38話 夜会の後
魔物が消滅した後、わたくしは陛下の指示で地下牢に閉じ込められた。
濡れたタオルで体を拭うくらいはさせてもらえたが、囚人服を着せられ、地下牢に入れられる。
しかも、貴族のための牢屋ではなく平民と同じ臭くて汚い一般牢。
ベッドは黄ばみ、床にはいつのものか分からない汚れがへばりついている。
あんまりじゃないかしら。
人の命を救うことを優先して悪女を演じた。
そのことに悔いは無い。
でも衛兵も騎士もケビン皇太子も、皆最後は魔物を目撃している。
これだけの目撃証言があるのに、騎士になれるどころか処刑だなんて……。
月明りだけが頼りの真っ暗な牢屋に靴音が響いた。
若い男が二人、迷いなくこの牢屋を目指してくる。
現在は深夜、見張りの衛兵は外に居ても誰も地下牢の部屋のことまでは干渉しない。
若い男達はわたくしの牢屋の前で立ち止まり、重い金属音をさせてわたくしの牢屋を開けた。
「……ライナス、何で鍵を持っているの?それと、ケビン皇太子を連れているのはなぜかしら?」
扉が開くと、ライナスは頭を掻きながら入って来た。
「あー、姫さんには悪いんだけどさぁ俺は口をはさむなって言われてんだ、そんなわけでどーぞケビン皇太子」
ライナスの後ろにくっついてきたケビン皇太子はいつもの尊大な態度ではなく、不貞腐れた子供の様に眉間に皺を寄せていた。
何だか子供みたいだわ
「…………悪かった」
「は???」
今この男謝ったのかしら?
いえ、何を謝られたのかは分からないけれど、謝ることなんて出来たのね。
「魔物を夜会に出現させたのは俺だ。まさかセイランが出張ってくるとは思わなくてな」
言葉を聞いた瞬間にわたくしはケビン皇太子の胸倉を掴んでいた。
「貴方!今自分が何を言っているか分かっていまして⁉」
あの時、わたくしが行動したから死人は出なかった。
でも怪我人は山ほど出たはずだ。
それを、ケビン皇太子が??
「答えなさいな‼‼何であんなことを‼‼人が死ぬところでしたのよ⁉」
わたくしが問い詰めるとケビン皇太子は眉間の皺を緩め、冷たい瞳でわたくしを睨みつけた。
「あぁ、こっちの人間はお前以外死んでもいいと思ってい」
バシッと手を叩いた様な音が響いた。
わたくしが殴ろうとした瞬間、その手をケビン皇太子に捕まれたのだ。
「聞け、別に俺は殺しを楽しんでいるわけじゃない。だが自国の民を数十万人救えるのなら敵国数十人の貴族の命なんて安いと思っているだけだ」
「敵国⁉貴方何言っているの⁉パース帝国とグラス王国は同盟関係でしてよ‼
ライナス‼‼‼貴方も魔物の件に関わっているのかしら⁉このことアスランは知っていまして⁉」
「んや、流石にそこまでは知らなかったな。俺は単独でケビン皇太子が姫さんの旦那に丁度良いんじゃねぇかなーってちょろちょろっと動いていただけでこの人の仲間でもなんでもねぇし」
わたくしの怒りが頂点に達しているのにライナスはのんびりと頬を掻きながら答えた。
「ふざけないで頂戴な‼‼わたくしが誰を夫にするのかはわたくしが選ぶことでしてよ⁉」
「俺もそう思う。でもさ、カイゼル殿下は良い人ではあるけれど姫さんを守ることは出来ねぇよ。現に今姫さんを処刑から助けられるのはケビン皇太子だけだ」
ライナスの言葉でわたくしは目の前のケビン皇太子を睨みつけた。
この男は前にわたくしに運命などとよく分からないことを言って求婚してきている。
そんな男に借りを作って何も無いはずがない。
助ける代わりに結婚しろとでも言うのかしら??
