89 邪神の使徒たち
大魔王による大攻勢の宣言。
だが恐れる事無くマールート世界の人々は行動を開始した。
まず、大魔王の虚像が完全に消える前に大アルガン帝国のメッサリナ皇女と
ラースラン王国のユピテル王子が衛星通信で援軍についての協議を開始。
距離のある帝政トルフでは皇帝直々の要請で大陸最高の冒険者パーティーの
『覇道の剣』が大魔王に狙われているラースランの王都アークランドルへと
派遣される事となり、ポラ連邦からはガースキン艦隊指令長官の指揮する
ポラ飛行艦隊が救援に行く事が決まる。
この支援の輪の広がりは当然ながら友誼と協調からであったが合理主義的な
判断も少なからずある。
大魔王の目標が分っているなら其処に戦力を集中すればよい。
これが圧倒的不利ならばともかく、勇者ゼファーやガープ残存戦力が駆け付ける
目算が立っている。ましてや大魔王自身が魔王軍は大損害を受けていると暴露して
おり、ここが世界を恐怖させた魔王軍との戦いに決着を付ける好機であると人々は
捉えていたのである。公表されはしないが妖精国ミーツヘイムやツツ群島国の狼賀
忍軍においても合戦準備を始めていた。
そしてそれはラースラン王国に隣接する大国、ロガー獣人族連合に
おいても同じである。
元々、ロガー獣人族連合はラースラン王国と手を結んでいる新勢力ガープを
警戒し、ラースラン王国との国境付近に大兵力を配置していた。この部隊を
即断即決で判断の早いロガー獣人族連合は『義勇軍』として魔王軍と戦うべく
ラースラン王国へと派遣する事を決めた。もとから編成済みで国境に配置された
兵力である。即座に進軍開始すれば王都アークランドル防衛戦に間に合うだろう。
「ふう、どうにも転移門での移動は慣れないね。」
そう言って『義勇軍』駐屯地へと赴任して来たのは義勇軍の主将に任じられた
サーベルタイガー獣人のラゾーナ将軍だ。副将として黒ヒョウ獣人のガック隊長と
ヒグマ獣人のハニクゥード隊長も同行している。
「まあ、今回ばかりは転移門を使わないと間に合いませんからね。」
ハニクゥードはそう肩を竦めた。獣人達は身体を動かす事を好みあまり魔法的
手段の移動法は選ばない。死の大地ハヴァロン平原の彼方にあるガープ要塞へ
行く場合と違い街道が整備された国境地帯へは自力で来たかったのだが生憎と
今回は時間制限がある。
「それにしても正式な派遣軍じゃなくて義勇軍ね…国としては和平が成立しても
ガープに対して素直になれないようで。」
「当たり前だろ?あの新勢力ガープだぞ?」
ガックとハニクゥードの会話をラゾーナ将軍は黙って聞いていた。
「そう言うけどな、あのガープにも人情味ある奴がいたんだぜ?」
「マジで??」
「他のガープの奴は分からんが怪人モーキンってのは真っ当だったな。」
「そうだったねぇ。アレは確かにマトモだったね。」
歩きながらの2人の会話にラゾーナ将軍も加わる。
「対応は丁寧だったけど烈風参謀っていう交渉相手は底の見えない
鋼鉄女だったのに比べ確かにモーキンはお人好しだったね。……怪人
モーキンはペピート将軍の話を真面目に聞き『関係修復の暁にはス
ヴェートに赴きペピート将軍の墓に献花したいッス。』って言って
くれたんだ。それも泣きそうな声でさ。」
「へえ……。」
怪人形態ではモーキンの目に涙腺が無く涙を流せなかった
だけで実はモーキンはメソメソ泣きながら語っていたのだが
流石にラゾーナ総軍は気付いていない。
(モーキンに免じてガープを信頼して一緒に戦ってもいいさ。相手が
魔王軍なら尚更さね……)
そんな話をしている一行は入れ替わりになる駐留軍の指揮官であった
白熊獣人のホーキョク将軍と交替の挨拶を済ませる。
老練で防衛戦が巧みなホーキョク将軍は孫を見るような目で三人を
