第五話 悪戯は静かにしましょう
あの話し合い後、小春達が小雪の願いを叶える為、その願いである各地を回る旅に出ることになった。
話し合いの時、人間の足でゆっくり回るか、鹿威達の足で素早く済ませるかで小雪と鹿威がもめた。
しかし結局、彼らに導かれながら五日間の内に素早く済ませることになった。
「うわー、旅なんてわたし初めてだな~楽しみ」
呑気にそんなこと言っているのは小春だ。彼女は旅支度をしながら微笑んだ。
「バッキャローイ。そんなに楽しいもんじゃねぇーぞ」
鹿威は小春の日当たりの良い部屋でゴロっとなっていた。そんな彼を小春は横目で睨んだ。
「どうしてです?」
「旅はな物騒の言葉がつきものなんだよ。人間じゃ、盗賊に襲われないか、心配ハラハラだが、オレ達の場合は陰獣に襲われないか、心配ハラハラなの。実際、陰獣の方が襲ってくる確率大きいし、陰獣の方が危険だしな」
「ふーん。でも、匠次郎さんは陰獣に出会わず楽しい旅になったとか言っていましたよ?」
「あいつは論外だ」
話し合いの時、旅という言葉が出て話題になったので、一度旅に出たことがある匠次郎が話し始めたのだ。
「まだ兄が生きている時、一度店を休みにして家族皆で温泉巡りの旅に出たのです。いやー、あれは楽しかった」
「わぁー、温泉巡りか。良いですね~わたしも何時か行って見たいものです」
「では、何時か私と一緒に行きましょう」
「本当ですか!?ありがとうございます」
「いえいえ」
これといって何の変哲も感じない会話だが、鹿威と霪馬だけは匠次郎の「一緒に」と妙に強調して言った部分を見逃さなかった。
何も気付いていない様子の小春を見て鹿威は────
(単細胞なやつ)
霪馬は────
(単純だな……)
と彼らは思ってしまったのである。
「でも、陰獣に襲われる恐怖より旅に出る楽しみの方が大きいです」
はにかんだように笑う小春。そんな彼女を見て鹿威は呆れながら目をそらした。
「緊張感がねぇやつ」
旅は西廻りに行くか、東廻りで行くかで4人は悩んだが、先に大阪に行きたいと言った小雪の発言で西廻りに決定した。
そしてまだ夜も明けてない朝早く、旅に出た彼らは手始めに小雪が言った大阪に行くことにした。初めての旅にウキウキしている小春と小雪と違って、霪馬と鹿威は警戒心を強めながら彼女たちの後ろを付いて行った。
三人だけなら、特別警戒することはないが、お客である小雪に何かあったらいけないからだ。
「大阪……何故大阪に行きたいのですか?」
「御本人が行きたいって言っているんだから、オレ達はそのまま従うだけよ」
「鹿威さんには聞いていないです」
「グッ」
小春の冷たい対応に鹿威は変な顔をした。それを小雪は困ったように苦笑した。
「大阪には見てみたいモノが沢山あるので」
「なるほどなるほど」
そこはあえて何が見たいのか聞かなかった小春だった。聞いたとしても、その小雪にしか分からない楽しみだろうと思ったからだ。
そして、小春の予想は当たった。わざわざ大阪に来たというのに、小雪は塩の匂いがする風の冷たい港に来たのだ。
「寒い冬に海かよ。マジかよ。ガチかよ。寒いぜよ」
「寒いのは皆一緒ですよ、鹿威さん」
「何で海何だ?小雪さん」
霪馬が両方の手を両袖に入れた。彼も寒いのだ。
「江戸の海とここの海は一味違うのです」
小春はぐるりと辺りを見渡して見た。確かに天下の台所というだけであって、とても賑わっていた。
「もしかしかて、次の目的地も海?」
「いいえ。ここだけです。海を見るだけではそちらの鹿威様が詰まらなそうなので、街に行きましょう」
これを聞いて小春と霪馬はギロリと鹿威を睨んだ。首をすくませる鹿威であった。