そんなことになるなら死んだ方がマシだわ‼‼
結婚に関することも騎士になることも今まで何一つ自分の自由にならない、一番大事に思ったものは手に入らない。
それなら、最期くらいは自分の好きなようにしたいわ‼‼
ケビン皇太子はため息を吐いてわたくしの手をゆっくり離した。
「そう睨むな。今回のことは俺の不手際だ。
セイランに要求するのは帝国の騎士団に入ること、ただそれだけだ。
ついでに言うとセイランを処刑するようにグラス王国国王を唆したのも俺だが、俺が言わなくてもあの王はいずれセイランを殺す。俺が対処出来る様に時期を変えただけだ勘違いするなよ」
「嫌でしてよ‼‼‼
わたくしはこの国を離れないわ‼‼出て行きなさいな‼これ以上貴方にも王家にも振り回されるのはうんざりだわ‼‼」
「……頼む、言うことを聞いてくれ。セイランを死なせたくない。帝国の騎士団であれば安全だし、帝国の騎士団に入らなくてもお前はいずれこの国の騎士団とは対立する」
本気で懇願する様な悲しい表情をされて思わずドキリと心臓が跳ねてしまった。
まるで、本当にわたくしを助けたいみたい……。
でも騙されてはいけないわ。
「フフフ、また役目がどうのという話かしら?貴方わたくしに何をしたの??何を計画しているの?」
ケビン皇太子は目を細めてじっとわたくしを見つめた後に、ゆっくりと頭を下げてきた。
「今回の件は悪かった、謝る。だからどうか言うことを聞いてくれ…………俺は同じ役目を与えられた者としてセイランに死んで欲しくない、
明日の処刑を何とか免れたとしても、国王はもうセイランのことに気がついた。
必ず殺しに来る」
ケビン皇太子の真摯な様子にわたくしもライナスも目を丸くしてしまった。
正直、カイゼルならまだ分かる。
でも気位の高いケビン皇太子がここまでするのは予想外だ。
この男、本当にわたくしに死んで欲しくないみたい。
今は頭を下げていて見えないが、先ほどの様に悲しい表情をしているのだろうか……。
わたくしだって死にたくない。
でも、この男の言いなりになるだけも嫌。
「…………分かったわ。ただし!わたくしはわたくしの意思のみでしか動かない‼帝国の騎士団に入っても、グラス王国の騎士団に対立する様なことは絶対にしなくってよ‼‼」
わたくしの言葉を聞いてケビン皇太子は頭を上げて安心したように微笑んだ。
「あぁそれでいい」
いつも尊大で不敵に笑う油断ならない男、でもこの時だけは普通の18歳の青年の様に思えてしまった。
「ハァ~~~~~~」
猿型の魔物の群れを斬り捨てながら、わたくしは深い深いため息を吐いた。
わたくしってチョロ過ぎるわ。
今ではあの時のケビン皇太子に絆されてしまった自分に一発殴ってやりたいと思っている。
結局ケビン皇太子の幻覚を使い処刑を免れた後、わたくしは積み荷に紛れてパース帝国の騎士団長と共に帝国に入った。
そこまでは良かったのだが。
チラリと自分が持っている剣の鞘を見た。
帝国王家の紋章がハッキリと金で刻印されている。
帝国に着くと、ケビン皇太子からの贈り物として既に用意されていた。
軽くて丈夫で、何より騎士団の支給品ではわたくしには重すぎるから重宝させてもらっている。
だがこの剣を持ち歩くということは自らを王家のお気に入りと触れ回っているのと同じ、不愉快極まりない。
でも、命のやりとりをする場で剣を重くするわけにはいかない。
それに何より溜め息の原因は騎士団員だ。
後ろから攻撃してくる気配がしてわたくしは身を屈めた。
伏せた瞬間に、細長い炎の雨がわたくしを通り過ぎて猿型の魔物の群れに襲い掛かった。
「おいこら悪女‼てめぇ皇太子妃だか知んねぇけど、隊長に何の断りも無く単独行動してんじぇねぇよ‼潰すぞ‼‼」