激励した。彼は軍学校で講義を持つ教授でもありラゾーナ将軍や
故ペピート将軍の指導教官でもあった。いわば師である。
「勇戦をもって名を轟かせる君なら大魔王に一泡吹かせられるだろう。
思いっきり戦いなされよ。」
「恐縮です。私よりむしろこのままホーキョク先生の的確な指揮で
戦った方が魔王軍を打倒出来そうですが。」
「ホホホッ、年寄りをコキ使うものじゃない。老骨の身には
重荷過ぎるというもの。私は引っ込ませてもらうよ。それでは
ラゾーナ将軍閣下、ご武運を。」
「ありがとうございます。…ちなみに先生の帰還は徒歩で?」
「まさか。」
少し驚いた様子でホーキョク将軍は応えた。
「走って帰るに決まっておりますよ。チンタラ歩くなぞとんでもない。
連合首都まで全力疾走にチャレンジしますわい。」
「……老骨って言葉の意味は何だっけ?」
「いやいや、あれこそロガー軍人の鑑だろ。」
コソコソ話していたガックとハニクゥードにラゾーナ将軍の
命令が飛ぶ。
「益体ない話は其処までにしな。各部隊長を集合させろ。
行軍計画を説明する!」
「「はっ!!」」
こうして列強の一角たるロガー獣人族連合を皮切りに大魔王との決戦に向け
各国が力を結集し始める。目指すはラースラン王国の王都アークランドルだ。
さて、少しだけ時を遡る。
竜国に浮かぶ空中都市ドルーガ・ライラス。
かつて大竜宮殿があった竜国中枢であったが現在の竜国、
ルーフル王朝では復興対象としては後回しとされ、地上の
市民階級地区の復興が最優先された結果、ドルーガ・ライラス
は廃墟のままで竜国のドラゴン達も立ち寄らず空中都市内部の
遺跡調査に来ている魔術師ギルドの調査隊が居るだけである。
そんなドルーガ・ライラスにドラゴン達を恐れさせる存在、
烈風参謀の率いるガープ第二主力隊が乗り込んで来た。
「状況は把握しています烈風参謀閣下。これが現在判明している
空中都市内部の研究施設のデータです。もう間もなくジジルジイ
大導師様も来られますので更に詳しい状況が分るかと思われます。」
出迎えてくれたのはプラチナドラゴンのベルクーナ。現在の彼女は
侯爵令嬢ではなく再興したヴァルファー侯爵家の当主である。
ガープ要塞滞在経験から竜国側はベルクーナにおっかないガープ対応を
全て任せて他のドラゴンは皆引っ込んでいた。むしろガープとベルクーナ
も其方の方がやりやすい。
ベルクーナから記録媒体を受け取り烈風参謀がにこやかに応える。
「出迎えと的確な準備に感謝を。竜国の復興が順調なようで何よりですな。」
「全てルーフル陛下の慈愛に満ちた施政によるものですわ。私は今後も全力で
お支えする覚悟です。…それにしても……」
ベルクーナは一行を見て
「皆様お変わり無くと言いたかったのですが随分様子が変わりましたね。特に
ミルスさん。貴方に恋心を抱いた方も多かったでしょうに今のお姿を見たら
気絶されかねません事よ。」
そう言ってサメ怪人リッパー・シャークとなっているミルスに語りかける。
「いや、容姿でしか人を見ない連中は俺だって気付かないさ。賭けてもいいよ。」
「のうリッパーシャークよ。与えたボイスチェンジャーの機能を使わんのか?」
怪人姿のミルスに死神教授が語りかけると、
「だってドラゴン側人員は顔見知りのベルクーナさんだけだぜ?今さら
体裁を整えたって小っ恥ずかしいじゃねえか死神教授閣下。」
「それもそうじゃの。」
「ふっ、公式にはミルス君と怪人リッパー・シャークは別人となっている。
君なら器用に使い分け出来るだろうが第三者の目がある場所では油断の
無いように頼むぞ。」
「了解です。烈風参謀閣下。」
と真面目に応えるがリッパーシャークの声は美しいボーイソプラノの
