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ドラゴンイーター コウヅキヨウタⅠ

よろしくお願いします。ようやくアクションぽくなるその③


          ◆◇◆◇◆



「ワイは上月(コウヅキ)……松乃谷(マツノヤ)商業の三年で、上月(コウヅキ)陽太(ヨウタ)や……」


 恐らく悪い人間ではないだろうとの共通認識によって僕とアリスになだめられた男は、公園を覆っていた防壁(ブロック)を取り払うと、僕とアリスを連れて公園の中央付近にあるベンチに腰掛け、まだ憔悴した様子でそう名乗った。


「ヨータね? 私はアリス。で、こっちのはアキハルって名前の臆病者(チキン)。友達が少ない可哀想な奴だから、良かったら覚えてあげてね」

「……白羽高校の、三年だ」

「シラハネゆーと……ああ。確かこっから駅向こうにあるっちゅう?」


 ふーん、とベンチの背にもたれかかり、あからさまにどうでもいい感じの反応を寄越す上月に、僕は肩に担いだ戦斧に威圧感を借りながら、口を開く。


「そう。そのシラハネ……で、上月さん。いくつか聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「いやや」

「……は?」


 上月は完全な脱力状態で、視線を地面に彷徨わせる。

 右腕に巻きつく琥珀色の大蛇も、まるで僕の存在を鬱陶しがるように、そっぽを向いてチロチロと赤い舌を覗かせていた。


「ワイは男に優しゅうする趣味は無い……将来は綺麗なネーちゃんに抱かれながら昇天したい……するんや……」


 どうやら【クソして寝ろ夫】は、ただのクソ野郎だったらしい。


 頬を引くつかせた僕に、アリスがくすくすと嫌な笑いを向けていた。

 嘲笑混じりに「私がやろうか?」と首を動かしてくるので、僕は「お前が? そのバカみたいな鎧姿で?」と顎で示してやると、鼻に皺を寄せたアリスが、ガチャガチャと鎧を鳴らし、ベンチに腰掛ける上月へと歩み寄った。


 さてさてどうするつもりかと眺めていると、アリスはおもむろに右のこぶしを振り上げて、いまだ俯く上月の頭に、文字通りの鉄拳を振り下ろす暴挙にでたのだ。


 いきなり物理できやがった。

 そこはお前、せめて一度くらいは存在しない色気を使う努力をしろよと、僕が非難を口にする余裕は全く無かった。


 頭に目掛けて振り下ろされた鉄拳は、しかし頭部を殴りつける直前で防がれる。上月の右腕に巻きつく琥珀色の大蛇が、目を見張る速度で両者の間に割り込み、その大口でアリスの右腕を咥え込んだのだ。


 目の前の異常な光景に、一瞬思考が止まる。硬直が解けたのは、鎧の腕を咥え込んだ大蛇の口腔から漏れる白煙に気付いた時だった。


「アリスっ!」

「―――っ、【change(チェンジ)、」

「遅いわぁっ、ボケェッ!」


 大蛇の口元で、バキンッと、ありえない破砕音が響いた。

 大蛇の牙が閉じきるよりわずかに早く、砕けた手甲を脱ぎ捨てた褐色の腕が、鮮血の尾を引いて引き抜かれる。痛撃に、倒れかけたアリスの肩を支えると、右腕の肘から下が縦に裂け、尋常でない量の鮮血が噴き出していた。


「オドレら、アリスに、アキハルゆーたか?」


 低い問いを漏らして、上月がゆっくりとした動きでベンチから立ち上がる。鎧の破片を飲み下した大蛇が、赤い舌先で口元の血を舐め取った。


「やるやん。完璧に知らんもんやと騙されとったわ」


 蛇の口元から零れた液体は、地面に落ちると、ジュッ、と白煙を上げて穴を穿つ。


「いや、ちゃうわ……ちゃうちゃう」


 立ち上がり、(かぶり)を振った上月が狂気に染まった目を剥いた。


「これでこその、【DREAM EATER】やったなあっ!」


 激情を伴う上月の声で、大蛇の尾が素早く(しな)った。

 アリスを抱えた、左から来るなぎ払い。とっさに体を回し、担いだ戦斧の柄で受けるが、冗談染みた衝撃を殺しきれず、アリスを抱えたまま、まるで木っ端のように公園の雑木林へと吹き飛ばされた。手を離れた戦斧が、どこかで冷たい金音を奏でる。


「いっ――きなりっ、なんだってんだよっ!?」


 顔を上げると上月が大蛇を這わせた右手を掲げ、大蛇の頭をこちらに向けていた。開かれた口腔には、目の(くら)むほどの赤色光。怒りに沸騰しかけた血液が、一気に逆流する。