そして彼らは大阪の特産物を見たり食べたりした。余り長居は出来なかったが、小雪は満足の表情を浮かべていた。
小春達は順調に進んでいった。移動時間が早い分、その地域を回る時はゆっくりとした。四国に行き、狸の神、狸嶺と出会ったりもした。その時は軽く鹿威と霪馬が狸嶺に蹴飛ばされたりもした。そしてやっと宿についた。
「とりあえず、明日は九州を回ろうか」
荷物を部屋に下ろした霪馬は言った。
「ということは長崎にも行くんですね!楽しみ!……長崎って何が有名でしょうか?鹿威さん」
「お、お前、楽しみのクセに何も知らないのかよ!」
鹿威が小春に軽くツッコミをした。小雪は小春に長崎が何が有名か教えてやった。
「長崎は医学が進んだ地域で、西洋の人と唯一交流の出来る場所です。と言っても、西洋人は出島にしか行き来出来ませんが」
「なるほど」
「向こうの国は国で文化が面白いんだけどな」
神々の中では、海外の神と交流している。つい10年程前に交流して来た鹿威が呟いた。
「さぁ、早く寝るとしようか。明日も早いぞ」
霪馬が手を叩きながら会話を断ち切った。
「小春達はあっちの部屋だろ?」
「はい。明日はいつ頃出発予定ですか?」
「今日と一緒だ。宿の朝餉はとれないから、今からにぎり飯でも作ってもらえよ」
「そうですね。にぎり飯か……」
明日も起きるのが早くなる為、寝起きが悪い小春はウンザリした。
「あ、あの」
控え目に手をあげた小雪。
「何だ?」
「まだ夕餉を食べていないのですが……」
「ああ、そうだった。小春と食べてこいよ」
「霪馬様は食べないのですか?ついでに鹿威様も」
「オレ『ついでに』なの?」
ショックをかなり受けた鹿威が小雪にツッコミを入れた。
「俺と鹿威は………まあ、アレだから余り食べなくていいんだよ」
「そうですか。では私は小春さんと夕餉をいただいてまいります」
「ああ」
「いってら~」
このあと、小春と小雪は夕餉を済ませて部屋に戻り、明日の準備をしてから床に入った。
ふっと小春は目が覚めた。何時もなら床に入ったら直ぐに寝付くのだが、今は何故か眠気がしないのだ。小春は横で寝ている小雪を見た。
(良いな。グッスリ眠れて………少し、外の空気を吸ってこよう)
そう思った小春は小雪を起こさないように静かに立ち上がり、外に出た。
月明かりに照らされた辺りを見渡しながら、小春は自分の前に大きな影があることに気が付いた。
その影は大きな角が沢山あり、毛が長いような鹿のような影に小春は「ハッ」と慌てて後ろを振り返った。
そこには屋根に登って立ち、月明かりに照らされている鹿威がいた。彼は小春に気が付くと、
「やあ」
と手をあげた。
「そんな所で何をしてるんです?」
「夜空を見てんだよ。逆にお前こそ何してる?」
「外の空気を吸いに来たんです」
「へぇーそうか。お前も屋根に上がってきなよ。月が綺麗だぜ」
鹿威が小春に向かって手招きする。
「別に屋根に登らなくても、お月様は綺麗ですよ」
「うっせぇな。雰囲気というもんがあるんだよ、どアホ」
小春はため息をし、屋根に跳び乗った。あの時以来、小春は屋根に登れるようになった。
小春は月を見上げた。
「余りその雰囲気というもんが分かりませんね」
「相手がオレではなく、匠ちゃんだったら、その雰囲気というもんが味わえるぜ」
「そこで何故彼の名前が出るのか、今いち良く解りません」
「……あいつのこと好きじゃねぇのか?」
「え?好きですよ。彼だけではなく、父や母、お彩に菖蒲さんや鹿威さん、霪馬さん────」
「ちょい待ち。つまり皆大好きってことだな?」
小春の話しを途中で遮った鹿威は目を細めた。話しを遮られた彼女はムスッとした。
