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88 魔王の領域へ侵攻す



山頂の万年雪が美しい高山地帯。


この雄大な景色の中にタンバート王国の最前線を守る砦がある。



女騎士ミールワが塔の最上階で上空を凝視し、それを下から

砦の守備隊長や兵士達が真剣な眼差しで見詰めていた。


ただ、それは彼女が上位者だからではない。


ミールワは出身こそ王弟の二女ではあるが階級は平騎士に過ぎない。

王族なのだが政略結婚など眼中に無く、留学していた大アルガン帝国の

剣闘大会で優勝した女騎士ゼノビアの活躍にシビれ、ミールワも剣の道

を目指すと決心したのだった。


政治問題を取り仕切るワリーク王太子は渋い顔をしたが国王

パーデスは彼女の決意を尊重、そして騎士団もミールワの

スキルの有用性から賛成に回り見事に騎士団入団。ミールワは

見習いから大喜びで剣の修行に明け暮れて、つい先日には

実力で準騎士から正式な騎士へと成り上がった。


そしてそのスキルから彼女はこの最前線の砦の守備に抜擢され

覚悟を持って赴任していたのである。


ミールワのスキルは『遠見』。どんな遠くでも望遠鏡のように

スキルで見通し昼夜を問わず正確に遠方を偵察できる。


水平にみれば地平線まで、上空からなら遠方を何処までも見られる。

スキル使用の疲労さえなければ距離の制約は無い。戦略レベルで

使える見張り役であった。



「見えました!!魔王征伐に向かう新勢力ガープの空中艦隊です!!」


新勢力ガープの大魔王征伐の開始が通告され、その報を受けタンバート王国は

約束通り軍の活動を止め専守防衛体制に入った。


そのタンバート王国の魔王領域に面した最前線の砦、女騎士ミールワの叫びを

合図に居並ぶ騎士達は丸盾を上に掲げ、抜刀した短剣を一斉に打ち鳴らして

歓呼三斉した。


友軍の武運を祈るタンバート王国の出陣儀礼。世界に恐怖と絶望をもたらしている

大魔王に戦いを挑む新勢力ガープの戦勝を祈願せずにいられなかったタンバートの

騎士達。流石に遠距離ゆえこちらの事は見えない事は承知で祈願していたのだが…


「む、向こうからも見えているようです!!ガープ艦の艦橋に戦闘員達が並んで

敬礼をしてくれて……我がタンバートの旗を掲げてくれましたぁ!」


感極まったミールワの声に再び勢いよく歓呼する騎士達だった。




その様子をガープ艦の司令室にある望遠モニター越しに見ていた闇大将軍は

彼らに敬礼しながら不敵に呟く。


「まかしとけ。」


そこにオペレーターから報告が入る。


「魔王の領域、旧聖王国国境へ到達まで2時間を切りました。」


「よし。まずは軽いジャブからだ。『A攻撃』を実施する。その前にもう一度

確認するが目標地域に王国の生存者はいないな?」


「狼賀忍軍の総力を挙げた情報収集、我がガープの偵察衛星情報に低い生還率で

戻って来たドローン偵察の結果などから出た量子スーパーコンピューターの最終

判断は最終目標の『魔宮』と魔宮を守る『鮮血の城塞バルガ』『悪夢殿堂ラウ』

そして魔王軍の大駐留拠点『瘴気の沼地』『絶望の山砦マンバーン』とその周辺に

聖王国の生存者無しと判定されました。」


「元四天王のインプルスコーニの証言とも合致しとるし大丈夫やと思われます。」


オペレーターとカメ怪人のカノンタートルの報告に頷く闇大将軍。


「あの、本当にA攻撃を実行するッスか?」


遠慮がちに鳥怪人モーキンが伺いを立てると即座に闇大将軍が応える。


「……やる。容赦するつもりは一切無い。ニュートロン・クリーナーシステムを

運用する部隊の準備を急げ。」


放射能汚染を完全浄化する外宇宙からもたらされた奇跡の技術ニュートロン

クリーナーシステムを用意させると闇大将軍はA攻撃、魔王領への核ミサイル

攻撃を実行した。


「発射せよ!!邪悪な魔王軍とその拠点を消し飛ばせ!!」


断固とした信念で下命された核攻撃指令。核弾頭という科学の悪魔を

搭載した5発の極超音速ミサイルが闇の領域へと撃ち放たれた!!!





