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第四話 侵入者は誰だ?

もう、そろそろ梅雨入りだろうか?

名古屋もはっきりしない天気が続いている。

絵里は親友サエコに誘われて(頼まれて)、4月から市立小学校の支援員をやっている。

低学年の支援学級“どんぐり学級”を担当していて、1年生から3年生まで十人ほどの児童を受け持っている。

保育園の園児の相手とはまた勝手が違って大変だが、ようやく児童たちの特徴もわかってきた。


そんなある日のこと…


今日は“どんぐり学級”の児童みんなで、ゼリーづくりを体験した。

“寒天パパっと”のゼリーは、お湯と混ぜるだけで常温でも固まるお手軽なゼリーだ。

1年生4人、2年生と3年生はそれぞれ3人でグループを作った。絵里は1年生のグループに入った。


寒天の袋を開けただけで、調理室全体が苺の甘い匂いで満たされる。

これだけで、児童たちは嬉しくて大はしゃぎだ。

いつもは集中できない児童たちも、こういうことには集中できる。


「みんな、お湯を入れるからやけどしないように気を付けてね!」

「袋には何cc入れるって書いてあるかな?」

「500の線までいったら“ストップ”って言ってね!」

担任の”美智子先生”が、計量カップにお湯を注いで回る。彼女は絵里より年上のベテラン教師で、5年間もどんぐり学級の担任をしている。


「じゃあ、やけどしないようにボールにお湯を入れて、みんなで順番に混ぜてね!」


湯を入れると、苺の匂いはさらに強く広がる。

子供たちは喧嘩しないで、仲良く粉を混ぜている。

一年生はまだ身長が低く、調理台が胸の高さの児童もいて、絵里は失敗しないように気を配った。


「はーい、粉は混ざったかな?じゃあ、それをお玉で掬って、湯飲み茶わんに入れてください。慌てなくて大丈夫だから、こぼさないようにね!」


「あっ!お前、こぼすな!」

「ごめん」

「あっ、もう固まった」

「どこどこ?」

調理台の上にこぼれたゼリーはすぐに固まり、指ですくって舐める児童もいて、騒ぎは続いたが、ほどなく落ち着いた。


「はーい、じゃあ、どれが自分の茶碗かわかるように、先生が紙に名前を書いておいたから、その上にお茶碗を置いてください。余ったお茶碗は職員室の先生たちに持っていくから、少し離して置いてください」


「あっ、そっちの方が少し多い!」

「はいはい、喧嘩しない。さっき同じように入れたでしょ?」

「あっ、もう固まった」

「ばか、まだだよ!」

「プルプルしてる!」


「はい、置けたかな?みんな、よく頑張ったね!じゃあ、あとは固まるまで体育館でゲームをします」

美智子先生が仕切ってくれたので、ゼリー作りは無事終了して、みんなで体育館へ移動してドッジボールを始めた。

少しすると「先生、トイレ行って来ていい?」

一年生の竜也が聞いてきた。

「はい、いいですよ。行ってらっしゃい。転ばないように気を付けてね」


竜也は一年生の中で一番背が低いが、すばしっこい。

竜也は小走りに体育館を走り出た。

体育館からトイレまでの間には調理室がある。

トイレからの帰りにさっきのゼリーが気になって、ガラガラと調理室の戸を少し開けてみた。

戸を開けただけで、さっきの甘い匂いが漂ってくる。

竜也は調理室に鼻だけ入れて大きく息を吸い込んで、ピシャリと戸を閉めて、満足げに体育館に戻った。

「竜也くん、お帰り」

「絵里先生、調理室はいい匂いがしてたよ」

「固まるのが楽しみね!もう少しドッジボールしてから、一緒に食べようね」



「はい、そろそろゼリーが固まったと思うので、戻って食べましょう!」

美智子先生の号令で、みんなは再び調理室に戻った。


「あっ!」3年生の蒼人が大声で叫んだ。

見ると、3年生のテーブルの茶碗がひっくり返ってゼリーが散乱している。

蒼人は竜也のところへ駆け寄った。

「俺たちのゼリーをひっくり返したのは、お前だろ?お前だな!」

ものすごい勢いだ。

竜也は何のことかわからない様子で、蒼人を見上げている。

蒼人は3年生の中でも一番背が高くがっしりしている。

一方の竜也は一年生の中でも一番背が低く、ヒョロっとしている。

傍からは「大人が子供を叱りつけている」かに見えた。

「待って、蒼人くん。竜也くんがやったって決まったわけではないでしょ」

絵里は竜也をかばった。

「だって、みんなドッジボールをしていた時に、いなくなったのはこいつだけじゃん!前から、お前が俺のことを気に入らないことはわかってたんだよ!」

「僕、知らない…僕じゃない…」

口を一文字に噛みしめ、怯えた表情で蒼人を見上げる竜也は、今にも泣き出しそうだ。

「蒼人くん、証拠もないのに、誰かを疑っちゃいけないよ。3年生の分は、職員室の先生たちの分をあげるから、それでいいでしょ?」

美智子先生が仲裁に入り、蒼人もしぶしぶ納得した。

「はい、じゃあ、みんな自分の茶碗を持って、教室に戻りましょう」


蒼人はまだ納得できない様子で竜也をにらんだ後、調理室を出て行った。

いつもは元気な竜也も黙って下を向いたまま、とぼとぼと後に続いた。


「美智子先生、私、ちょっと電話してから教室に戻るので、先に行って食べていていただけませんか?」

そう言って絵里だけが、調理室に残った。

まさか、あの竜也くんが、そんなことをするだろうか?

