87 蘇る悪夢
「何故じゃ!!貴様は敗死し完全消滅した筈じゃ!!ワシは何度も確認したぞ?!
一体どうやって蘇った?答えよガープ大首領!!!!!」
電脳空間都市ガープ横丁の片隅でガープ三大幹部の死神教授の絶叫が上がった。
ガープ大首領。
そう呼ばれた黒の中折れ帽子に黒のスーツを着た中年男は濁りきった右目を
面白そうに細めながらのたまう。
「まあ教えてやっても宜しいよ。君に理解出来たらなぁ?ふぉふぉ、やはり私が
体を喪失した状態だと再洗脳は出来ないから君の自発意思を堪能出来て面白いな。
せっかく私の計算外の世界に来られて魔法と言う想定外の力の根源を知り研究して
いる君の意見を色々と知りたいものだね。」
「貴様の計算外???、では最初からガープ要塞が物理世界に転移したのは
貴様の仕掛けじゃというのか?!」
「ああ、あの最終決戦の時、君と烈風参謀に私とソルジャーシャインの戦闘に
介入する事を禁じたのはその後の舵取りをさせる為でね。亜空間機動タイプ7
戦闘要塞……今使われているガープ要塞の名称の方がシンプルでいいね。私も
今後はそう呼ぼう。ガープ要塞の主制御と亜空間探査は大首領の専権事項の一つ
だからねぇ。ソルジャーシャイン共に完全消滅させられる前、というか戦う前に
物理条件が合致した世界の方向へ暴走が進むよう仕組んでおいたのさ。」
「何故そんな事を?」
「私にとって予想外の敗北が目前だったからね。計算外に次ぐ計算外。
だいたい私の戦力判定では戦闘員と大差無いソルジャーシャイン共が
上級怪人ダイオキシアンや闇大将軍を倒した事実が想定外だった。だが
私自身が戦って見て彼らの『愛と勇気と自己犠牲』とかいう噴飯物の
概念が案外馬鹿に出来ない事は理解した。それに本拠地まで乗り込まれ
てしまっては負けたフリして撤退し再起を図るのが上策だろ。それに
私は完全消滅から完全復活する技術があるのだから尚更さ。ちなみに
ガープ要塞がこの世界に現出した際に上下逆さまにならなかったのも
私の細工だから感謝したまえ。」
「撤退後の組織再編……成程な。その為にワシ等を生き残らせたと
いう訳じゃな。」
「だけどここでも私の計算違いの続出だ。まさか闇大将軍が生存して
三幹部体制の維持となり二幹部による消極的組織維持の予想が外れ
積極的な慈善活動団体を目指す新勢力ガープへと組織改変されてしまった。
まあ、それはいい。最低限の戦力維持には成功しているからね。」
褒める言葉にも滴る毒がこもるガープ大首領の言い回しに
イライラしつつも死神教授は耐えた。少しでも多く喋らせ
出来るだけの情報を仕入れようと決めていた。そんな教授の
気持ちを見透かしているようだが喋りを止めない大首領。
「だがね。そんな瑣末な事は全て吹き飛ぶ計算外がこのマールート世界さ。
何しろお伽話みたいな魔法という力が実在する世界。私にとり全く未知の
力の根源があり、それを基盤に様々な勢力が争っている世界なんだ。
これはワクワクするじゃないか。ただね……」
ガープ大首領の瞳の濁りが濃くなり声のトーンが低くなる。
「大魔王クィラに邪神ゼノス。私の同類が沢山いて寂しくないのは結構だが
邪魔なんだよね。正義の味方だろうと悪の権化だろうと私が支配すべき世界を
横取りする略奪者は許せん。断じて許せん。徹底的に攻撃を加え痕跡も残さず
壊滅させねばならん。故に現在の『新勢力』ガープが大魔王や邪神との戦いを
準備している事は大変に好ましいのだよ。だから皆の為に私も一肌脱ごうと
思ってねぇ。」
(相変わらず凄まじいばかりの支配欲じゃな……)
「まず、肉体を得て大首領に復帰するまでに君達の戦略方針にアドバイスしようと
考えてね。死神教授、君が用意した罠と言うにはお粗末な電算速度の調整工作に
付き合って君に会う事にしたのさ。まず、現地人の怪人製造に成功したようで
おめでとう。このまま遺伝適合した現地人をどんどん狩り集め怪人の量産を
進めるといい。この世界は遺伝適合者の比率が多い。かなりの戦力を獲得出来るに
違いない。怪人の生産数が2桁になれば魔王軍や邪神の使徒どもに引けを取る事は