     ○  ○  ○  ○  ○





闇が凝固したように暗くて冷たく、そして荘厳な様式の広大なる謁見の間。


その広さと高さは驚くべきレベルで巨体を誇る魔王軍四天王の1人、内務公

デモールが小人のように見える程であった。


そう、ここは魔王軍中枢の魔宮にある謁見の間、大魔王と対峙する最奥の

広間である。


アロル世界の巨神族の裏切り者でもある内務公デモールは身長18メートル余り

あるがその存在感は彼女の隣に佇む常人並みの体格と思われる者に遠く及ばない。


他よりも暗く漆黒の炎のように濃い闇が蟠り、その中に二つの赤い目だけが

見えている者。大魔王から魔王軍の総司令に任命された魔王軍四天王の筆頭、

統帥公ボーゼルだ。


2人に減った四天王の後ろに魔王軍の各部門の幹部と最後の闘魔将、

砂怪カロニアに諜報部隊の闇影衆が並ぶ。そして最後尾に控えるのは

元オリハルコン級冒険者『君臨者』のメンバーで暗殺者でもある男、

死の影ニトゥだった。


ちなみに各部門の幹部という連中は当然ながら人間ではない。

彼ら5人の幹部は全員が最高位アンデッドのデス・ダークロードだ。


両目の眼窩に赤い光を宿した漆黒の骸骨。そんな姿のデス・ダークロードは

高い知能と魔法力を持ち、豪華なローブを着て様々な効果を持つ強力なマジック

アイテムを装備した強敵である。


魔宮は広大な敷地を持つ城塞だがこの謁見の間は比例して考えても

馬鹿げているほど広大だ。おそらく空間を広げる魔力も使われて

いるのだろう。


全員が最奥の高層ビルのように巨大な玉座を仰ぎ見ている。

まず口を開いたのは統帥公ボーゼルだった。


「謹んで大魔王陛下に申し上げます。かのゼノス教会の走狗が注進して

まいりました。曰く新勢力ガープが我らを滅ぼすべく進撃を開始したと。」


ビロードのように光沢のある漆黒の長衣を着て玉座で寛ぐ大魔王クィラは

頬杖を付いた姿勢のまま応えた。何でもないような所作に覇王のような

迫力がある。


「むろん邪神教徒と接触した者は殺しておろうな?」


「勿論でございます。」


「奴ら邪神教徒は接触するだけでこちらの裏を読み取る油断できぬ者共よ。

接触だけで何があるか分らぬ悪ぅい連中ゆえ用心せんとのう。」


可笑しそうに笑い大魔王は付け加えた。


「邪神め。よっぽど余を食いたいようで慌てふためいている也。我が

宿敵と運命付けられた勇者ゼファーも動くよう画策しようし楽しみ也や。

……それに引き換えガープは詰まらぬ。誠に面白くない連中よの。」


ふっと、愉悦に浸っていた大魔王の表情が曇る。


「……本当に詰まらぬ連中よ。」


大魔王はその巨大な手を掲げ人差し指を立てた。その瞬間に途轍もない魔力が

放たれるのを感じる統帥公ボーゼル。


(陛下が魔宮を防護する魔力障壁を強化された?!)