「はい」
「なんだよそれ。つまんねぇな」
「……別につまんなくてもいいですよ」
「いや、それはオレが困るから。お前、何か面白い話しはねぇのか?」
「鹿威さんの方こそ、どうなのですか?」
「特別、これと言って面白い話しはねぇな」
「鹿威さんも人のこと言えませんね」
「う、うるせーよ」
会話が途切れた彼らは黙って月を見ていた。
小春は鹿威から視線を逸らし、月を見た。
「そうだ、小春。霪馬の顔に悪戯しないか?」
「はいぃ?」
鹿威のとんでもない提案に小春はビックリした。
「こうして暇なときは良く霪馬の顔に悪戯するんだぜ」
「いや、流石に怒られますよ!」
「だーい丈夫だって。そんときはそん時だ」
「鹿威さんがその時は責任とって下さいね?」
小春は鹿威に念を押すように言ってきた。それを鹿威は呆れてみた。
「お前もやる気あるのにオレに責任押し付けんのかい」
「いけるぜ!」
っと小春は親指を立てて、鹿威の真似をした。
「いや、意味わかんねーよ!何がいけるんだよ!? 」
「全てです」
「範囲広すぎんだろ!」
「まあまあ、鹿威さん。ツッコミはよろしいですから、早くやりましょう!」
グチ グチうるさい鹿威をほったらかして、小春は霪馬が寝ているであろう部屋に遠慮なく入った。慌てて鹿威も入った。
「乙女はな、男が寝ている部屋に入る時は、少しは躊躇したりドキドキしたりとか普通はするもんだぜ」
「乙女でも、しない人はしませんよ」
「そういや、お前は"おとめ"ではなく、"おどめ"だったな」
「失敬な」
彼らは霪馬の両脇に座った。そして彼らは何か準備足りないことに気がついた。
「よくよく考えれば、肝心の墨と筆がありませんね」
「それな!」
「でも、墨と筆なんかわたし達持ってませんよね?」
「んー、そうだったな。じゃあ作るか?」
「あれ?でも、墨と筆はどうやって作るんですか?」
小春の質問に鹿威は固まった。そして、頭を抱えて考えた。
「あれだ!筆は木の枝と馬の尻尾で作る!恐らく。墨は……そうだな、お前の髪黒いから、それをすり潰して水を少量加えれば墨になるんじゃないかな?」
「えー、それで作れるのですか?」
「葉っぱや草をすり潰して水加えたら緑色になるだろ?あれを人間の部分に例えるなら髪だぜ?」
「確かに……」
小春は納得した様に頷いた。
この後、これらを試してみた彼らはまた首を傾げた。
「なかなか黒くならないな?」
「そうですね……霪馬さんから少々失敬した髪も焦げて無駄になりましたし、わたしの髪は全く黒くならない。どうしますか?」
「この宿に何か使えそうな物ないかな?」
「んー、ここは宿ですから帳簿を付ける為、墨や筆はあると思いますが……!」
小春は自分が言った言葉に驚いた。鹿威もその言葉にハッとした。
そう、ここは宿。墨や筆ぐらい置いているのだ。宿でなくても、一般家庭にも普通にある代物。そんなことを気づかなかった彼らは時間を無駄に費やしていたのだった。
「そうと決まればオレが持ってくるぜ!」
さっそく部屋から出て行こうとした鹿威を小春は慌てて止めた。
「鹿威さん。それがある場所は分かるんですか?」
鹿威は止まって振り向いた。そして真顔で
「いや、全く全然何処にあるのか検討がつかないぜ?」
っと応えた。
(さっきの自身たっぷりな言葉はどこから出てきたんでしょうね?というか、分からないまま、一体どこを探そうとしたのやら……)
「お前はわかるのか?」
「大体の予想はつきます。こう見えてわたし、天才なので」
胸を張って言う小春に鹿威は変な目で見ていた。
「うわ〜、何かイタいことほざきやがるぜ」
「それでは行ってきます!」
「はいはい。早く戻って来いよ〜」
