第八話:オペレーション・タカマガハラ -天を衝く紅蓮の鬼・嵐を切り裂く爆炎
音を超え、衝撃波すら置き去りにする極限の加速。
防衛圏500キロメートルラインを不気味なほどの低速で静かに進軍する白銀の神――**Class-X**へ向け、一直線に突進する紅蓮の機体があった。
ケイゼル・鬼刃。
装着者・赤城蓮の背部には、軌道上の衛星『天の岩戸』から緊急転送・接続された巨大滞空・高機動推進ユニット**『天之浮橋』がマウントされている。
噴射ノズルからは真紅の「爆炎」**が暴風のように噴き出し、空間そのものを灼き焦がす推進力となって鬼刃を押し出していた。
しかし、ナノマシン装甲に包まれた蓮の呼吸は早く、重い。 彼の脳裏に焼き付いていたのは、わずか数時間前に行われた司令官・東雲彗の言葉だった。
***
重苦しい空気の中、壇上の彗がホログラムの衛星ネットワークと作戦概要を指し示していた。
「最優先任務は、衛星プラットフォームから展開される最強の盾**『八咫鏡』に敵を到達させることだ。この盾だけが奴の放つ極大エネルギーを吸収・蓄積し、トドメの弓、『天羽々矢』**へとエネルギーを変換できる」
彗の冷徹な眼差しが、前列の蓮を射抜く。
「そのためには、大気圏外の地上500km――衛星軌道上の『絶対防衛圏』まで奴を強引に押し上げなければならない。だが、地球の重力を振り切り、宇宙空間で自由落下を免れるための軌道速度は……時速28,000キロメートルだ」
講堂内にどよめきが起こる。
彗はホログラム上の『天之浮橋』を拡大し、そのパラメーターを赤字の書き換えコードで上書きした。
「天之浮橋の通常最高速度は時速2,000km。このままでは宇宙へ出ても即座に落下する。この圧倒的な速度差を埋めるため、高出力供給衛星『産霊』からの極大エネルギーを機体へ直接受電させ、全ての安全回路を焼き切って推進力へ変換する。……理論上、時速28,000kmへの爆発的な加速は可能だ」
彗は一度言葉を切り、パイロットたちへ鋭く重い視線を送った。
「だが、これは人間が踏み入るべきではない**『神の領域の速度』**だ。――装着者への負荷は計り知れず、機体も自壊しかねん。」
静まり返る講堂の中で、彗の覚悟の言葉が響いた。
「諸君の肉体を焚べ、命の火が尽きる前の極限の加速で、宇宙への道を切り拓いてほしい」
***
「……『運ぶ』か。言うのは簡単だな、司令官殿」
蓮は苦々しい息を吐き捨てた。
メインモニターには、目前に迫るClass-Xから放出される物理法則崩壊の干渉波が、極限のレッドゾーンを示して点滅している。
通常であれば、ハエが巨人に挑むような絶対的な戦力差。
孤高の戦闘殺戮兵器である鬼刃のコンピューターは、AI Adamの初期演算通り、目標への接触からわずか0.3秒でナノマシン装甲がオーバーロードし、自壊・蒸発するはずだった。
しかし――現在の鬼刃は違う。
蓮の左腕に装着されたK-GEAR から、不快なほど強力で鋭いエネルギーが、血管を伝うように全身のスーツへ流れ込んでいる。
東雲蒼の手によって無理やり組み込まれ、異種接続された衛星連動兵装『天羽々斬』の概念断絶刃エネルギーが、機体の盾となって脈動していた。
「Adam、目標との接触および接触維持可能時間を計算しろ」
『マスター、蒼の設計したバイパス・アルゴリズムが正常機能。Class-Xが放射する論理破綻の干渉負荷を、天羽々斬の回線を介して衛星ネットワーク「高天原」へと全自動で逃がす経路を確保しました。――接触維持可能時間は、0.3秒から180秒まで拡大』
「……フン、上出来だ。あのバカも、少しは役に立つ」
蓮の獰猛な口角が吊り上がる。 180秒あれば、神を引きずり回すには十分すぎる時間だ。
「いいかAdam。あいつが軌道上で『天羽々矢』を引き絞り、放つまでの間……神だろうがバケモノだろうが関係ない。俺がこの手で、天の果てまで押し上げてやる」
蓮が言葉を吐き捨てたと同時、背部の追加推進ユニット**『天之浮橋』**から、極大ケイオニウム反応が迸った。
真紅と黒の閃光を纏うナノマシン装甲が猛烈な推進熱によって明滅し、鬼刃の機体構造から金属の軋む悲鳴が轟く。
『警告。高出力供給衛星「産霊」とのダイレクト・受電リンク確認。天之浮橋、オーバークロック・モード起動。……目標との接触まで、残り20秒』
「来いよ……Class-X! 神の使い気取りの、その羽を根元から引きちぎってやる!」
静まり返る太平洋の上空。
全身の骨格が軋み、視界の端が黒く染まり始める極限のGを精神力だけでねじ伏せ、赤城蓮とケイゼル・鬼刃は一筋の凄まじい紅蓮の彗星となり、物理法則を書き換える「白銀の絶望」へと決死の特攻を開始した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は少し制作裏話を。
実はこの話を書き始めた頃、「ロケットの推進速度って時速3,000kmくらいかな?」と軽い気持ちで調べたんです。
……結果、約28,000km/h。
「え、10倍近いじゃん。」
思わず声が出ました(笑)。
当初考えていたシナリオでは、もう少し現実的(だと思っていた)速度感だったのですが、この数字を知った瞬間、「これは設定から見直さないとダメだ」と大幅に修正することになりました。
現実の科学って、創作よりぶっ飛んでいることがあるんですね。
だからこそ今回は、軌道速度や衛星軌道といった実際の科学を土台にしつつ、その上にケイオニウムやケイゼルといったSF設定を積み上げています。
これから先、鬼刃と蒼龍が挑むのは、まさに“神の領域の速度”での戦い。
次回もぜひ見届けていただけたら嬉しいです。




