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太陽と蝸牛

作者: 高千穂 絵麻
掲載日:2016/06/25

 蝸牛かたつむりは空を見上げる。


 あの暗い重い雲の上には、太陽が微笑んでいるのだろうか。


 遠い空の遠い記憶。


 トタトタトタ。音がする。


 雨に叩かれる紫陽花あじさいの葉の上で、目だけを伸ばしておずおずと空を伺う。


 緑の葉に、赤や白、青や紫の花。

 跳ねる水玉が光を散らす。


 色とりどりの大地に比べ真っ暗な灰色の空。

 垂れ込める梅雨の雲から無数に降りてくる細かな粒。


 ああ、太陽が泣いている。


 蝸牛のちっぽけな体にも空の涙が当たっては散っていく。

 その度に、蝸牛は殻へと閉じこもる。

 目だけを出して外を覗き見る。

 そしてまた閉じこもる。


 殻の中は安全で平和。


 濡れるのは嫌いじゃないけど、外は敵が多すぎる。

 カラスがついばみ、ネコが引っかく。

 ネズミだってかじってくる。


 殻にくるまれてのんびりゆっくり過ごしたい。


 太陽が笑顔を見せたのはいつだったろう。

 蝸牛の考えが、ぐるぐる、ぐるぐる、渦を巻く。


 殻の外に出たのはいつだろう。

 蝸牛の歩みが、のそのそ、のそのそ、葉の上を這う。


 歩いたのはどれくらい前だろう。

 そう、蝸牛は速くない。

 べたべたして、ぶにぶにして、ぬるぬるする。


 雨の季節にお似合いなじめじめしているやつ。

 紫陽花のはなやかさとは正反対な暗いやつ。


 だから紫陽花がうらやましい。

 だから太陽に憧れる。

 だから蝸牛は自分の殻に閉じこもる。


 殻の中は安全で平和。


 誰も蝸牛を怒ったり叩いたりしない。

 怖い思いをしなくていい。


 安全で平和で。

 ツマラナイ世界。



 トタトタトタ。音がする。


 外の世界を覗き見る。

 目だけを伸ばして覗き見る。


 空の涙が蝸牛に当たって、雫になって落ちていく。


 その涙は、空のものか蝸牛のものか。

 まざってとけて、わからなくなった。


 空は泣いた。

 蝸牛も泣いた。


 いつから蝸牛は独りになった。

 みずから遠ざけて独りになった。

 独りに慣れて独りになった。



 太陽はまだ顔を出さない。

 蝸牛が外の世界を怖がっているから。

 寂しさよりも、怖さが強いから。


 最後に見た太陽はあまりに熱く、その熱は蝸牛を広く広く焼き焦がした。


 蝸牛は自分の殻に閉じこもる。

 恐る恐る目だけを伸ばして。



 トタトタトタ。音がする。


 屋根から垂れた雫が、うつ伏せになったバケツの背中を叩く。


 何度叩かれてもバケツは身じろぎもしない。

 ただただ叩かれるに任せて、そのメロディを軽快なテンポに乗せる。



 バケツは涙を流さない。

 流れた雫が泣いた跡に見えるだけ。


 蝸牛は紫陽花の葉の上からバケツを眺める。


 泥が跳ねて、雫に打たれて、それでもそこにいる。

 うつ伏せのバケツには、溜まる水も無いというのに。


 ただただそこにいる。

 バケツは涙を流さない。

 ただただ叩かれるに任せて、軽快なメロディを奏でる。



 赤い紫陽花が揺れ、青い紫陽花がうなずく。

 紫陽花の葉が踊り、その汗でバケツがもっと賑やかになる。



 最後に見た太陽はあまりにまぶしく、その光は蝸牛を深く深く突き刺した。


 蝸牛はそれでも太陽を見たいと願う。

 殻から這い出したいと思う時もある。



 殻の外は危険で怖い。


 危険で怖くて。

 オモシロイ?



 空が明るくなり、雲の切れ間から光が射す。



 トタトタトタ。音がする。


 扉をノックする音。


 ゆっくりのっそり殻から出た。


「僕にもできるかな」

「大丈夫だよ、行こう」


 ああ、太陽が笑っている。

文学とは何でしょうか。

私なりの今の精一杯ですが、この作品から感じていただけるものがありましたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。白井滓太と申します。 文学フリマ参加作品の一覧でお見かけし、僭越ながら読ませていただきましたので、拙い文章ではございますが、感想の方を書かせていただきたいと思います。 空を見…
[良い点] あ、好きです。 物語全体がメタファーになってる。 タイトルもいいし、題材もいい。 先日読んだ作品もいいですが、もぐらはこちらの方が好きです。 一番好きな一文は、 《以下本文を引用》 …
[良い点] はじめまして。 うまく言えませんが、とても好きな作品です。 蝸牛に共感できる部分あり、行動思考が孤独を感じるけれど可愛らしい。つい優しい気持ちになりました。 [一言] この梅雨の時季に…
2016/06/25 12:39 退会済み
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