープ艦から緊急打電が届いた事を告げて、

少し遅れてガープ艦の索敵情報通りに十時方向から不明の艦隊が

現れた事を艦隊の索敵でも確認された。


「艦影確認!先頭の艦はシルエットの特徴からエネルギア級突撃巡洋艦と

判断。あれはポラ連邦飛行艦隊です!」


成績優秀だけあっていち早く望遠鏡で確認したアセッテル艦長の報告に

満足げに頷いて応えるネータン王太女はポラ艦隊に無線通信を指示。しかし

ポラ艦隊側に無線通信設備が未装備だと分り仕方なく発光信号で連絡した。


さすがに砲撃体勢で突撃中に伝令飛行兵は送れない。


発光信号のやり取りの結果を読んだネータンは鼻を鳴らし、


「ふん、どうやらポラ親衛艦隊のお出ましだ。と言う事は指揮官は

あの冷静で堅実、冷徹なガースキン艦隊指令と言う事か。」


「ああ、『氷の眼鏡をかけた男』ガースキン艦隊指令長官ですな。」


空中艦隊のライバルとしてラースラン艦隊を苦しめた冷たい視線で著名な

名物司令官の登場に顔を顰めるダラン提督。


「ふっ、難敵であればこそ味方になってくれたのは頼もしい。」


「まあ、確かに。」


ダラン提督を窘めるネータン王太女にアセッテル艦長が進言した。


「ポラ艦隊に我が艦隊の攻撃計画を送信すべきと考えます。攻撃タイミングを

合わせればより大きな戦果が見込めるかと。」


「無用だ。ガースキン程の男ならこちらの意図を読んで効果的に

魔王軍を叩いてくれる。」


ネータン王太女がそう言うのと砲撃士官が魔王軍が射程に入った

事を報告するのとは同時だった。


「よし、主砲斉射三連!!そのまま近衛艦隊と呼応して魔王軍を

撃ち減らせ!!」


ネータンの号令で猛烈な砲撃を開始するラースラン主力艦隊。




一方その戦闘開始を確認したポラ連邦親衛艦隊の旗艦マーロフの

艦橋ではガースキン艦隊指令が首席参謀と特別編成の戦闘部隊と

して艦隊に乗り込んできた混成第2師団の指揮官ボロザーキン

と打ち合わせを終えていた。


艦隊に魔物が乗り込んで来て白兵戦になる事に備えガープ兵器を

装備した混成第2師団が各艦に分乗しており、旗艦マーロフには

レーザーガンを装備したボロザーキンと副官のモルスタイン、その

直属のミノタウロス隊が待機している。


彼らの目前でラースラン主力艦隊が戦闘開始。


「ラースラン主力艦隊と近衛艦隊の挟撃が始まったな。いいタイミングだ。

ふむ…これは我が軍でも一刻も早く無線通信を導入せねばなるまい。」


ガースキン艦隊指令はそう言ってから左後ろの座席にいる情報将校に

指示を出した。


「稼動している超巨大戦艦グランデ・ラースランを調査するチャンスだ。

可能な限りデータを収集するように努力せよ。」


「了解しました。」


このやり取りにボロザーキン『大将』は目を丸くして軍学校の先輩であった

ガースキン艦隊指令に伺いを立てる。外見年齢も実年齢でも上で実績あるガー

スキン艦隊指令に自然な気持ちで敬語を使えた。


「なぜ味方であるラースラン艦艇を調査されるのですか?まず探るべきは

魔王軍の方だと小官は考えますが……」


「魔王軍などこの戦いの後に消滅する。データを残してもゴミになるだけだ。」


「……それ程の自信がお有りで?」


「そうではない。ここで我々が勝てば魔王軍が消滅し、敵が勝てば世界滅亡で

我々が消える。つまり魔王軍との今後の戦いを想定する必要は無い。」


(こういう考え方をする資質も軍人には必要かも知れんな。)


