9話 大嫌いだった姫さん
※ライナス視点です!
あ~あぁ~、食い入る様に見ちゃって……。
俺、ライナス・マーティンの隣ではさっきまでビビリまくりだった、ポンコツ王子ことカイゼル殿下が、紅潮した顔で姫さんの試合を見つめていた。
姫さんはというと、氷の氷柱を降らせるオスカー小隊長相手にヒラヒラと白く綺麗な髪を靡かせながら隙を伺っている。
時に氷柱を避け、時に斬り刻み、時に宙で形成される氷柱を足場にもしている。
その様子は白い妖精が舞い踊っているかの如く美しく、他を寄せ付けない輝きがある。
やっぱ戦っているときが姫さんは一番綺麗なんだよなぁ。
「いけぇぇぇ‼亡霊ちゃんやっちまえぇぇぇ‼」
「えっと、ライナス殿?」
隣の殿下がおずおずと聞いてきた。
「はい、ライナスでいいですよ何ですか?」
「さっきから聞く〝亡霊ちゃん〟とは何なんだ?」
「あぁ、姫さんの愛称です。騎士団内での会話で姫さんの名前出す訳にはいかねぇし、実は姫さん、騎士団入団試験の首席合格者なんですよ。取り消されましたけど。
だから、存在しない騎士団員として亡霊って呼ばれています」
俺の言葉に殿下は目を見開いてこっちを向いた。
「騎士団の入団試験を首席で合格???彼女が?」
「はい、しかも14の時ですよ」
「…………」
殿下は驚きで声も出ないといった様子でまた姫さんを見つめている。
入団試験……懐かしいな。あの時は姫さんのことが死ぬほど嫌いだったからな……。
俺は、姫さんに出会う前から姫さんのことをこと細かく知り、その存在を嫌悪していた。
なぜなら……。
「ライナス‼聞いてくれ天才だ‼あの子は剣の天才なんだ‼あぁ!あの子が公爵家の令嬢でなかったら私が引き取って育てるんだが‼」
緋色の髪に茶色の瞳の親父、アスラン・マーティンは真剣に顔を歪めながら唸っていた。
10年前、姫さんと出会ってからというもの親父は姫さんにぞっこんだった。
10年前、俺は13歳。
久方ぶりの休みで帰って来た親父はそんな多感な年ごろの我が子相手に、よその子を褒めちぎっていた。
騎士団の入団試験は14歳から受けられる。
当時の俺は、それはもう焦っていた。
天才的な騎士、アスランの子供でありながら稽古をしているわりに弱かった。
「せっかく帰って来たんだったら真面目に稽古に付き合えよ!」
見たことも無い7歳の子供に嫉妬しながら親父に言うと、親父は笑顔で付き合ってくれる。
親父は俺が弱いこと、弱くても騎士団に入ろうとすることに関して否定的な感情は無いようだった。
むしろ自分の背中を追ってくれるのが嬉しい、といった感じだ。
笑顔で稽古してくれる親父にほっとしながら、俺は親父に罪悪感があった。
こんな子供でごめん、と。
きっとその天才的なガキが親父の子供だったら、親父も鼻が高かっただろう。
俺の不安は的中し、翌年、俺は騎士団入団試験に落ちた。
一次試験すら合格出来なかった。
そして感情が揺れたせいで、闇の魔法が暴走し騎士達の声が聞こえてしまった。
(これがアスランさんの子供かぁ、弱ぇなぁ)
「筋は良いからもっと型の練習をするといいよ。大丈夫!強くなれるさ‼」
(凄い父親もつと大変だなぁ、弱いんだから他のことすればいいのにな)
「大丈夫!来年もあるし君はまだ若い‼頑張れ!」
(踏み込みも甘い、基礎もなっていない、これがあの人の子供……)
「これからだ!次はきっと受かるさ‼」
親父の子供ということで、次々と俺に励ましの言葉をかけてくれる騎士達の本音。
心を読む魔法はこういう時、本当に嫌になるんだ。
でも、俺は強く気高く騎士の中の騎士と名高いアスランの子供。
泣くことも、怒ることもせずにただへらへらと笑ってしまった。
「そうですねー、次!頑張ります!ありがとうございます‼」
何がありがとうだよ、何も感謝なんかしてねぇよ。
自分で自分に嘘を吐き、心の中でそんな自分に毒を吐く。
無意味極まりない行為を幾度となく行った。
俺は親父が騎士だからではなく、〝命を懸けて救う存在〟というのに強く惹かれた。
だからこそ騎士になろうと頑張ったのに、周囲の期待にも応えられずに毎年の様に騎士団入団試験に落ちた。
結局、俺が騎士団の入団試験に受かったのは6年後のことだった。
その頃には騎士団の中では姫さんの話が有名になっていた。
『剣技の天才』
『剣術の申し子』
『戦の女神の祝福を受けている』
いくつもの姫さんの話が出てくる。
うぜぇ、うぜぇ、うぜぇ、うぜぇ‼‼
姫さんの屋敷に行かないかと他の騎士に誘われたこともあったが断った。
令嬢だからちょっと剣が扱えるだけでちやほやされて、いい気になっているお姫様気取りのクソガキ。
誰がそんな奴の所に好き好んで行くかってんだ‼
親父も俺を蔑ろにはしないが、姫さんとの期待の違いは肌で感じる。
親父の心の内を知るのは怖すぎて、親父には絶対に魔法は使わない。
