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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第1章 北条の三郎編  ~家族と陰謀の中で、三郎が生まれる~

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16 三増峠の勝利の夜、鶴と飲む酒は格別でした

 武田の重臣、浅利信種は北条氏照の猛攻受けて戦死、軍監であった三枝守友は武田勝頼を逃す為に踏みとどまり、俺の一斉斉射で戦死した。他にも何人もの名将たちが次々と泥に沈む。山県昌景の部隊は、包囲殲滅陣の対象となり、武田本隊が退路を通過するまで殿を務めることとなり、次々と戦死、あるいは捕虜となっていった。


 武田晴信と武田勝頼は残存兵を鼓舞しながら甲斐への道を急いでいた。

 不意にどこからともなく矢が射掛けられた。数名の兵士が悲鳴をあげて倒れていった。

「おのれ北条め、このようなところにまで伏兵置くか」

 勝頼が毒づく。

 それを聞いて晴信が笑い出した。

「お館様様?」

「はっはっはっ。悔しいのう。ここまで力を蓄え、今回は北条を身動きできなくさせ、それでようやく駿河に進行して海を手に入れる筈であった。しかし、ここまでしてやられるとはな。それも氏康ではなく、ついこの前まで甲斐で人質であった西堂丸とは」

「西堂丸ですと? あの覇気のない小僧が」

 山道を踏み分けながら、晴信は答えた。

「先ほどな、伝令が伝えてきたのよ。北条氏康は厚木の辺りで休息していると」

「馬鹿な。では氏政が指揮を取ったと?」

「そしてな、三増峠で北条勢が勝ち鬨を上げた。その中心にいたのは氏照、氏邦ではなく、北条三郎、つまり数カ月前迄我らが人質であった西堂丸であったとな」

「……信じられませぬ」

「我らの撤退に、ここまで効果的に配置したのは幻庵の手の者であろう。西堂丸はな、幻庵の養子となっている」

「くっ、おのれ西堂丸め」

「うむ。まずは甲斐に戻る。雌伏の時となろう。だが、絶対に北条三郎に再戦し、次は勝つ」

 

 その一連の光景を、武田の若き将、武藤喜兵衛(後の真田昌幸)は、身震いするような興奮と共に眺めていた。

(北条三郎……。常識を壊し、戦を塗り替える男か。……面白い。一度、会ってみるか)


 武田軍はなんとか瓦解せず、甲斐に帰国した。しかし、自領を出立したとき二万いた軍勢は、そのうち四千が戦死、六千が行方不明という大惨敗となった。行方不明者の多くは甲斐への退却時に消息を絶ったとのことだ。その結果、武田軍は継戦能力を奪われ、駿河侵攻を凍結することになった。

 夕暮れの三増峠。血と汗にまみれた氏照と氏邦が、本隊を率いて現れた三郎と氏康に合流した。

「三郎……なぜ間に合った。厚木からこの距離を、この短時間で……」

「氏照殿、ご無事で良かった。装備を厚木辺りで置いていくよう命じました。身軽にさせた上で、報酬を約束し、走らせました。更に戦う態勢を整える為、私の部隊を正面で防御の壁として時間を稼ぐことにしました」

 侍従に身体を支えられた氏康は、西の山に敗残する武田軍を見ながら安堵の声をあげた。

 「武田は甲斐を出て戦えぬようになった。これで、関東平定と内政に力を注ぐことが出来る。皆の者、勝鬨をあげろ!」

 三増峠に、北条の咆哮が轟いた。

 

 武田の軍勢が甲斐の山奥へと消え、三増峠に陣取った北条の軍勢が寝静まった頃。

俺は本陣の隅、月明かりが差し込む天幕の縁に腰を下ろしていた。

「旦那様。お疲れ様じゃったのう」

鈴を転がすような声と共に、鶴姫が小さな塗り膳を運んできた。

膳の上には、小机の試作場で密かに造らせていた澄んだ清酒と、軽く炙った川魚、そして握り飯が並んでいる。

「……ああ。さすがに、今回は胃がキリキリしたよ。こんなに上手くいくとはな」

 俺は兜を傍らに置き、一気に杯を干して、息を大きく吐き出した。現代でビジネスマンをやっていた時、東証に上場出来た後に飲んだ祝杯もこんな味だっただろうか。いや、今日の方が美味いな。こっちは命のやり取りで勝ったのだ。

 鶴姫が俺の杯に、透き通った酒を注ぐ。

「『ボトルネック』……じゃったか? 旦那様が仰った通り、佐伯殿は武田の動きを実に見事に止めてくれたのう」

 彼女はいたずらっぽく微笑みながら、自分の杯も満たした。

「……佐伯殿は、数字は読めても人は読めなんだのう」

 鶴が静かに呟いた。

「ああ。だからこそ、あの人は情報戦では必ず負ける運命だったのだろう。それに、優秀な組織ほど、整合性の取れたデータを信じ込む。だから作り込まれた偽のデータには弱い。信玄公ほどの人物なら尚更だ」

「数字は怖いものじゃのう」

「……それにしても、鶴。お前が合戦の最中に、氏照兄上たちの後方にまで兵を回す道を誘導してくれたと聞いたよ。本当はもう少し踏み止まらなくてはいけないと思っていたんだ。おかげで完璧なタイミングで包囲陣になった」

「ふふ、旦那様のJITジャストインタイムという考え方を行軍で応用して考えていたのじゃ。必要な時に、必要な場所に、必要なモノではなく必要な量の兵を。……旦那様はたまに奇天烈な言葉を話すのに面食らっていたが、少し、言葉を覚えるのが楽しくなってきたぞ」

 俺たちは静かに杯を合わせた。強い酒が喉に染み渡る。

「……これで、しばらくは里見と駿河に集中できる。武田の荒らした領地を復興させ、産業振興していく。いよいよ、同盟を結んだ上杉と関東を統一出来るんだ」

「目まぐるしいのう、旦那様。じゃが、今夜くらいは、先のことを考えるのはやめになっては?」

 鶴姫は俺の肩にそっと頭を預けてきた。戦場では凛としていた彼女から、微かに石鹸の清潔な香りが漂う。

「……そうだな。今は、この静かな月と、お前が淹れてくれた酒だけで十分だ」

 俺は三杯目の酒を飲み干した。

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