ボーゼルは防護の障壁が純エネルギーや熱、衝撃に対応する性質に変換され

防御エネルギーが数十倍に強化された事を感じ取る。


その次の瞬間だった。


魔宮が揺れるほどの地響きと轟音が鳴り響き、途方もない破壊力が叩き付けられた

事を知る。ボーゼルが驚いたのは大魔王によって強化された障壁越しでそんな威力

を伝えて来た攻撃の凄まじさだった。


「何事だ?!直ぐに確認せよ!!」


ボーゼルは控えていた伝令のシャドーデーモンに命令し、影に潜る彼らを

多方面に送り出すとデモールに目を向け、


「大至急、内務公も各所の情報収集を行うように。」


「り、了解しました。」


総司令としてのボーゼルの指令に従い思念で各所と連絡を開始するデモール。

内務公として連絡や各部門の調整を担当する彼女が動くと情報伝達が一気に

スムーズになる。ちなみに諜報機関の闇影衆は真っ先に調査に向かい姿は無い。


あれ・・に魔力は無かった。間違いなくガープが放った物であろう。」


「……流石は陛下。全く魔力を持たない力を感知するなど私には方法すら

見当が付きません。」


「いささかコツがあってな。気が向いたら暇を見て教えて進ぜよう。」


絶対的な階級社会である魔王軍。最上位の大魔王はのんびりと構えている内に

下位の者達が必死に状況を確認し、可能な限り迅速に、可能な限り正確な現状の

報告が続々と届き始める。


それらが無いとガープ部隊への迎撃作戦すら立案出来ない。

だが明確になり始めた被害は深刻だった。


「鮮血の城塞バルガに悪夢殿堂ラウが消滅しました。悪霊系のアンデッドや

幻影魔物が多数駐屯していたラウに対して霊体を攻撃する飛翔体による追撃を

受け壊滅状態。瘴気の沼地は毒素と瘴気が全て蒸発しドラゴンゾンビの群れと

カビ人間ファンガース戦隊も消滅した模様です。」


少し震える声で報告するデモールに総指令としてボーゼルが問う。


「絶望の山砦マンバーンはどうなっている?」


「砦部分は消し飛びましたが広大な地下迷宮部分は大半が残存。

兵力の被害は三割程度で済みました。ですが現場は混乱の極みです。」


駐留兵力の三割は決して軽微な損害ではない。ましてや他の軍事拠点が

文字通り消滅してしまった以上、損壊した山砦の戦力で魔王軍を支える

……のは無理だろう。虎の子と言えるまとまった戦力は魔宮の近衛軍主力と

魔獣軍団。大魔王の許可を受けてこれらを動かさねば迎撃計画は立てられない。


(たった5発の先制攻撃で我が軍の選択肢を奪うとは……)


あの規模の攻撃を続けられるのも洒落にならない。その対応策も含め

大魔王に訴えかける作戦案を考えているボーゼルに大魔王クィラの言葉が

届く。


「あの攻撃、我が軍の所在地のみを狙ったな。人間のいない場所ばかり……。

ボーゼルよ、虫ケラの人間共を人質に取らばガープの攻撃を防げると思うかの?」


「残念ながら。私が思うにガープの本質は合理主義と計算です。奴等が我が軍の

重要地を狙ったのは能率を考えての事と戦いの後に虫ケラを効率よく支配するのが

目的。戦略的に必要とあらば人質ごと撃つ事を躊躇う連中ではありますまい。」


「確かにのう。能率、効率、計算。奴等の相手は本当に面白くない。何故に

勇者ゼファーではなく奴等が先に来襲したのかのう…」


アロル世界において神族すら圧倒し無敵だった大魔王。この世界に召喚され

勇者と魔王の伝説を知り歓喜したのだった。自身の属性に対抗できる勇者に

暗躍する邪神教団。少しは歯ごたえのある戦いが楽しめそうだと喜んだ。


(故に余は勇者が育つのを待ち、こちらで面白く読ませてもらった

勇者の戦いの物語に登場する魔王共を見習って魔宮の奥で待った也)


