7 マッドサイエンティストの困惑
「その情報の1つじゃが、、この世界はとんでもないぞ。エネルギー不変の法則、
いや、物理法則そのものを超越する力が存在する事を確認したのじゃ!!」
死神教授がまるで世紀の大発見をしたような真剣な口調で
断言した。
教授は敵であるアンデッドの分析と解析を継続する過程で
この異なる世界に関するデータも蓄積していった。
「最初から疑問じゃった。何故、腐敗した筋肉組織が動く?筋肉も腱も無い
只の骨ごときが戦える?脳も眼球も無いのにどうやって相手を視認できた?」
そこで教授は22世紀の科学知識、断片的ながらガープ大首領によって得られ
た外宇宙の科学に教授自身の科学力の全てを駆使して解析を進めたのだ。
そして得られた驚愕の結論。
「この異世界は地球のあった世界と同一の物質で出来ており同じ物理法則が
働いておる。じゃが、たった一つの要素が全てを覆しおるのじゃ。」
「ひとつの要素?」
「現時点では謎のエネルギーとしか言えん、光のように波動と粒子の性質を
併せ持つ謎のエネルギーを発する『何か』がほぼ万物に分布しておると推測さ
れる。そいつは全くの無害じゃ。だが、、、。」
教授はメインモニターにもなっている大型スクリーンに解析グラフのような
物を表示する。
「何らかの手段で活性化させると物理法則を超越した謎エネルギー独自の法則
が現出し、全ての現象に神秘としか言えん変異を引き起こすのじゃ。」
「神秘っていうよりアレじゃねえか?」
「自分もアレやと思うとりますわ。」
「まあ、アレでしょうね。空想的だけど他に最適な概念が思い当たらない。」
「フフッ。アレがあるとは面白い事になりそうですね。」
驚く様子も無く教授を除く全員が納得してしまっていた。
予想外の反応に教授は立ち上がり声を荒げる。
「何じゃ貴様ら!?この異常現象をさも知っておるかのようにアレアレ
と!これは地球の世界には無かったエネルギーで未知の現象じゃぞ!!」
激昂の教授にカプセルの中から闇大将軍がポツリと一言、
「あー、その謎エネルギーっての、マナとか魔素とかいう奴だと思うぜ。」
「まな?まそ?、、何じゃそれ??」
「そいつを呪文とかで制御して、、『魔法』を発生させるのさ。」
その瞬間、教授は茹ダコのようになり怒鳴り始めた。
「皆!!真面目にせい!これはゲームの話ではないわ!!」
そこに冷静で真面目な口調の烈風参謀の言葉が教授を制す。
「あくまで傍証ではあるが、地球では架空だった魔素と魔法の関係は
先の解析で出た謎エネルギーと神秘の法則との関係と酷似している。」
「だいたいゾンビ作ったんは悪者の魔法使いやとしっくり来ますやん。」
「うぬぬ、、。」
教授は椅子に座り直し右手で額を押さえ考え込んでしまう。
「その悪い魔法使いっての、ネクロマンサー技能とかある奴だろうぜ。」
「ほほう?なにやら詳しいですね将軍。フフフ。」
「まあな。地球に居た頃はよくニヤニヤ動画でTRPGリプレイ動画を視るのが
楽しみだったんでな。」
「ああ、アイドルゲームのキャラがTRPGやるって設定の動画とか色々と
ありましたなぁ。あの頃の将軍がそんなん見とった思うと斬新やねぇ。」
「いずれにせよ、魔法という技術体系が存在すると仮定した場合、その
知識と技能を収集・習得する事を視野に入れる必要があるな。」
「知識の収集はともかく、習得は叶わぬ夢じゃ。」
「?、どういう事だ?」
「これを見てみい。」
教授は大型スクリーンに映っている二つのグラフを指し示す。
ほぼ同じ数値で推移していたグラフがふいに右側だけ激しく変動
した。
「両方とも純粋なケイ素じゃ。今、同時に活性化した魔素を接触させた。」
「両方にか?」
「うむ、反応した方は外の土壌から採取したケイ素で左側の無反応の物は
要塞内で採取したものじゃ。」
「あの、活性化した魔素って?」
「動き続けとるゾンビの指じゃが?どうかしたのか?」
「……いえ、どうぞ気にせんと話を続けてください。」
「つまり、地球から来た物質は魔素の法則の影響は受けん。ただし
魔素の法則で発生した現象の影響は受けるのじゃ。簡単言うと、」
「要するに、こういう事でしょう?」
ウオトトスが指2本を額に当てたキザなポーズで言葉を継ぐ。
「魔法で我々を石に変える事はできない。しかし魔法で産み出された
炎や電撃で我らを攻撃する事は出来る。どうです?フフッ。」
「……。」
「そのパターンやと治療魔法や身体強化の呪文とかの恩恵を受けるのも
アカンやろうね。」
「……将軍、お勧めのゲームか動画を教えてくれんか?
ちとアーカイブから見てみる事にする、、。」
「まあ、元気出せや。ところで素朴な疑問なんだが同じ物質なんだろ?
地球のと異世界のを混ぜたり化合物を作った時はどうなるんだ?」
「その辺も含め全力で分析中じゃ。なにせ皆が魔素と呼んでおる謎の
エネルギーは普通の科学では捉える事も出来ん。亜空間技術の応用で
時空の断面から観測するしかないんじゃ。」
「オカルト魔法VSトンデモ科学って感じだな。」
「分析を終えデータを解析し、この世界の物質を使えば魔法を機能
させる装置が作れるかも知れんが恐ろしく時間が掛かる。実用的では
あるまいな。」
「、、そして我らは魔法を習得したり使う事は不可能という事か。」
「まあ、出来ない事が分っただけでも収穫だな。」
その時、司令室に警報が鳴り響いた。
!!フォンフォンフォン!!
