21 空中艦隊出陣
現在、ラースラン王宮において荘厳な出帥の式典が行われている。
衝撃の御前会議から6日後、まさかの1週間以内に作戦決行
が決まってしまった。
ガープ側が本当に貸与艦艇の改修を1日足らずで成し遂げてしまい
王国側の方が逆に軍の動員と編成、再配置に大忙しで準備に追われる
羽目になったのだ。
参加兵力の殆どが空中艦隊であり地上軍は最低限の参加だから
間に合ったといえる。もし普通の対外戦争として通常兵力の動員を
行うならば1週間での準備など不可能だったろう。
異例ずくめの外征。勝利の鍵は他国に知られていない異能の力、
新勢力ガープの存在。
ガープ代表として烈風参謀も列席している。使節団団長として
ではなく参戦する軍参謀として。烈風参謀が見守るなか式典は
クライマックスを迎えていた。
「『青作戦』の最高司令官としてネータン・デラ・バルフ提督を任ずる。」
「謹んで拝命いたします。」
国王の重厚な言葉にネータン王太女は軍人として頭を垂れ
恭しい態度で手を押し戴いた。
その手に王から宝石で飾られた錫杖が下賜される。これは軍配・采配と
同じような軍勢の指揮棒で式典において指揮権の象徴とされるものだ。
その後も参戦する上級の将が次々の任命されてゆく。
実は既に書面で配置される役職や任務は知らされているのだが。
しかし式典ならではのイレギュラーも起こる事がある。
老練な指揮官であるステッセル提督を『赤作戦』の司令官に
任命した後に国王が第三王子であるユピテルの名を呼んだのだ。
「親衛騎士団副団長ユピテル・トゥ・バルフよ。」
「?。はっ、御前に。」
「そなたを特務武官として任命する。赤作戦に参陣せよ。」
「特務武官…」
国王は人の悪い笑みを浮かべ、
「そうだ。そなたは特務武官として件のサリナ嬢の護衛として
レクトール選帝侯領へと向かえ。帝国に到着するまでサリナ嬢から
片時も離れるな。」
ユピテルの胸の奥で喜びと戸惑いが織り交ぜになる。
「…帝国に到着した後はいかなる任務がありましょうや?」
「ある程度の政治的権限を与える。この戦役が決着するまで
レクトール選帝侯の傍らに立ち我が国に関わる政治・外交の
懸案に対処せよ。」
(サリナ殿の傍に居られるのは良いが…父上は俺をメッサリナ皇女の
近くに送り込む腹か…。)
いずれにせよ勅命である。断る事はできないしユピテルも逃げる気は
無かった。
「謹んで拝命いたします。」
「よろしい。励むが良い。」
いささかのイレギュラーはあったものの式典は遅滞無く進行し
『ラースラン永遠なれ』の歓呼をもって終了した。
このまま式典はレセプションパーティーへと移行する。
「皆の者、明後日の出陣まで残るような深酒は慎めよ?我が
ラースランの勇士がアルコール分解のポーションに頼るなぞ笑い話だからな。」
鷹揚に言葉をかけた後に国王レムロス六世は宰相にこの場を任せ
退場する。
廷臣たちの歓呼を以って見送られる国王の姿を酒杯を手に
烈風参謀が見ていた。
「ふむ、さすがに国王となるとスケジュールが詰まっているようだ。」
立食形式のパーティー、烈風参謀の周囲には誰も近寄っては来ず
独り言を呟いたのだが返事があった。
「ええ、陛下はこれから開戦と同時に発布されるラゴル王朝による
国境紛争への非難声明と宣戦布告の書面の確認をモルトフ外相と
進めるとの事です。」
「これはユピテル殿下。どうやら物事は全て順調に進んでいますな。」
「はい、お陰をもちまして順調です。いえ、順調過ぎます。」
「……。」
「この件を最初に奏上した時、陛下は半信半疑でした。しかしあの
