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準の苦悩・円の苦悩

「オヤジさんから聞いただろ?マイハニー。」

朝っぱらから満面の笑みのジャックだった。

ああ。こいつぶん殴りてえ。

私はかろうじて笑顔で答えた。

「ごめんなさい。私たちまだ高校生だし、まだそんな話は早いと思うの。」

周囲の空気はピリピリしているのが分かった。

「何の話?」志保が聞いた。

「ああ、大したことない。」と言いたかったが言えなかった。

ジャックが邪魔したのだ。

「ボクとマドカは親公認の許婚なのさ。」

こ、このバカ!私は思わずジャックをにらみつける。

ジャックは満面の笑みだ。

この爆弾発言に教室中はカオスになった。

「ど、、どういうことなの?円」

「婚約者!きゃー!」

もはや手が付けられない。

ジャックのバカは絶対に後からぶちのめす。

私は心のノートにそう書き留める他無かった。

教師が入ってきてやっと静かになった。

「今朝のHRを利用して昨日転校してきたジャック君との自己紹介とかをしようと思う。」

担任の先生はそういった。

ジャックは私を見ると手を振ってきたので無視した。

「ジャックです。親父はアメリカ本土で会社やってます。今回は親父の命令で世界を知るために来ました。よろしく。」

転校生の自己紹介は終わり級友側の自己紹介に移る。

滞りなく行われたが、異常を察知したのは杉村準の番になってからだった。

「杉村準です。趣味はネトゲとサッカーかな?今は生まれたばかりの妹にべた惚れです。」

「・・・・へえ、キミが、・・・そうなんだ。」

明らかにジャックの空気が変わった。

多分、私以外に他に気が付いた奴はいないだろう。

戦場の独特の殺気というか・・・・。

「え?どこかであってたっけ?」

「いや、初対面だよ。」準の問いにジャックは笑顔で答える。

こいつ・・・・まさか・・・・。

白状しよう。

最初から、ジャックに再会(?)したときから、私はある仮定を疑っていた。

それは、もしかしたらジャックも同じように過去に戻ったのでは無いかと。

昨晩、円の親父殿の発言で一度はその可能性を否定したのだが、・・・・・全く見知らぬ他人であったはずの準に対しあの殺気は場違い過ぎる。

あの殺気は明らかに戦場の殺気だった。

やがて私の紹介の番になる。

「水沢円です。」一度ぶん殴りたい相手とは言え、まともな自己紹介ぐらい出来ないようでは円の沽券に関わる。

なので割り切って自己紹介することにする。

「趣味は茶華道です。私は新しい友達を歓迎いたしますわ。・・・それから。」とついでに付け加える。

「私たちはまだ高校生なので付き合うのはちょっと考えていません。ごめんなさい。」良い機会なのではっきり言ってやった。

そしてジャックに頭を下げた。

これぐらいやったら、いかにジャックとて諦めるのではないかと思ったわけだ。

「じゃあ高校を卒業したら良いってわけだね。」ジャックはにぱッと笑って言った。

・・・・・だめだこいつ。

精神的な強さは変わらん。

部下としてなら非常に有能でありがたかった。

副隊長に指名するぐらいだから。

そりゃね。私は今は女なんだからいつかは「男」と付き合ったりするんだろうよ。

その時は願わくば「杉村準」でありませんように。

だがその時、私はどうなるのだろう?

