90 凄まじきかな大魔王クィラ
そこは贅を尽くした絢爛豪華な、されど窓の無い閉鎖した
小さな空間だっだ。調度品も超一流で大アルガン帝国の
中枢に設えた次期皇帝たるメッサリナ皇女の控え室に
相応しい。
メッサリナ個人は贅沢は好まない。何より軍務経験が補給関係で
あったがため無駄が嫌いな性質である。この部屋を飾り立てたのは
側近達だった。
何せ最初に部屋にあったのは新勢力ガープから供与された
衛星通信機器だけだったのだから。伝統を重んじる帝国臣民
から見るとあまりに殺風景すぎたのだろう。
ここは大アルガン帝国の帝都バンデル。
その帝宮の奥まった通信室に側近を含め全ての人員を人払いをした上で
次期皇帝に選出された帝国の後継者は1人で入って行った。
メッサリナ皇女は今、婚約者であり全世界が固唾を飲んで見守る
ラースラン王国の王子であるユピテルとテレワーク会談を行っている。
「ではユピテル殿下、可能な限り早急に我が帝国軍の西部方面軍並びに
レクトール選帝侯領軍を派遣いたします。」
「いや、無理でしょう。落ち着いて下さいメッサリナ皇女殿下。」
「いえ、全軍ではありません。限定的な戦力の総勢10万ですので
将兵の頑張り次第で間に合う筈。我が軍の戦意と献身ならば必ず
間に合い大魔王の魔の手からラースラン王国を守り切って見せますわ。」
「冷静になって下さい。貴女らしくない。10万の兵に動員を掛け集結させ、
集まった軍を編成し行軍計画を立てた段階で1ヶ月は過ぎちゃいます。」
普段から聡明で常に冷静な判断を下すメッサリナ皇女が狼狽し平静さを
失うとこうなるのかとユピテル王子はしみじみ思った。
(冷静な態度と声でムチャクチャおっしゃる……こんな時に不謹慎だけど
ギャップ萌えって感じで可愛いなぁ。)
次期皇帝とはいえ正規軍を動かす詔を発するのは簡単ではない。
帝国議会の承認など様々な手続きを経ねばならぬ。もしくは
余程の危機的状況か。
だが大魔王の立体映像による世界滅亡宣言はじゅうぶん余程の危機だ。
議会も諸侯も文句は言わなかった。ラースラン王国に大兵力の援軍を
送りたいメッサリナ皇女の希望を阻んだのは物理的な現実である。
超大国で膨大な人口と兵力を保有する大アルガン帝国。だが大国と言えど
何の準備も無く10万人の人間と組織をホイホイ動かすなど無理な話だ。
「親愛なるラースラン王国と……心よりお慕いする方に大魔王の魔の手が
迫っているのです。……冷静でなんていられませんわ!」
「ありがたい。本当にありがたいお言葉ですが冷静でない思考では打開策など
見つけられませんよ。聡明な貴女ならお分かり頂ける筈。それに……」
ユピテルは微笑み、
「僕の能力もどうか信頼して下さい。策を講じて勝ち残り必ず貴女の元に
婿入して見せますから。」
ふうぅぅ……
胸に手を当て深呼吸し、思考を落ち着かせるメッサリナにユピテルは
語り続けた。
「大魔王の侵攻に対して勇者ゼファーの救援は絶対に間に合うと僕は
確信しています。様々な勢力の思惑、そして何より……大魔王自身も
勇者との対決を望んでいると見ました。そして烈風参謀閣下のガープ
別働隊も健在です。あの烈風参謀閣下の事、何があろうと必ず決戦に
間に合わせて駆け付けてくれるはず。あの人に手抜かりなど無いでしょう。」
「ええ、その予想の通りに行くと私も思います。では我が帝国としても
現実可能な支援策から進めましょう。」
冷静さを取り戻したメッサリナの様子にホッとするユピテル。
「まず最精鋭の1個連隊を一両日中に王都アークランドルに派遣します。」
「は?!」
「その指揮を任せるのは我が騎士ゼノビア。彼女の実力は頼りになりましてよ?」
「ちょっと待って下さい!流石にその短期間では正規軍を動かす手続きも…」
驚くユピテルにメッサリナはにっこり微笑むと