御前会議から陛下は中立の姿勢を見せつつも最終的に貴方達の希望する
判断ばかり下している。いったいどんな手管を使われたのですか?」
予想以上に予定通りに進捗する事に安堵より畏怖と警戒を抱いている
ユピテルに烈風参謀は世間話のような自然体で答える。
「ご心配めさるな。我々は国王陛下に対し謀計や洗脳など小細工を
仕掛けてはいない。どうせ調べれば分かる事だ。」
「!っ…。」
「私はただ、到着の挨拶で拝謁した後に陛下に我々の真の目的をご説明
申し上げただけ。陛下の英断により前向きな協力を賜る僥倖を得られた
という事。」
「真の目的?」
「それは是非とも我々にもお聞かせ願いたいですな。」
ユピテルの反問と熟年の男性の声が同時に発せられる。
「これはエラッソン侯爵。」
姿を現した宮廷貴族の重鎮エラッソン侯爵は持っていた酒杯を一息に
飲み干すと無造作に手放す。近くにいた給仕が顔色も変えず落下する前の
酒杯を盆に受け、新しい酒杯を侯爵の手に差し出した。
完璧に訓練された給仕に目もくれずエラッソン侯爵は言葉を続ける。
その表情と声に篭もった警戒の色を隠そうとしない。
「いかなる言葉で陛下を惑わせたのか、その目的とやらを吟味させて頂こう。」
「な、お言葉が過ぎませんか侯爵。」
「ユピテル殿下、国の命運が懸かった話ですぞ?本音を隠す余裕は無い。」
「よろしいでしょう。本音には本音で返すべきですな。」
真っ赤な嘘を吐く為に真剣な表情で姿勢を正す烈風参謀。
ガープの真の目的は善を成しこの世界を平和にする事。
だが、得体の知れない連中が善だの愛だの平和だのと言った所で
絶対に信用されない。される訳が無い。
誠意を持って話し合い、真心を込め時間を掛けて信頼関係を
築き上げる。そんなチマチマしたやり方をする時間は無いと
ガープ側は判断していた。ゆえにここはドライに割り切っていたのだ。
真実がバレて嫌われ憎まれようと世界平和が成るならかまわない。
国家に対する浸透と籠絡という悪のノウハウを以ってラースラン王国の
信頼をもぎ取って行く方針を決めていた。
黄金を提供し戦闘力の実演を見せ付ける。そして真の目的と称して
王国側がもっとも信じやすいと考えた作り話を披露するのだ。
作り話ではあるが多分に真実の情報を混ぜながら。
「我々はこことは違う別世界、魔法の存在しない世界から転移して来ました。」
コトッ
烈風参謀は酒杯を置き人差し指を立てて、
「我々は元の世界では世界に冠たる強大な勢力でありました。今だから
言える事ですが当初はこの世界を武力で侵略する計画を立てていました。」
「っ!」
「…やはりそうか。」
「ですがこの世界、いや宇宙の構造法則を探査し『魔法』なる未知の力を
確認し、大いに驚いた我々はその有用性の検討したのです。」
「…。」
「その検討の結果、我々の亜空間制御の技術と魔法の両方を上手く
組み合わせれば元の世界への道を開きうる可能性が有るとの考えに
至ったのです。」
「なんと。」
「つまり貴殿らの目的は元世界への帰還という事かね?」
烈風参謀は首を横に振り否定する。
「交易こそ目的。」
「交易?」
「あくまで基本的な話ですが交易の利益は物品の価値が違う遠隔地と
行う方がより利益が出る。国内よりは外国。近隣の国よりは別の
大陸。異なる文化の産品を運輸するほど大きな利益が見込める。」
烈風参謀は凄みのある笑みを浮かべ、
「唯一の異世界通路を押さえこの『魔法文明世界』と向こう側の
『機械文明世界』との間の『異世界間交易』を我が新勢力ガープが