艦隊指令のドライに割り切る考え方に妙に納得しているボロザーキン。

そんな黙っている彼の様子を肯定ととらえたガースキンは話を続けた。


「さて、巨艦グランデ・ラースランの装甲と火力は凄まじいが機動力は低い。

現にその弱点を突いて多数の魔王軍が乗り込み白兵戦を仕掛けているが……

健在だな。どうやらグランデ・ラースランにはよほど強力な戦闘部隊が在って

対処しているようだ。」


そう言ってガースキンはボロザーキン大将に向き直り、


「我が艦隊が攻撃を開始したら敵のヘイトが一気にこちらへ向くだろう。

もしかしたら大魔王の敵意さえ向くかもしれん。砲撃戦だけでなく魔王軍

は直接乗り込んで白兵戦を仕掛けて来るに違いない。君の混成第2師団に

大いに期待している。頼むぞ。」


「魔王軍の敵意がこちらに?それはどうして……」


その時、射撃観測要員が魔王軍を射程に捉えた事を報告。それを受けて

ガースキン艦隊指令の命令が下った。


「よし、魔王軍の飛行戦力がラースラン軍と交戦して身動きが取れない間に

敵の無防備な輸送艦隊を攻撃する。主砲斉射の後に各個に撃て。砲撃開始!」


魔獣軍団の後方に浮いて魔王軍地上部隊を満載した大型艦サイズの飛行クラゲの

大群に側面からポラ親衛艦隊の猛烈な砲撃が襲いかかった。


次々と地上部隊を降下させているがまだ多数のクラゲ艦は残っている。

見るからに装甲が貧弱で回避がトロいクラゲ艦は次々と爆散し、その中で

待機していたトロール戦隊やら大型魔獣、溶岩ゴーレムといった強力な

地上戦力が逃げる事も抵抗する事も出来ず殺戮されて行った。


(効率だけを重視した清々しいまでの外道っぷりだな。)


ボロザーキン大将が感心するポラ飛行艦隊の攻撃、流石の大魔王も不快げに

口元を歪め実質的に魔王軍を運用・統率している最高位アンデッドのデス

ダークロード達、ザーゴルン卿とパルサス・デイア卿は怒り狂ってラースラン軍に

向けていた戦力から不利を承知で多くの部隊をポラ飛行艦隊に差し向けた。


魔法やブレスなどの砲火を放ちながら恐ろしい飛行魔獣の群れが殺到する。

艦隊の砲撃開始と同時に配置に付いていたボロザーキンはホルスターから

レーザーガンを抜くとミノタウロスの副官モルスタインを通じ部隊に指令した。


「迎撃準備!」


「「「了解!!復唱、迎撃準備!!」」」


こうして明るくなり始めた夜空の艦隊戦はラースラン空中艦隊に加え

ポラ飛行艦隊も参加して苛烈な戦いに突入して行くのだった。





後続部隊は困難な事態に陥っているが多数の魔王軍は地上に降り立ち

ラースラン王都アークランドルに攻め寄せている。


迎え撃つは猛将アガット将軍の率いるラースラン地上軍3万5千。

しかし魔王軍はかつて無い規模の魔物の大群。魔王軍は大型の魔獣や

巨人兵団にジャイアントゾンビなど前面に押し出し普通の合戦を

拒絶し一方的に蹂躙しようとしていた。


全長50メートルはあろうかという大ムカデ魔獣がアガット将軍の

本陣に迫ろうとした時、万全の構えのガープ戦闘部隊の猛射撃が

襲いかかった。


電磁レール砲の砲列やホバー機動で自走砲化されたプラズマカノン砲、

そして見慣れないパラボラアンテナが先端に付いたような砲も攻撃を

開始するのだった。


パラボラアンテナ付きの砲の正体、それは熱線や電撃に対して強い

モンスターへ対抗する為に持ち込まれた『冷凍光線砲』であった。


冷凍光線砲


かつて、このネーミングに開発者の死神教授は異議を唱えた。


『光線ではないわ!レーザー冷却でも凍結力は微々たるものじゃし原理が違う!