鹿威は手をヒラヒラと振った。小春は襖を閉める前に振り向き、親指を立てて自身たっぷりに頷いた。
が、小春はなかなか戻って来なかった。心配になってきた鹿威がそろそろ重いケツを上げようとした時、襖がスパーンッと勢い良く開いた。
「鹿威さーん!見つけましたよ!すっごい苦労しましたけど……わたしはやりました!」
「何をやったが知らねぇが、墨と筆見つけたんだな?というか、お前何で埃まみれなんだ?」
寝間着の彼女はあちこち埃で汚れ、黒ずんでいた。小春は目をそらした。
「あー、それはー……何でしょうね……まあ、何というか……墨と筆が思った所に無くてですね、あちこち探し回っていたというか、屋根裏を覗いたらそこにあったというか……墨と筆と墨を入れる硯も有ったというか……習字道具セットが有ったというか」
小春のグダグダしたものの言い様に鹿威は眉間に皺を寄せた。
「要するに、普段にあるべき所になかったからお前は探し回って屋根裏を覗いたら習字セットがあった。ということか?だから遅かったのか」
「あっ、違います。それは直ぐに見つかりました。遅かったのはここの部屋までの道のりを忘れてしまって、一つ一つ部屋を覗いて来たからです」
手をヒラヒラしながら真顔で違う違うと小春は呟いた。
「お前は……お前は何でこんなちっこい宿で迷子になんだよ!お前バカだろ!アホだろ!マヌケだろ!?何でここで方向音痴になんだよ!」
「そこまで言わなくても良いではないですか。そもそも誰にだって間違いはあります」
「間違いではなく、お前の場合方向音痴ね」
「でも、1つの部屋だけは見てませんよ。だってそこお取込み中でしたから」
「……」
沈黙した鹿威を見て小春は首を傾げた。
「どうしました?鹿威さん」
「……小春、オレちょっと厠に行ってくる」
スッと彼女の横を通り過ぎようとした鹿威。小春は彼の肩をガシっと思いっ切り掴んだ。
「ちょっと待てい」
「ん?何か?」
「何か?じゃなくて、絶対覗きに行く気満々だろ!?辞めて下さいよ。せっかくの二人っきりなんですから、邪魔しないであげてくださいよ」
「バッキャロー!旅の楽しみの基本は覗き見だ!」
眼球がとびでるほど見開き、目を血走りながら自身たっぷりに言う鹿威に小春ツッコんだ。
「何かカッコイイこといってるけど、中身は最低極まりないよっ!もう、覗き見はどうでもいいですから、先ずは霪馬さんをやりましょうよ」
「えー、つまんねぇ」
鼻をほじる彼に小春は顔が引きつった。
「言い出しっぺがつまんないとかいってるよ!?せっかくここまで来たからには最後までやり遂げませんか?」
「う〜ん……」
鹿威は考えながら顎に手をやった。そして、何か目を輝かせた。
「だったらオレ、墨を磨ぐ!オレがやるからお前は見てな」
「はあ。何なんですか?急にやる気出して……」
「うん、まあ見てなって。お前はオレの前に座れよ」
「え?何故に?鹿威さんの前なんて不吉な予感がして気持ち悪っ」
「オレが目の前にいるだけで気持ち悪って、すんごいショック。いくらポジティーブのオレでも心が傷付くことはあるんだからな」
「へぇー、そうですか?」
「何お前?なんか凄くクソ生意気なガキになっているんだけど……お母さん、育て方を間違ったわ!」
顔を両手で隠して、落ち込んでいる風にする鹿威。呆れた小春は彼の膝裏を蹴った。
「さっさとせい」
「イタッ!」
ガクンと膝から崩れ落ちた。
彼は涙目になりながら硯に水を注ぎ、墨を磨ぎ始めた。
「膝裏とか……微妙に痛い所を蹴るお前とか……」
「そんなこと言わずに早く済ませましょう!」
「……小春」
「はい?」
「もっとこっちに顔を近づけろ」
「え?」
