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第七話:オペレーション・タカマガハラ ― 天を穿つ弓と、神を打ち上げる鬼刃

――作戦開始まで、残り1時間。

ゼタクト本部、連絡通路。

衛星ネットワーク『高天原』との直接リンクと最終調整のため、一足先に軌道上のステーションへと上がる東雲蒼は、エレベーター・ホールへ向かう途中で、地上の格納庫へと向かう赤城蓮と鉢合わせた。

お互いに足を止めることはない。

すれ違うその短い数秒間、蒼はいつものように口角を上げて笑いかけた。


「完璧に研ぎ上げてやったぜ。上で待ってるから、存分にやってくれ!」

「……天体観測でも楽しんどけ。お前の出番はないかもしれんからな」


蓮はそっけなく一言だけを返し、視線を合わせることもなく通路の先へと歩み去る。

冷たい言葉の裏にある、誰よりも強い勝利への意志。

二人はもう多くを語る必要などなかった。

それぞれが課せられた死地の持ち場へと、足音だけを響かせて進んでいった。


――作戦開始まで、残り10分。


『――アラート。Class-X、絶対防衛圏500キロメートルラインに到達!』


メインオペレーターの女性の震える声が、CICの冷たい空気を切り裂く。

メインモニターに映る白銀の怪物――神の姿を模したゼノフォームは、嵐を完全に消し去り不気味な凪と化した太平洋の上を、音もなく浮遊して接近していた。

加速もしなければ、減速もしない。

まるで普通の人間が自転車を走らせるような、時速わずか20キロメートルにも満たない異常なほど一定の低速。

しかし、いかなる空間歪曲や砲撃も、その無慈悲な進路を1ミリたりとも逸らすことはできない。


「随分と余裕の進軍だな……」


司令官・東雲彗が、コンソールを睨みつけながら低く吐き捨てた。


「確実に我々を滅ぼせるという、神の慢心か……」


彗の目の前のモニターには、二つの画面が並行して投影されている。

一つは、軌道上の宇宙空間で最終同期を行い、最後の1秒まで無駄にすまいと迎撃の準備を進める息子・蒼の姿。

もう一つは、地上の格納庫で目を閉じ、静かに瞑想しながら出撃の時を待つ蓮の姿だった。

彗の視線が、モニターの端に立てかけられた古い写真へと移る。

そこには、18年前、まだ幼い蒼を抱きしめて優しく微笑む亡き妻・**藍(あい)**の姿があった。

彗は誰にも気づかれないようコンソールの下で拳を強く握りしめ、唇をわずかに動かした。


(藍……蒼を、守ってくれ……)


誰にも聞こえない父親としての祈りを胸の奥に深く閉じ込めると、彗は顔を上げ、基地全域・全戦術部隊へ通じるマスターマイクのスイッチを叩いた。


『全員に告ぐ。我々はこれより、人類始まって以来の巨大な戦いに身を投じることになる』


彗の深く重厚な声が、CICのみならず、基地内の全通路、そして軌道上の蒼の耳元へも響き渡る。


『敵はClass-X。この戦いにおける我らの敗北は、単なる基地の陥落ではない。人類の――いや、地球という星の生命そのものの破滅を意味することになる。 恐怖の中、最後までこの地に踏みとどまり、持ち場に残ってくれた諸君の誇りに、心より感謝する』


息を呑んで聞き入るオペレーターたち。

静かに目を開く蓮。

そして、軌道上で拳を強く握りしめる蒼。


『だが……我々は決して負けない!! 我らの未来を、我らの希望を、必ず明日に繋ぐため――!