そんな中、俺が入団した次の年、男装した姫さんが騎士団入団試験にやってきた。
一目見てなんか女っぽいなと思って試しに心を見たら当たりだった。
(ここで絶対に首席を取って‼わたくしは初めての女騎士になる‼‼‼)
馬鹿みたいなキラキラした目で、自分が騎士になれることを信じて疑わないクズ。
やっぱこいつうぜぇし、嫌いだわ。
幸運なことにその日、偶々姫さんと俺が試合をすることになった。
一回本気で痛い目みせて、もう二度とそのうぜぇツラ見なくても済むように徹底的にぶちのめしてやる。
肋骨は4,5本、あとは腕の骨を折って、負け宣言出来ない様に腹蹴りまくるか……。
ぼんやりと、姫さんをどういたぶるかを考えていると号令がなった。
やるか、そう思った瞬間に瞬きをすると姫さんは消えていた。
「は?」
ザワッと何か直感の様なものを感じて、左に剣を向ければ何かを弾いた。
一拍遅れて見ると、姫さんが構えていた。
意味分かんねぇ!今の一瞬でこっちに来たのか⁉
姫さんはそのまま俺に直進……するかと思いきや、不自然に動きを止めて剣の軌道を変え、下から突き上げる様に振りぬいた。
紙一重で避けられたが、避けられたのはただの偶然だった。
勘が働かなければ、まず間違いなく当たっていた。
剣をギリギリで躱したことも相まって心臓がうるさく鳴り響く。
なんだこの剣技!
てっきり、親父から習っているからもっと素直な剣かと予想していた。
騎士らしく、正面衝突を好んだ力押しの剣。
親父も策を巡らすことはあるが、基本は騎士道に沿った正面から相手を打ち据えるのを好む。
でもこのクソガキの剣は違う。
一瞬にして間合いを詰められ、姫さんは不自然に足を踏み込む。
そんな体重の乗っていない踏み込みでは、剣は来ないと分かっていても長年の経験からつい体が反応してしまい、要らない動作が入り、姫さんの剣を躱すのがギリギリになってしまう。
「うぜぇ‼‼」
俺は渾身の力をもって姫さんに剣を振りぬいたが、姫さんの剣とかちあったはずなのにチリリと軽い音しかせずに、力のほとんどを受け流されてしまった。
流された力は地面を強く叩き、その隙に腹ががら空きになり叩き込まれてしまった。
呆気なさすぎて、腹に軽い衝撃は感じても試合が終わったことを実感出来なかった。
筋力では俺が勝っている、でも負けてしまった。
「ハハハ、凄ぇ……なんだその勝ち方……お前、親父の弟子じゃねぇのかよ、いいのかそんなんで」
俺が聞くと姫さんは目を見開いた。
自分の正体がバレていたことに驚いたらしい。
「別に告げ口なんてしねぇよ、そんな真っ当じゃない勝ち方でいいのか聞きたいんだ」
「(強さに真っ当も何もなくってよ‼これがわたくしの勝ち方なの!強いでしょう??)」
心の声と現実の声が重なって聞こえた。
紛れもない本心である証。
自信たっぷりにふんぞり返る目の前の少女の瞳を、俺は初めて正面から見た気がした。
あぁそうか、真っ当じゃなくていいのか。
不思議と肩の荷が下りた気がした。
剣での勝負だから試合中は闇の魔法は使わない。
心を見るなんて魔法有りと言われていても卑怯だ。
親父の息子なんだから武器は剣だけ。
飛び道具なんて俺は使っちゃいけない。
自分に意味も無い制約をつけていたのが途端に馬鹿馬鹿しくなって、全て純粋な強さを求めて動けは、不思議と俺は強くなっていった。
騎士団での名も上がり、前々から王家に言われていた諜報の仕事も受けるようにした。
俺がやりたい、憧れたのは〝命を懸けて救う存在〟だ。
汚いとか目立たないとかじゃあ無い。
己の命も尊厳も、全てを懸けて救うのがかっこいいんだ‼
自分の仕事が上手くいき、いつまで経っても姫さんが騎士団に入団しないことを初めは不思議にも思わなかった。
その後、姫さんが騎士団に入団出来ず、更にその腕前のせいで王子と婚約したことを親父から聞いた。
それが姫さんの本意でなかったことも。
すぐに他の騎士達と共に公爵家に行くと、姫さんは笑って騎士達と稽古をしていた。
でも、俺には分かる。
剣を握っている間も、笑顔で騎士達と接している間も彼女は心の中で陛下に言われたことを反芻して泣いていた。
その姿はまるで昔読んだ絵本に出てきた、悪い魔法使いに囚われた姫君そのものだった。
俺が〝命を懸けて救う存在〟に憧れたきっかけの絵本。
他の奴が聞いたら笑うだろう。
でも、憧れちまったんだ。
悪い魔法使いから美しい姫君を助ける王子の姿に。
なんてカッコいい生き方なんだろうって。
だから俺は亡霊ではなく〝姫さん〟と呼んでいる。
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既にしていただいた方、ありがとうございます‼
次回9時頃に更新します。
話のキリはいいのですが、コレを出したい!というのが次話にあるので次もライナス視点です!