前進
ガルドエルムでの用事が取り敢えずひと段落したファイは今日ガルドエルムを発つ用意をしていた。
「ファイ!」
するとそこに思わぬ客が現れた。
「お前は、エリィだっけか?」
その小さな客人はドアの所で引っかかっている。
ドアが重かったらしい。後ろでオルファウスが慌てている。ファイはドアを押してあげた。
「ありがとー!ファイ今日発つんだよね?」
初めて会った時はあんなに怯えていたのに今日は全くそんな様子はない。ファイはそんなエリィに違和感を覚えながら中に通してあげた。
「お前一人か?ベルは?」
思わず愛称で呼んでしまっているファイにエリィは気付かない振りでソファに腰掛けた。
「一緒に来たよ!ここに来る途中に知り合いと会ってお話ししてるから先に来たの。お礼が言いたくて」
お礼と言われ、覚えがあるのは一つしかないファイは眉を顰めた。
「パメラに返してくれたでしょ?ありがとう」
「お前。エリィだよな?」
ファイの質問にエリィは笑った。
「ガルドエルムの祝福は問題なく集まったよ。後はその時を迎える準備をするだけなんだって。ファイ、今回はいつもの終焉とはちょっと違うらしいの」
エリィの説明にファイは彼女の存在が自分と同じものだと思った。皆を導く存在。しかし今までファイ以外そんな者が現れた事はない。
「今世では今まで起こらなかった事が次々と起こってる。一番大きいのはファイやロゼに5つの宝玉以外に貴方達を支える者ができた事なの」
確かに。それはファイも感じていた。
何度も生まれ変わって来たが。いつも神の御子達は皆孤独だった。世界を救う存在の彼等は敬われ、崇拝される対象であるが時間が過ぎるにつれ、その存在は薄れ皆人ごとのように関心を持たなくなっていった。
それでも、選ばれた五人は最後までその役目を果たしてきた。お互いに支え合いながら。
「今回の終焉が、もしかしたら最後になるかもしれないよ」
それは、もうこの世界を救う為に使命を負わなくてもいいという事だ。しかし、失敗したら後がないとも取れる。
「私の予言でもファレンの場所はまだ分からないけど、分かったら直ぐに伝える。その場所に行く前に各地に起きている異変をどうにかしないといけないでしょう?祝福を滞りなくファレンに届ける為に」
「お前はどこまで分かっているんだ?」
「どこまでも。でも、いつ、その予言が来るかどの時期の話なのかそれは私が選ぶ事は出来ないの。視えたものを参考に行動したり伝える事しか出来ないから」
充分だとファイは頷いた。
エリィは笑ってファイの隣に座って来た。そしてファイの手を両手で握る。
「ファイ。もう少ししたら皆んなに会えるよ」
それはロゼやベルグレド以外の仲間達の事だ。
ファイは胸元を掴んだ。
「邪魔するぞ。エリィ来てるか?」
その時、隠れ家にベルグレドが入ってきた。
ファイは思わず顔を伏せた。
「いるよ!遅いよベル!」
オルファウスがファイの頬を舐めてくれる。
ファイはベルグレドの顔が見れなかった。
「ああ。悪い。少し、しつこい奴で。ファイも悪かったな押しかけて」
ファイの視界に金の腕輪が入ってきた。
驚いて顔を上げるとベルグレドの腕にはファイが渡した金の腕輪がつけられていた。
「・・・・お前。なんて顔をしてるんだ?」
「は?」
ベルグレドに指摘され自分の顔を触る。
一体自分はどんな顔をしていたんだろうか。
「ファイ。一人で全部抱え込むなよ」
ベルグレドは無意識にファイの頭に手を置いた。
それはあって間もない間柄にしては馴れ馴れしいものだったが、二人にはそんな違和感など感じられなかった。
「俺もロゼもいる。昔は兄妹だったんだろ?悩みを分け合う事ぐらいできる」
ファイは驚いてオルファウスを見た。するとエリィが首を振った。
「オルファウスが教えたわけじゃないよ。でも精霊の記憶と金の腕輪の影響で視えたみたいなの」
「知られたくなかったみたいだから黙ってようと思ったんだけどな。お前、危なっかしいんだよ」
ベルグレドが躊躇いがちに頭を撫でるとファイはいきなりベルグレドの腰に手を回して彼のお腹に顔を埋めた。
それには今度はエリィが驚いた。
「お、おい?」
「うるせぇ!!うぜぇ!!」
痛いくらいに抱きつかれベルグレドはその痛みに眉を寄せたがそのまま動かないファイを引き剝がさず、しばらくしたい様にさせてやる。多分これは、甘えているのだと思う。
「えーーーー!ず、ずるいぃー私もーーー!!」
しまった。コイツもいた。
ベルグレドは、げんなりとエリィの頭を撫でてやる。
