ドラゴンイーター コウヅキヨウタⅡ
よろしくお願いします。ようやくアクションぽくなるその④
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十年前、【DAO】という娯楽ファンタジーソフトが即日百万本販売を叩き出したのは、すでに理想の現実へと近付いていた夢に、更なる可能性を与えた【アッドオーシステム】にあるといって間違いないだろう。
ただ、【DAO】が前例なき夢遊中毒者製造機となった理由はというと、そこには少々入り組んだ事情がある。
ソフトの売りである【アッドオーシステム】が夢の情報量を大きくしたという点は、確かにその理由の一つだが。【DAO】がただそれだけの商品であったのなら、きっと被害はそこまで甚大なものとならなかっただろう。
最大の原因は、この【DAO】の内容が、世界を襲った巨大な力――〈竜〉を操る竜騎士を相手にユーザーが立ち向かう、いわゆるファンタジー・アクションゲームの中でも『死にゲー』と呼ばれる、苛烈なジャンルのものだったことに他ならない。
一夜の内に幾百と幾千と繰り返されるリアルな死の体験は、【アッドオーシステム】目当てに群がった百万単位のユーザーたちの精神を、半ば強引に削り尽くした。
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怪音。咆哮。大気が割れると錯覚するほどの、耳を劈く怒号が上がる。
黒翼を広げて夜空の星々を覆い隠すのは、緩やかに鳴動する巨体。山と見紛うほどに巨大な〈竜〉の偉容だ。
……少々、想定外である。
出現した〈竜〉の巨体が公園に張り巡らされた【クソして寝ろ】の防壁を叩き壊すところまでは、確かに僕の予想の範囲だったが。尾が……尾が、もう完全に公園の敷地をはみ出て、路上駐車していた白いワンボックスカーを叩き潰していた。
……僕は悪くない。違法駐車が悪い。
「な、なんちゅーもんを出しとんねん、ワレっ!」
どうやら僕の動きに反応したらしく、上月が公園の隅まで退避した僕のすぐ隣でへたり込んでいた。
こいつこそ、この竜の巨体で叩き潰すつもりだったのだが……まあいいか。
「いや、待て! 知っとるっ! こいつは【DAO】の〈竜騎士〉やっ! おんどれ、あの伝説の『死にゲー』使いかっ!」
「伝説の『死にゲー』使い? なにそれ、刹那的な青臭さがそこはかとなく笑える」
サービス精神旺盛に「アハハハハッ」と朗らかに笑ってみせると、上月が激昂した。
「これが笑うとる場合か、ダァホッ! ―――ヒィッ!?」
巨竜の身じろぎに、ズズンっ、と尋常ならざる地響きが上がる。見上げる空の色彩に気付いた〈竜〉が、首を高く保ったままで眠りの態勢に入ったのだ。
「もうええ! ええからもう、降参やっ! 自分の負けでええっ! せやからあんバケモン、下手に動き出さん前に、はよ戻さんかっ!」
緩やかな地鳴りにも似た竜の寝息に負けじと、上月は言葉とは対称的に冷め切った顔で叫んだ。やはりどうやら、僕とアリスは知らぬ間に何かの勝負事に巻き込まれていたらしい。そのあたりの事情は……まあ、後で聞くとして。
悪いが今の僕には、先んじて確認しなければならないことがあるのだ。
「アハハハハッ。戻したいのは山々だが、戻し方が判らん」
「……は? ……なんて?」
竜の身じろぎを警戒していた上月の顔が、ギギギギッと、歪な音を立てそうなほどに不自然な動きで僕を見る。
「というか、実は現実に〈生き物〉を引っ張り出したのは、お前のその〈蛇〉を見たからで――」
僕は上月の腕を――そこで巨竜の存在圧に委縮したらしい琥珀色の大蛇を指さして続ける。
「――つまりはこれが初体験。自分の才能に、軽くビックリ状態だ。なあ上月、どうすれば戻せるんだ、あのでっかいの? ……正直、ちょっともう、世界なんてどうなってもいいや的なノリだったんだが……なんか、出せたら出せたで軽く引いてる」
「……アカン、詰んだわ」
