マリエール王国
一人の青年の旅の記録。
短編で公開している、それぞれの旅路 からの続編となります。
主役以外は登場人物が変わっているので、これだけでも読んで頂けます。
港町ポルトスから船で4日間。
クレージュはマリエール王国に到着していた。
赤・青・黄の三色を有する鳥が描かれた国旗が城に掲げられている。
長袖で上着を羽織れば日陰でも少しばかり暑いと感じる気候で、一年を通して雨が多く、国土には広大な森が広がっている。
植物が育ちやすく、草花も華やかなものが多く美しい国だ。
港から街中に続く大きな街道沿いの露店では、豊富な果物と美しい染め布や糸が売られている。
気分を向上させてくれる城下町だ。
クレージュは建物の陰に入ると、法衣の襟元を数回仰いで風を取り入れながら言葉をこぼす。
「何年振りかな。ここはやっぱり法衣じゃ暑いな」
空を仰いだまま、ゆっくりと空気を吸い込む。
頬に当たる風が、町の安寧を運んでくる。
「…いいね」
自然と緩んだ口元をそのままに、再び足を踏み出した。
マリエール城の使用人たちが使う通用門に近づくと、門番の一人が声をかけてくる。
「城に用のある者か?通行証の提示をするように」
「あ、そうだった」
必要なんだった、と荷物を漁り始めるクレージュを門番が訝しげに見てくる。
「全く…通行証くらい早く出しなさい」
「お待たせ。はい、これ…薬草を届けにきました」
「確かに。あ、それから念のために城内に入る前に法衣を取ってもらえるか?でないと不審者と間違われるからな」
「ごもっとも…」
上から下まで眺めた門番の視線と言葉を聞いて、クレージュは法衣を脱いで左腕に掛けた。
生成りの麻の長袖シャツに紺色のズボン、斜め掛けの少々大きめの袋という何も変哲のない平民がそこに居た。
だからこそ、相対した人間の視線は陽の光を柔らかく反射する髪色に誘導される。
「変わった髪色だな…いや、失礼」
「よく言われるから気にしないで」
容姿に対して言葉を口にしてしまったことをすぐに詫びた門番に笑顔を返す。
小さく咳払いをしてから、門番は改めてクレージュの方を見た。
「今日は誰に用だ?必要なら待合の場所まで案内するが…」
「ああ、それはーーー」
「必要ないわ」
クレージュの言葉は門の奥から姿を見せた女性に切り取られた。門番が振り返り、驚愕の声を上げながら道を開ける。
「レ、レイキッシュ王女様!?」
会話をしていなかった他の門番も同じように慌てて道を開けていく。慌てたあまり足が絡んでこけてしまった門番も居て、かわいそうだと心で苦笑いする。
通用門と思えぬ緊張感が漂う中、姿勢を正し整列した門番の間を歩み寄ってくる彼女は確かにマリエール王国の王女、レイキッシュに間違いなかった。親から譲り受けたピンクの巻き髪が風に揺らいでいる。
クレージュは彼女が子供の頃から顔見知りだ。王女とは思えないやんちゃぶりだったが、今は3人の子供を育て上げた立派な女性へと成長している。
歳の離れた弟が王位を引き継いだため、彼女は領主となった。とはいえ公務の間に旅を楽しんでいる新聞記事をよく見かけるので、相変わらずの行動派のようだ。
クレージュは口元で笑った後、流れるような動作で片膝をついた。
「ご無沙汰しております」
「伝書を受け取ってから急いで領地からこっちに戻ったのよ。そこから毎日、船が到着するこの時刻に見に来ていたわ。午前中としかわからず、正確な来る日すらわからない。ほんっとうに、相変わらず自由ね」
思ったことを全て言葉にしてくる。耳が痛い。
「申し訳ございません、急いだのですが少しトラブルに巻き込まれまして」
「どうせ人助けか何かでしょ。まぁ、こんなの今に始まった事じゃないけれど・・・部屋を用意しているから行きましょう」
「かしこまりました」
王女自らが迎えに来た。門番の興味の視線を一身にあびながらクレージュは通用口をくぐり抜けた。
他人の気配が無くなると、前を歩くレイキッシュから少し拗ねたような声がかかる。
「相変わらず、そういう態度なのね」
「いや一応、立場ってものがありますし」
「どうしても対等に話してくれないのね。貴方はもう、他国の公人ではないじゃない」
「だったら尚更、立場は天と地では?」
平民と王族、ましてや王女だ。普通なら生きているうちに話すどころか、顔も名前も知らず終わる関係かもしれない。
意味を汲み取ってレイキッシュは小さく息を吐いた。その息と同じくらい小さな声で呟く。
「見目が同じくらいでも変わらなかったものね」
「・・・」
「どうしても変らないって事ね。いいわ、その代わり、明日から旅の話をたっぷり聞かせてもらうから覚悟してて」
「お手柔らかに」
立派に成長した彼女の、子供の頃と何ら変わらない真っ直ぐな性格は清々しいほどだ。今となってはクレージュを安心させる一人であることを彼女は知っているだろうか?
(懐かしい空気だ)
少し後ろを歩いている間、穏やかな風がクレージュを包んでいた。
レイキッシュと別れた後、使用人に案内され、あてがわれた一室で休息を取ることになった。
平民には勿体無い広い部屋に立派な調度品が置かれていた。恐らく、それなりの立場の人間が通される部屋なのだろう。
一人で座るには広すぎるソファを一瞥して大きな窓を開けると、城を囲む小さな森から、城下町、遠くは水平線までの眺望が広がった。
海風が心地よくて、頭の上で手を組んで空を仰ぐように大きく深呼吸した。
「よし」
気合いを入れると、このために手に入れておいたお土産の整理を始める事にした。
小さな村や奥地に行かないと手に入らない工芸品や、珍しい石の装飾品。
それらの中でも一番の貴重品である髪飾りが入った箱をそっと開く。表立って名が売れているわけではないが、良い品を作る細工師に作ってもらったヘアカフが入っている。
見た目には変わった所はないそれは、深い青色のベースに幾つかの小さな宝石が散りばめられている。少し傾けるととても細かな粒子の粒が光に反射して初めて存在を見せてくる。
静かな夜空を連想させる一品だ。
これまでの感謝の意味を含めて、それらの石には少し魔法をかけている。着けた主人を守護してくれるだろう。
他の貴金属と並べられたら豪華さも派手さもないが、恐らく、ちょっとした家宝になるくらいの一級品だ。
それくらいの礼をしても良いくらい、彼女とは長い付き合いになった。
そっと箱を閉めると、今度は薬草を取り出して整頓し始める。
通行証の為の材料だが、折角使えるので使ってもらわないともったいない。
そういった用事は今日中に引き渡しを済ませておかなくてはいけない。
何せ翌日から数日の間は、王女のティータイムの相手という重役が控えているのだから。
ご一読いただきありがとうございました。
少しずつ、続きを執筆中です。