後方から来た赤髪赤目の同僚、ホンザがわたくしの白馬を引き連れながら馬上で叫んできた。
「お黙りなさいな‼‼わたくしは皇太子妃なんてなるつもりなくってよ⁉ケビン皇太子の戯言だと何度言えば分かるのかしら⁉」
わたくしがケビン皇太子の私設部隊に入るときには既に、彼がわたくしに求婚していることが噂で広まっていた。
元々騎士団に入ったら偽名を名乗る様に言われていたが、嫌がらせで本名のセイランだと名乗れば、ケビン皇太子が恋焦がれて死んだことにまでして連れ帰った女として名を馳せた。
そして騎士団新兵の食事も部屋も貧相だったため、隊の副隊長であるホンザと一騎打ちをして副隊長の座を勝ち取り、気配を読む鋭さを武器に魔物の討伐数を上げていけば今度は純白の悪女様として名を上げてしまった。
ケビン皇太子が求婚しているという噂と共に。
「ハァ~~~わたくしケビン皇太子の手の平の上で転がされている気がするわ」
「あぁ?誰だってそうだろ?あの方に張り合えるヤツなんて見たことねぇよ」
ホンザは魔法で魔物を牽制しながらわたくしに愛馬シルクをよこしてくれた。
その名の通り、絹の様に滑らかで白い毛をもつ駿馬。
この子もケビン皇太子からの贈り物。
「やぁ~~二人とも早いなぁ~。もうほとんど魔物が居ないじゃないかぁ」
のんびりとした声でホンザの後に続いた、褐色肌で茶色い髪に黒い瞳の大男はわたくしの隊長、名をベア。
おっとりしているようで実は凄腕というか、不思議と彼は強い。
初日に挑んだが見事に襟首を掴まれて猫の様にあしらわれてしまった。
速いわけでもないのになぜだか接近戦で彼の攻撃は避けられないのだ。
隊長とはついているが、他の9ある隊の中の誰よりも強いとわたくしは見ている。
彼より強いとなると、副団長か団長くらいだ。
パース帝国の隊は全部で10あり、その内の1つ、ベア隊長率いる野獣部隊のみがケビン皇太子の持ち部隊となる。
ちなみに名前はベア隊長が付けたらしい。
「さぁ~て!帰って飯にするかぁ!」
ベア隊長は両手を大きく馬上で広げた。
地響きがして地面は彼の手の動きをそのまま再現するかの様にせり上がり、魔物の群れの両端に大きな熊の手を形造る。
バン!と隊長がそのまま手を合わせると土で出来た熊の手は魔物の群れを両手で潰した。
攻撃が大きい分、だいぶ群れは減らせたが打ち漏らしも多数出ている。
そこをわたくしとホンザが飛び出し、的確に撃破していく。
ケビン皇太子に良いように使われている感じは否めないが、それでも騎士の仕事は楽しい。
それに反応には困るが、面と向かってありがとうなんて言われることは今まで無かった。
お礼に子供から花をもらうことも、民から憧れていると声をかけられることも言い表せないくらい嬉しい。
チャリッと首にかけたネックレスが存在を主張して服の下で動いた。
カイゼルからもらった黒い宝石に三本金の線が入ったネックレス。
ライナスにこれだけはとお願いして持ってきてもらった。
わたくしはカイゼルのあの気の抜けた安心する雰囲気も、少し困った笑顔も、顔を赤くして恥ずかしい言葉を頑張って言うところも全部好き。
でも、彼はわたくしが死んだと思ってる。
もう彼と結婚することはない。
周囲はケビン皇太子と結婚することを期待している。
前は本気で反発していたけれど、この国の皆を愛し始めているし、夜会の実態を知ってもあの懇願してきた年相応の姿がちらついてケビン皇太子をなぜだか憎めないでいる。
ケビン皇太子もこの国の人間も好きになりかけているからこそ迷ってしまう。
わたくし、どうすればいいのかしら。
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