絵里もこの事件が納得できなかったのだ。


ケイタのパソコンが起動して、音声が流れる。

「絵里、どうしました?」

クリスの声だ。


絵里は“名探偵クリス”に助けを求めたのだ。

電話で事件の顛末を簡単に伝えた。


「絵里、いくつか質問があります。

“調理室は、体育館から渡り廊下を渡ってすぐの場所で、その先にトイレがある”ということでよかったですか?

それと、調理室の配置を簡単に教えてください」

「そう、体育館から渡り廊下を渡った最初の部屋が調理室で、体育館側とトイレ側に引き戸があって、体育館側から3年生が使った調理台、真ん中が2年生の調理台、トイレ側が1年生の調理台よ。ほかにも何か必要?」


「OK!だいたいわかりました。二つの出入り口は閉めてありましたね?」

「ええ、もうエアコンを使っているから閉めてあるわ」

「どこかに小さな隙間はありませんか?10cmくらいの」


絵里は調理室を見回した。

「そうねえ…10cmくらいの隙間なら、下についている換気用の引き戸が全部10cmくらいずつ開けてあるかな…」


「OK!わかりました。じゃあ、体育館に一番近い換気用の引き戸から、調理台までをよーく調べてください。動物の短い毛…茶色か黒の…がどこかに落ちてませんか?または足跡がありませんか?」


絵里は調理室の電気を全部点けて、引き戸から床、床から調理台へと入念に調べてみた。

何だか自分が探偵、もしくは探偵助手になった気分だ。


「あっ!あったあった!言われなければ見逃すような毛みたいなものと、ゼリーを踏んでつけたような動物の足跡がある!」


「…多分、犯人は“その方”です」


「えっ、猫?でも猫はゼリーなんか食べないでしょ?」


「猫は猫でも“ジャコウネコ”の“ハクビシン”が犯人だと思われます。

ハクビシンは猫みたいに運動能力が高く、スマホくらいの隙間があれば容易に侵入可能です。

甘い匂いに寄ってくる害獣で、市街地にも現れます。

多分、この春産まれた若いハクビシンでしょうか?

調理室からの甘い匂いに誘われて、渡り廊下から調理室に侵入。

一番近かった3年生の調理台を荒らしたのでしょう。

そこへ竜也くんが戻ってきて、トイレ側の引き戸を開ける、または戸を閉める音に驚いたハクビシンは慌てて逃げだす。

まさか何かいるとは思わない竜也くんはハクビシンが逃げ出したことには気づかず、匂いを嗅いだだけで体育館に戻った。

そして、事件が発見された。

と、こんな顛末ではないでしょうか?

ハクビシンのデータを、そっちに送っておきますね。

でも、竜也くんが戸を開けなければハクビシンはゼリーを食べ続けていたと思われますので、逆に彼のお手柄だったということでしょうね。

それと、このことは市役所に連絡しておいて方がいいですよ。

給食が狙われる心配だってありますから」


やっぱり竜也くんが犯人ではなかった。

絵里の顔にようやく笑みが戻った。


教室に戻ると

「もう電話は終わったの?みんなはゼリーを食べ終わっちゃったけど、絵里先生のはここに残してあるから」

「ありがとう。あとでいただこうかな。

じゃあ、片づけに行きませんか?見てほしいものがあるんです」


児童たちと調理室に戻った絵里は、見つけた毛や足跡をみんなに見せながら、ハクビシンが入り込んだこと、そして竜也が戸を開けたおかげで逃げ出したのだと説明した。


「蒼人くん、竜也くんが犯人じゃなかったから、ちょっと謝ってほしいな」

絵里がそう言うと、蒼人は困ったような表情で下を向いている。

竜也は、相変わらず怯えた表情で、少し離れたところから蒼人を見上げている。


「そうよ、蒼人くん、謝った方がいいよ」

美智子先生にポンと肩を叩かれて

「ごめん」と一言、蒼人は小声で呟いた。


「蒼人も謝ってくれたから、許してあげてね」

絵里が竜也の肩を優しく抑えると、竜也も黙ってコクリと頷いた。


「さあ、仲直りも済んだし、事件も解決したし、みんなで“仲良く”後片付けを始めましょう!」

美智子先生の号令で、みんなが片づけを始めた。


洗い物をしながら美智子先生が言う。

「でも、絵里先生、すごいわね!名探偵みたい!」

「ふふふ、我が家の名探偵に、ちょっと相談したのよ」

絵里は笑って答えた。

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