無いだろう。その後の世界征服も一気に進む。」
「ちょっと待てぃ!相手の意思を無視して改造しろと言うのか?!」
「意思?何を甘い事を言っているのかね?私が復帰すれば全ての改造人間は私の
精神支配の下に入る。それまでは…そうだな、自立意思は劣化するが脳改造すれば
いいだろう。所詮は蒙昧な現地人。使い捨ても視野に量産すればいい。」
「洗脳ではなく脳改造じゃと……」
「ああ、気をつけて欲しいのは脳の意識野をコントロールする過程で
知識や技術の妨げは無いようにね。魔法が使える戦闘員や怪人の
使い捨ての兵が出来れば戦力は飛躍的に向上しようさ!」
「き、貴様っ!!」
ガープ大首領は現在の死神教授の心情や思いをすべて分った上で
悪意に満ちたアドバイスを続けていた。その丁寧な口調の一つ一つに
堪らないほどの毒を込めて。
「それと…そうだな、獣人やエルフといった連中の改造は試さないのかね?
素体の能力から使い物になる怪人が出来そうだが?」
「基礎データが無い状態で……」
「基礎データを作ればいいだろう?君は狂的な科学の信奉者の自覚を
忘れない方がいい。その顔だぞ?異種族を大量に捕獲し人体実験を
実行すればデータなど直ぐに集まる。」
「ふざけた事を言うでないわ!!それに顔の事も余計なお世話じゃ!!」
大首領として身体が復活すれば精神支配で再びガープの上に君臨できる。
ガープ大首領にとって反抗する死神教授など最初から支配下にあるつもりで
歯牙にもかけず弄んでいた。ただ、ガープ大首領は今のガープの手ぬるい方針に
苛立ちを募らせてもいたのだろう。そのアドバイスは勝利だけが目的なら極めて
有益ではあった。怪人や戦闘員の大軍勢は圧倒的だろう。
だがそれは魔王軍や邪神教団と変わらないマールート世界への深刻な脅威だ。
「そう言えばマールート世界産の怪人第一号のミルス少年はもうすぐ培養槽から
出るよねぇ。彼の運用試験が楽しみだ。名前は『スライサー・ジョーズ』とか
どうだろう?」
「?!」
(奴の外界の情報取得にラグが出ている?!休眠期間は外の情報は遮断されて
いて……活性化状態で手に入れた情報の処理に手間がかかっている……そうか、
かつての超脳細胞が無い意識だけの状態だから…ま、待てぃ!!)
ここで死神教授は重大な疑念に辿り着いた。そもそも本体や脳を失った存在の
意識だけが電脳空間で残存するなどありえない。お伽話のような系統のSF話
ならともかく、現在のガープの科学技術でも不可能な話だった。
「貴様……本当に大首領かの?」
死神教授の疑問を即座に理解したガープ大首領とおぼしき存在は
ニッコリと微笑んだ。
温和で優しい笑み。だが濁った右目が放つ悪意が全てを台無しに
している微笑みを浮かべたまま大首領は語り始めた。
「なるほど、君は私がガープ大首領の意識と記憶をコピーしたAIと
誤解しているようだね。無理も無い話だが…君にとって実に残念な話
だろうけど私は正真正銘のガープ大首領さ。そろそろ私が復活した
タネ明かしをしてやろうか。」
「……。」
「ふむ、私が素直に教えると信じていない様子だが心配無用だ。
全て教えてやるとも。君の頭脳では理解出来ない技術の話をね。」
「…………何じゃと?」
「ふふふ、だってそうだろう?私の復活と私の精神支配は同じ技術系統だ。
……君は皆に人間形態への変身機能を与える再改造の際に入念に調べていた
だろう?私が皆に施した精神支配の細工を。だが何も見つけられなかったね。
君、いや地球文明の技術発展の方向性では発見すら難しい特化技術だからな。」
「………つまり、それは貴様が外宇宙から持ち込んだ秘匿技術という訳か?」
「端的に言えばそうなるね。この技術に関連する現象を地球人は理解できず
オカルトに分類しているようだったが。」
「オカルト……ワシから言わせれば貴様と貴様の復活こそがオカルトじゃ。」
「まあ聞きたまえ。コレはそれほど未来技術と言う訳でもない。私に逆らい
最後まで従わないので滅ぼしてやった別惑星のある文明など地球基準で19