彼女は不思議に思いながらも顔を近づけた。すると、小春の頬に水がピチャリと一粒着いた。かと思うとたくさんの水しぶきが顔面や体にかかった。
「とぉりゃぁぁぁぁああっ!!」
鹿威は小春の顔面にたくさんの水しぶきがかかる様に墨を勢い良く磨いだ。その拍子に墨と水が混じった水があちこちにとびはねる。
「ぎゃぁァァァ!鹿威さん、飛んでます!かかってます!つか顔面に凄くとんでくるっ!」
「まだまだ!まだだっ!まだ濃さが足りねぇ!」
「だから、水しぶきがあちこち飛びはねていますから、静かにお淑やかに磨いでくださいってば!てか鹿威さん、絶対ワザとだろォ!?」
「ワザとだけども、ワザとではない」
「矛盾したこと言ってんじゃねーよ!てか、目にとんで来るんで、止めて下さい!」
「止められな〜い!止まらな〜い!」
「止めてください!目に……目にはいりますって、目がァァァァァ!」
小春は目をおさえながら悲鳴をあげた。鹿威は目に墨が入った彼女を全く心配せずに墨を磨ぎ続けた。
「出来た」
鹿威は満足げに微笑んだ。すると、小春が襖を開けて入ってきた。
「ええ?あ、出来たんですか?」
「うん?お前、何処に行っていたの?」
「鹿威さんが墨をとばしてくるから、顔面にたくさんかかり、目にも入ったので顔を洗いにいきました」
「それはご苦労なこったぁ」
へぇー、と鹿威はマヌケな顔で納得したように頷いた。
(コンチクショー!絶対仕返ししてやるーー!)
小春は拳を握りしめて密かに心に誓ったのであった。
「それでは小春、実行しよう」
「ええ、やりましょう」
筆を持った彼らは、筆先に墨を浸けて、それを霪馬の顔面の上にもってくる。小春が霪馬の頬に筆先をもっていった時、いきなり鹿威が大声をあげた。
「って、違うー!」
彼は小春の筆を手で叩き飛ばした。
「な、何するんですか!?」
「描く順番が違うー!」
「はぁ?描く順番が違うって、別に順番は関係ありませんよね?」
「だから違うんだよ!オレの思っていた順番と違うんだよ!」
「別にわたしが先に描いてもいいじゃないですか?」
小春が言っている事と、自分が言っている事の意味が若干違う気がした鹿威は眉をひそめた。
「……ん?お前は一体何を言っているんだ?」
「ほぁ?何って、わたしが先に霪馬さんの顔に落書きをしようとしたから、鹿威さんは怒ったんですよね?」
「んん?いや、それに関しては別にオレは怒ってないぜ。つか、誰が先に描こうがオレは気にならないし。オレが言いたかったのは"描く順番"。つまり、コイツの顔にどのように描くかの順番」
「一々面倒くさいですねッ!」
「オレの中にはこだわりがあるの!っと、早くしようぜ」
「そうですね」
再び筆先を霪馬の顔上にもってきた。
「……鹿威さん、先ずはどこを描けばよろしいですか?」
「先ずは目の周りをグルリと囲み、もう片方には瞼の上に目を描く」
「あいさー!」
小春は言われた通りにした。しかし、ちょっと円が上手く出来なくなったり、ちょっと目が目じゃない形になったりなどなど、変になってしまったが小春は気にしなかった。
(うん、わたしにしては上出来)
「ん?あれー?目ってこんな形してたか?」
目なのに目じゃないものを指差して鹿威は首を傾げた。
「いや、どこをどう見たって"目"ですよ?」
「そうかな?まあ良いや」
鹿威もさほど気にしない様子であった。実はこの二柱、美術面に関しては全くの才能ナシなのだ。
「っよし!次はどこを描けばいいですか?」
「ここからはフリーだ!」
「はい?」
「自分の思うように描いても良いってことだよ。オレ、目だけは絶対譲れなかったんだよなー」
(たったそれだけの拘りだったのか!?)