「正規軍ではありませんわ。先の帝国内戦で心強い援軍を送ってくれた
ラースラン王国にレクトール選帝侯軍が恩返しすべく義勇軍として部隊を
派遣するのです。」
「しかし一両日中とは……」
「全員を転移門で送りますので大丈夫。」
「?!!!」
ガープ要塞への直通として転移門が利用されているから忘れがちだが
転移門の使用には莫大な量の魔石とコストと費用が掛かる。小人数なら
ともかく小規模とはいえ軍部隊を派遣するとなると目玉が飛びそうな
出費になるだろう。
「それと帝都復興にお借りしていた輸送艦をお返ししますわ。救援物資と
復興作業に当たる人員を満載して。勝利を得た後の復旧にお役立て下さい。」
(冷静になったらなったで大胆な判断をなさる。さすが帝の器だ。)
「御助力に心より感謝致します。大魔王の首を討ち取った暁には皇女殿下に
捧げましょう。」
「要りません。あんなキモイ顔の生首などより貴方の無事を望みます。」
「はい。勝って生き残って会いに行きます。必ず!」
ユピテル王子の力強い応えにメッサリナ皇女は微笑で返すのだった。
時を同じくしてガープ要塞でも真剣な話し合いが行われている。
主戦線とはならなくとも副戦場となる可能性の高いガープ要塞、
非戦闘員や要人の退避が求められていたが頑として動かず要塞に
居残ろうとする要人を説得すべく極秘に本国から更に上位の要人が
乗り込んで来ていた。
妖精国ミーツヘイムの親善大使ソアとリルケビットは懐かしく親しい
大アルガン帝国のリーナン皇子と向かい合っていた。
乳兄弟として共に育ち心の底から信頼しあっている3人。
だがガープ要塞のゲストルームのテーブルの上に立ち腕組みして
ふんぞり返っているソアとリルケビットの鼻息は荒く、着席している
リーナン皇子は困惑の表情を浮かべて向かい合っていた。
「私達は絶ぇー対に退避なんてしないから!」
「俺らが本当は強いのリーナン殿下なら知ってるでしょ?一緒に
戦えるようウオトトス達を説得してよ!」
余人はいない。3人きりの中リーナン皇子は13歳という年齢に
相応しい声と態度で応える。対するピクシーたちの態度も砕けた
物だった。リルケビットなどリーナンの前にいる時だけ『僕』から
『俺』になっている。お兄ちゃんぶりたいのだろう。
「うん。2人なら自分の身を守れると思う。けどガープ側からすると
親善大使に万が一があったら不味いって事も分かってあげなきゃ……」
「そーじゃなくてぇ!!」
「俺らも前に出て魔王軍をやっつけてガープ要塞を守るの!」
リーナン皇子は目を見開き、
「……驚いた。」
「え?リーナン殿下まで私達が戦えないって思ってる??」
「まさか。僕が思う訳無いだろ?ソアとリルケビットに助けられた事を
今でもハッキリ憶えていて…心から感謝をしてる。」
リーナン皇子は幼き日の壮絶な思い出を思い返しながら応える。
それはリーナン皇子が10歳の誕生日、堅苦しい宮殿での生活から開放され
ソアとリルケビットと共に大喜びして森を散策していた時だった。
誕生日の贈り物として何を所望するかと問われ皇帝に即答したのは
自由な一日だった。豪華な品物より厳しい教育と皇族としてのタイトな
スケジュールから開放される自由を欲したのだった。
3人仲良く歌を合唱し新緑の森を楽しんでいる。エルフの血を引くリーナンは
森にいるだけでワクワクが押さえきれない。護衛の騎士達もおり何より帝国が
管理している森林、安全なピクニックになるはずだった。
だがこの時、異世界から出現した大魔王クィラが聖王国ヤーン侵略を
開始し、全世界の主要国に強制転移で魔物や暗殺部隊を送り込む無差別
テロの全面攻勢を開始していた。
安全な筈の森林でリーナン皇子達の前に上級の魔獣エルダーマンティコアが
出現。護衛の騎士達の懸命の抵抗も虚しくリーナン達は追い詰められてしまう。