世紀末レベルの時点でこの技術を習得していたからね。ただ地球文明の発展の
方向性ではこの技術と現象を理解出来ないので科学用語すら存在しない。
だから現象に対するオカルト用語で解説するしかないので了承したまえ。」
「御託はいい。さっさと貴様が本物のガープ大首領だと証明してみせろ。」
「宜しい。この技術の根幹は時空連続体を超越して漂う21グラムの
情報集積体を制御する事にある。……まあ非常にデリケートな存在なので
完璧に制御するのは不可能だが必要十分な制御が出来れば問題無い。」
「21グラム?……オカルト…まさか!」
「そう、地球ではこの時空を超越する情報体を『魂』と呼び、半ば
架空の存在として科学的な研究課題にすらしていないようだがね。」
驚愕したように目を見開き固まる死神教授。だが心の内では
強い決意で理解しようと考えていた。
(しっかりと……この知識を吸収し理解すべきじゃ…)
「ま、霊力変数を考慮せず乱暴に質量測定だけで21グラムなどと言ってる
地球の認識レベルでは魂の科学的基礎研究やそれに派生する『霊力子ネット
ワーク』通信網の構築も無理だろうね。」
「霊力子…ネットワークじゃと?」
「ふふ、時空を超越した通信技術が無いとね。光や電波じゃ星雲の端まで届く
恒星間通信など不可能だろう?その点、霊力子通信なら3次元空間での距離など
無関係に瞬時に通信が届く。私の超脳細胞で君達の精神を制御する信号を作り
霊力子ネットで送り込む。理屈は分っても魂や霊力の基礎研究の無い君には
対処不能の技術さ。悔しいかな?」
「ケッ…確かに凄いがそれが貴様の復活と何の関係がある?」
死神教授は…………細心の注意を払って悔しそうな表情を作り
吐き捨てるようにガープ大首領に話を続けさせるように促した。
「順を追って話そう。あの最終決戦の時に私は予め『魂の保管』を行っておいた。
要塞内のバイオスーパーコンピューターの一つに保管した私の魂から霊力子通信で
繋がっていた私の肉体を制御し戦っていたのさ。敗北し身体は消滅てしまったが
魂と記憶と知識の保存は達成していたから問題無い。後は肉体の培養再生が出来
しだいに記憶と魂をインストールすれば見事に完全復活し皆の前に帰って来れる
寸法さ。」
「バイオ・スーパーコンピューターか……」
ガープ要塞のメインシステムは量子スーパーコンピューターで行われているが
サブとして超脳細胞を培養したバイオ・スーパーコンピューターが要塞各所で
稼動している。だがその数は81基もあり早急な特定は困難だと思われた。
「ふぉふぉふぉ。魂と呼ばれる情報体は宇宙の構造法則のうち生命現象に
関係する事象なので量子コンピューターでは無理だが生体のバイオ・スーパー
コンピューターならば特殊加工で保管機能を持たせる事が可能なのさ。これで
私がコピーなどでなく本物のガープ大首領だと理解出来たかな?」
その瞬間、いきなり死神教授の姿が消えた。消える際に微かに笑みを
浮かべながら。
「ふむ、判断の速さは相変わらず良いね。けど検知法も無しに81基の
バイオコンピューターを全て検査するのは無理だろうに。それとも全部の
バイオコンピューターを強制停止するのかな?要塞機能が麻痺するだけ
なんだがねぇ。」
余裕の笑みを浮かべるガープ大首領の像も消え始める。
下から順にピクセルが欠ける様に消えていくガープ大首領。だが
顔を残すだけになった時に表情が消え目を据わらせて、
「……しまったかな?」
そう一言残してガープ大首領の虚像は消失した。
後には薄暗いバーのカウンターでチョビ髭のバーテンダー、最初から2人の姿を
認識出来なかったNPCがグラスを磨いているばかりであった。
電脳空間から復帰した死神教授は飛び起きて駆け出す。電脳入りしていた
時間は十数分ほど。ルーシオンの培養槽での処置は1時間はかかるので
まだ時間に余裕はある。
(おそらく奴は外部情報取得のラグでネクロマンサーを招聘し既に
到着している事を知らなかった!!だからあそこまでタネ明かしを
やらかしたのじゃ!!これぞ千載一遇のチャンス!!)