ままであった。そんなこんなしていると魔術師ギルドのジジルジイ大
導師と、出張して来たらしいバーサーン最高導師が現れた。
こちらは頻繁にガープ要塞を訪れている二人なので口調も態度も
普段通りだ。
「出迎えが遅れてすみません。ですがこの『機動城塞ライラース』中枢まで
の魔道ゲートは全て開いて来たので直通で目的地まで行けますぞ。」
「機動城塞ライラース??」
聞き慣れない言葉にサメ怪人リッパー・シャークが聞き返す。
「このドルーガ・ライラスの魔法帝国時代の名称さ。遺跡探査ってのはさ、
考古学的な調査にもなるんでね。三千年前の太古の記録も出てくるのさ。
遥か昔の人々の生活や想いを想像させられる話さね。」
「ここはアストラルゲートや魔法兵器の開発中枢を担う重要施設でありながら
空中軍事拠点でもあった施設ですじゃ。太古の人々の事ゆえ推測する事しか
出来ませんが魔法帝国グレイゼンベールは軍事国家だったと思われますのう。」
すかさずルーシオンが応えた。
「ああ、グレイゼンベールは本っ当にヒデェ侵略国家だったぜ。」
するとジジルジイとバーサーンは同時に目を瞬かせ、
「……想像しなくても太古の人が目の前にいたね…」
「大昔の人に直接インタビューして記録の真偽を聞けるとはのう…」
「大昔の人言うな。全然実感が湧かねえよ。俺にとっちゃつい先日だ。」
そこで死神教授が割って入る。
「話を変えるようで済まんが機動城塞と言う事はこのドルーガ・ライラスは
ただ浮いているだけでは無いと言う事かの?」
「そうですじゃ死神教授殿。実はコッソリと深夜に機動実験を行いましてな。
地球のセンチメートル法で約33メートルほど動かしてデータを取りました。
その解析から推測するに全力運転すれば結構な速度で移動可能ですじゃ。」
「ちょっと?!深夜にコッソリって竜帝府は何も聞かされておりませんわ!!」
ベルクーナが猛抗議し、実験実施は知っていたが無許可だとは知らなかった
バーサーン最高導師が頭を下げ、魔術師ギルドとして公式に謝罪文を出す事
で折り合いを付けた。大導師たるジジルジイの後頭部を張り倒しながら。
こほん。
烈風参謀が咳払いをしながら告げる。
「有益な情報もあり価値有るお話ですが時間が押しています。そろそろ
中枢へとご案内をお願い出来ますかな?」
「これはしたり。さっそく御案内いたしますわい。」
直ぐにジジルジイ大導師が先頭を切って進む事になった。
ちなみに彼らが現在いる中枢への通路入口付近の場所は
あの青玉の賢人ハーリクがプロトンビームに倒れた所であった。
だが誰もそれに気が付かず、気が付いても誰も関心を向ける事は
無いだろう。
内部通路の移動はスムーズで問題無く進む。
ある地点から床も壁も天井もツルツルした継ぎ目の無い緑の素材に変わるが
それは金属でも合成樹脂でも無さそうであった。そしてその緑の素材そのもの
が光を発し照らしている。
小関門のような場所が節々に存在するが自動ドアのように彼らを通してくれた。
ただ半透明の扉がフォヨョ…っと消えて、皆が通り過ぎると扉が出現すると言う
いかにも魔法でございといった感じの自動ドアだったのが面白い。
「本来はこの扉を起動状態にするのも、ましてや資格者権限でフリーパスで
通るのも無理だったが可能になったのは新勢力ガープの協力あっての事さね。
それはとても感謝しているよ。」
バーサーンの謝辞にニヤリと笑う死神教授だった。が、意外な事に
烈風参謀はその事について詳しくなかったようだ。
「それは……」
「アンタの専門分野外の事だからね、無理も無いさ。この遺跡の資料は全て
『原初魔法語』で記述されていて普通の古代文明の魔法言語の『古代魔法語』
とは大違いでね、内容が高度過ぎる上にまるで違う言語構成でチンプンカンプン