ーーー


「……衛星ネットワーク「高天原」、全モジュールの同期完了。目標、成層圏突破まで残り600秒。」


ーーー


お前たちの役目は、あの大空の果てで悪魔を穿ち、我々の未来を取り戻すことだ!』


彗が司令官として右手を鋭く挙げる。

それは全人類の命運を託した命令であり、愛する息子の無事を願う、父親としての精一杯の見送りだった。


「――オペレーション・タカマガハラ、発令! 両名、出撃せよ!!」

「「了解(ラジャー)!!」」


成層圏のさらに上、深淵なる宇宙空間。

青い地球を見下ろす軌道ステーションの射出デッキで、蒼は静かに息を吸い込んだ。


「父さん……Karen……準備はいいか? 絶対に生きて帰ろうぜ」


緊張の頂点。しかし、左腕のバングルから響いた女性型AI・Karenの声は、どこか澄ましたものだった。


『マスター。出撃前に、元カノの可憐さんに通信を繋がなくても良いのですか? 今ならその健気な姿勢に惚れ直してくれるかもしれないですよ?』

「……お前なぁ……こんな時まで何言ってんだよ……」


あまりに場違いなからかいに蒼は思わず呆れ果てるが、次の瞬間、肩の力がふっと抜けている自分に気づいた。

恐怖とプレッシャーに潰されそうになっていたマスターの心をほぐすための、AIなりの不器用な気遣い。


「……まあいいや。サンキュー、Karen」

『どういたしまして。――行きましょう、マスター!』


蒼の瞳に、熱い覚悟の火が灯る。

左腕の**K-GEAR**の中央コアに右手を添え、青く明滅するケイオニウム・反応炉を強くプレスした。



「『ケイゼル蒼龍・東雲蒼――飛翔!!』」



バングルから青い粒子が爆発的に渦を巻き、無数の生体ナノマシンが蒼の全身を瞬時に包み込む。

機体本来の『極限環境探査用スーツ』としての機動力と防御力を備えた「流体思考フレーム」が、白銀と蒼穹(アズールブルー)の流麗な装甲を織り上げ、ヘルメットのバイザーが鮮やかに輝いた。


『全システムオールグリーン。さあ行きますよ、マスター!』


***


同じ頃、地上のゼタクト格納庫。

瞑想を終えた蓮は静かに立ち上がり、眼前の射出ゲートを見据えていた。

冷徹な瞳の奥に、誰よりも熱い狂気的な戦意が燃え盛る。


「俺は死なない。奴を必ず倒す。……行くぞ、Adam」

『了解(ラジャー)、マスター。――孤高領域、完全解除』


蓮が左腕のK-GEARを強く叩き込むと同時に、血のような真紅のケイオニウム粒子が爆炎となって吹き荒れた。



「『ケイゼル鬼刃・赤城蓮――爆炎!!』」



黒と赤の閃光が蓮の骨格と筋肉に完全に同期し、禍々しい角を持つ漆黒の鬼の装甲が組み上がっていく。

一切の無駄と外部依存を排した、究極の単体絶対完結型戦闘殺戮兵器――ケイゼル・鬼刃が戦場へと顕現した。


『全システムオールグリーン。オペレーションを開始します』


地上のカタパルトから、轟音と共に真紅の閃光となって天へと撃ち放たれた鬼刃。

白銀の神『Class-X』を大空の果て、大気圏外へとかち上げるための決死の進軍。

地上から天へ神をかち上げる真紅の鬼と、絶対零度の宇宙空間で最強の弓『天羽々矢』を引き絞る蒼い竜。

人類の存亡を懸けた総力戦の幕が、今、天地を貫く二つの輝きと共に切って落とされた。


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

初回投稿分はここまでとなります。


少し余談ですが、AI・Karenのちょっとした裏話です。

本編でも言及された蒼の元カノ・可憐(かれん)が名前の由来です。

父は妻の思考モデル、息子は元カノ由来……改めて考えると、なかなか気持ちの悪い親子ですね(笑)。


その可憐は実はすでに本編に登場しているキャラクターなのですが、平安時代へ転移してしまう関係で本編への関わりはほとんどありません。いつかきちんと活躍する場面を書いてあげられたらと思っています。


ここからは平安時代編・第1章の完結まで、毎日投稿していく予定です。


未来と平安、二つの時代が交差する物語を、ぜひ最後まで一緒に見届けていただけたら嬉しいです。


それでは、次話でお会いしましょう。

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