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平安時代編第十話 : 決断と、すれ違う覚悟

息を呑むような重苦しい静寂が、葵の邸の広間を支配していた。

急遽開かれた軍議の場。

集まったのは蒼、景行、葵の三人に加え、吉次、そして村を代表して長老と吾作の六名だった。


「吉次殿。貴殿が目にしたという『百鬼夜行』について、改めて詳しく説明してもらっても良いか?」


腕を組み、険しい表情を崩さない景行の問いに、吉次は青ざめた顔で頷いた。


「都からこの村へ向かう途中、大きな山を越えた先の谷底でのことです。……山肌を黒く覆い尽くすほどの、物怪どものうねるような波が、一直線にこちらへ向かってきているのを見ました。その数、百……いや、二百は下らないかと!」


思い出すだけで歯の根が合わないのか、吉次はガタガタと震えながら叫んだ。


「逃げましょう、今すぐに! 荷などすべて打ち捨てて、一刻も早くこの村から離れるべきです!」

「に、二百の化物じゃと……!?」

「そんな……お終いだ、村が喰われちまう……!」


吉次の悲痛な声に呼応するように、長老と吾作からも絶望と恐怖の入り混じった声が漏れる。


「――吉次殿、どうか落ち着いてください」


パニックに陥りかけた場を制したのは、凛とした葵の声だった。


「村には、お年寄りや女子供も大勢おります。何の策もなくただ闇雲に逃げ出しても、足の遅い者から順に物怪どもの餌食になってしまうだけです。……今は心を鎮め、策を考えましょう」


領主の娘としての威厳と、母のような慈愛を帯びた葵の言葉に、吉次と村人たちはハッと息を呑み、わずかに落ち着きを取り戻した。


「吉次殿。その群れがこちらに到着するまでに、どれほどの時間がかかるかお分かりになりますか?」

「……私が馬を走らせて、この村まで三刻(約6時間)ほどでした。あの数と規模ですから、決して足は速くないと思われます。ですが、遅くとも……明日の夕暮れには、間違いなくこの村へ雪崩れ込んでくるかと」


明日の夕暮れ。

突きつけられたタイムリミットに、皆が再び絶望の沈黙へと沈む中――蒼だけは、誰にも聞こえない意識の底で、相棒(AI)へのアクセスを試みていた。


(……Karen、どう思う?)

『……現在、通信衛星《高天原(たかまがはら)》とのリンクが途絶しているため、広域の地形情報や正確な敵戦力のスキャンは不可能です』


K-GEARを通じて、Karenの無機質な音声が脳内に直接響く。


『しかし、吉次様の証言が正しいと仮定した場合。明日の夕刻まで待機すれば、《蒼龍(そうりゅう)》の流体思考フレームの修復は【82%】まで進行します。群れの規模をゼノフォームのclass-1程度の集団と仮定した場合――ギリギリで、単独での殲滅戦闘は可能だと推算します』


(マジか! なら……)


蒼の心に希望の光が差したのも束の間、Karenの冷徹な計算がそれを遮った。


『しかし。この村を拠点にして戦闘を行えば、圧倒的な数に対処しきれず、村人に大規模な犠牲が発生する可能性が【94%】を超えます。極力民間人の被害を出さずに迎撃するには、ここから南西に十キロほど離れた「平原」での戦闘が最適です。ですが……』


(ですが、なんだよ)


『前倒しで接敵することになるため、迎撃準備の時間が三時間ほど削られます。大規模戦闘を想定した場合、その時点での《蒼龍》の修復率では、兵装のオーバーヒートを招きかねず、非常に危険な賭けになると言わざるを得ません。……マスターの生存率は【24%】まで低下します』


蒼の中で、激しいジレンマが渦巻いた。


明日の夕刻、百鬼夜行の到着をこの村で迎え撃てば、未来の兵器の力で一掃できるかもしれない。

――ただし、それは「救う命」と「見捨てる命」を選ばなければならないことを意味する。

一方、自分の身を危険に晒し、先の平原で一人で群れを食い止めれば、村人たちの命はすべて救えるかもしれない。


(本当なら……考えるまでもないんだよな)


蒼は静かに目を伏せた。 守るべき対象に優先順位をつけ、その時点での「最も生存確率の高い」最適な作戦行動をとる。

それが未来の戦場における絶対のセオリーだった。

尊敬する父や、親友の蓮なら、迷わず前者(村での迎撃)を選ぶだろう。

わずかな犠牲を許容してでも、確実な勝利と生存をもぎ取るために。


(……でも、そんな単純じゃないよな)