如何に聡明であろうとこの時のリーナンは10歳になったばかり。
恐怖と絶望に泣き続けるしかなかった。
「泣かないで!!」
「私達が守る!!心配しないでリーナン殿下!!」
ソアとリルケビットは一条の光のように前に飛翔し姿勢を揃え、呼吸も魔力も
意識をも完全同調させ必殺の統合大魔法フェアリア・テリオンの呪文を練成し、
襲い掛かろうと飛び出してきたエルダーマンティコアに向け一気に放つ。
至近で魔獣に命中した統合大魔法の効果は絶大だった。
強大な威力を持ちながら完全無音の7色の光の束が一撃でエルダー
マンティコアを絶命させ僅かな肉片を残し消滅させる。
オマケで森の木々が十数本も巻き添えになり吹き飛んでしまい
一行は樹木の精霊からしこたま叱られる破目になったが。
普段の素直で無邪気なソアとリルケビットの様子から想像し辛いが2人は
ピクシーとしては規格外の魔力を持っており上位のフェアリーやハイ・エルフ
にも引けを取らない。この双子が完全同調して放つ魔法の威力はハイフェアリー
のアスニク姫や妖精国宰相オーロアをも凌駕するほど。決して弱者などと
侮る事はできない存在なのである。
「2人の実力を疑った訳じゃない。僕が驚いたのは2人があんなに
警戒していたガープを積極的に守ろうとしている事の方だよ。」
過去の記憶を思い浮かべながらリーナン皇子が応えると、
「あれは私達が馬鹿だったのよ。」
ソアがキッパリと言い切りリルケビットもうんうん頷いている。
「あのね。見た目だけはガープの皆は怖いの。けどそれ見た目だけ。
新勢力ガープは世界の人達のことばっかり考えて悪い事なんか何も
考えてないんだ。」
「ガープはとっても強い。とっても強くて儚いの。」
「強くて儚い?」
「ガープの皆はさ、誤解されても平気なの。誤解されても嫌われても
へっちゃら。本当に気にする事無くドライに割り切っている。でも……」
「世界を守れるなら自分たちが犠牲になっても気にしてない。もしかしたら
誰にも感謝されないかもしれないのに……そんなのダメだよ!」
ソアとリルケビットは腕組みしたまま上体を反らし、
「だから私達がガープを守るの!」
「だから俺達がガープを守る!!」
フンスと鼻息も荒くガープと共に戦う事を宣言する2人。
それを受けて笑顔を見せるリーナン皇子。
ソアとリルケビットとは家族だ。そして共に育ったリーナンには
二人の想いが手に取るように分った。死ぬほど心配だが仕方ない。
もはや2人の決断を尊重するしかない。
「説得失敗かぁ。わかった、2人の決意を応援するよ。…ちなみに聞くけど
美味しいお菓子があるから此処に残る気持ちなんて一切無いよね?」
3人の前には美味しそうなパフェが供されている。ちなみに1皿目は
食べ終え全員がおかわりを貰ったばかりだ。
「………………………………………………勿論だよ!」
「………………………………………………当たり前じゃない。」
2人の返事にリーナン皇子は満面の笑みを浮かべたまま自分のパフェを
パクパク食べ始めつつ極太の釘を刺す。
「必ず生き残って帰ってきてね。もし二人が死んだら僕も死ぬから。」
少女のような可憐な笑みを浮かべたままだがリーナンの声は真剣そのもの。
ソアとリルケビットはリーナンに言葉を返す事ができず絶句するのだった。
「わざわざ御足労を頂きありがとうございました。」
説得を諦めたリーナン皇子が帝国に帰る前に現在の要塞の防衛責任者
ウオトトスとの会見を望み、相対したリーナンにウオトトスは頭を下げる。
「いえ、説得に失敗しソアとリルケビットを残す事になりまして
ご迷惑をおかけする結果になりお詫び申し上げます。」
それにリーナンも礼法に適ったやり方で頭を下げ応えた。
「あのオーロア宰相すらお手上げだった理由が分りました。あの2人が