だった。その上に軍事技術情報も含まれるからか多くの箇所が暗号化されてた。
普通に研究してたら解読するまでにエルフの寿命が尽きかねない時間を要して
いたろうさ!」
バーサーンの説明をなんと死神教授が引き継ぐ。
「そこでワシらの科学じゃ。魔法的発想力や構想力を必要としない純粋な解析
なら協力出来るのでのう。その時点で分っていた極僅かの『古代魔法語』と同じ
『原初魔法語』の単語と対比表と文章を量子スーパーコンピューターにブチ込んで
解析したんじゃ。むろん翻訳機能と暗号解読システムも総動員してのう。量子
スーパーコンピューターで6時間も掛かる1作業の計算なぞワシは初めてじゃたが
無事に翻訳と理論の書き出しに成功したわい。」
その上で算出された超高度魔法理論などをポラ科学アカデミーの協力を受け
魔道科学的アプローチを経てコンピューターでも分析可能なデータとして
コンバートし、見事に分析を完了させる事に成功したのだった。
「……その手馴れた様子だと同様の共同研究は何度も成功させている
ようだな。共同研究体制が順調でなによりだ。私も何とか時間を作り
科学技術セクションの報告書を読むようにしないとならんな。」
「ワシの専権事項としてやらせて貰っておる。三者三様に旨味のある話での。
我がガープは魔法データの蓄積と技術応用、魔術師ギルドは数百年掛かる
分析研究の大幅短縮、ポラ連邦科学アカデミーは魔道と科学の大幅グレード
アップじゃ。美味し過ぎて宴会状態じゃよ。」
魔法データの蓄積と技術応用。これらを以前から積上げていたからこそ
クミスカ・ぺーぺの死霊術データを元にしたエクトプラズム・ミサイルを
早期に完成させ実用化に漕ぎ付ける事に成功したのだ。現在の危機的状況を
脱した後はもっと大々的に研究協力をやるつもりである。
ジジルジイ大導師も加わり今回の目的に合わせた話を始めた。
「例のアストラル・ヘルゲート装置についても原理と作動理論は入手出来て
おりますじゃ。これを元に研究すれば3年を目処に製作は可能かと。しかし
この最奥の研究セクションで製造工程のデータや製造設備などがあれば
製作期間を大幅に短縮出来る筈ですじゃ。」
「まあ、現物のヘルゲート装置があるのが一番なんじゃがな。」
話している内に全員が前に立っても開かない扉に辿り着く。
「この中の玄室が研究施設の最終防衛拠点ですじゃ。魔法装置的な防衛機構は
全て解除したのじゃが流石に魔法の効かないモンスター相手は分が悪うてのう。」
「この中にマジックイート・スライムが群れているんだな?」
サメ怪人リッパー・シャークが腕まくりしそうな勢いで前に出た。
だが初撃は戦闘員部隊の射撃。効果しだいで怪人投入となる。
パチュン!! パチュン!! パチュン!!
まず扉を開くと戦闘員部隊が安全圏から威力偵察気味に牽制射撃を実行したのだが
何とこれだけで紫色をしたスライム共が撃たれた水風船のように弾けて潰れて行き
あっと言う間に退治してしまった。研究用に何体か凍結ニードルガンでカチコチに
凍らせて保存し後送する余裕も出来て戦闘終了。僅か5分の出来事だった。
「俺の出番無しかよ……」
リッパー・シャークはぐちぐち愚痴るが戦闘など損害無しで終れるなら
それに越した事はない。ましてや時間に余裕が無いなら尚更だ。
「今後いくらでも戦う機会はあるわい。それにスライムを切り裂いて
粘液まみれでドロドロにならんで済んだじゃろ?」
「怪人になった時から返り血を浴びる覚悟は決めてますよ。」
「いや、粘液が有毒の可能性の話なんじゃが……おお!!」
玄室の奥側の扉が開き待望の研究施設中枢が姿を現した。
転移阻害結界のあるそこへジジルジイ大導師がローブの裾を