準としての意識は消滅してしまうのだろうか。

今までそれはなるべく考えないようにしてきた。

そう遠くない将来に、必ずそれに直面するときが来るだろうという予感はしている。

ジャックへの疑念を持っていたとはいえ、私はそれを話題にしてジャックに話しかけるのは控えていた。

なぜなら、どんな条件を出されるか分かったものじゃないから。

だからなるべく接触を控えるべきだと思ったわけだ。

話しかける度に「デートしよう。」とか言われるのはうざくてかなわん。

そうしてる間に夏がやってきたのだ。

いったいどういうことなのだろ。

去年はそんなに意識してなかったけど、自分の水着姿がすごく恥ずかしいんだけど。

原因は分かってる。あいつだ。

病は気からとは良く言われるように、肉体は精神や魂に左右される。

一方で逆に魂は肉体に支配される。

生まれ変わった私が身を以て知ったことだった。

今は男としての性欲の類は消滅してることは前に告白していたと思う。

そのかわり羞恥心が芽生えたのは自覚していた。

去年もその前の年も、確かにこんな女ものの水着は何度も着たはずだったのだが、結構平気で着ていた。

あるとき、志保に相談したことがある。

その時志保が返した答えはこうだった。

それは「円」として恥ずかしいのかと。

私は即答出来なかった。

何となく核心をついてるような気がしたのだ。

円の状態を「多重人格」の一種と仮定してと付け加えた上での推論だ。

円として恥ずかしいのなら円になっていて、準として恥ずかしいのなら、かつての戦友に今の姿を見せることが恥ずかしいのではないかと。

確かにそうだ。恥じる次元に差があるのは自覚している。

肌を晒すことが恥ずかしい気持ちと、かつての悪友に今の自分を晒すのが恥だという二重の感情があるのだ。

それを聞いた上で志保は更に踏み込んで言った。

「もしかしてそれは、円が円になるんじゃ?」と。

さらに「その場合、円になった場合、準はどうなるの?」とも。

私は答えることが出来なかった。

それは、この体に転生して10年、ずっと答えを追い求めた命題だった。

             ○

円は自分の心や体の変化に戸惑っている。

ジャックに再会してからの円は急激な変化を起こしているらしい。

本屋で多重人格に関する本を買って読んだ。

あたしは円の状態を一種の多重人格ではないかと思うようになっていた。

杉村準と水沢円という2つの人格だ。

普通、多重人格というのは余程の精神的ショックか何かで、自分の精神を守るために生まれるらしい。

だが円の場合はどうなのだろう?

どちらかというとあの場合は、円自身になるためなのではと思っている。

強盗事件みたいな危険なときに準が出てきているっぽい。

ジャックに再会して改めて自分の立ち位置を自覚したみたいだった。

その上でジャックの許婚とか言われたものだから、混乱しているようだった。

「すげえなあ。水沢家は。」

準が周りをΣ(゜Д゜;≡;゜д゜)しながら言った。

「ここって水沢家のプライベートビーチなんだろ。」

「落ち着いたら?準。」

あたしはあきれて言った。

「資本主義の不公平さを思い知るわー。」

準はそう言ってイスに座った。

この館の主、円は留守中だ。

夏休みを利用して私たち1年Aクラスは水沢家別荘に招待されていた。

「どーよ。この水着。」

あたしはいたずら心から準に聞いた。

「お・・・おう。」

準はちょっと赤くなって返事する。

「惚れたか?準。」

あたしはからかうように言った。

「ば・・・ばk?」テレながらあたしから目をそらした準はボーとなって持ってたジュースを落とした。

「準?」

準の視線の先には円が水着で歩いてきていた。

憂鬱そうな感じですさまじいほどの色気を醸し出していた。

周りの男どももぼーっとしている。

おかげであたしら女性陣はぐぬぬ状態だった。・・・ファンクラブの女性陣はうっとりしていたけど。

・・・敵愾心が消し飛ぶほど円のプロポーションは良いのだ。

憂鬱そうに見えるのは結構大きい悩みがあるから。

その諸悪の根源とも言うべきジャックが何やら円に言ってる。

「それにしても、ジャックも懲りない奴だな。」準は呆れたように言った。

「最初に思いっきり振られてるのに。」

「あんたは興味ないの?円に。」

「・・・・興味ないって言ったらウソになるかな。」

「へえ。」あたしは準の状態に興味を持った。

「でもどうしてか知らないが、手を出す気になれない。」

それは魂的には同一人物だから?とあたしは思った。

「ま、美人+お嬢様だから、気後れしてるんだろうな。」

準は余り深く考えずにそう結論付けると、話題を変えた。

「志保、競争しようぜ。負けた奴が焼き肉おごりってことで。」

こいつこの前も負けておごったくせに、まだ懲りてないらしい。

「この前はごちそうさまでした。今度もゴチっす。」

「今度は負けねえよ、ちくしょうwwwwwwwwwww」

あたしたちはそう笑い合いながらプールの飛び込み台に向かった。

            ●

失敗したかな~と私は後悔している。

何事かジャックのバカが言ってるがスルーしてやる。

失敗したと感じてるのは自分の水着だ。

これは去年からのお気に入りである。

なんでこんなに恥ずかしいんだろう。

いや、原因は分かっているんだ。

ワタシは、カレニハダを見ラレルのがハズカシイのだ。

異性二ハダをミセルノガハズカシイのだ。

そのことに気が付いてしまった。

水沢円として、ジャックを見てることに気が付いてしまった。

こいつに出会うまではなんとか杉村準としての自我をもっていた。

それは他ならぬ水沢円自身を守るためだった。

でも円にとっての真のナイトが現れたら?