せっかく勇者が準備を整えるのを待つ為に侵略活動を抑え魔王軍の弱体化も

放置した。攻めて来た勇者とクィラを食おうとする邪神を同時に叩き潰す

楽しい遊びをする為にだ。だが新勢力ガープなる乱入者のせいで全部が

オジャンになってしまった。


「…それにしても、者というのに勇気の無い事よ。せっかく四天王が

二天王へと減じ我が軍が弱っておるのに勇者ゼファーは余に会いに来て

くれぬ。先に面白くないガープ共が攻めかかって来おった。ここはガープを

始末した後で余が自ら逆襲に出る也や?そうすれば勇者ゼファーとも遊べよう

ぞのう。」


あえて不利な戦況のスリルを楽しんでいる大魔王クィラ。

彼自身が本気を出せば世界を制するなぞ造作も無いと考えている。


最大最強たるクィラにとって何より大事なのは面白いかどうか。

もっとも嫌悪するのは退屈であり敗北を喫する事など想像すらしない。


「逆襲ですか?それでは大魔王陛下が自ら勇者の拠点ルアンへと?」


デモールの問いに大魔王は面倒くさそうに応える。


「勇者の自宅まで迎えに行く?そこまで余に遜れと?それに彼の地は

気持ち悪い邪教団の総本山も近くて臭そう也。」


「臭いでございますか?」


「口臭がキツそうとは思わんかの?」


そこで初めてニトゥが発言した。


「ではガープ要塞を攻められてはいかがでしょう?」


「ガープ要塞を襲撃して勇者ゼファーが救援に来るかの?それにガープは

つまらぬ。余が直接行く謂れは無い也。まあ進撃先は余が決める。だがまずは

我らが魔王領を焼き払ってくれたガープ戦闘部隊を始末せねばな。」


その瞬間、間欠泉のように闇のオーラと魔力が大魔王の全身から噴出した。


「ガープ共は効率良く無感情に各拠点へ1発ずつ未知の技術の攻撃を

仕掛けてきた。……この最高に詰まらぬやり口の返礼に奴等にとって

未知の技を用いて一発で仕留めてくれようぞ。」


重低音を響かせながら世界最大の魔力を持つ身長200メートルの大巨人、

大魔王クィラは玉座から立ち上がる。それだけで闇のオーラと風圧が吹き荒れ

魔王軍の幹部達は立っているのもやっとであった。そんな彼らが見詰める大魔王が

行使した攻撃技とは………




一方その頃、蒼空を順調に進むガープ戦闘部隊の艦隊。


「衛星観測によるミサイル攻撃の評価出ました。目標1は最低のE評価、

目標2、3、5はA評価でほぼ撃滅成功。目標4は地下施設への効果が

限定的でC評価です。」


「流石に本拠地の魔宮への核攻撃は上手く行かなかったか。メガトン級の

戦略核を防ぐとは大魔王は相当やるな。」


「目標3へ用意したエクトプラズム・ミサイル65発中の50発を撃ち込んで

大丈夫やったんですか?」


「効果は抜群に出てるだろ?目標3の悪夢殿堂とやらはアンデッドがうじゃうじゃ

している悪霊モンスターの巣窟だったらしいからな。即追撃が最善手さ。それに

接敵したら対アンデッドでも接近戦になる。ミサイルの効果的な使用が出来るかは

未知数だ。」


「まあ、霊体センサーの範囲外やけど衛星画像を見たら効果ありなのは

一目瞭然なん認めますけど。」


核攻撃直後の悪夢殿堂ラウの爆心地の衛星画像は恐怖の心霊動画のようだったが

エクトプラズム・ミサイル着弾後は綺麗さっぱり片付いていた。実は一流の

ネクロマンサーだったクミスカ・ぺーぺがその威力と効果に太鼓判を押した

ミサイルだけの事はある。


闇大将軍の応えにとりあえず納得するカノンタートル。その間もオペレーター達の

報告が継続していた。



「魔王の領域到達まで1時間!」


「烈風参謀閣下の第二主力隊の移動が遅れている模様。」


「第二主力が遅れてるというより俺達が予想より早いペースで進んでるな。」


そう嘯く闇大将軍にカノンタートルも肯定する。


「これまで列強が魔王軍討伐の動きを見せたら五大賢者が妨害工作して

来たから大魔王も国境警備とか甘いまんまにしとる思われますな。」


「それに戦力も枯渇してるんじゃないッスか?四天王を2名も失って

余裕が無い筈ッス。」


「……もしくは故意に国境付近を開いていたか…もし誘引を仕掛けているなら

俺達じゃなくて勇者が釣れるのを待っていたか……ん?」


闇大将軍、そして艦橋にいる全員が突如として艦隊の前方に灯った輝きに

意識を向ける。



それは明けの明星のように燦然と輝く光点。


美しく心安らぐ優しい光、だがそれに油断する者なぞこの場にいない。


「レーダー反応無し。センサー反応も光学反応以外ありません!!」


「エネルギー検知出来ず!!」


次々と報告を上げるオペレーターに闇大将軍が冷静に指示を出す。


「映像データをガープ要塞に送信し量子スーパーコンピューターに

解析させろ。推定で構わんから急いで結果を送ってもらうように。

それと魔術師ギルドにも送って意見をもらいたい。」


「了解しました!」


「あれは……聖属性の光?!ですが何か妙です。」


槍の英雄アルルがそう呟いた時だった。


突如として光点を中心に光の渦が巻き起こった。渦はガープ艦隊を

指向した横向きで急速に拡大し艦隊を押し包もうとしている。


瞬時に戦闘形態になった闇大将軍が数々の脅威を防いで来た大技、グラビティ

ディメンション・ブリンクを輝く光の渦に向け放つが


「何だと?!この状態でもこの空間にエネルギー体として存在しない?