ここは『分子運動停止・磁場フィールド照射式凍結砲』と名付けるべきじゃ!』


『長すぎる。』


『言い辛い。』


不満がブーブー出るネーミング。当時は健在だったガープ大首領の


『作動原理が敵にバレバレなネーミングは不味くないかね?冷凍光線砲の方が

シンプルでいい。』


と鶴の一声で名前が決まった経緯がある。元の名前の通りの作動原理で

照射した箇所をマイナス200℃で瞬間凍結する。同じ低温兵器として

凍結ニードルガンがあるがそれに比べ冷凍光線砲は射程と安定性に

優れている。軽量で歩兵が携行出来るニードルガンとは上手く役割分担が

出来ているのだ。


アガット将軍に迫っていた大ムカデ魔獣は冷凍光線砲の直撃を受け

カチコチに凍って絶命。大ムカデに冷凍攻撃は抜群に効いた。


そして魔王軍の大型戦力群を襲ったのはガープの砲火だけではない。


魔王軍巨人兵団を構成する異形巨人ヘカトーンの群れを襲った悲劇。


ヘカトーンは2つの頭を生やし4本の腕を持つ巨人で2つの顔から

絶えず吼え声を上げ巨大な棍棒を振り上げて暴れている。しかし……


シュタタタタタッ


疾風の如く駆け巨人兵団に襲いかかったのは3機の竜骨機だった。

巨人達と同じ大きさながら強靭な竜骨と装甲で圧倒的な防御力を

持ち凄腕忍者の速度と運動性を発揮する竜骨機にデカイだけで

原始人のようなヘカトーンが対抗出来る訳が無い。


シュバっと竜骨機が大太刀を横薙ぎにすればヘカトーンの

2つの首が同時に刎ねられ、大上段からの斬り下ろしで

唐竹真っ二つに斬られたヘカトーンは一撃で沈んだ。数では

劣るが竜骨機の戦闘力は圧倒的だった。


この状況を魔王軍巨人兵団を指揮している一つ目巨人の

サイローン将軍は怒りの咆哮を上げ怒鳴りつける。


「何をやっている!!たったの3体、取り囲んで叩き潰してしまえ!!