「ちょっ、待てっ! 上月っ!」

「待つワケあるかぁっ、アホカスがぁッ! 焼き払え〈クストラフ〉っ!」


 放たれた紅蓮の奔流と僕の間に、影が飛び込む。

 逆光の中に浮かぶのは積層鎧をまとって大盾を構えるアリスだ。


「〈反鏡(リフレックス)〉!」


 治療呪法が刻まれた包帯を使って強引な止血を済ませた右腕で、大地へ叩きつけられた大盾が(まばゆ)い閃光を放つ。押し寄せる紅蓮の奔流が盾の手前で弾かれ、捲り上がった炎の壁が夜を焦がした。


「アキハルっ!」


 ありえるはずの無い眼前の光景に呆然としていると、襟首を後ろに引かれ強引に立ちあがらされる。

 大地へ突き立てた盾を放棄したアリスは、既に〈護剣士(ガーディアン)〉から〈黒盗士(バーグラー)〉へと姿を変えていた。黒い外套を大きく広げ、僕を抱きかかえるように外套の内へ覆い隠す。


「〈潜伏(ハイド)〉!」


 やがて紅蓮の放射が止まり、辺りに闇が満ちた。


「どこ行きおったぁっ! くらぁっ!」


 不可視状態となった僕とアリスを見失った上月の声が、すぐ傍から響く。気が狂ったような怒号が、どこか夢のように遠い。

 だが、僕の頭を抱えたアリスの温もりと、早鐘となった二つの鼓動が、この場が紛れもない現実なのだと証明していた。



          ◆◇◆◇◆



「とりあえず……とりあえず、落ち着いて、状況を整理しよう」


 不可視状態のまま公園の隅へと退避した僕とアリスは、木々の間に身を隠し、園内を徘徊する上月をやり過ごしていた。


 一度は園内からの逃走を計ったのだが、いつの間にか先ほどの【クソして寝ろ】の防壁(ブロック)が復活していて断念することとなった。仮に逃走に成功したとしても、上月には僕の名前と通う高校を知られてしまっている。

 今になって思い返せば、かなり最初の段階から罠にはめられていたのだろう。


「状況は、なんだか知らないが、殺されそうになった――なってる、か?」


 警察を呼ぼうにも携帯端末は何故か通じず、同様に、公園に隣接するビルの一つへ助けを求める案も考えたが。それと警戒してか、上月の徘徊頻度とコースからこちらも断念することとなった。


「わからないのはあいつの言ってた【使役者(エンプロイ)】、【イーター】って言葉……恐らく【イーター】ってのは、後で言っていた【DREAM EATER】ってやつの略称だろうけど――なあ、アリス?」

「うん、わかんない」


 アリスは木の根に腰を下ろし、幹に背を預けて俯いたままで応えた。少しは考えろと言いたい所だが、この状況で一人しかいない味方との仲を険悪にする意味はない。


「とにかく……そう。あいつはまず、多分、僕と同じで、【DREAM WALKER】の内側から、あり得ない何かを引っ張り出した人間だ。【イーター】ってのは、言葉そのままに、引っ張り出した人間同士で食い合うってことか?」

「うん、わかんない」


 ……この野郎。


「やっぱり、あいつをどうにかしないことには、どうにもならないってワケか」

「じゃない? ってか、私に聞かれても、知んないし」


 プチンと来ました。

 さすがに来ました。


「おい、アリス。お前も少しは考えろ……よ…………?」


 そこで、僕はようやく気付いた。木々の狭間から差し込む月光に、包帯の巻かれたアリスの右腕が、殆ど肩の辺りまでドス黒く変色していたのだ。

 思い当たる原因は一つ。あの蛇だ。


「……それ、毒か?」

「だから、知んない――って」


 アリスは熱に浮かされた瞳を眇め、大きく肩で息をした。


「……え? なに? お前って死ぬの? 毒とかで?」

「だから、知んないって、言ってるでしょ」

「……え? マジで? マジマジで? ちょーウケるんですけど?」

「うっさい、死ね」


 おちょくってみたが、言葉に覇気がない。どうやら本気で本気にやばいらしい。


「……毒消しは? あるだろ?」

「とっくに。腕の治療ついでに、飲んでみた」

「マジか」

「マジだ」


 マジらしい。


 そんな状況下で、これ以上ないほどに頭の中がクリアになってくるのがわかる。


「……なんつーか。僕、正直言ってこの【DAO(ファンタジー)】からの呼び出し能力って、死人以外には万能じゃーん。取ろうと思えば世界取れちゃうじゃーん、ハハッ、とか思ってたんだが……」

「万能だったら、あんたのバカも治るじゃん。気付け、バカ」


 アリスの言う通りだった。一本取られた。

 いや、どうでもよ過ぎるけど。


「これは、なんて言うか……困ったな。久しぶりに、本気で困った」


 問題は――多分、三つある。


 一つ目は、アリスという存在が現実で死んだ場合、果たして蘇生アイテムの無い【DAO】内でのように、一定時間が経過することで自動的に蘇生するかという点だ。

 現実に生きる僕にとって、アリスという存在は、他者に対して類稀なる大きなアドバンテージとなる。だから僕は、その活用方法を探すために、その能力を見極めるためにこの四年を費やしてきた。