摘みながら全力疾走し一拍遅れて死神教授も駆け出した。
そこは望外の資料の山。貴重な魔法研究資料の宝庫。
ただし魔法兵器関連だけのバランスの悪い宝の山で
あったが。
肝心のアストラル・ヘルゲート関連は資料と製造設備の一部があり
作りかけの部品まであった。これで製作ノウハウの確立と研究が
一気に進むだろう。しかし……
「残念ながら現物は無かったか……」
魔王召喚に使われているであろうアストラルゲート関連の機材が
無い事は想定されていた。おそらくゼノス教総本山に運ばれ
長年に渡り魔王達を呼び寄せるのに使われているのだろうと。
だが、完成品の超魔法文明製の兵器は全て持ち出されていたのは想定外だった。
むろん欲しかったアストラル・ヘルゲートは影も形も無い。深刻な破損をした
兵器や未完成の物などが粗雑に放置されている状態。
「結局、五大賢者どもは本当の賢者でもなく余裕も無かったって事だね。
本格的な補修や修理も出来ず高度すぎる魔法道具の開発能力も無かった
みたいだ。ありったけの兵器を持ち出して奴等は敗北したんだろうね。
新勢力ガープに。」
スライムが排除され、待機を命じられていた魔術師ギルドの調査チームが
合流しジジルジイ大導師と共に目の色を変えて施設を調べまくっている中、
バーサーン最高導師は頭を振って呟いていた。それに烈風参謀が応える。
「ですが我々の戦闘記録にはアストラルヘルゲートのような兵器を
使用された記録はありません。信奉者のような五大賢者の意を受けた
残党が隠し持っている可能性があるのでは?」
「無いね。奴等は魔法帝国の最後の残党だと聞いている。魔法力の低い
現代人を見下し多くの人々を使い捨てにして来た。さっき見た資料だと
人を生贄にして作る兵器なんて物も作ってもいたようだ。あの連中に
人望なんてありゃしないさ。信奉者なんていないだろう。」
「ではヘルゲート装置は移送中に紛失したか使用前に我々が気が付かない
ままに破壊したと言う事でしょうか。」
烈風参謀とバーサーンの会話を聞いていた勇者ルーシオンは重い口調で
呟く。
「グレイゼンベールの残党か。その最後は見たかったな。」
「闇大将軍の本気とオリハルコン・ドラゴンの怒りに触れ完全消滅したぞ。
三千年も無駄骨を折り続けた挙句の哀れな最後じゃ……何じゃ?!」
その時、ガープ関係者全員の端末が同時にエマージェンシーコールを
鳴り響かせた。そのまま繋がった緊急連絡は闇大将軍と第一主力部隊の
消息不明と全世界で同時発生した怪現象を伝えた。
驚愕しつつも詳細を確認しながら遺跡の外へと急ぐ。そして……
「なんだと!!」
「でっけぇ!!あのキモイケメンが大魔王かよ?!」
そこでは空いっぱいの暗闇、大魔王クィラの巨大な虚像が恐怖の宣告を
行っていた。
『首を良く洗って待っているが良い虫ケラ諸君。皆に苦痛と死を撒き散らす
変わりに代償として素晴らしい褒美を与えよう哉。その褒美は歴史の終焉の
立会人にして世界の滅亡の目撃者となる事なり。』
おぞましい演説を終え嘲笑しながら消え行く大魔王の巨大な立体映像を睨みながら
珍しく烈風参謀が感情をむき出しにした表情で唸る。
「…しくじった!!」
烈風参謀は大魔王の消えた空を見ながら表情を険しくさせ言葉を続ける。
「まずいぞ!閉鎖空間で修行している勇者ゼファーに定期連絡が届けば即座に
転移でラースラン王国へ行くだろう。我々とルーシオン殿が遠隔地に引き離された
まま勇者と大魔王に直接対決されては『降臨の議』が成立してしまう!!」
「それは重畳。」
烈風参謀の深刻な懸念に応える喜びの声。
全員で振り返ると少し離れた後方に神聖ゼノス教の最高大神官ヤソ・レイシスと
大神官コロシアが並んで立っていた。そして彼らの後ろには5名の神官が無表情で