そんな事をしていたら物凄い勢いで部屋のドアが開いた。
「おい。お前ら何をしてる?」
サナは不機嫌を隠す事もなくツカツカと二人の前まで来ると引っ付いているファイを引き剥がそうとファイの肩に手をかけた。するとエリィが絶妙なタイミングで口を出した。
「束縛する男の人は、女性から愛想を尽かされるらしいよ?」
サナの動きがピタリと止まる。
異様な空気が室内を包み込んでいる。
ベルグレドは全く訳がわからない。
(なんなんだこの空気)
サナは手をファイに掛けたまま、ゆっくりと顔を上げベルグレドを見た。目が怖い。
「そろそろ此処を発つ時間なんだが、引き剥がしてもいいか?」
「コイツがいいなら構わない」
そう言われたファイはもう一度その手に力を入れると素直にベルグレドから離れた。
その顔は少しスッキリしていた。
「ベル。オルファウスを頼むな?」
笑顔のファイにベルグレドも笑い頷いた。
最後にもう一度だけ頭を撫でてやる。
何だかこのやり取りがとても懐かしく感じるのは気のせいではないだろう。
「ああ。お前は無茶するなよ」
「ああ。行ってくる」
自分のやるべき事をやる為にまたファイは旅立った。
****
「それで?お前の機嫌は治ったのかよ?」
サナは目的地のラーズレイに向かいながらサナに尋ねた。
彼はファイの言っている意味がわからず彼女を睨んだ。
「ガルドエルムにいた時ヘソ曲げてずっと別行動してただろ?それで?もう気が済んだのかよ?」
サナは思わず遥か遠くに視線を投げた。
彼が怒った理由を理解して言っているのかいないのか。
どちらにせよ離れていた意味はなかったのだ、という事はサナにも理解できた。
「・・・効率が悪いから一緒に行動する事にした」
「そうだな。私も面倒くせぇからその方が助かるわ」
二人はそう言うと同時に武器に手をかけた。
そして自分達の前に現れた敵を睨んだ。
「また、何でこんな弱そうな奴らばっか来るんだよ?」
そこには明らかに自分達より弱いであろう人間族達が立っている。多分雇われたんだろうが。
「俺に聞くな。あいつらに聞いたらどうだ?」
「あ。成る程」
きっと何もわからないだろうと思うが一応確認してみよう。ファイは追っ手を死なない程度に痛めつけ話を聞く事にした。
「ファイ!?」
二人がラーズレイに到着した途端。ガルドエルムで避け続けたロゼが入り口付近で二人を見つけ駆け寄ってきた。
ファイにも言いたい事が山程あったが取り敢えず再会を喜ぶ事にする。
「おーう!元気そうだな?イチャイチャしてんだって?」
抱きつこうとしていたロゼの動きがピタリと止まる。
その背後にはイチャついている疑惑の彼もいた。
「な!だ、誰がそんな事を!!イチャついてないわよ!多分!」
固まっているロゼの腰に手を回すとファイは抱き寄せて背後の男を思い切り睨んだ。
「私はファイ。ロゼから聞いてるだろ?コイツの従姉妹で姉妹みたいなもんだ。お前は?」
「・・・・・エルディだ」
エルグレドは愛称を名乗っているらしい。
ファイはフンッとそっぽを向くと狼狽えているロゼを撫でくり回した。
「ロゼ、私は暫くラーズレイで動く。必要ならいつでも呼べよ?」
「え?本当に?じゃあ一緒にいられるの?」
ロゼの発言にエルディとサナが同時に反応した。
二人は微妙に顔を引きつらせている。
ロゼとファイの仲の良さは聞いている。
二人が行動を共にしたら入る隙がなくなってしまう。
エルディは密かに狼狽えた。
「お前が望むならずっと一緒にいてやるぜ?なんなら宿も一緒にするか?」
「いや、それは遠慮しておく。此処では宿屋が取りにくいからな」
エルディはさり気なくロゼを自分に引き寄せた。それと同時にサナもファイを引っ張った。
「そうだな、非常に面倒だ。と、言う事で宿屋を探すぞファイ」
「あーじゃあロゼまた後でな!飯は一緒に食おうぜ!」
引きずられるファイを見ながらロゼは複雑な顔で手を振りすぐ隣にいる彼を見上げた。その顔は何か言いた気だ。
「すまん。嫌だったか?」
そう問われてロゼは困って首を振った。
もしかしてファイにまで妬く事はないだろうと思っていたロゼは、考えが甘かったかと反省した。
「でも。何でイチャイチャしてるなんて言われたのかしら?」
首を傾げる二人に突っ込む者はいない。
所構わず甘い雰囲気を出している事に気付いていないのは本人達のみである。
この日からエルディは事ある毎にロゼとの時間をファイに妨害される事になるのだが。それはまた別の話である。