「!夕暮れから即警報だと?」
この地に降り立ち否応無くアンデッドと戦い始めて10日。
戦いの流れはルーチン化しており、日没前に戦隊が展開し
日没と同時に限定的だった要塞の警戒網を全開にして配置した
部隊に戦闘開始を指示する。
この時、日が沈むと同時に全開になった索敵機能に反応があったのだ。
「メインモニターに対象を出せ!」
烈風参謀の指令によって映し出されたのは草原を爆走して来る
1頭立ての馬車だった。御者台に2人。身なりの良い男と若者だ。
2人は何かを叫びながら馬を走らせている。馬車の彼方此方に
何体ものゾンビが縋り付き上へよじ登ろうとしていた。
「距離は約6キロ。やや北寄りのコースで此方に向かって来ておる!」
教授の報告を聞くや参謀はレシーバーマイクを手に取り戦闘配置に
ついている第一戦隊と怪人モーキンに指令を飛ばす。
「指定する座標でゾンビに襲われている人々がいる!!
ただちに救援に向かえモーキン!!」
『がってん承知ッス!!』
耳穴の極小受信機を通じて受け答えしたモーキンと戦闘員達が
即座に駆け出す。驚異的な身体能力を持つ改造人間が走る速度は
車両を大きく凌駕し、特に不整地の走破性で群を抜く。
彼らが駈け付けようとする間にも状況はどんどん悪化して
いった。太陽が傾き陰になった場所からゾンビが次々と
湧き出している。
最初の頃のように地を埋め尽くす大群からは相当減ったが
只の馬車が安全に逃げ切るのは無理だろう。
疾走する馬車の前方にゾンビが撥ねられようと構わず行く手を遮る。
何体目かのゾンビの身体に車輪が乗り上げ馬車が横転してしまった。
「まずいッス!間に合えッス!!!」
前方のゾンビに驚いた馬が速度を落としたのが幸いし
馬車も人も損傷は大した事は無さそうだった。身なりの良い
男は馬を馬車から切り離すとそのまま乗り去ろうとしている。
一緒に乗ろうとしていた若者を蹴り落とし男は南に向け
馬を走らせ立ち去ってしまう。
「あっ!!アイツ酷えッス!!」
ゾンビ襲撃にパニックとなっているからだろと無理に納得しモーキンは
戦闘員達に馬で走り去る男も保護するよう指示を出そうとしたが状況を
モニターしていた烈風参謀から指令が届く。
『今は馬車と落とされた者の救助を最優先にせよ!馬で走り去る男は
現地人の観察者達の方に向かっている。彼らに任せよ。』
迷っている暇は無い。モーキンはようやく現場に到着するやその場の
ゾンビを瞬殺し数体のゾンビに襲われていた若い男の様子を見る。
「こりゃ虫の息ですぜ、モーキンの旦那ぁ!」
「とにかく要塞へ後送するッス!急いで蘇生措置すれば
助かるかもしれないッス!!。」
「了解!任せて下せえモーキンの旦那!!」
戦闘員が携行装備の中から寝袋のような物を取り出し重体の男性を
入れて運び始める。
本来は人攫いの為の装備だった。
(こんなもん有るのに応急手当の装備が無いなんて、、、
つくづくウチは悪い組織だったんッスね、、。)
「とりあえず、馬車の中に生存者が居ないか確認ッス。」
横倒しになった馬車は思った以上に頑丈な造りで幾らか破片が
飛び散っているが鉄格子付きの扉は閉じたままだった。
モーキンは非常事態と心で詫びながら扉を鉤爪で寸断し
戦闘員達と共に内部の様子を覗う。
散乱した貨物や馬車の破片の中に生存者が1人いた。
年の頃は18歳前後の少女が鎖で繋がれ粗末な貫頭衣のような
服を身に纏い呆然とモーキンたちを見ている。
鮮明な赤い髪を持った少女だ。ルビーのような真紅の髪と真紅の瞳。
夕日が差し込む薄暗い馬車の中でもはっきり分るその赤が
鮮烈な印象を与えていた。
やがて呆然としていた彼女の目に生気が戻り表情を引き締める。
その様子に怯え泣き叫ぶかと慌てるモーキン達。
「うわわっ。皆いったん引っ込むッス!怖がらせちゃ駄目ッス!」
「いやいや、間違いなく1番恐っそろしいのはモーキンの旦那だって!」
だが彼女は泣いたりしなかった。狼狽する事無く堂々と胸を張り
名乗りを上げるように言葉を発した。
「○×$×△#○××□○×$&××○!□□△×△××○□!!」
「だああっ!何言ってるか分らないッス!!」
「$△△**×△%○$○!!」
意志の強さを瞳に宿し啖呵を切るように鋭い言葉を発すると
赤髪の少女は傍らの馬車の一部だった木片を拾い上げた。
「とりあえず落ち着いて、、」
覚悟の表情で手に持った破片の鋭く尖った側を自分の方に向け、
自らの喉を一突きに貫こうとした!!
「ちょぉぉぉぉぉぉ?!ちょっと待つッスよ!!」