並んでいる。
新勢力ガープには無い大きなアドバンテージ、転移でやって来たのだろう。
ゼノス教会には欲望塗れの司祭や司教等が居るがその上位に神官という階層が
存在する。ストイックな修行僧のようなゼノス神官、中には感情を喪失した
人間らしさを失ったと思われるような者達も居るという。
ここに並んでいる5人は正にそうで無表情で異質。非人間的な何か、
人形が並んでいるような印象を受ける者達だった。
「ククククククッ、貴様らをここで足止めすれば我が神の望みが叶う。
まさに千載一遇の好機、元から神に逆らう貴様らに運など無かったのだ。」
「何言ってんだい。役割を放棄して神界に戻らず自己の欲望で動いた時点で
神格を放棄したようなもんさ。ハッキリ行ってゼノスは偽神、ただの化物だよ。」
バーサーン最高導師の応えにヤソ最高大神官は表情は変えず声色だけ
不機嫌に返す。
「愚劣な凡夫が分ったような口を利くな。」
「凡夫?アタシゃ女だよ?」
それに対してヤソ最高大神官は応えず右手を掲げ
厳かに告げた。
「『ゼノスの下僕』達よ。真の姿を示し役目を果たせ。」
その瞬間、後ろに並ぶ神官達が激変した。頭がどんどん大きくなり
逆に身体は頭に吸収されるように縮小。顔から目鼻が消え黒い口だけが
残り無色の髪が伸びて触手のようになる。
5人の神官は5体の化物、ゼノスの下僕に変じた。
その姿は顔に黒い口だけがある直径2メートルの
生首が飛んでいるという奇怪な怪物だった。
その怪物共が動きはじめた瞬間に烈風参謀が前進する!
同時にヤソ最高大神官とコロシア大神官も烈風参謀に
向かって突撃して来た!
「烈風参謀!!貴様の相手は我々だ!!!」
両者は同時に変身を遂げる。軍服を弾き飛ばし烈風参謀は最上級怪人
クリスタルテラーになり僧衣を吹き飛ばしヤソ最高大神官とコロシア
大神官は黒い口しかない白い姿、あのエネアドと同じ『ゼノスの使徒』
となって両者は激突した!
(よし、やるぞ!!)
ヤソ最高大神官が無駄口を言っている間に烈風参謀は
思考を巡らしていた。今後の戦いや世界の命運を制する
鍵、勇者ルーシオンと大首領を封じる死神教授の安全確保。
即席で考えた方策は……
「ガープ空間発動!!」
自身と使徒ヤソと使徒コロシアを同時にガープ空間に閉じ込めた。
まず敵戦力分断を図り、手強いであろう敵主力を最初に始末する。
(あの5体の生首の方が強い秘密兵器という事はあるまい。もしそうなら
コイツ等ではなくあの5体を私に差し向けた筈だ。)
次元断層で切り抜かれた亜空間で使徒共と対峙しながらクリスタルテラーは
空中に浮き機動戦の構えを見せる。
シュオオオォォォォ……
使徒ヤソとコロシアの全身から白い煙のような気体が噴出した。
魔力や生命力を奪い取る『吸精の死雲』の大量散布。その死のガス雲が
空間を満たしつつ迫って来るのは…クリスタルテラーから見れば笑うほど遅かった。
それにこのガープ空間は魔力皆無で相手からの攻撃が無ければ
吸収するエネルギーは無い。
使徒共は攻撃に念動力による衝撃波攻撃をも加え始める。凶悪な威力の
衝撃波が2体の使徒からマシンガンのように放たれるが空中のクリスタ
ルテラーは俊敏な回避運動で直撃を避け続けた。
慣性制御を効かせながら急停止と急加速を繰り返し空中を自在に舞いながら
クリスタルテラーは呟く。
「随分と過分な攻撃を頂いた。私の方からもお返しせねばな。」
構えなどは無い。いきなりだった。
クリスタルテラーの全身が光輝を放ったかと思った瞬間、猛烈な
エネルギー渦動が巻き起こり高威力の光子弾が渦を描くように
飛翔して使徒ヤソと使徒コロシアの全身を容赦なくズタズタにする。
((ぐあああああ?!))