ネクロマンサーのクミスカ・ペーペの協力で死霊術の研究がスタートし、
死神教授らガープ科学陣は既に霊魂についての科学的な基礎研究を
確立させていたのだ。関係する理論も掌中に収めていた死神教授は
大首領の与えたヒントで別惑星の19世紀末レベルで習得可能な
霊魂へのアプローチ技術に手が届いていた。
「ペッペ殿ぉ!!急いで『ゴースト検知器』試作機の起動を頼む!ついでに
完成したばかりのエクトプラズム・センサーも使う!!準備を願いたい!」
「死神教授様、何度も言ってますがぺを詰まらせず発音していただけませんか?
何か吐き捨てられているようで嫌です。何でしたらクミスカとお呼び頂いても…」
「分ったクミスカ殿!!とにかく急いでくれぃ!」
「はい!喜んでー!」
そうして用意された奇妙な機器。ディスプレイと一体化したパソコンのようだが
中央の最上段にツノと牙の生えた得体の知れない頭蓋骨が設置され謎の魔法陣と
蛇の骨と思われる物が組み込まれた謎機械。
ぺーぺが死霊術を行使すると同時に電源を入れ、呻き声のような起動音を
発して動き出した謎機械に死神教授が飛びつく。
「ふむ!!見つけたぞ!」
死神教授は廃棄物を資源に変換するリサイクル・システムを統括する
バイオ・スーパーコンピューター11号に異常な霊力変数が宿っている
事を突き止めた。
機器を調整するとライン状に伸びる経路がくっきりと現れる。よく見れば他にも
薄く延びるラインがある。どうやらこれが霊力子ネットワークらしい。はっきり
と表示されているラインは情報の伝達が成されているからだろうと思われた。
「なっ?!」
異常値を示すバイオコンピューターの繋がる先は食糧生産セクションのようだ。
ラインの終着点ではバイオコンピューターの数倍以上の強烈な変動値が観測
された。その数値の動きを見た瞬間に死神教授は全力で駆け出す!
(奴はワシが魂の科学的アプローチ法を手にしている事に気が付いたな!
脆弱なバイオコンピューターから再生中の肉体に魂と記憶のインストールを
開始しおった!未完成ながら奴の身体は使える状態のようじゃ!!数値の
動きからあと30秒余り……急げ!!)
死神教授は最上級怪人としての特殊能力を使い身体を虚数構成体に変え、
壁や床を透過し急ぐ。エレベーターなど透過しながら飛び降り、監視システム
のAIにマナー違反を注意されたが構っている暇は無い。
「ここじゃ!!」
食糧生産セクションの第二食肉生産プラントと表示されている施設に
死神教授はまるで敵地に進撃するような勢いで飛び込んだ。
大きな培養槽が列をなしておりそれぞれの中では牛1頭分はある美味しそうな
霜降り肉の塊が培養されていた。ある培養槽の一つを目指しダッシュする教授!
(30秒過ぎた!!間に合うか?!)
辿り着いた奥列の培養槽。その中には他の培養肉の倍以上に巨大な脳髄のような
モノが入っていた。培養槽の底には偽装の為に皮の様に被っていたと思われる
薄切り状態になった霜降り肉が積み上がっている。死神教授が到着すると同時に
脳髄の先端にある瞬膜が開き眼球が露出。ガープ大首領の一つ目が開いたのだ。
濁りに濁った邪悪な瞳と死神教授の視線が交差する瞬間、死神教授は培養槽ごと
ガープ大首領を自らの虚数空間に引き込み閉じ込めた!!
