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オコジョが楊を転ばせるときは

 楊の長年の相棒であるたか悠介ゆうすけは、身長は楊とほとんど同じぐらいの標準のものであるが、一重の瞳に細い輪郭という顔立ちで、派手な楊とは比べようが無く地味な印象の男である。

 しかし県警で「同僚さえ挙げる死神」と噂されるだけあり、元公安の髙がその気になれば楊の存在感など簡単に消し飛ぶほどの威圧感を醸し出せるのだ。


 楊は肩を竦めた髙のおどけに、いつものように軽く返していた。


「あれは葉子の家で、俺はヒモ同然の居候なの。いいよね、髙は。杏子ちゃんに何でもかんでも頼られてさ。そんで、佐藤はどこに消えたの?上のロフト?鑑識官達の姿も見えないけど、本当に遺体のあった現場?」


 楊は部屋をぐるりと見回した。

 楊が入って来た扉を開ければ小型のシステムキッチンが彼を出迎えたが、三畳ほどのキッチンスペースでも、そこに冷蔵庫と洗濯機を置くらしきスペースも見て取れた。


 髙がいる方向、キッチンの体面となる六畳間程度のフリースペースには何もないが階段側の壁に扉が三つ並んでいる。そこがトイレやユニットバス、あるいはクローゼットがあるのだろうと楊は考えた。

 また、キッチンとフリースペースの境となる地点の階段側と反対の壁側には上に続く梯子のような階段がある。


 楊はそれを見上げながら、しかし現場だと聞いていたロフトに人影が何も見えないことを訝りながら相棒に尋ねていた。


「ねぇ、誰の姿も見えないんだけどさ、本当に上にいるの?」


「いいえ。佐藤は下、ですね。」


「え?現場はロフトって。」


 楊が訝し気に髙に近づくと、髙はすっと横に避けた。


「現場は下の階のロフトです。」


 髙が指示した床には人が一人くらい通り抜け出来そうな四角い穴がぽっかりと穿っており、楊は髙が指し示す穴の中を身を屈めながら恐る恐ると覗いた。

 穴の中は青いツナギ姿の鑑識官が立ち働いており、楊はその状態を見て取ると直ぐに体を起こして穴から顔を遠ざけた。


「やばい。何の匂い?掃除を忘れたハムスター小屋の臭いだ。」


 髙は楊の台詞に軽く片眉をあげると、階下の鑑識官達がつけていたものと同じ六角形のような形のマスクを楊に手渡した。

 敢えておかしな形のマスクを選ぶのは最近の髙のお遊びなのかと楊は笑いながら受け取ったが、付けてみてそのマスクが臭いまでもシャットアウトする粉塵マスクだった事に気が付いた。


「うわ、これいいね。臭いが消えた。」


「本当は匂いこそ感じなければいけないのでしょうけどね。宮辺主任が刺激臭は粘膜を刺激して癌を呼ぶと脅しますからね。」


「はは。それで君がちょっとお高めのマスクを大量購入したから、俺はこの間総務に金の使いすぎだって叱られたんだね。」


「いいじゃないですか。叱られるのは課長の仕事でしょう。」


「ははは。それで、その宮辺は?下?」


「これくらいじゃ防げないからって、彼は車と一緒に帰りました。この匂いが気になるらしく、今すぐにでもラボで調べたいらしいですよ。」


「ありゃ。それじゃあ、科学的なにおい?それじゃあ、今回の事件は単なる芝居がかった面倒な死体遺棄って奴?うわぁ、ドラマみたい。」


「ちょっとかわさん!ふざけていないで早く降りてきて!」


 楊をいつも通りに呼ぶのは、佐藤と同じくらい楊に怒っている筈の水野であった。

 水野は佐藤と同じくらい楊を怒っていても、家族がバラバラに生活しているからか、楊を最後まで突き放せないのである。

 楊は水野をこれ以上傷つけないようにと、彼女の言うとおりに下に行こうと階下へと延びる縄梯子に足をかけた。


 しかし、掛けた筈の足は何者かによって持ち上げられ、楊はそのまま床に大きく転ぶことになったのである。


「いたあい。」


「かわさん。どうしたの。」


「どうしたって、今、足が。」


 楊が縄梯子を見返せば、そこに白いオコジョが二本足で立って楊を見つめていた。


「え、ちょっと、ポンが俺を転ばせた?」


 楊は三匹オコジョを持っている。

 それは常識的には目に見えない存在のものであり、そのオコジョは飯綱使いの玄人から楊が貰った楊のお守りでもある。


「転ばせたって事は行くなってことで、それは。」


 楊は大きく息を吸うと、出来る限りの大声で階下の部下達に叫んでいた。


「今すぐそこを撤退しろ!」


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!


 楊が叫んだと同時に滑車が転がるような音と振動が楊と髙を襲い、楊はその音に負けずと大声を張り上げた。


「パン!ポン!皆を頼む!」


 ダダダダダダ、ダン!


 分厚いキャタピラーのようなものを巻き取るような音は、突如として消え、静寂となって取り残された楊と髙は茫然とするしかなかった。

 階下の部下達に楊の声が聞こえたかどうかどころか、彼等の無事を確かめる気力さえ二人からは消えており、ただただ四角い窓から見える真っ黒に染まった風景に脅えるしかなかった。

 今まで部屋があったはずの穴から見える風景は、真っ黒な煤で塗れただけの水道やガスの細長いパイプが走っている床下の風景でしかないのだ。

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