第二十二話
リンに着替えるように言っても彼女は決して着替えようとしないまま数時間が過ぎ、マオが帰ってきたことにより昨日の仕事は終わりとなってしまった。
非常に無念である。
「だからそんなに落ち込んでるの、お兄ちゃん?」
自宅のリビングにある炬燵の向かい側から話しかけてきたのは、魔法使いそのものの恰好をした黒髪ツーサイドアップの女の子――この世界でできた妹のミーニャだ。
「いや、まさか部屋から出すどころか、着替えさせることすら出来ないとは思わなかった……」
さすがに無理やり着換えさせるわけにもいかず、俺は何とか説得を試みたのだが、リンは全く聞き耳を持たなかった。それどころか、少しすると夢の世界へと旅立とうとするのだ。
元の世界の一般的な引きこもりと違って、眠いから部屋から出ようとしないという彼女は、なかなか新しいタイプの引きこもりかもしれない。
少なくとも、俺は今までそんな引きこもりには遭遇したことがない。
「リンちゃんは手ごわいからね~」
「ん、お前ってリンの事知ってるのか?」
俺がミーニャに問いかけると彼女はわざわざ俺のために、俺が元居た世界から召喚してくれたミカンを、あむあむと美味しそうな顔で食べながら言う。
「知ってるに決まってるよ! ミーニャは魔法使いになる修行を、お師匠さまのお城でやったんだもん」
「もん……ねぇ」
そう言われてみれば、ミーニャがリンの事を知っている事に納得は出来るが――その話を聞いたら、別の事に興味が出て来てしまった。
それはこいつがマオに弟子入りする時の話だ……すなわち、
「っていうか何? お前ってどうやってマオと知り合ったの?」
仮にもあいつは魔王だ。
あいつ本人が悪い事をしているところは今の所見ていないが、魔王である限りはそれなりに畏怖されるべき対象のはずだ。
bそうなると、そうやすやすと近づけるような人物……狐っ娘ではないはずだが。
と、俺が考えを巡らせていると彼女は言う。
「普通に行ったんだよ!」
「普通に、行った?」
「うん! やっぱり魔法使いになるからには、世界で一番優れている人に弟子入りしたいからね! だからお師匠さまのお城まで行って『弟子にしてください!』って言ったんだよ。そうしたらお師匠さまが『おもしろい、よかろうなのじゃ!』って」
「は?」
「ん?」
ん? じゃないよ。
こいつはあれか、いきなり魔王の所に行って、唐突に弟子にしてくださいと切り出したのか。
ありえないだろ。
こいつをあっさり受け入れたマオもどうかと思うが、魔王の城に単身乗り込んでいくこいつもどうかと思う――普通の人間はそんなことしない、絶対にしない。
「だってお前さ、もしマオがああいった性格じゃなくて、もっと凶悪な奴だったらどうしたんだよ?」
「え、でもお師匠さまはああいう性格だよ?」
「いや……俺が言っているのはそう言う事ではなくてだな」
「?」
……うん、何だか面倒くさくなってきた。
基本的に何も考えないで行動しているこいつには、少し難しい話だったかもしれない。
「あ、ねぇねぇお兄ちゃん!」
「ん?」
「そろそろ時間だよ、行かなくていいの?」
あぁそうだったな。
今日から俺は昼過ぎからマオの城に行くことになっているのだった――またリンと相対さなければならないと思うと、非常に鬱になってるがやるしかない。
そうだ、最後にこれだけ聞いておこう。
「行く前に聞いておきたいんだけどさ、リンの好物ってなに?」
俺はミーニャからその答えを聞いた後、店先から聞こえてくるリゼットのテンパった接客声を聞きながら、ゆっくりと立ちあがるのだった。