あそこまで頑固で…真剣に決意を固めたのは初めてです。僕はそれを
尊重するしかない……」
「強制的に連れ帰るおつもりは無いのですね。」
「…………2人に軽蔑されたく無いですから。それに2人なら納得させず
連れ帰っても飛んで戻ってきちゃいますよ。」
そうしてリーナン皇子は表情を改め、最敬礼を取りながら
会見の目的を果たす。
「無理を承知でお願いします。何卒ソアとリルケビットの安全と誇りを
傷つけないようお計らい下さいますよう伏してお願い申し上げます。」
「誇りを……」
「両立は難しいと思いますが……」
「了解です。このウオトトスの全てをもってソア殿とリルケビット殿の
安全を配慮しつつ誇りも守れる方法を模索しましょう。」
(ですが……情勢が緊迫した場合は私が嫌われ役となっても強硬手段で
お2人の安全を確保いたします。)
会見が終わり慌しく帰国するリーナン皇子とお別れをするソアとリルケビットの
様子を転移門の前で見詰めているウオトトスと半吸血鬼のネクロマンサーである
クミスカ・ぺーぺ。そっと小声で雑談を交わす。
「危ない事が分っているのに残ってくれるなんて律儀なピクシーさん達
ですよね。」
「そう言うぺーぺ殿も退避されなかったでしょう?」
ぺーぺも安全のため退避が推奨されていた。退避先はツツ群島国の狼賀の里。
もしガープ要塞に万が一があれば狼賀の里で1、2年を過ごしてほとぼりを
冷まし名前を変えてポラ連邦の科学アカデミーへ死霊術の科学応用のデータを
持って行く事になっていた。
死神教授のぺーぺ受け入れ要請にポヤッキー長官は二つ返事で了承して
くれていたのだが……
「私は私を受け入れて居場所を与えてくれたガープの一員のつもりです。
私の居場所は私が守ります!」
「しかし……」
「私は物理攻撃にはからっきし弱いですが魔法力には自信が有りますし
対アンデッド戦闘に関してならエキスパートです!」
死霊術のデータを得る段階で本当にぺーぺが実力あるネクロマンサーだと
判明した事を受けて三大幹部がぺーぺ残留を認めたのだった。
「私が居る限り不可視の悪霊を使った攻撃や裏工作なんか全て無効に
して見せます!!安んじてお任せあれ。」
「宜しくお願いします。」
防衛責任者のウオトトスは頭を下げた。こうしてガープ要塞もまた
心より信頼する人々の支えを受け、より守りが高められて行くのだった。
凄まじきかな大魔王クィラ。
大魔王を先頭に飛行型魔獣の大群が空を覆い恐怖の進軍を開始。すでに
魔王の領域を抜けハヴァロン平原上空へと進出していた。ここより南に
進めばガープ要塞、南西に向かえば交易都市メザークとガープ交易基地
に出るが魔王軍の進路は真直ぐ西。魔宮から王都アークランドルを直線で
結ぶ線の通りに進んでいた。迷い無く進むそのその姿は見る者全てを
戦慄させるだろう。
何より目立つのは大魔王。常人の100倍の身長と体格を持つ最大最強の
大魔王クィラは飛行するというより透明の足場に立って両手を広げる姿で
空を行く。その禍々しい姿を球形に包むように魔法エネルギーのバリアー
があり何人と言えど行く手を阻む事を拒絶していた。
そして大魔王よりやや低空を行く奇怪な大怪物。魔王軍の中心戦力たるモノ。
直径300メートルを越える巻貝。その殻には棘のような突起があり全体に
不気味な紫色をしている。しかしその空飛ぶ殻の入口に軟体動物の姿は無い。
入口からは巨大なカニの足のような甲殻に覆われた節のある脚が十数本あまり
飛び出しているだけで目鼻も、いや本体すら見えずどんな姿か想像がつかない
大怪獣。
飛行型の超巨大魔獣ヴェルゴール。
ヴェルゴールを中心に千匹を越える飛行型の魔獣軍団が編隊を組んでおり、
その後方に多数の巨大なクラゲのような怪物の群れが追随していた。
クラゲのカツオノエボシを飛行艦サイズに拡大したような姿。