 今ここでアリスを失うことは、僕の人生において大きな損失だ。


 それだけは、何があっても避けなければならない。


 二つ目は、琥珀色の大蛇、或いは上月なる【クソして寝る夫】をこれから僕が、勢い余って殺害した場合においても、果たしてアリスが食らった毒が解除されるかという点だ。

 さすがに毒を扱う人間が解毒の方法を知らないということはないと思うので、無力化した場合であれば、ひとまず解毒も可能だと思うのだが……。


 三つ目は、上月なる【クソして寝る夫】の処理だ。解毒が済み、必要な情報を吐かせた後には――まあ、今後を考えれば殺害するというのが妥当と思えるのだが。

 しかし、仮に人間一人を殺すとして。その痕跡を、人間一人が現実で消息を絶った後に発生する問題の数々を、一体どのようにして解決すればよいのか。

 その辺りの上手い方法を、僕はまだ知らない。僕と同じ特別な人間を見つけるまでを想定していたが、こうして接触するまでは予定していなかった。現実を、舐めていた。


 ――と、そこまでぶつぶつと思考を進めたところで、


「ねえ、アキハル? なんでアンタ、自分がこの状況で、生き残れるってことを前提にして考えてんの?」


 バカなの? とアリスは肩で息をしながら、ひどく呆れたように問うのだった。

 だから僕は、酷く愉快そうに、首を傾げて応えてやる。


「いやだって。この程度の状況で、お前の世界の主人公が、負けるワケがないだろう?」



          ◆◇◆◇◆



「やあ、【クソして寝る夫】くん」


 そう言って空手のままでふらりと姿を見せた僕に、上月は一瞬ぽかんと口を開けた。それから呆れたように首を振って、口元に小さな笑みをこぼす。


「焼き払え〈クストラフ〉」


 声と同時に上月の右腕に巻きついた琥珀色の大蛇が大口を開き、紅蓮の炎を放射する。

 炎は僕の左をかすめて髪先を焦がすと、上月の身体に巻き付く大蛇の動きに従って園内の樹木を蹂躙しながら、僕の右で止まった。


 上月は焼き払われた周囲を一瞥して「おらんか」と小さく舌打つ。


「なあ、ハルアキ? アリスちゃんはどないしたん? ……ああ、せやった。あの子〈クストラフ(こいつ)〉に噛まれとったんやったな。なあハルアキ? あの子もう死んだん?」


 勿体(もったい)なーっ、と下卑た笑いを上げる。

 下劣な煽りと人の名前を間違える無能に、反吐が出る。


「一つ、教えて欲しいんだが」

「……なんや?」


 不機嫌に応えながら、上月が右腕を掲げ、琥珀色の大蛇がこちらに頭を(もた)げた。刃のように鋭く尖った牙が、毒液を滴らせる。


 その光景を目の当たりにして、僕の頭の中で何か大事なものが切れたのが判った。


 アリスを守るために用意していたはずの問いは、無意識の内に差し替えられ、僕が取るべき選択肢の、ただ一つ以外を残して殺し尽くす。


「お前の〈それ〉、どんなソフトで見た夢なんだ?」

「ああっ?」


 上月の顔が、不可解に歪む。

 表情にこそ出さないが、僕も自分が吐き出したその問いが、不思議でしょうがなかった。とはいえ、一度吐いた言葉は飲み込めないので、仕方無しにそのまま続ける。


「僕が、僕たちがこの――こちら側の世界について良く知らないというのは、お前ももう気付いているとは思うんだが」

「奥歯に物ぉ挟まっとるんか、ごっつ腹立つ喋りやな? 言いたいことがあるんやったら、聞いとうたるウチにはよ言えや、ボケェ!」


 上月が歯を剥き、大蛇の口腔に赤色光が灯った。

 こちらは言葉を選んでやっているというのに、酷い言いがかりだ。


「興味というか……なんとなく。よりにもよってそんな腐ったゲテモノを引っ張り出すとは、不幸だなと思っただけだ」


 僕の言葉に、引き攣る上月の表情がさらに不快感を増す。


「まあ、ほら、アレだ。同情というヤツの真似事だ。夢すら下劣で貧困だから――だから上月陽太、お前は今、ここで死ぬ」

「オドレ――」


 怒髪天を衝く。そんな言葉が似合う顔だった。歯を剥き、目を見開いて、上月は何かを叫んだようだったが、もう、生きていない人間の声は、だから僕の耳には届かない。



 僕は、僕の【特別(アリス)】を傷付けられた怒りのままに、ただ呟く。



「【call(コール) enemy(エネミー)】〈竜騎士(ドラグナー)〉」

上月くんは家庭の事情でちゃんぽん弁です(言い訳)

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