クリスタルテラーの主力兵器『フォトンの烈風』。これは本来は
強固な装甲を持つ大型の標的を同時殲滅する武器で生身の存在に
使うような攻撃ではない。
通常空間で使った場合には螺旋を描いて飛んでいく光子弾に巻き込まれ
大気が動き名称通りの烈風を巻き起こす。ここでは吸精死雲の白濁した
ガスが巻き込まれ一箇所に纏めて渦を巻き、その中心で使徒共の身体は
バラバラになる……かと思われた。
「……ほほう。」
信じられない事に光子弾の勢いが衰えクリスタルテラーは放っている
エネルギーが奪われていると感じる。事実、使徒共の肉体の破壊は
止まっていた。
(不味い事この上ないエナジーだったが味は覚えたぞ……)
魔力を含まない未知のエネルギーでも味を覚えれば吸収可能なようだ。
(これは同じ攻撃を繰り返す事は出来んな。)
ヤソとコロシアの全身には大小無数の傷で覆われていたが
その傷が全て黒い口に変わる。
全身に隙間無く発生した黒い口に覆われた人型。戦慄するほどの
グロテスクな存在がクリスタルテラーに敵意をむき出しにした。
(危険な技を使う化物め。だがどんな技だろうと我らを
打倒する事は出来ん。)
「化物?それは鏡に向かって言うべきだな!」
言い放つクリスタルテラーに対し使徒ヤソとコロシアが全身の黒い口から
一斉に黒い舌を伸ばす。まるで人型のウニのようになった邪神の使徒に対し
クリスタルテラーも白兵戦で応戦する構えを見せた。
ンヴォォォォ!!
ンヴォォォォ!!!
クリスタルテラー両手の甲のあたりに張り出した甲殻からクリムゾンレッドに
光るレーザー剣が展開。長さが3メートルほど伸びた所で放電を伴い強く
輝き始めた。さしずめ通常の刀剣なら抜刀し構えた体勢か。
悪しき輝きを放つレーザー剣『フラッシュ・ハーケン』をクリスタルテラーが
展開すると同時に使徒共の黒い舌が一気に伸び高速の槍のように襲いかかる。
高速で追尾し伸びてくる無数の黒い槍を超高速で回避しながらクリスタルテラーは
間合いをつめ前進した。その飛行行動は正確無比だ。
至近に迫るクリスタルテラーはフラッシュハーケンを一気に突き立てる。
狙うは黒い口の中、事前情報で使徒エネアドを倒したデータで知り得た
弱点だ。その一撃を浴びせた相手は使徒ヤソである。
「狙えるならまず大ボスから仕留めねばな。」
左右のフラッシュハーケンで別角度から身体の中心を貫かれた
最高大神官だった使徒ヤソは全ての口から同時に断末魔の叫びを上げた!
((((((ぎゃあああああああああああああああああ!!))))))
クリスタルテラーはそのまま光る刃を左右に振り抜き使徒ヤソの
身体をバラバラに裂いた。最後の足掻きなのかヤソの口の一つが
フラッシュハーケンの刃を噛み千切るがエネルギーを供給され
レーザーの刃は瞬時で元通りになり、クリスタルテラーに何一つ
ダメージを与える事無く使徒ヤソは敗北した。
その時、
驚いた事に使徒コロシアがヤソの残骸に喰らいつき貪るように吸収した。
コロシアの身体は数倍に膨れ上がり球形となり全身を覆う黒い口も
数倍の大きさになって牙をむく。
そのままクリスタルテラーへと迫りレーザー剣を構えたクリスタルテラーも
応戦する構えで突撃してくる。
(くくく、そうだ来るがいい。私はヤソの残骸に残ったその光の刃の味を
憶えた。光の刃を突き刺した瞬間が貴様の最後だ。)
コロシアはレーザー剣のフラッシュハーケンを吸収可能となっている。
刃を吸収され驚愕するクリスタルテラーの胴体に喰らい付くつもりで
全身の黒き口を大きく開いた。
激突する寸前、クリスタルテラーは急停止しレーザー剣を収納する。
(?!)
「落ち着いて戦っていれば同じ攻撃が通用しない事は流石に分るのでね。」
クリスタルテラーがそう言うのと肩部の装甲を開いて重核子弾頭の生体ミサイルを
発射するのは同時だった。致命的な威力を持つ小型ミサイルがコロシアのそれぞれ
の口内に撃ち込まれその体内で爆裂した。
((((((ぎゃあああああああああああああああああ!!))))))