破断する配管類に関連機器。警報が鳴り響き、慌てて駆け込んで来た
戦闘員達が見たのは脱力し床にへたり込んでいる死神教授の姿だった。
「な、何とか間に合ったか……」
○ ○ ○ ○ ○
「それで、奴の封じ込めは上手く行っているのか?奴にも虚数空間の制御能力は
あるはずだろ?」
あれから二日。遠征より帰還した闇大将軍が死神教授に問いかける。
「とりあえずはな。ワシが構築した虚数空間、内部から他者が制御するのは
理論上では不可能じゃ。じゃが奴は余裕の構えじゃろう。虚数空間の維持に
限界がある事を奴は知っておる。」
「その限界点はいつまでか予想可能か?」
今度は烈風参謀が死神教授に質問し、教授は淀みなく応えた。
「ワシが戦闘形態を取らず虚数関係の能力も使わずに維持に専念して1年じゃ。」
「その1年で対策プランを作り上げねばならんな。」
「奴の身体の完成度はどうだった?」
「手足にあたる触手部分が無かった。およそ80%の完成度と言った所じゃが
亜空間制御器官は出来ているなら戦闘力は充分あろう。それに一緒に封じ込め
られた培養槽や培養液、霜降り肉など分解し身体の創成に使っておろし、奴の
機能は充分発揮されるじゃろうな。」
(目が開いた瞬間で精神支配されてもおかしくなかった……あの時点では
洗脳能力は未完成じゃったか……)
「足が無くて80%の完成度、だが戦闘力があるなら手が付けられねえな。」
「奴は超脳細胞と無数の亜空間制御器官の塊だ。支配する予定の場所を破壊する
のを嫌わなければ大陸を丸ごと吹き飛ばしかねん威力を持っていた。あの強烈な
支配欲が無ければ地球自体が壊滅していたかもしれん。……正面戦闘での排除は
現実的では無いな。」
「そうじゃな、破壊し過ぎる事を心配して自分で殆ど戦わなかった奴じゃが
復活妨害したなら容赦無く反撃してくるじゃろう。ただ不可解なのは何故に
このタイミングで接触して来たのかじゃ。もう少し隠れていれば完全復活も
出来たじゃろうにのう。」
まさかあの冷酷無情なアドバイスを死神教授ら三幹部が受け入れるとは
ガープ大首領も考えてはいないだろう。ガープ大首領が死神教授に接触
してきた動機について闇大将軍が推論を立てる。
「おそらく奴は俺達の大魔王征伐作戦とゼノス教会壊滅作戦を阻止したかった。
もうカウントダウン段階だからな。今阻止しないと奴が考えている復活後の
戦略プランが全部パーになるんだろう。……それがどんな邪悪なプランかは
見当も付かんがな。」
「成程のう。奴は姿を現せばワシ等が世界を救う大魔王征伐を中断して奴への
対策や自己保身に走ると考えたのじゃな。舐められたものじゃ。」
「…って事は、やる事は決まっているな。」
闇大将軍と死神教授、そして烈風参謀は頷き合い、
「予定通り大魔王を成敗しゼノスを滅ぼす。しかるのちガープ大首領を倒すぞ。」
「ああ、やらなきゃならねえ残業がちっと増えたがガッチリ対応してやるさ。」
「精神支配の解除を始め現時点で可能な大首領対応処置は全て急ピッチで進めて
おる。出来るだけ早急に奴を倒す手段を見つけてやるぞい。腹案の一つや二つは
既に考えておるしの。」
そうやってガープ幹部会で今後の方針を話し合っている時、ある提案を携え
魔術師ギルドのバーサーン最高導師とジジルジイ大導師が訪れた。
何故か乗り気のジジルジイ大導師と煮え切らない態度のバーサーン最高導師ら
魔術師達を交え幹部会は真剣な検討を開始した……
一方、現時点でガープ要塞内のメディカル・セクション関連ではどこも
大賑わいとなっていた。
「この問題、大魔王クィラに対する勇者ゼファー殿やゼノスに対するルーシオン殿
のように我らガープに対抗する勇者が現れてくれると助かるのですが……」
怪魚ムベンガに手足を生やしたような魚怪人ウオトトスがそう言うと
ワニガメのような怪人カノンタートルが応えた。