・・・・杉村準は要らないのだ。

この時代の杉村準自身も健在だし。

あいつは志保のナイトであるべきだ。


目が覚めたとき、白い天井が見えた。

自分が置かれている立場が分からなかった。

目だけ動かして回りを見回してた時に女性がのぞき込んできた。

「ま、円!」女性は驚いたようにそう言うと走って出て行ったようだった。

「先生!円が!円が目覚めました!」と叫んでいた。

マドカって誰のこと?自分は一番にそう思った。

自分が何者なのか思い出せない。

すぐに何人かやってきたらしい。

天井を見上げてる自分の視界に何人か入ってきた。

その一人が私の顔を見るといった。

「お母さん、娘さんの意識が戻ったようです。」

「良かった。本当に良かった。」

お母さんと呼ばれた女性が泣いている。

私はその時、気がついていなかった。

生まれた直後から植物状態で教育も受けてこなかった自分が、なぜ言語を理解しているのかを。

仮に理解はしていたとしても、言葉にすることは出来なかっただろう。

この体が慣れていないのだった。

生まれてこの歳まで寝たきりだったのだ。


退院した後、リハビリに病院に来ていたときだった。

ロビーの大型テレビに見覚えがある場所が映った。

テレビからは「米軍は日本から出ていけ~」とか聞こえてきている。

私は母親から怪訝な目で見られるのにも構わず夢中になって見ていた。

在日米軍普天間基地。

私はかつてあそこに居たんだ。

そこでは私は大人の男性で強かった。

その頃のあこがれが、かつてテルモピュライの戦いでペルシャ軍を翻弄したスパルタ王レオニダスだった。

高校生の頃、映画を見てかっけーと思ったわけだ。(※「300」ていう映画)

あんな戦士になりたいと海兵隊に居たときにも願った。

しかしながら、今の自分は7歳の少女だった。

それからの私は現状の把握に努めた。

まもなく、過去へ魂だけ移動し、植物人間だった水沢円の体に入り込んだと言うことにたどり着いたのだった。

死んでしまった主人公が過去の自分に生まれ変わり、人生をやり直すというSFネタがある。

一般的にそれを「リプレイ」と呼ぶ。

自分の場合はどうやらそれに近いが、赤の他人、しかも女の子に生まれ変わってしまったらしい。

ミナサワマドカ・・・それが今の自分の名前だった。

実際の所、杉村準や雛崎志保との出会いは高校に入学したときではなかった。

私がリハビリに通ってたときにすでに会っていたのだった。

その時、私は車いすで外来のロビーにてリハビリしていた。

前から見覚えのある2組の親子がやってきた。

悪ガキだった頃の私と相方の志保とそれぞれの母親だった。

私は反射的にうつむき、4人が通り過ぎるのを待つ。

悪ガキ2人組がまず通り過ぎ、彼らの母親が通り過ぎるのを感じた。

私の世界ではすでに事故死してしまった、わたしの母親が・・・・・。

「ねえ。」

通り過ぎた彼女が私に話しかける。

「・・・!!」

「ハンカチ落としましたよ。」

その言葉で感極まって泣いてしまったのだった。

それを見ても彼女は引かなかった。

おもむろに自分のハンカチを取り出して、私の涙を拭いてくれたのだった。

きっと彼女は私を迷子だと思ったのだろう。

(ちなみにかつての私と志保は遠くで見てることしか出来なかったようである。考えて見たら、今の自分と同じ7歳のガキなのでしょうがない)

円の母親がきてくれるまで彼女は私に話しかけてくれたが、言葉で答えることが出来なかった。

その感情は、私(円)のものなのか、それとも私(準)のものなのかはわからない。

ただ、強く心に思った。

今度こそこの人を守ろうと。

未来を変えようと。

『水沢円』になりきる前に、やることがあると。

こうして私は「水沢円」のまま、「杉村準」になった。


明確な目標を見つけた私はそれから努力を重ねた。

もっとも、16歳になった今の私でも、かつての米海兵隊特殊部隊隊長ジュン・スギムラ中佐の戦闘力には遠く及ばない。

これから、どんなに鍛えても、決して届くことはないだろう。

根本的に、男女の性差があるから当然だ。

だから私は相手の力を利用する方向の格闘術を学んだ。

それでも・・・10歳を迎える頃、私は怖かった。

なぜなら準の記憶にある、水沢円という少女は10歳まで生きられなかったからだ。

結果的に言えば、杞憂に過ぎなかった。

その時、歴史は変えられると私は確信した。


女子更衣室で、水着から着替えながら私は深い溜息をつく。

ちなみにまわりに他の女子が着替えてるのだが、反応することはない。

「悩んでるようだにゃ。」志保が声をかけてきた。

「・・・ほんと、ジャックは死んでも変わらない。」

喩えじゃ無く、まさにこの通りだ。

いや、余計にひどくなってるような気もする。

もっともジュンの時と今とでは捉え方から違うかもしれない。

・・あの時、結構ジャックの奴はショックを受けたんじゃないんだろうか。

ふと、普天間基地での経緯を思い出す。

深刻な問題では無いと本人は言ったが、実際は・・・・・。

トラウマ級の事件が私に襲いかかったのはその数日後の事だった。

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