上月の顔が蒼白に染まる。竜の身じろぎに合わせて長い尾が暴れ、今度はいかにも値段の張りそうな赤いスポーツカーを叩き潰した。
「ちょっと、お二人さん」
背後に佇む人の気配に、思わず肩がすくむ。
僕と上月が二人揃って振り返ると、樹木の幹に肩を預けたアリスが、憔悴しきった顔でこちらを見ていた。褐色の指先が、ドス黒く変色した自身の右腕を力なく指差す。
「とりあえずこれ、何とかしてくんない?」
……あ。セーフかもしんない。
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琥珀色の大蛇が再びアリスの腕に牙を立てると、毒々しいまでに黒ずんだ肌にすっと血の気が通い始めた。次第に色を戻す様子を確かめて、アリスが手の平をゆっくりと開閉させる。
「……で、もっかい聞くけどアキハル。なんなの、アレは?」
猫の瞳は柔らかな笑みを作り、優しげに問う。
無論、示す指先にあるのは、寝息を立てる巨大な竜の姿である。
「あれはまあ……つまり、我らが宿敵。ラスボスさんです」
「うん。それはもちろん知ってるけど。そんなことは百万回死ぬほど知っているけど。私が聞いたのはそういうことじゃないよね?」
わかっているよね? とアリスは笑った。満面の笑顔だ。元気そうでなによりだ。
微笑みを返す僕を見て、慈母の表情となったアリスが左右から僕の頬を握った――Why?
「な~にが『僕が、負けるワケがないだろう?』だっ! だっ!」
「いひゃい! すごふいひゃい! すごふすごふいひゃい!」
アリスはまるで僕の頬を抓るついでのように、右手の戻り具合を確かめる。抓られた感じでは、やはりすぐさま全快とはいかないらしい。恐らくは、平時の五割といったところだろうか。
「のう……ホンマにアレ、止めるんか?」
それまで様子を伺っていた上月が、酷く不安げに口を開いた。
「ホンマに出来るー言うなら乗ったるが。その……自分らなんや勘違いしてとんとちゃうか? 止める言うんはつまり、あんバケモンを殺すっちゅー意味やぞ?」
「それしか方法がないなら、やるしかないでしょ……今はどうやらおねむの時間らしいけど、朝になったらかーなーり元気に動くのよ、アレ。まあ言っても私らは一回、勝ってる相手だしね」
フフンッ、と熱意のこもった瞳を持ち上げたアリスが、判りやすい空笑いを浮かべる。
「それより本当なんでしょうね? 殺せば消えるって話は?」
屍骸の処理はさすがに無理よ、と冗談交じりに念を押す。
「そればっかりは間違いない。向こうから引っ張り出した物は、向こうから引っ張り出した力ぁ使こうて殺すか、【使役者】が――使役しとる者が【戻れ】思うたら百パー消える」
上月は腕に巻きつく琥珀色の大蛇を光の粒子へ変えて見せ、ちらりと僕の顔を見る。
「今回はこんアホが呼び出しとったが、明らかに〈エネミー〉扱い――ちゅーか律儀にエネミー言うて呼び出しよったから、戻らんだけやと思う……多分」
上月の言葉に倣って、アリスの瞳が僕の内心を推し量るように眇められた。
「……ねえ、アキハル?」
「いや、思ってる。戻れと思ってる。さすがにマジで思ってるから」
好き好んで世界に竜を放つとか。僕は一体、どんな破滅願望の持ち主だという話になる。
……いや、うん。好き好んで世界に竜を放ったのは、一時の気の迷いだ。
「他には……こっちは数字の問題になるが、呼び出した者を殺した場合も引っ込む場合はある。せやけど戻らんかった場合は、呼び出した者が死んだ後にごっつ暴れよるんや」
「ちなみに聞くけど、アキハルを殺してアレが消える確率は?」
……なんか僕の【特別】が、えらく物騒な話を始めた。
「いや、ワイも全部を知っとるワケやないが、聞いた話やと半々ぐらいっちゅーわ」
「へえ。思ったよりも、ずっと悪くない確率じゃない?」
言ったアリスが悪意の瞳で僕を見た。上月が慌ててアリスの腕を取る。
「アカンで!? ホンマにアカン! あないなバカでかいバケモンがごっつ暴れだしたら、ホンマ洒落んならんくなるっ!」