「そうやな、そしたらガープ大首領のアホタレを勇者に倒してもらうんやけど…」
それを受けて猛禽類のような鳥怪人モーキンが、
「その際は俺たちも勇者に全面協力するッス。」
「……勇者に大首領を差し出す秘密結社ってシュール過ぎじゃないですか先輩方。」
聞いていたサメ怪人のリッパーシャークが面白そうに応えた。
四怪人が戦闘形態で勢ぞろいしているのは大首領による精神支配解除などの
各種処置をを受けるためだ。改造人間を洗脳するプロセス、実は改造初期段階
から最終改造の中間処置として培養槽で馴染ませる作業中に行われていた。
死神教授や医療スタッフの目が離れた時間に秘匿されていた機能で自動的に
行われていた精神支配の細工。発覚した際にちょうどその処置を受けていた
ルーシオンが精神支配解除の第一号となった。
解除処置は比較的に難易度も低く5分もかからない。死神教授からマニュアルを
受け取りレクチャーされた医療スタッフで対応可能なのである。ただ改造したて
の素の状態、つまり戦闘形態で受ける必要があった。
彼ら怪人だけでなく戦闘員も外部に仕事で出ている人員を含め交替で
処置を受けていった。これで万が一にガープ大首領が脱出してしまっても
何の抵抗も出来ず即座に精神支配される事だけは避けられる。
着々と進む対応。それもその筈で大魔王征伐の為に魔王の領域に侵攻する
計画は予定通り一週間後に決行されるのだ。
構成員の処置が順調に推移し、その日のうちに現在の戦略方針について幹部会の
決定を大作戦室で発表がされた。
まず計画通に従い大魔王征伐作戦はそのままと決まった。日時も参加戦力も
変更は無い。
「済まんのう。ワシがこんな体たらくでなくば対アンデッド対策は万全じゃった
筈が完成したのは霊体センサーとエクトプラズム・ミサイルだけ。そのミサイルも
試験生産で数が揃いきっておらん。」
「気にすんな教授。センサーがあるだけ御の字さ。それに対アンデッド兵器は無い
想定で予め銃砲用のミスリル魔力弾や聖水の備蓄はたっぷり用意してある。問題は
無いさ。」
「それに私が共に出陣致します!!私の手に在るのは断罪の古代神の御力が宿る
神槍ムーライア。不浄なアンデッドなど物の数ではありません!」
大音量でハキハキと闇大将軍と死神教授に応えるは槍の英雄アルル・カーン。
彼女を加える魔王領侵攻部隊は闇大将軍にモーキンとカノンタートルを中心に
戦闘員部隊が兵器を携えガープ艦2隻と時空戦闘機ハイドルで出撃する堂々たる
大戦力だ。
そして烈風参謀の率いる第二主力隊。烈風参謀本人と勇者ルーシオン、そして
新怪人リッパー・シャークと戦闘員部隊。こちらは戦略予備として主力隊が
危機に陥った場合の救援や後方の安全、そして別方面でゼノス教会が牙を剥いた
時に対処すべく中間線に配置される。どの方面で主目的のゼノスが出現しても
即座に駆け付けられる様に機動力のあるハイドルに分乗する少数精鋭の部隊だ。
その他にラースラン王国の王都アークランドルにある魔術師ギルドに
戦闘員200名とガープ艦1隻にハイドルが配置される。魔法力で劣る
ガープを全面支援すると表明してくれた最大の後援者であるギルドを
敵が狙う可能性があるからだ。
そしてガープ要塞の守備は怪人ウオトトスが指揮する100名の戦闘員が就く。
兵力的には弱いが防衛施設が稼動した要塞の守りは堅い。本来は死神教授も
守備に参加する予定だったが現在は戦闘出来ない状態なので戦力としては
計算に入れていない。
もしもガープ要塞や魔術師ギルドに敵襲があっても暫く持ち堪えれば
烈風参謀の第二主力が駆けつける手筈になっていた。
だが、ここで計画変更が告げられる。
「第二主力隊は先行発進し、死神教授を伴って竜国首都の空中都市跡
ドルーガ・ライラスへと向かう。」
「ドルーガ・ライラス?」
「そうじゃ。ドルーガ・ライラスの地下研究施設に大首領排除の希望が