その半透明の『船体』の中に多数の魔物の群れが見える。
これは魔王軍地上部隊を輸送するいわば強襲揚陸艦であった。
魔王軍はその侵攻戦力を全て空輸するという挙に出た。
当然、防御側の想定を超える速度での進軍になり多くの者の
思惑を外す事も出来よう。
「ふふふっ、これで小癪な敵共も必死に動かざるおえまい。何事も
面白く堪能するには下拵えが肝心よのう?さて、我が忠実なる二天王
の準備はどうなっておる哉?」
大魔王の左右に2名の魔王軍の幹部、最上位アンデッドのデスダークロードが
随伴飛行し実質的な魔王軍の指揮と運営、雑用をこなしている。
大魔王の下問にそのうちの1名が応えた。
「統帥公ボーゼル閣下は準備万端が整ったとの事、また内務公デモール閣下と
闘魔将カロニア、我が同僚もまた間もなく準備が完了する予定。いずれも我ら
本隊がラースラン王国へと突入した段階で行動開始する予定に変更ありません。」
「ははっ、ボーゼルめは几帳面ゆえな。デモールも汚名返上の為に入念な準備が
無くば準備完了であったろう。」
5名のデスダークロード。うち2名は大魔王直属に付き、魔宮と山砦マンバーンに
1名ずつ留守番として配置された。残る1名はデモールの補佐と監視である。
「……本当にデモール閣下に温情を与えて宜しいのですか?デモール閣下の
情報漏えいが謀略公クロサイト閣下の戦死に繋がったのでありますが……」
デモールが故ザン・クオーク選帝侯を通じて情報漏えいをしでかした事が
土壇場になって魔王軍に届けられた。
情報を匿名で送ったのは狼賀忍軍。魔王軍の内紛を誘い混乱させる為の
情報操作の離間策である。だが大魔王は乗らず予定通り進撃を開始した。
「デモールの処分は戦の終わった後よ。デモールめも命が惜しいならば
粉骨砕身に働いてくれようでな。……おう、日が沈み昼が明け夜となるぞ。」
大魔王は夜の訪れに口元を綻ばせてたが前方を見詰める目が細められ
口元はよりクッキリとした笑みに変わる。
「出迎えが来たよう也。持て成しが楽しみであるな。」
夕闇迫る中、魔王軍と相対する位置に姿を現したのはラースラン空中艦隊。
ネータン王太女が率いる第一主力艦隊と第二主力艦隊を統合した
魔王迎撃艦隊が正面に陣取り、高高度に展開するラッケン艦隊が
艦隊戦の開始と同時に急降下襲撃をかける手筈で待ち構えていた。
そしてこの艦隊にはラースランに派遣されていたガープ艦とハイドルの半数
6機が戦闘態勢で合流している。残りのハイドルは王都を守る近衛艦隊に
配置されている。
ガープ部隊による情報提供で魔王軍の数と位置、その進路を正確に把握していた
ラースラン空中艦隊は万全の体制を整えていた。
「第一級戦闘配置だ。大魔王陛下のご登場だぞ?手厚く報いて我がラースランを
甘く見た事を後悔させてくれる!」
艦隊指令としてネータンが号令をかける。
「いいか、無理な戦闘で犠牲を出す必要は無い!明朝には閉鎖結界に
定時連絡が届き勇者ゼファーの救援が来る。また烈風参謀のガープ
部隊も万難を廃して駆け付けるだろう。我らの戦略目標は魔王軍を
戦闘に巻き込んで拘束し、その侵攻速度を遅延させる事である!!」
「「「はっ!!」」」
流石はラースラン空中軍の精鋭だった。迫る大魔王を前にして戦意が
衰える事は無く愛する祖国を護るためネータン王太女以下全ての将兵は
揺るぎない決意で大敵に向かった。
ただし、何も考えない砲撃隊列を組む事はしない。参謀達と協議し
犠牲を抑え時間を稼げる戦術を用意していた。
中央に無人の輸送艦が5隻が浮かぶ。輸送艦は船体の大きさだけなら
戦列艦に次ぐ大型艦だ。その輸送艦の正面に短時間だが効果の高い
防御の魔法結界を発生させる魔法陣を設置してある。発動から僅か
20秒ほどしかもたない急造品だが間に合わせてくれた魔術師ギルド