小春は心の中で呆れ返っていた。
「でもまあ、コイツが目覚めて気付くまでどのくらいかかるのか、楽しみだぜ。フォッフォッフォッフォッ」
鹿威は不気味に笑いながら一人頷いていた。しかし、小春は眉を潜めて首を傾げた。
「髪を結うときに気づくと思いますが」
「……そうなのか!?」
「いや、そうですよ。だって鏡みますから」
「チッ、その手があったか……いっそのこと、この長髪を切っちまえば鏡を見る必要は……それだ!」
鹿威は人差し指を立てて小春に詰め寄った。彼女は顔が近い鹿威の顔面を片手で押し返した。
「却下。直ぐにバレます」
「えぇ〜何で?ちぇっ、つまんね。まあ、そんなことより顔の落書きに専念しよう」
「お先に脱線したのは鹿威さんですよね?」
「うんー?、なんのことかな?」
(絶対わざとボケて……)
「なあ、小春」
鹿威が何か思いつめた表情をした。
「はい?なんですか?」
「お前、硯動かしたか?」
「硯?いえ、わたしは硯なんてここに持ってきた以外これっぽちも触ってませんよ」
「んー、おっかしいなー」
鹿威は首を傾げた。
「だったらなんで霪馬の足元にあるんだ?こんな筆が届き難いところ誰が置くんだよ」
鹿威は霪馬の足元を指差した。小春は霪馬の足元にある硯を見た。
「あっ、本当だ」
「これは、同族んニオイがプンプンしましはる!」
小春の懐からカグツチが姿を現した。
「あ、カグツチ。いつの間に……」
「同族?お前同族って……硯は扇子じゃねーぞ。石だ」
「ああん?そっちじゃほなねーぞ」
カグツチは1つしかない目を精いっぱい見開いた。
「お嬢、これは恐らく」
カグツチは、今鹿威が顔を近づけて硯を見ている姿を見ながら自信満々に言った。
「付喪神」
と、カグツチが言った瞬間、硯に手と足が出て、起き上がった。そして硯に顔を近づけていた鹿威はその中にあった墨が顔面におもいっきりかかってしまった。
「ブッ!?」
そのまま付喪神は物陰に隠れてしまった。
「か、鹿威さん。顔、どこですか?」
「……」
彼は無言で自分の顔がある場所を指差した。そして無言で筆を取り、霪馬の着物に文字を書いた。直感で書いている為か、その文字はこの世とは思えないほどの汚い文字だった。小春は小春でそれを直感で読み取った。
「今……口を……開け……たら口の……中に……墨がは……いる?」
ウンウンと上下に激しく頷いた鹿威。そんな彼を見て小春は真面目に応えた。
「……いっその事、墨がどんな味なのか試してみてはどうでしょうか?わたし、凄く気になります」
「ゥムヴゥゥウ!?」
彼は何かをツッコんだように腹の底から唸っていた。しかし急にピタリと動きが止まり、手のひらを前に出して姿が消えた。
「あれ?鹿威さんどうしたんでしょう?はっ!もしや口の中に墨が入って洗いに行ったとか!?……鹿威さーん、感想を聞かせて下さい!口を洗う前に感想を……」
鹿威を追いかけようと廊下に出た小春は目の前に彼が居ることに気が付いた。そして彼の顔面は綺麗になって髪から水が滴り、着物が一部分濡れていた。
「なんっつう早わざ!」
「この程度、オレにかかれば造作もないぜ」
「いやいやいや、早すぎです。消えてまだ数秒もたっていません」
「これぞまさしく神技」
顎に手を当てて、斜め四十五度でキメ顔をした鹿威に、小春は口をへの字に曲げ、眉を寄せて変人を見るような目で見た。