あるかもしれんのじゃ。」
そう言って注目する全員に向け死神教授がドルーガ・ライラスの研究を
続けているジジルジイ大導師からもたらされた新情報を説明する。
ドルーガ・ライラスは古代魔法文明時代は魔法帝国の最重要研究基地であり
空中機動要塞だった。
そこでは異世界への次元の穴を穿つアストラルゲートの研究を行われて
いたらしく表層で得られた資料によると最深部に究極兵器が存在する
可能性があるそうだ。
「その兵器の名は『アストラル・ヘルゲート』と称し次元の狭間、時間の流れ
すら無い空間へ敵を突き落とす武器らしい。」
「次元の狭間?!」
カノンタートルの驚きに頷いて応えると死神教授は説明を続ける。
「そうじゃ。これはワシの考えていた腹案とも符合する話での。ワシは
ルーシオン殿が立たされていた空間の裂け目から見える次元の狭間に
奴を投げ捨て裂け目を閉じる案を考えた。時間の流れの無い場所に封じれば
奴の時も止まるじゃろう。宇宙の終わりまでそこに居て貰えばいい。」
ここで死神教授は首を振り、
「じゃが現在でも空間の裂け目を形成する魔法陣の解析は進行中。あの優秀で
熱心な魔術師ギルドでも解析が終わるのは明日か十年後か分らん状況での。」
「一つ質問いいッスか?亜空間と次元の狭間と虚数空間の違いって何なんスか?」
「…………全然違うぞモーキンよ。そうじゃな、一晩あれば大まかな違いの説明は
可能じゃが……」
「あ、結構ッス。教授と2人っきりで一晩中お勉強なんて地獄ッス。」
割と失礼な断り方をするモーキンに渋い顔をしながら教授は話を続けた。
「ともかく、ワシの腹案の実現に難題があるが同じ原理で奴を永久幽閉する
アストラル・ヘルゲートなる兵器を得られれば解決じゃ。ジジルジイ殿は
我がガープにドルーガ・ライラス最深部調査の協力を要請して来たが
ワシが自ら乗り込む事に決めたのじゃ。もし稼動状態のアストラル・ヘルゲートが
発見されれば即座に使用するつもりでのう。」
「魔術師ギルド側はアストラル・ヘルゲートを発見次第に我らの方へ送り
届けてくれると言っていたが輸送中のリスクもある。」
烈風参謀が話を続け、三大幹部が頷いて
「一種の賭けじゃがワシは行く事にした。もし大首領という迷惑な大荷物を
片付けられたら大決戦に向けワシも戦えるようになる。賭ける価値は充分に
あると判断したのじゃ。」
「教授の護衛とドルーガ・ライラス最深部の敵の排除は烈風参謀と第二主力隊が
行う。第二主力隊は明日には先行で出発。現場でヘルゲート装置が得られようと
得られずとも第二主力は一旦撤収し、俺の大魔王征伐隊が魔王の領域へ到達する
前後で第二主力隊は所定の位置につく予定だ。」
「どちらにせよドルーガ・ライラス以降はワシは別行動じゃ。大首領の
ポイ捨てが成功すれば戦闘の可能性のある要塞に帰還し守備につく。駄目
だった時は少数の直衛と機材を持ってツツ群島国の狼賀の里に潜伏する
予定じゃ。」
「万が一にガープ要塞が壊滅しても教授の頭脳と機材があれば要塞の再建は
可能だからな。」
「…賭けに出ないとならない事に若干の不安がありますが。」
「理想はノーリスクだが理想を求めきれない現実もある。特に戦いではな。」
ウオトトスの懸念に烈風参謀が応えていると重くなりそうな空気を変える
ようにサメ怪人リッパー・シャークが手を挙げた。
「ドルーガ・ライラス最深部の敵ってどんな奴ですか?排除に手間がかかるなら
作戦進行に支障とか出ちゃいません?」
「魔術師ギルドから伝達されたエネミーは『マジックイート・スライム』とか
いう奴だそうだ。攻撃呪文、結界や防御魔法に探知系とあらゆる魔法を全て
吸収しエネルギーに変え熱線として撃ち返してくるスライムらしい。まあ、
魔術師の天敵みたいな奴だな。」
「それなら聞いた事があります!なんでもマジックイート・スライムを