そうすれば後は矮小なゴミ共だ!踏み潰して蹂躙出来る!!」


「ひひひっ、たった一つの目を潰されて地獄に落ちる気分はどうじゃ?」


「?!」


粗暴な悪役のように吼えるサイローンの肩に降り立った般若面の忍者が

これまた悪役のようなセリフを吐いてサイローンの眼球にミスリル鉤爪を

突き刺し奥の脳までえぐって飛び退いた。


般若面の忍者、死紋衆頭領の江戸主水はサイローンの断末魔を聞きながら

竜骨機の肩に降り、周囲を見回す。


「おおう、流石は新勢力ガープの戦闘部隊じゃ。うかうかしていては

手柄を全て掻っ攫われてしまうわい。」


江戸主水が目を細める視線の先ではジャイアントゾンビ隊を壊滅させ

オーガー重装歩兵の密集隊列へと突撃しているガープ怪人リッパー

シャークが大暴れに戦っている様子が見えた。それに奮起し配下の

死紋衆とともに魔王軍狩りを再開する江戸主水。


江戸主水を感嘆させる下級怪人リッパーシャークの戦い。それは

凄まじいの一言に尽きる。


怪力のオーガーが体力いっぱいに重装甲と巨大な武器を装備し

恐ろしい防御力と攻撃力を持った上で密集隊列を組むオーガー

重装歩兵は不退転で突撃し敵を蹂躙する手の付けられない難敵。


だが腹這いずりでリッパーシャークが突入すると逆にオーガ重装兵

が一方的に蹂躙されて行った。


リッパーシャークに触れるだけで装備ごとミンチになって行く

オーガー共。草刈機に刈られる密集した雑草ように隊列はズタズタに

され急速に壊滅されていった。むろんオーガー重装兵も攻撃するの

だが攻撃が当たった瞬間に武器が粉末になってしまいお手上げだった。


ガープ怪人には魔法が無効との先入観があるのだろう。リッパーシャーク

に対して大型魔獣やジャイアントなど肉弾派の戦力を次々と差し向け続け

魔王軍はどんどん消耗してゆく。


さらに魔王軍を消耗させる謎の爆発が頻発している。その原因は

ガープ部隊がコンテナから大量に放った自走地雷だった。


この世界に転移した直後のガープ要塞をゾンビ群から防衛した自走地雷。

現在では制御AIがマールート世界の情報を元にアップグレードされており

バージョン22となる今の自走地雷AIは悪霊系や熱に強い敵を避けて攻撃し

ザコを華麗なステップで回避して指揮官を優先して狙うまで進化していた。




「うひょー!流石にガープの合戦は一味違うな!」



立ち上がったポメラニアンの仔犬のような姿のコボル族がガープの戦いに

感心していた。冒険者パーティー『自由の速き風』の斥候クゥピィだ。


敵の前衛である魔物のうち特に強大で危険な連中はガープ戦闘部隊が

相手をしていたが中型なれど充分に危険な魔物は冒険者達の陣営が

対処していた。


魔物退治なら冒険者だ。


冒険者達は連携して効果的に魔物を狩っていた。自由の速き風も

たったいま魔獣キマイラを仕留めた所だった。


「危ねえ!!クゥピィ!!」


自由の速き風リーダーのリポースが叫ぶ。


クゥピィの背後から馬ほどの大きさのカマキリの魔物ジャイアントマンティスが

鋭い大鎌を振り上げクゥピィを切り刻もうとしていたのだ。


だが……


  シュパッ  ポトポトポト……


「?!」


クゥピィが反応する前にジャイアントマンティスの細長い身体は

縦に真っ二つに切り裂かれ絶命した。その背後にいる初老の男が

ニッコリと微笑む。


「助かったぜ。アンタは恩人だ、名前を教えてもらえないかな?」