独占させていただく。」
「いっ異世界間交易!!」
「貧乏くさい世界征服など比べ物にならん圧倒的な利益を永続的に獲得し
我々ガープは永遠の大繁栄を手に入れる事が出来る。」
「圧倒的な利益…」
「二つの世界の経済を牛耳って君臨し富の独占を目論んでおられると?」
「軍事侵攻して手に入るのは何か?瓦礫の山と化した都市、焼き尽くされた
農園。憎悪する人々と報復を誓う戦士たち。そこに何の魅力も無い。」
烈風参謀は再び杯を取りそれを掲げながら
「我々は2つの世界の富を独占する為のカウンターパート、つまり共同事業者と
して貴国、ラースラン王国を選択した。」
「共同事業者?!つまり我々にも利益がもたらされると?」
「なぜ我が王国が選ばれた?」
「最初に接触し信頼関係を持った、などと綺麗事を言うつもりは無い。
貴国は安定した列強であり魔導空中艦を建造できる成熟した魔法産業を
保有している。そして王都には魔術師ギルドの総本部がある。魔法文明の
果実が豊かに実っておられる。」
「ふむ、なるほど…」
エラッソン侯爵の顔に得心が現れ始める。
「今回の戦争に勝利すれば大消費地として利益をもたらす大アルガン帝国も
貴国の影響圏となりましょう。その為には何としても勝って貰わなければ。」
「交易の異世界通路が完成するまでの間はあなた方に旨みが無いように
思われますが?」
「世界二つ分の富です。先行投資する価値は充分にある。それに我がガープ
要塞も亜空間収納で大規模な工業プラントを内蔵しており今日からでも
それなりに充分な巨利を見込める交易を始められますぞ…」
そうして烈風参謀は今ラースラン王国にもたらす事が出来る利益を具体的に
説明し、それをまず王侯貴族や商会を中心に提供する予定である事や
既得権益を損なわず補強する物である事を丁寧に説明して行った。
エラッソン侯爵だけでなく周囲で聞き耳を立てていた貴族たちも権益と
いう言葉に吸い寄せられ、いつの間にか話に加わる。
「本当に我ら貴族階級を優先して交易の利を分かち合っていただけるのですかな?」
「我が世界の思想家の言葉に『裏切りを防ぐのは信義などではなく継続して
与えられる利益だ』というのがあります。国家の中心に居る方々に利益を
提供すれば必然的に我等も利益を得るのです。それに儲けを得るのに
もっとも都合が良いのは貴族諸賢と手を結ぶ事。市民階級に不満が出ぬ
よう我がガープの持ち出しで大衆に飴をタップリ与えるのでご懸念は無用。」
「おおっ。」
「随分と気前が良ろしいですな!」
「あえて本音を言わせて貰えば貴国は魅力的なほど利用価値がある。
貴国の安定は望ましい。我々の利益確保の為にラースラン王国が
敵と戦うのに協力は惜しまないというのが我ら新勢力ガープの決意です。」
いつの間にか孤立していた烈風参謀の周りに廷臣や貴族が集い
烈風参謀の甘言に酔いしれ始めていた。その様子を離れた場所から
観察者の目線で見ている者が居る。
「いけしゃあしゃあとって言葉の使いどころだね!あの女は大したタマさ。
口先ひとつで国の一つや二つ滅ぼしていてもアタシゃ驚かないね!」
「ではアレは全て偽りでしょうか?」
魔術師ギルドの長たるバーサーン最高導師の言葉にロムルス第二王子は
不安げに質問した。
「全てじゃないさ。それに王国の戦いに本気で協力するつもりのようだしね。
でも重大な何かを隠している。こいつは間違いないよ。」
「とりあえずは味方ですか。それなら…」
「ああ、魔力を持たず強大な力を行使できる。アイツ等は魅力的なほど
利用価値が有るって事さ!」
「はい!」