上月はほとんど半狂乱になって、アリスを押さえにかかった。アリスはそんな上月をなだめるように緩く押しやって続ける。
「いや、さすがに冗談よ。それにその理屈なら、アキハルを殺したら私まで消えちゃうでしょ」
――それは、まあ恐らくそうなのだろう。
自分が死んでしまった後のことでは、確かめる術がないだけに残念だ。
どこか気の抜けた笑いを浮かべ合う僕とアリスを、上月はえらく不思議そうな顔で眺めていた。
二人でしばらくそうしてから「それじゃあ」とアリスが立ち上がる。
僕を見る懐かしい瞳の意味を思い出して、僕は少し慌てて口を開いた。
「ああ、行くか」
「行ってらっしゃい、アキハル」
「いや、お前も行くんだよ」
――と。百万回は繰り返したお決まりなネタを振ってから、僕とアリスはのんびりとした足取りで巨大な竜へと歩みを進める。
四年ぶりの感覚が、今更じわじわと背筋を這い上がっていた。
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「【call weapon】〈青銅剣〉」
声と同時に、世界にノイズが走った。どこからか現れた影が僕の右手に、長い棒の形を取って集積し、影が消えると同時に手の中で金属の重量と質感を伴って実体化する。
現れたのは、ファンタジーゲーム定番の直剣。【DAO】でも殺傷能力低めの武装だが、今この状況で、殺傷能力などというものに価値など無い。
構えた剣の切っ先を、緩やかな寝息を立てる竜の鼻先へ向けやると、それまで緩やかな地鳴りのように続いていた竜の寝息がぴたりと止まり、遙か上空へ持ち上げられた鎌首が振れる。静かに開かれた蒼い宝玉のような双眸が、ゆっくりと地上の僕を見下ろした。
巨竜はついに、直剣を握る僕を敵と判断したのだ。
わずか一瞬、ただ視線が噛み合ったそれだけで、僕の心を畏懼の感情が満たしていく。【DREAM WALKER】の中で僕を百万回殺した竜の顎がゆっくりと、だが確実に開いていく。
間もなく竜は地を割るような咆哮を上げ、完全な覚醒状態へと移行するだろう。
だから、僕はその直前で手の中の刃を放す。直剣は自らの重さで大地に深く突き刺さり、やがて光の粒子となって消滅した。
竜の顎が。瞳が。再びゆっくりと閉じられ、緩やかな地鳴りのような寝息が響き始めるその瞬間に、再び僕の口は「【call weapon】〈青銅剣〉」と、手の中に貧弱な刃を呼び戻す。
それだけをただ繰り返し、竜の半覚醒状態を維持する。
四年前、僕とアリスが百万回殺された続けた結果、導き出した答えは一つ。
――この〈竜〉は、殺せない。
圧倒的な質量を誇る巨躯に見合う並外れたパラメーターの前には、ただ闇雲に、単調な攻撃を繰り返すだけの人間モドキでは勿論のこと、柔軟な発想で戦術の幅を広げる【特別】を十人ほど用意できたとして、討伐の可能性は万に一つ。数十人規模になったところでなお、安定するかも怪しい。
それは十年前、一人分であっても膨大な情報量となる【特別】を大量に生み出し、それでもなお殺され続けて夢遊中毒となった先達たちの存在で、証明されている。
そうしてまともな攻略手順も明らかとならないまま、SS社によって凍結されたこのソフトは、だからこそ、伝説の『死にゲー』と揶揄され、今なお語り継がれている。
ただ、討伐は出来ずとも攻略は可能だ。方法はある。
しかし、そのふざけた答えにたどり着いた当時、僕もさすがに自分の迂闊さに呆れたものだ。
恐らく、当時のユーザーたちの多くもまた、当時の僕のように目の前に立ちはだかる〈竜〉の圧倒的な迫力と待ち望んだ【アッドオーシステム】を前にして、このゲームの趣旨を履き違えていたのだろう。
本当に、気付いてみれば単純な話だ。
挑むべき敵は〈竜〉ではなく、それを操る〈竜騎士〉なのだと。