リポースの呼びかけに着流しを着て髪を茶筅マゲにした初老のエルフは

快く応える。


「拙者は一介の剣士、右禅うぜんと申す者でござる。よくよく見れば其方の

コボル族殿の実力は確か。恩人などとんでもない。獲物を横取りし相済まぬ。」


「うぜん……ウゼン?!あ、あんた剣聖ウゼンか!!」


「ほほっ、その小っ恥ずかしい呼び方は止めて欲しいでござる。」


「いやいや、剣聖は剣聖だろ?貴方みたいな大物が直接出てくる

なんて思わなかったぜ。」


「この大戦、未熟な愛弟子達が成長する好機として見守るのが師として

真っ当なやり方でござろうが…悪の親玉が出張って来て天下分け目の

大決戦ともなると血の騒ぎを抑えきれなかったでござるよ。」


そう応えると剣聖ウゼンは鋭い眼光で上空に迫った大魔王を見上げて


「出来ればあの魔王クィラに挑み首を刈り取りたい所でござるがアレは

勇者の獲物でござるゆえ……」


強者に挑む剣聖の姿勢に頼もしさと同時に不安を覚えたリポースは

猛烈に戦っているガープ怪人リッパーシャークを指差して


「剣聖様は強者との戦いを望んでおられる様ですが…まさかこの大戦の

終わった後で次に新勢力ガープに挑んだりしませんよね?彼らは…本当に

信頼出来る味方なんです。」


「ほほほっ、確かに彼らも強者ですが新勢力ガープは面白過ぎ・・・・でござる。

彼らは挑むより見物して楽しむが正解でござろう……おおっと、いかん。

話は後日、戦の後で。」


そう言うと剣聖ウゼンは瞬間移動のようなスピードで魔獣ヒドラ相手に

苦戦している冒険者パーティー『緑の月光旗』の助太刀に入った。

そしてリポースが返事をする前に一太刀の斬り払いで7本のヒドラの首を

同時に斬り飛ばしている。


「…凄っげえな……」


「あの!!見送る暇があったら戦ってください!」


一瞬呆然としたリポースにパーティーの魔術師ルティの文句が飛ぶ。


ルティは雷系攻撃呪文の紫電を連発しながら向かって来る魔獣カトバプレスを

牽制していた。いま石化光線で有名なカトバプレスに近接攻撃をしているのは

軽戦士キャンデルだけだ。


「悪い!!今行く!!」


リポースとクゥピィが駆け寄りカトバプレスに斬りかかるのだった。





ガープ戦闘部隊と冒険者達の活躍により危険度大の敵が排除され

魔王軍前衛が混乱する。この好機をラースラン地上軍は見逃さなかった。


アガット将軍の号令で弓兵隊が一斉射撃、降り注ぐ弓矢が到達するのと

隊列を整えたラースラン地上軍が魔王軍に突撃をしかけるのは同時だった。


ラースラン軍の激しい攻撃に魔王軍は劣勢に立たされる。しかも後続部隊が

途絶えてる今、大軍とはいえ魔王軍の総兵力はラースラン軍を若干上回る程度で

主導権を奪われていた。魔王軍側としては乱戦に持ち込み魔物の個人の武力を

発揮させるしか活路は無いと思われた。


隊列を組み替え統制を緩めて乱戦に持ち込もうとした時、魔王軍にとって

最悪のタイミングで敵の援軍が戦場に姿を現した。


南方から現れたのはロガー獣人族連合軍2万8千だ。


「何とか間に合ったね!!」


「正に決戦の真っ最中です!!ラゾーナ閣下!すぐに攻撃に参加しましょう!」


指揮官ラゾーナ将軍はヒグマ獣人ハニクゥード副将の応えに頷き全軍に突撃態勢を

下命し簡潔に攻撃作戦を示した。


このまま左旋回して魔王軍の後方へと突撃を敢行する、と。少し予想外だったのか

