大神殿 4
二人の歩く音と、魔法の光球に宿る彼女の魔力の音だけが耳に届く。
物音は怖いくらいに少ない。
音があまり無い空間はクレージュにとって馴染みのない空間だ。
静かだと忘れていた小さなことを思い出す。
今も、ニヴェリアには『ちょっと散歩に行ってくる』と置き手紙を残してきたなと、思い出したところだった。
昔から散歩でも長旅でも、行き先を告げるのは好きではなかった。そこから要する時間や日数を目算されたり、憶測を立てられるのがとても苦手だからだ。
誰かの憶測から外れると、追及されたり、詮索されたり、あらぬ噂話を立てられたりと碌な事がない。
とはいえ急に姿を消したとあれば心配させるだろう。ならば、せめて自分の意思で動いていると示しておこう、という思いから始めた、なんとも身勝手な置き手紙だ。
スカイゲートに住んでいる時には『いつもの事』と、当たり前になっていたがニヴェリアでは初めてだ。
ジュンはどんな表情をするだろうか?
ニヴェリアに帰ったら、レオンハルトの様に詳細が無さすぎると小言を言うだろうか?
いや、ジュンのことだから、あえて何も言ってこないという嫌がらせをするかもしれない。
想像して、少し和む。
そして自問する。
(ーーー帰ったら?それはおかしいだろ。あそこは、立ち寄る場所だぞ)
自分を嘲笑しそうになるが、リラフェルがいる事を思い出して唇を固く結ぶ。
自分の中にある謎の存在をどうにか消したいと、再度強く思い立っているのもそのせいか。
(でもまた置いて行かれるのは嫌だな)
仮にどこかに居座ったとして、長い時間を共にした誰かを見送って残されるのは辛い事だ。
けれど孤独もつらい。
静けさに思考が渦巻いたが、先を歩くリラフェルの足が止まったことで、クレージュは視野を取り戻した。
彼女の向こうにドアが見える。
「このドアの向こうに直ぐドアがあります。そこから聖域に入ります」
彼女の言った通り一枚目のドアを抜けると、人が六人ほど入れる狭い空間があり、その向こうにドアがあった。
明らかに色が違う、特別なドアだ。
すぐ近くに立つとクレージュの全身が総毛だった。
ドアの向こうから以前感じていたよりも、圧倒的に重い空気が感じられる。
(入ってもいないのに、勘弁してほしいんだけど)
唾を飲み、静かに呼吸を整える。
魔法力で自分の周りに薄い大気の防御壁を作ると、直接感じる空気が和らぐ。
(なんだろう、やっとスイの魔法力に触れられるのに……すごく嫌な感じがする)
鍵を取り出すリラフェルを視線で伺い見る。
そもそも、彼女はどうして自分を誘ったのだろうか。
ここまで特に危険は無かった。一人でもスムーズに辿り着けただろう。
「リラフェル様、入る前に一つお伺いしてもよろしいですか?」
「なんでしょう」
「どうして私だったのですか?」
クレージュから視線を少し動かすと、リラフェルは悪びれず理由を語った。
「割と大事なので、何かあった時に身動きが取りやすい人が良いと思っていたのです。身近な人間だと万が一見つかって職を失うと、生きていくのが難しいでしょう?その点クレージュ様は、財もあるようですし、生き方にも長けていらっしゃる。居場所を探して、程の良いお誘いの手紙でも送ろうかと思っていたのですが、中々わからなくて…‥今回はそんな折のご訪問でした」
つまり万が一に見つかった時に、自分に害がなく放っておいても問題ない、最高な適任者として選ばれたというわけだ。
大胆にもそれを語ってくるのは、怖いもの知らずで肝が据わっているのか、自分が完全に舐められているのか。
「それにクレージュ様、もし何かあっても守ってくださるでしょう?」
「それは間違い無いですね」
ある意味とても得心がいくものだった。だったが、少々甘く見られすぎだ。
クレージュもこれまで色々とやってきたが、化かす相手は選ばないと痛い目を見ることになる。
安全な籠の中でやっているうちは怪我をしないが、外に手を伸ばせば、そうはいかない。
(少し周りが乗せすぎたな……)
「最高位様のお眼鏡に叶ったようで光栄です」
魔法力をのせた声色にこちらを見たリラフェルと視線が合う。その秒を数えない間に、クレージュの足元で魔法が構成された。
素早く魔法力が床を走り円が描かれ、そこから風が発生して窓のない部屋に穏やかな風が舞い上がる。
まるで暖かな日差しの下にいるような気分になって、リラフェルは目を瞬かせた。
直後、保っていた意志の光が消えて、夢見心地の蕩けた瞳へと変化する。
「私が先に参りますので、鍵を貸していただけますか?」
「……はい」
「ありがとうございます」
お礼と共に見せたクレージュの笑顔にリラフェルの頬が朱に染まる。
陶酔した表情を風が撫でると、彼女は溶けるような笑顔を見せた。
「しばらくここで待っててくださいね」
「……はい」
返事を聞き届けると、クレージュは鍵を使い悠々とドアを潜った。
中からドア周辺の風圧を操ると、簡単な力では開かない様になる。
これでリラフェルが我に返っても、余程の力でドアを破壊しない限りはここからの侵入は出来ない。
「素直なのは素敵だけど、もうちょっと慎重にね」
肩をすくめて小さく笑うと、クレージュは聖域へ視線を向けた。
ご一読ありがとうございました。