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だから、一人が寝相の悪い竜の動きをコントロールし、残る一人が【DAO】に用意された基本職業の一つ――『潜伏』『追跡』『奇襲』と巨大な竜の前には全く無能な三拍子を揃える〈黒盗士〉の基本技〈潜伏〉を駆使して巨体の背を駆け登り、〈竜騎士〉の不意を衝く――この【ハメ技】染みた戦術が成り立つ。
とはいえ、そこは仮にも伝説の『死にゲー』。
ある程度その動きをコントロールして大きな身じろぎを防いだとしても、なお常時不規則に蠢く刃のような竜の背びれと、突発的に起きる身震いに、登頂の段階からすでに三割を切る成功率で、どうにか背を駆け上って〈竜騎士〉に不意の一撃を食らわせたところで、まともな戦闘技能を持たない〈黒盗士〉は死ぬ。
あくまでも【DAO】の時間経過による蘇生と、それを叶える膨大な時間があって、ようやく有効となる戦術だ。
――なんて。私はそんな諦めにも似た感情を抱きながら、短剣を握ったまま夜空に舞った自分の右腕を眺めていた。
おやおや、こいつはまずいですね。生憎と現実の私には、時間経過で蘇生する保証は無いんですよ……と。
私は冗談みたいな激痛と失血で危うく吹き飛びそうな意識を、それこそ無理な冗談で無理矢理に捕まえて、バランスを崩しながらも、強引にその場に踏みとどまって滑落を回避した。
非力可憐な少女の細腕を貫き、吹き飛ばしてくれやがったのは、派手な傘型護拳付きの騎兵槍だった。
悪趣味なレベルで豪奢な板金鎧で身を包んだ〈竜騎士〉様は、樽型兜に刻まれた逆十字の隙間から、四年前のあの日のように、えらく挑発的な瞳を向けてくれていた。
――だけど残念。今日の私は一味違う。
「くたばり腐れ、アホンダラァァッ!」
自暴自棄とも取れる叫びを上げて、背後に潜んだヨータが私の脇をすり抜ける。琥珀の大蛇を右腕に、騎兵槍を突き出して隙だらけとなった〈竜騎士〉目掛けて突っ込んでいく。
――ザマー見ろだ。
大口を開いた琥珀色の大蛇が〈竜騎士〉の首に牙を突き立てる――刹那、私の眼前を巨大な影が過ぎった。
――いや、鰐だよそれ。
そんなツッコミを入れたくなるような、巨大で獰猛な爬虫類面が唸りを上げて突進し、鼻先でヨータと大蛇を夜空へと弾き飛ばしていったのだ。
必殺必死の一撃は、〈竜騎士〉の板金鎧に小さな傷をつけるに止まった。
――失敗した。
――知っていた。
――気付かない振りをしていた。
ようやく〈竜騎士〉へと辿り着くその直前、〈竜〉が吼えたのだ。
多分、四年前のあの日のように私一人じゃなく、ヨータを連れていたせいで、アキハルの陽動がうまく機能しなかったんだろう。
夜空に豪快に吹っ飛ばされたヨータが私に向かって何かを叫んでいたが……声が遠い。
最早閉じかけた意識の中で、私は――、
――気付くと腕が。
――私の腕が。まだ、満天の星空に長い影となって舞っていた。
私は別れを惜しむように。縋るように。残った左の腕を、宙に舞ったそれへと伸ばす。
「アリス、そいつを寄越せっ!」
声がした。
よく知る声だった。
私のよく知る、バカ野郎の声だった。
それだけで、何故か私の心は燃え上がる。
閉じかけた意識が、瞬く間に全身へと巡り行く。
……何故か、だって?
――違う。
――だって、私は【特別】だから。
その声が私に何を求めているのか、だから私は瞬時に理解する。
鱗に滑る足を踏ん張り、目一杯まで伸ばした左腕に、夜空に舞ったその影が形を変えて絡まった。
冷たく滑らかな感触は、私を百万回叩き潰した〈アレ〉の同属。
琥珀色の大蛇が、伸ばした私の左の腕に絡まっていた。
気持ち悪いし、腹が立つ、けど、
「任せるっ! 行ってっ!」
バカ野郎は「応っ」と似合わなくも勇ましい声を上げて、私の横を駆け抜けた。
その時、夢ではない確かな現実が、私の胸にあった――――ような気がする。
竜に吹っ飛ばされた上月くんはがんばったけど全治3カ月。
なろうは改行、ルビと意外と手間だと思い知ったので。時間ができたらそのうち。