黒ヒョウ獣人のガック副将がラゾーナの意図を伺う。


「左ですか?てっきり右旋回して魔王軍の側面を攻撃すると思ってました。」


横槍、正面で戦っている敵の側面を突くのは効果の高い攻撃法だ。むろん

後方から挟撃するのも効果的で退路を断つ事も出来る優れた選択だろう。


だが挟撃は側面攻撃と違って友軍との距離が開く。魔物の群れという

普通の軍勢ではない魔王軍を相手に相互支援がやり辛くなる懸念があった。


「まず、魔王軍の右側面から攻め入ったらアレと戦域が被るよ。何かの

間違いで巻き込まれたら洒落にならない。」


ラゾーナ将軍が指差したのはガープ戦闘部隊が側面から大暴れして

ラースラン軍の突撃を支援している姿だった。


「うーわっ、ガープ怪人の攻撃はエゲつねぇな……」


ハニクゥード副将が声を震わせ応えた。


「それに相互支援出来なくともラースラン軍が崩れる事は無いと見る。

旗印をよく見てごらん。予想通りだけど指揮官はアガット将軍だよ?」


「『ラースランの虎』ですか!!」


ガック副将が納得の声を上げた。それにラゾーナ将軍は応えて、


「そう、アタシ達が獣人でもないのに『虎』と認めているあの

アガット将軍の率いる精鋭部隊、ありゃ強いよ?前方のラースラン軍を

『上アゴの牙』アタシ達が『下アゴの牙』として前後から魔王軍を噛み砕いて

撃滅する、これが一番確実。だから左へ機動し魔王軍の背後に進む。いいね?」


「「「応!!!」」」


すでに万全の態勢を整え終えた副将と兵士達の応えがこだました。

最初にラゾーナ将軍の命令は出ている。彼女が説明している間も

質実剛健のロガー獣人兵達はテキパキと攻撃準備を整えていたのだ。


「よぉーし!!全軍突撃!!我に続け!」


ラゾーナ将軍の号令に暴風のような勢いで突撃するロガー連合軍。

その勢いのまま魔王軍の後方に斬り込んでいく。


だが対する魔王軍後衛には凶暴さと攻撃性で名を轟かせるトロールソルジャー隊が

配置されており怒り狂って反撃、獰猛なロガー獣人兵と暴虐な魔王軍が激しく激突

し王都正面の戦局が大きく揺れ動きはじめる。





一方、正面ではない別の重要局面において一つの決着がついていた。

魔術師ギルド本部の塔をめぐる戦い。知らぬ間に始まっていた戦いに

勝利したのはバーサーン最高導師らギルド側であった。


「バカな!!これ程の高度な魔術水準で応戦されるなど事前情報から考えて

ありえない!」


配下を全滅させられ唯1人残った魔王軍諜報部隊、闇影衆の長、

始祖ヴァンパイアのドラル・クール情報長は混乱していた。


「お生憎だけど私等ギルドはこの半月ほどで百年分は魔術研究が進んで

水準が大幅にグレードアップしていたのさ。それにしてもあの闇影衆が

調査不足に準備不足で壊滅なんてお笑いだね。」


バーサーン最高導師の嘲笑にドラル・クールは激昂し反論する。


「たった半月で研究が進む訳がなかろう!!それに闇影衆はまだ壊滅は

していない!!最後の破壊工作隊が今頃は王都の都市部を狙い陥れる計画を

成功させておるわい!!」


(諜報の長がこんなに思い込みが強くていいのかねぇ…いや、待てよ…)


バーサーンが訝しんでいるとドラル・クールはマントを翻し構えた。

自ら戦い挽回するつもりのようである。バーサーンらギルドの人間を

全滅させれば攻略成功だといわんばかりに威張るドラル・クール。


「私は陽光さえ克服した完璧無敵絶対完全無敵で完璧なヴァンパイアだ!!