ゼノスの使徒ヤソに続きコロシアもまた消滅。上級怪人クリスタルテラーは
無傷で勝利を獲得したのだった。
「ふむ、あらかじめ使徒エネアドとの戦闘記録を研究していた割りに
時間が掛かってしまったな。」
その絶命を確認するとクリスタルテラーは少し不満げに呟きながら
ガープ空間を解除する。戦闘部隊にリッパー・シャークもいるので
あの生首軍団にそうそう遅れを取る事はないだろうが急いで悪い事は無い。
通常空間に戻ったクリスタルテラーはまずルーシオンと死神教授の無事を
確認する。二人は無事。ついでに全員も無事で無傷だった。
「どうかしたのか?!」
だが全員の表情が暗く深刻な事にクリスタルテラーは思わず確認する。
「やられたわい。奴等の狙いは最初からワシ等の足を潰す事じゃった。」
あの後、ゼノスの下僕という生首軍団はガープ戦闘部隊を無視した。
ルーシオンさえ無視して向かったのは付近に着陸していた5機の
時空戦闘機ハイドルだった。ゼノスの下僕はそれぞれ5体が個別に
エンジンの噴射口から機体中心部へと潜り自爆したのだった。
慌てて振り返ると部隊が分乗してきた5機のハイドルから黒煙が上がっている。
設備が無ければ早期の修理は不可能だろう。
「やられたな………」
まさか最高大神官が囮になって狙ったのが移動手段だったとは。
戦略の合理性で考えれば妥当だがまさか最高権力者が前面に立って
やるとは思わなかった。油断である。
新勢力ガープは転移が出来ない。マッハで飛ぶハイドルが使えない以上
この状況は深刻だった。
(私1人なら超音速で王国まで飛べるが邪神が来るのにルーシオン殿を
連れて行けないのは致命的。ルーシオン殿も転移出来ない以上、何か
別の方法を……)
「我が提案でドルーガ・ライラスまで来た事での苦境。幾重にも
お詫びいたす。その上で提案なのじゃが、このドルーガ・ライラスで
行かれてはどうか?」
「?!」
ジジルジイ大導師の提案に一同は驚いて声も出ない。
「先日の実験でこのドルーガライラスは王国の戦闘飛行艇の3倍ほどの
速度が出る事が判明しておる。戦闘部隊全員を送る事も容易いかと。」
(戦闘艇の3倍か……)
ラースラン王国の装甲コルベットやガンボートの最高速度は頭に入っている。
素早く計算するクリスタルテラー。その時リッパーシャークが愚痴った。
「ってかさ、大魔王が全力移動して来たら最初から間に合わないんじゃね?」
「いや、そうではあるまい。ああして宣言までして……魔王軍の損害も
隠さず。あれは敵対勢力を呼び込むつもりだ。奴は天下分け目の大決戦を
見物しながら勇者ゼファーの到着を待つつもりなのだろう。大魔王は悲惨な
戦争を娯楽にする真性のサディストだ。だからこそ時間に余裕がある……」
クリスタルテラーの言葉に力強さが宿る。ギリギリ間に合う
との計算が立ったのだ。
クリスタルテラーがベルクーナの方を向くと既に専用端末で
竜帝王ルーフルに事情を話しドルーガ・ライラスを動かす
許可を取ってくれているようだ。
ベルクーナが小さく頷きビシっと親指を立てた。
それを受け今度はリッパーシャークの方を向き、
「君は転移出来る身体だ。一足早くラースラン王国の王都へ転移で移動し
防衛隊に加わってくれ。」
「了解しました!!」
「サメ坊やはアタシが連れて行くよ。魔術師ギルドとしても防衛準備しないと
いけないからね。」
そう言ってバーサーン最高導師がリッパーシャークの事を請け負ってくれた。
それに頷きクリスタルテラーは皆の方に向いて
「いささか派手だが空中都市ドルーガ・ライラスでラースラン王国に
乗り込み大魔王と邪神を迎撃する!!準備が出来次第に発進だ!」
部隊長クリスタルテラーの宣言通り準備を終えた空中都市ドルーガ・ライラスは
動き出す。目指すは天下分け目の大決戦の地である王都アークランドル。