高価なマジックアイテムの武器で攻撃したらガラクタになっちゃうんで
冒険者も退治を引き受けたがらない特殊モンスターらしいです。」
リッパー・シャークはマジックイート・スライムと聞くと得心したようだ。
古代魔法文明時代では最悪の番人で魔術師ギルドが手を焼くのも頷ける。
だが魔法を使わず戦う新勢力ガープからすれば朝飯前で片付くザコだ。
「まあ、敵の排除は問題無いはずじゃ。問題はアストラル・ヘルゲートの
現物があるかどうかだけじゃ。まあ資料は整っているし製造設備もドルー
ガ・ライラスにはあるらしいから1年頑張れば作れるじゃろう。」
死神教授がそう言い、烈風参謀が話をまとめる。
「参謀として勝利だけを目的としたなら決してベストな作戦計画ではない事は
認める。不確定要素も排除し切れていない。だがこのマールート世界を救う
為にはこれが最もベターな選択と信じる次第である。むろん反対意見や対案が
あるなら受け入れよう。時間の許す限り討議する。」
こうしてガープ最高幹部会の案について真剣な討議が続き、
ほぼ原案に沿った最終作戦案が採用されたのであった。
一方、まさにこの時の同時刻、神聖ゼノス教会の総本山ロルクにおいても
重要な会議が行われていた。
陰鬱を極める聖堂内で円形に並んで跪く神官達は微動だにしない。
神官の輪の中で向かい合っているのはコロシア大神官とヤソ・レイシス
最高大神官である。
頭髪を含め全ての体毛の無い容貌は黒い唇だけが目立ち存在感の薄い目鼻を
圧倒している。装束の豪華さや性別の違いはあれど受ける印象が酷似している
最高大神官と大神官。
「偉大なる我らの神ゼノスから思念が届いた。どうやらルーシオンが自由の身に
なったようだ。」
「何と……では新勢力ガープが裏切ったのですか。どういう事でしょう?」
「相対した時に『全知』で読んだあの冷酷な女、烈風参謀の思考と奴らガープの
裏に潜む黒幕の思考は合致していた。故に問題無く操れると踏んでいたが……
どうやら奴等はガープの黒幕に対して謀反を起こしたと思われる。」
ヤソ最高大神官は直接相対した相手に全知のスキルを行使し
殆どの情報を読み取れる。その時に烈風参謀が脳に植え付けた
邪悪な表層記憶と黒幕のガープ大首領の意思が符合している事を
見通し、その邪な欲望が本物であると認識していたのだ。
闇の存在だからこそ闇の臭いを嗅ぎ取れる。
その時点で烈風参謀らガープ首脳陣ですら気が付かなかった黒幕、
ガープ大首領の存在に気が付いたからこその事実誤認だと言えた。
「いずれにせよガープが裏切った以上、ルーシオンを取り戻し降臨の議の
断固たる遂行をせねばなりません。いかが致しましょう?」
「まず、裏切ろうと裏切るまいとガープの初動は変わらぬ。魔の王クィラの
殺害だろう。我らの要請ではなく自発的に魔王領へと侵攻するに違いない。」
そう言うとヤソ最高大神官は控えている神官の1人に眼球だけ向けて
「タイカ神官。至急ロアンの閉鎖空間で修行している勇者ゼファーに連絡を取り
近い内に決戦が始まると告げ出陣を促せ。ガープが魔王軍と戦っている所に勇者を
送り込み横から勇者と大魔王の直接対決に持ち込ませる。」
「承知仕りました。」
「コロシア大神官よ。我ら2体も出陣するぞ。我らでガープの手勢と
魔王軍を防ぎ勇者ゼファーと大魔王クィラの直接対決の形を整えるのだ。」
「はい。」
「そしておそらく、人間爆弾と化したルーシオンが我らの神ゼノスに自爆攻撃を
仕掛けて来よう。それさえ防げば我らの役目は果たせる。我らが倒れ消滅しようと
我らが神ゼノスが降臨の議を成功させ新たな力を獲得すれば新しい使徒を産み、
ルーシオンを捕えてガープを滅ぼす。再び勇者と魔王の伝説が繰り返され、降臨の
議を継続してゆく体制が整えられるだろう。」
陰鬱な聖堂内にヤソ・レイシス最高大神官の言葉が淡々と響き続けて行くのだった。