に感謝しかない。
まず、真正面にはこの輸送艦群だけを配置し主力艦隊は左右に展開、
魔王軍の攻撃が集中する正面を避ける。遠距離攻撃を一斉射撃した
後で無人輸送艦隊は魔王軍の正面に突入。この大型艦の排除に魔王軍が
手間取っている間に左右と上空から艦砲射撃を集中させ魔王軍に犠牲を
強いながら時間を稼ぐ算段だ。
「砲撃開始!!」
ネータンが右手を振り下ろして攻撃を下命。最大射程ギリギリで効果は
期待できないが輸送艦が突入する隙を作る攻撃であるため構わない。
同時にガープ艦も攻撃を開始した。ガープ艦には長射程の対艦ミサイルや
多目的ミサイル『黒鳥』などがあるがあえて有視界発射を敢行。
大魔王がいる為に長射程でのミサイル単独攻撃の効果が期待できず
発射によって我が方の位置がバレる危険があったためだ。
またミサイルなど物理攻撃に高プラズマ砲や荷電粒子ビーム砲などの
エネルギー兵器と魔法攻撃、属性の違う射撃を一斉に撃ち込む事で
魔王軍側の対応を困難にさせる狙いもある。
攻撃の効果が期待できない遠距離から撃たれ、届く距離で撃とうとしていた
魔王軍を戸惑わせ動きを止させる事に成功。そこに5隻の輸送艦が結界を張り
つつ一気に突撃を敢行する。
「ほほう?なるほど面白い哉、弱者は色々と工夫せねばならんようだの。」
大魔王クィラは動きを止めた魔王軍に大型輸送艦が突っ込んで来て、合わせて
ラースラン艦隊が左右に移動するのを見てその意図を正確に読む。
「弱者の考えた懸命の時間稼ぎ、圧倒的強者の気まぐれで台無しになる
のは悲しいのう、くくくっ。」
大魔王は人差し指を輸送艦群に向け凄まじい魔法攻撃を撃ち放つ!
轟音と共に空を切り裂くエネルギーの奔流、巨大な輸送艦が何隻も
巻き込まれる膨大なエネルギーは艦の防御結界を一瞬で消し飛ばし
外壁の装甲をぶち抜かれると次々と輸送艦は爆散してしまった。
1隻だけ直撃から外れた輸送艦がいたが側舷を掠っただけで破損し
中破となった艦は前進を継続できずゆっくりと下降し始める。
戦闘艦に比べ脆弱な装甲とはいえ大型輸送艦を同時に四隻も落とした
あまりにも凄まじい攻撃。だがまさかそれは大魔王の膨大な魔力で
威力が爆上がった初級呪文だとは大魔王本人しか分らなかった。
ぽっかり空いた中央を魔王軍が速度を最大に上げ直進し、出遅れた
ラースラン艦隊の側面を通り過ぎて行ってしまった。
「さらばじゃ♪」
あろう事か大魔王は将旗を掲げネータン王太女が搭乗する旗艦マトゥに
笑顔で手を振り嘲笑しながら去って行く。
慌てて方向転換しようとするラースラン艦隊に特に気性の荒い
飛行魔獣100匹余りが襲い掛かりその行動を妨害した。
いち早く反応したのはガープ艦である。高プラズマ砲を連射して
ガープ艦を襲おうとしていた三つ首で翼のある巨大なヒドラの
『キングヒドラ』を何とか撃墜すると方向転換を済ませハイドルと
同時に魔王軍を追跡し始める。
「我らも続くぞ!!急いで邪魔者共を始末し艦列を整えるのだ!!」
血管がブチ切れそうなほどの憤怒の表情でネータン王太女は指令する。
祖国を守る決意と戦意を嘲笑を持って避けられてしまったのだ。
妨害する魔獣を仕留め終えるとラースラン艦隊は憤怒に燃え大魔王の
追跡を開始するのだった。駆動音を鳴り響かせ最大戦速で駆け出す
空中艦隊。
さて、
その激しい空域から少し離れた空の上で一つの小さな異変が起こっていた。
光の粒子のリングを伴った明けの明星のような輝く光、邪封波動・封印結界
である。大魔王によって設えられたその封印結界が突然チカチカ明滅し始め
壊れた蛍光灯のように不規則になり、次にリングが崩壊し光の粒子となって
消滅して行くのだった。
何も無い空域、誰にも目撃されず気が付かれる事も無い
小さな小さな異変が進行して行く……