貴様の相手など私1人で充分だ!」


「なんの用意もせずアタシに勝てるかね?あと完璧と無敵が被ってるよ?」


「細かい事を気にする余裕など与えはせんよ、覚悟を決め…?!」


ドラル・クールが言葉とは裏腹に隙無く攻撃行動に移ろうと

した瞬間、巧妙に隠蔽されて足元へ差し向けられていた魔法陣が

発動し、ちょうど立てられた棺桶サイズのソーサリアージュエルで

形造られた六角註が現れドラル・クールを閉じ込めてしまった。


「戯言で欺きながら必殺攻撃を狙っていたかね?残念ながらアンタの

ひょうきんな演技は出来過ぎだったよ。」


「何だこれは?」


態度が一変して無表情で冷酷に呟くドラル・クールに

彼の演技を見破ったバーサーン最高導師が応えた。


「アンデッド・トラッパーさ。最近届けられた死霊術の研究資料と

超魔法文明のデータを元にギルドで作り上げた。並みのアンデッドなら

たちまち消滅する所だけど流石に始祖ヴァンパイアは平気のようだね。

けど出られないだろ?」


「……私を滅ぼす事は出来ん。一時的に閉じ込めたとて無駄な時間稼ぎだぞ?」


「お生憎様。一時的じゃなくて永久に閉じ込めるのさ。」


「何?」


「今は忙しいからね、大魔王を倒した後でアストラルヘルゲートの開発を

進める予定さね。完成したらアンタを次元の彼方に追放させてもらう。」


「ハッ!!大魔王陛下が負ける訳が無い。いいだろう、我らが勝利すれば

味方の手で私は解放される。それまで貴様等が滅びる様をじっくり堪能する

としよう。」


それに応える事無くバーサーンはドラル・クールを閉じ込めたアンデッド・

トラッパーを収蔵施設へ移送するように指示。そこへ側近のケイロゥ大導師が

進言してきた。


「あの!!奴が言っていた闇影衆の別働部隊の事を通報するべきでは?」


「もうしてるよ。聞いた瞬間にアタシの使い魔を使ってね。けどもう対処を

開始してるってさ。奴が言った時はもう手遅れの段階だったんだろうさ。

けど流石は狼賀忍軍とガープ警戒網だね。見事に防いでいるようだよ。」


「あー、左様ですか。」


そう言ってケイロゥ大導師を落ち着かせるとバーサーン最高導師は

厳かな口調で皆に気合を入れる。


「大魔王襲来、この魔法の力が鍵となるであろう異常事態に際して我々

魔術師ギルドが対応を間違えては致命傷になろう。魔術の叡智こそ

希望の光、我々の責務は重い。皆心を正して大任へと向き合うべし。」


魔術師達は一斉に眉間に人差し指を当てつつ頭を下げ魔術師の礼とって

総帥たるバーサーンに応えるのだった。


さて、


魔王軍の諜報部隊である闇影衆の本隊が魔術師ギルドによって壊滅している頃、

最後に残った闇影衆破壊工作隊と狼賀忍軍との静かなる戦い。それは魔王軍側に

とって最初から想定外のスタートであった。




「伝令のシャドーデーモン共が消失した?!」


闇影衆破壊工作隊を指揮しているメルキュラ卿は配下の報告に

目を剥いて驚愕する。


「この土壇場で……もしやデーモンを使役している統帥公ボーゼル閣下に

何事か起こったのか?……いや、今は詮索する暇は無い。予定通り任務を

実行する!」


精鋭のダークエルフの一族とドッペルミュータントで構成された

闇影衆は全員無言で頭を下げて応えると手筈通り行動を開始。


彼らは王都アークランドルの後方、北東側の城壁を乗り越える。持続時間は

短いが極めて効果の高い魔法触媒を全身に振り掛け城壁上の魔法障壁を通り

抜けようとする瞬間、殺気に気が付いたメルキュラは散開を命じ殺気を感じた

方向にポイズンダガーを投擲した!


キンッ!!


投げられたダガーを弾き返し忍者の集団が隠形術を解いて出現。

それに向かって表情を歪めたメルキュラが吼える。


「ふん!ここにきて我らの邪魔をするか狼賀忍軍!!」


魔王軍と敵対している狼賀忍軍と魔王軍の諜報機関である闇影衆は

何度も相まみえてきた宿敵だ。


「貴様らの忍術や忍法は研究し尽くしてある!!覚悟するがいい忍者共め!

今日この場で貴様らは骸を晒すのだ!!」


王都の裏手で始まった夜明け前の死闘。しかし両者の戦いはこれまでと様相が

ガラリと変わっていた。


ドガガガガガガガガガガガガガ!!!

 ドガガガガガガガガガガガガガ!!!


チュドーン!! ゴバアーン!!


シュイィィィ!


狼賀忍軍の科学忍術隊は自動小銃やグレネードランチャー、

高X線レーザーガンなどで猛射撃を浴びせかけ闇影衆を

大混乱に陥らせる。


「な、何じゃこりゃあああああ?!に、忍法は??」


メルキュラが驚愕している間も闇影衆は打ち倒され壊滅に追い込まれていく。


「おのれぃ!」


一気に間合いをつめ忍者のリーダーらしき人物に襲い掛かるメルキュラ。

攻撃に転ずるしか活路が無いと踏んだが……忍者リーダーに接近出来たのは

罠だった。


隠形していた忍者が出現し包囲されて罠と気が付いた時にはもう遅かった。

真祖級ヴァンパイアのメルキュラの心臓に聖魔法を込められたニードルガンが

フルオートで撃ち込まれ忍者リーダーの放ったレーザーガンがメルキュラの

頭部を焼き潰した。


だが焼き潰される瞬間にメルキュラは死にかけの配下が持ち込んだ大きな

マジックバッグに『解除薬剤』を中に流し込んで城壁の内側に落とすのを

見てほくそ笑む。


闇影衆工作隊は壊滅と引き換えに任務を達成したのだ。


マジックバッグの中にはフェロモン魔薬によって虫のように縮小し

休眠していた蟻人間マンアントの兵達が入っていた。マンアント共は

解除薬の効果で元の大きさに戻りながら目覚めるとマジックバッグから

次々と這い出して王都を破壊すべく暴れ出そうとする。


1000体近い魔王軍マンアントの群れが王都内に侵入したのだ。


ラースラン王国の城塞都市では防衛戦の最に部隊の移動を容易にする目的で

城壁の内側は幅の広い道路となっている。王都の城壁裏の道路に湧き出した

マンアント達は隊列を揃え市街地へ向け牙を剥こうとしていた。


「そうはさせんぞ!!薄汚い魔王軍めらが!!」


そこに狼賀忍軍からの急報を受け駆けつけたのは大アルガン帝国の騎士団だった。


「アルガンの栄光にかけて友邦ラースランの臣民を護り抜く!!全騎突撃!!」


指揮官である女騎士ゼノビアがミスリルスピアを構え先頭から突撃すると

ツノ飾りにスパイクだらけの重厚な鎧を装備した帝国騎士達も後に続き

マンアント共に猛攻撃を開始した!