次元断層にも力場ブリンクで掴めるパワーが無いのか?ではあの渦も

この艦隊にダメージを与える事は出来ない筈だぞ?!」


闇大将軍が訝しんでいる間も艦は電磁バリアーを展開していたが何も

効果は無い。唯一アルルが神聖魔法を行使した瞬間だけ光が明滅して

渦が止まったが直ぐに渦の広がりは再開しガープ艦隊は一気に引き込まれ

光の渦の中心に飲まれてしまった。


ガープ艦隊を飲み込んだ渦は輝きを増しながら収縮し

元の光点へと戻る。


その小さな光の周りに土星の輪のような光のリングが現れ、まるで蓋をするように

光を中心にリングがゆっくり回転を始めるのだった。



ガープ艦隊は影も形も無い。



結局、ガープ艦は小手調べに魔王の領域に核ミサイルを撃ち込み

魔王軍の重要施設を叩き潰しその兵力の大半を消滅させ大損害を

与えただけで進撃途中に消息不明になってしまったのである……




     ○  ○  ○  ○  ○



ガープ大魔王征伐部隊の消失。今その事実が全世界に知れ渡っても

さして大きいニュースにはなるまい。同じ瞬間、世界には天変地異

に匹敵する怪異現象が発生していたのである。


全世界の、人が住む全ての地域に大魔王クィラの虚像が出現したのだ。

その虚像は途方も無く巨大で成層圏にまで達する高さ。人々は口を空けて

見上げていた。


どの角度から見ても正面に見えるその姿。だが人々はその異常さに瞠目した

訳でもなければ巨大さに圧倒されていた訳でもなかった。


誰もが目を離せないでいたのは大魔王の容貌である。


漆黒・・の長髪の下に輝く美貌は人外の美しさであった。


極限を越えた、壮絶ささえ感じる究極の美貌の青年。閉じたつの目さえ

何ら美しさを損なっていない。種族や性別、年齢を問わず人々はその

容貌からは目を離せていない。それこそ赤ん坊から死に際の老人まで

頬を染め呆けたように見詰めている。


『初めまして虫ケラの諸君。余はクィラである。大魔王と尊称され君臨する

者なり』


大魔王が名乗りをあげ額の第三の目と両目を開いた瞬間、全世界で

同時に悲鳴と絶叫が上がった。


大魔王クィラの目に眼球は無かった。透明な水晶のような球体が

嵌め込まれており、透明な球体の中には銀河のような光の粒子が

無秩序に渦巻いていて怪異としか言いようが無い。


究極の美貌と怪異が混在するクィラの顔は見続ける者の精神を崩壊に導く

狂気の容貌であった。


『たった今、我が魔王領に新勢力ガープの決戦部隊が乱暴狼藉を働いたので

余が自ら退治した也。ガープ共の悪辣な攻撃により余の忠実な魔王軍は

大損害を蒙った。が、忠実な配下を虐めし者共も余には敵わじ。弱や弱や。』


そう言って大魔王は微笑んだ。完璧な造形の口元が貴族のような笑みを

浮かべたが怪異さは減じず怖さが増す。


『ガープ部隊は{邪封波動・封印結界}によって永久封印されし也。この邪封波

動・封印結界はアロル世界で他ならぬこの大魔王クィラを封じる為に考案されし

技よ。強大な邪悪であればあるほど脱出は困難。つまり悪の秘密結社ガープは

強大なる邪悪であるが故に永久封印されたわ。』



邪封波動・封印結界は聖属性の儀式魔法に分類される、途轍もなく魔力を食う