「気持ち悪ッ」
「ところで小春。あの石野郎はどこに消えた?」
これまた気持ち悪い爽やかな笑顔で鹿威が問うた。
「ああ、硯の付喪神は押入れの中です」
押入れの方に指をさして彼女は真面目に応えた。そこに付喪神のカグツチが1つ目を精一杯広げてツッコんだ。
「お嬢ーー!?そこは付喪神を庇ってくやされ」
小春の着物の裾を掴んで必死に彼女に話しかけているカグツチの横を鹿威は横切り、不敵な笑みを浮かべた。
「ほうほうほう。付喪神よ、そこに逃げたのが運のつきだなッ」
彼は押入れの襖を思いっきり開けた……とたんに「うわっァ!?」と悲鳴をあげて後ろにひっくり返って尻餅をついた。
「イタッ!なに今の?顔面が猛烈に痛いッ」
「あれ?鹿威さんどうしたました?もしかして幽霊をみて腰を抜かしたんですか?アハハハハッ、鹿威さんダッサァー」
笑いをこらえ、上から目線で言った小春に鹿威は彼女を睨みつけた。
「クッソ腹立つ、お前の顔すんげー腹立つ!あと、幽霊じゃない。付喪神の硯がとんできて、オレの顔面にぶつかったんだ!」
「硯?」
「もう……そんなことはほっといて、あの付喪神を捕まえるぞ!小春、お前も手伝え」
「えー、そんな面倒くさいことをこのわたしに任せるとは……鹿威さん、あとで――――――」
と、小春は親指と人差し指で丸を作って代金を請求した。それを見て鹿威は顔をそらす。
「……気が向いたら……な」
「それは"無い"ととった方が良いんですね?仕方ない、残業といきますか」
小春も少しやる気?を出した所で彼らは硯を追い込む為、挟み撃ちにした。硯の付喪神は次第に逃げ場が無くなり、壁に追いやられる。
カグツチはというと、小春の足にしがみついて一生懸命彼女を止めようとしていた。が、体が小さいカグツチは彼らを止めることができない。そんな事で、カグツチはある者を叩き起こしに行った。
「さあ、硯さん。堪忍です」
「覚悟しろや、石野郎」
遂に追い込まれた付喪神。鹿威と小春はまるで悪人みたいな形相で付喪神に手を伸ばした。
「よし、つか……」
「まえた」
の言葉と同時に彼らの肩にとんっと何かが触れた。二人は同時に肩を見た。肩に置かれていたのは手で、その手の先にあるものは
「やあ、二人とも」
顔面が酷い有り様の霪馬だった。彼は薄っすら笑いを浮かべたが、顔の有り様が酷いので、その笑みは思わず笑ってしまう笑みになっていた。
「え?や、やあ、霪馬。お、おはよう……ございまする」
「い、霪馬さん………ご、ごんぼちは(こんにちは)」
霪馬の顔を見て彼らは笑いなのか、恐怖心のか解らない震えが体を伝った。
「さーて、お二人共。何をしているのかな?何か面白そうなことをしているな……俺も是非にとも混ぜてもらえないか?」
「いやー、もう終わったからさ、参加はできないぜ」
鹿威が慌てて終了宣言をする。
「ふーん、そうかそうか。だったら、今度は俺が開催宣言をしようじゃないか」
「え?」
「はい?」
二人は一瞬、何を開催するのか考えた。
「さぁーて、お二人さん。こっちへおいで」
霪馬は小春の腕と鹿威の首筋をもって、付喪神の硯がいるところに引きずって行った。抵抗を試みるが、霪馬の馬力は鹿より遥かに強いため、無駄な抵抗となった。二人はこの後、顔が悲惨なことになったのであった。