激しい戦いになるも包囲されている訳ではないマンアント共は一部の部隊が

少数のグループに別れ市街地への浸透を試みる。


しかし、


「隊列を広げて市街地を守ってください!正面戦闘は帝国軍の邪魔をせず

お任せして我々は分散する敵を食い止め市民の生命を守ります!」


ラースラン王国エラッソン侯領軍が到着しアルガン帝国軍を補佐する位置に

付くと指揮官オーヘルが市街地防御を下命した。これにより魔王軍のマンアントは

押さえ込まれ守備軍を破って突破しないかぎり市街地に手出し不能となった。


必然的に戦闘は激化し損害も出始める。そこへオリハルコン級冒険者の女僧侶

グラーガが風の速さで駆けつけ瀕死の重傷を負った騎士達を治療し始めた。


患者を安心させる微笑み……というよりお宝を発見したトレジャーハンターの

ような満面の笑みを浮かべ素晴らしい手早さで治療していくグラーガの手腕で

防衛側の優勢が支えられ、次第に王都内の戦いは有利に進んでいった。




戦いとは、すべからく忙しい物だ。


様々な戦闘が同時多発的に巻き起こっている王都アークランドルを廻る大決戦。

近代的な通信手段と情報管理体制を備えた参謀本部でも状況把握は大変だろう。


だが全ての局面を謎の超感覚と優れた頭脳で把握し完璧に理解している者がいた。


全てを把握し戦略を理解できる頭脳を持ちながら個々の戦いを娯楽としてしか

認識しない歪みきった思考でその者は3つの目を細めている。


「…のう、ザーゴルン卿にパルサス卿よ。激しい戦いはエキサイティングで

楽しいが……いささか我が軍が負け過ぎではないかの?」


大魔王クィラの異質な三つ目を向けられたデスダークロードのザーゴルンと

パルサス・デイアはクィラの楽しげな言葉に確かなトゲがある事を敏感に

感じ取り慌てて取り繕いと勇戦を口にした。


「一時的には不利ではありますが精強なる我ら魔王軍は必ずや小癪な敵を

殲滅して御覧に入れましょう!」


「もし軍の働きが振るわぬ時は我々が戦線に赴き督戦致しまする!」


軍勢の差配と実務を任されているデスダークロード達は大魔王の機嫌を

損ねないよう焦っていた。敗北ともなれば責任を取るのは彼らだ。


(所詮は黒魔術の学究の徒よな。まともに対案も出せず口約束か。

これは余が自ら敵軍を滅ぼす予定はだいぶ早まりそうよのう…)


下から大魔王を見上げているデスダークロードに侮蔑の表情を浮かべるだけで

返答もせず考え込んでいた大魔王クィラは無関係とも思える呟きを口にする。


「いささか早いが用意してある『手土産』をラースラン王国に進呈して

やろうかの?快く受け取ってくれれば嬉しい哉。……ん?」


ひと際明るくなっていた地平線から輝く太陽が顔を出す。それを無感動に

眺めていた大魔王クィラの表情が突然変化した。狂気じみた笑顔を浮かべ

周囲を見回す。


「……陛下?」


怪訝な表情を浮かべる配下達を無視して大魔王は周囲を探りながら

声を弾ませる。


「遂に余と対峙するか!!おうおう、気配が濃厚に匂うぞ宿敵よ!

転移はどこぞ?転移はどこぞ?…………其処であるかぁ♪」


大魔王が笑顔で睨むのは王都アークランドル。正確には魔王軍に攻められる

王都と大魔王を結ぶ対角線の上空であった。


次の瞬間、そこにもう1つの太陽の如き強い輝きが出現する。


それは太陽のように光り輝く聖光剣を掲げミスリルドラゴンに

騎乗した闘志に燃える若者だった。


その若者の決意を込めた瞳と大魔王の怪異な視線が交差した時、

大魔王の全身から大爆発のように暗黒の魔力が迸る。途轍もない

力を放射させながら大魔王は歓喜に裏返った声で絶叫するのだった!



「雌雄を決する時ぞ勇者ゼファー、我が宿敵よ!!余が大魔王クィラである!!」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