「帝国でも無く聖王国でも無くこのラースランに魔術師ギルドが
総本部を置いている理由。アイツ等もすぐに知る事になるね。」
「ええ。彼らの協力が有れば暴走した魔力が荒れ狂う彼の地の調査と
探索に目処が立ちます!」
「その前に今度の鬱陶しい戦争を片付けないとねぇ。」
そう言ってバーサーン最高導師は薬草茶の杯をあおったのだった。
○ ○ ○ ○ ○
リーンゴーン リーンゴーン
リーンゴーン リーンゴーン
王都アークランドル中の鐘楼の鐘が鳴り響き王宮前の広場には
多数の市民が集まり歓声を上げ空を見つめている。
大陸暦3023年 9月 12日
遂に開戦の日を迎えた。王都上空にはラースラン王国が誇る
魔導空中艦隊が集結している。
タングルール、ロアザンの各軍港や駐留基地から参加兵力の
約7割、100隻近い空中艦がこの空域に揃っている。
行軍途中で合流する艦隊や国境近くの隊などラッケン等の
攻撃発起点で合流する部隊を除いてだがなお圧巻の艦艇数だ。
全艦ともに王城のほうを向いて空に整列している。それに向かい合う形で
巨大な艦影が王城の上空に浮かんでいた。
ラースラン空中艦隊総旗艦にして王の座乗艦グランデ・ラースランだ。
普通の戦列艦の3倍以上の巨大艦で倍する重装甲に巨大な魔導砲を
ハリネズミのように装備した重武装艦である。
ただし総旗艦とはいいながら指揮するのは近衛艦隊のみだ。
機動力に乏しく鈍重な為に運動戦は不得手だが拠点防衛には
無類の強さを発揮する。いわば本国防衛の切り札だ。
その総旗艦の艦橋から国王レムロス6世の宣戦布告と
将兵を鼓舞する演説が行われ拡声の魔道具で空域全てに鳴り響く。
「勇敢なるラースランの勇士達よ!!戦いの時は来た!!
敵を討ち民の安寧を守れ!決意を胸に携えよ。祖国の敵を決して許すな!!」
総旗艦が轟音で礼砲を放ち警笛を鳴らし国王の号令が発せられた。
「全艦出撃せよ!!」
100近い艦艇も一斉に警笛を鳴らし魔導エンジンの駆動音を
響かせ動き出す。
総旗艦に見送られながら整然と装甲コルベットや砲撃艦、巨大な戦列艦が
移動しながら陣形を組み進発する。後に続くのは補給艦だ。
大きさだけなら戦列艦に匹敵するがシンプルなシルエットで
非武装にして中程度の装甲に補給物資を満載している補給艦。だが
3隻だけ異様な姿の船が居た。
本来なら凹凸の無い艦上部に全長に合わせた飛行甲板が付いていて
カブトガニのような姿の時空戦闘機ハイドルが2列4組の8機が
乗っている。
艦橋の上には金属で出来たグロテスクなキノコ、レーダードームや
各種センサーとアンテナが付き、艦首付近には高プラズマ砲を発射する
モジュール化した砲塔が装備されている。
王国空中軍からガープ艦と呼称されるその異様な艦艇も陣形に加わり
遠征艦隊は歓呼に沸く王都上空から進撃を開始するのだった。
多数の市民が歓呼を上げる王宮前広場に近い薄暗い路地裏から
蒼空を行く艦隊を見上げる男が居た。
どこにでもいる感じの地味な中年男は空を見ながら
後ろに向け独り言のように報告を行った。
「ラースランの空中船と共に敵対者ガープの主力、鳥、亀、魚は
全て前線に向かった。多数の戦闘部隊や飛行艇も鉄の要塞を離れた
模様。今後この地においての情報収集について魔宮の判断を乞う。」
呟いた直後に男の背後、その影の中から墨を塗ったような真っ黒い人型の
何かが現れ一礼すると伝言を携えて虚空に消える。
闇の伝令を使い報告を送り終えた男は何事も無かったように広場へ行き、
空中艦隊への歓呼の声を上げるのだった。