秘法である。世界を滅ぼすような悪の存在を封じる法。その力の根源・原理は

神の領域に近いほどの高次元に働きかけ得られる高位の時空間変転だ。


これは本来は高位の聖職者が自らの命を賭けて世界を救う為に

行う最終手段の秘法。それをアロル世界を絶望の底に沈めた

大魔王クィラを封じる為に制限や制約を解き放って使用するよう

改変強化されたものだった。


これは恐ろしく魔力を注込まねば成立しない魔法術式で個人の全魔力は

むろん生命維持に使う活力をも魔力に変換して捧げねば発動すらしない。


複数人ではなく個人で行うのも必須条件の魔法。成功すれば邪悪を封じ

邪封波動・封印結界を使った聖人は天に召され伝説となる。



そんな神聖魔法を悪の権化たる大魔王クィラ自身が使って見せた。


真逆の聖属性、それを行使するには何倍、何十倍もの魔力が必要となる。

だが大魔王クィラは鼻歌交じりでやってのけた。大魔王の魔力は無尽蔵

に近いのかもしれない。クィラに消耗の様子は無かった。


「退屈な存在など対処する事すら退屈なり。最も簡単な手段を用い

手っ取り早く片付けて候。」


面白くない玩具を捨てたと言わんばかりの口調で楽しそうに話しながら

大魔王の言葉に熱がこもり始める。


『さて、圧倒的であるべき我が軍が一方的に損害を受けるこの状況、余は

埋め合わせを要求すべきと考えた。』


大魔王は黒い長衣姿で両手を広げた。巨大な大魔王の黒い姿に太陽が隠れ

世界の人々の頭上に暗い影が落ちる。


『余は決断した。余が自ら兵を率い進軍する。まず新勢力ガープと手を組んだ

ラースラン王国の王都と魔術師ギルドを滅ぼす。そのままガープの残りカスを

抹殺しつつ全世界に向け征服の進撃を開始する也!余は進撃の大魔王ぞ!!』


可笑しそうに笑いながら全世界の空を覆う大魔王クィラから黒いオーラが

湧き上がる。大魔王の禍々しさに拍車がかかり人々を怯ませた。


『首を良く洗って待っているが良い虫ケラ諸君。皆に苦痛と死を撒き散らす

変わりに代償として素晴らしい褒美を与えよう哉。その褒美は歴史の終焉の

立会人にして世界の滅亡の目撃者となる事なり。』



世界への死刑判決のような事を宣告すると大魔王の虚像は哄笑を上げながら

消えていった。残された人々は……絶望に陥る事無くそれぞれの希望を見出す。


「大丈夫よ。きっと勇者ゼファーが救ってくれる。一緒に勇者ゼファーに

英雄神の加護があるようお祈りしましょう。」


ある村では怯えて母親にすがり付く幼児を優しく抱擁しながら

母親は子に希望を語って聞かせる。


このマールート世界は今まで数多の魔王の侵略を受け数多の勇者が

撃退して来た、ある意味で異様な世界である。だが今回は全く違う

希望を見出している者達も存在していた。


「ガープを退治したって言っても一部の部隊を閉じ込めただけじゃねえか。」


「すげえ大魔王だったけどガープ連中を甘く見て痛い目見た奴等の仲間入り

しそうだな。」


「別働隊もガープ要塞も健在だろ?これはどうなるか分らんぜ?」



世界の危機慣れした人々は希望を失う事無く自分達で出来る事を

模索し始めたのである。




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