蒼はゆっくりと目を開け、目の前にいる人々を見た。

震える吾作。青ざめた吉次。そして、村人を案じて気丈に振る舞う葵と、彼女を命懸けで守ろうとする景行。

――村人を犠牲にしてまで、このお姫様と、義を重んじる真っ直ぐな武士が、自らの命を優先して逃げるわけがない。

それに、あの物怪たちの異常な大群は、間違いなく「未来のテクノロジー(異質なエネルギー)」を持つ蒼自身を狙っているのだ。


(そう……考えるまでもないさ)


「――俺が奴らの気を引くよ。みんなは、出来るだけ安全なところへ避難してくれ」


言い争いになりかけていた場に、蒼の静かで、しかし芯のある声が響いた。

全員の視線が一斉に蒼へと集まる。


「東雲。……どういう意味だ?」


低く、底冷えするような景行の声が問う。


「確証があるわけじゃないけど、百鬼夜行の目的はおそらく俺なんだ。俺がこの村から離れれば、奴らの進路も変わるかもしれない。それに、上手くいけば先の平原で俺一人で奴らを全部倒せるかもしれないしな」


その言葉に、村人たちの顔にパッと安堵の色が浮かんだ。しかし、景行がそれを冷酷に打ち砕く。


「……たかだか物怪二、三体を倒すのがやっとのお前の力で、数百の群れを全滅させられるだと? また森の時のように、小手先の罠や目眩ましの術でも使うというのか?」


景行は立ち上がり、蒼を鋭く睨み据えた。


「言わせてもらうが、狙いは自分だと言ったな。……お前、自分を犠牲にでもして、奴らの気を引こうとしているのではないか?」

(……さすが景行だ。考えていることが全部見透かされてるみたいだ)


図星を突かれ、蒼はわずかに息を呑んだ。


「仮にお前一人が犠牲になって群れに呑まれたとして、血の味を覚えた百鬼夜行が、その後この村を襲わぬわけがないだろう! お前のくだらない自己満足で稼げるのは、せいぜい村人が逃げるための『数刻』だけだ! ……であれば、奴らを迎え撃ち、この命と引き換えに時間を稼ぐのは、お前ではなくこの俺の役目だ!!」


「違う! そうじゃない、俺なら皆を助けられるかもしれない方法が……!」

「俺の武を愚弄するのか、東雲!!」


――チャキッ。 冷たい金属音が響き、景行の太刀が鯉口を切って蒼の鼻先へと向けられた。


「ひぃっ!?」 「景行様!?」


吉次と村人たちが、信じられないものを見たように怯えた悲鳴を上げる。


「景行!! 刀を収めなさい!!」


葵の激しい叱責の声が響き渡った。だが、景行の腕は微塵も揺るがない。


「申し訳ございません、葵様。……しかし! こやつの『自分が犠牲になれば皆を助けられる』などという世迷い言に加え、我が武では百鬼夜行を止めるには力不足だと言わんばかりの言動! これは、私という武士の誇りを愚弄する、間違いなき侮辱にございます!」

「景行、俺はそんなつもりじゃ……!」

「それ以上口を開けば……その胴と首が離れることになるぞ」


景行から放たれた、文字通りの殺気。

その凄まじい気迫と、決して己の死を厭わない「本気の眼差し」を前にして、蒼は言葉を失い、口を開くことができなかった。

違うのだ。景行は誇りを傷つけられて怒っているのではない。

彼もまた、葵や村人たちを逃がすために、自らが死地へ赴くことをたった今、決定したのだ。


「……明日の夕刻、俺が百鬼夜行を迎え撃ち、奴らの足を止める。村の皆と葵様は、その隙に出来るだけここから離れてください。群れを迂回して都へ向かえば、助けもあるでしょう」


景行は静かに刀を納めると、それ以上誰の顔を見ることもなく、踵を返して乱暴に部屋を出て行った。


「……景行……」


葵の悲痛な呟きだけが虚しく響く。

広間に残された蒼たちは、死を覚悟した武士の不器用で真っ直ぐな背中を、ただ黙って見送ることしかできなかった。

今回は、蒼と景行が初めて本気でぶつかる回になりました。

守りたいものは同じなのに、信念が違うからこそ衝突してしまう。

景行が刀を向けたのも、相棒を止めるためなら自分が憎まれても構わないと覚悟を決めた故の行動でした。


百鬼夜行との決戦まで残された時間はあとわずか。


まもなく、この物語で1番描きたかった最大の戦いが始まります。

ぜひ最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


次回もよろしくお願いします!



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