45 ゼフの独り言
許された、と言われた瞬間、胸の奥がすうっと軽くなった――はずだった。
なのに、足が動かない。まるで見えない鎖で地面に縫い付けられたようだ。
「事故だから問題ない」
役人はそう言って、書類に判を押した。淡々と、まるで雨でも降ったかのような顔で。
事故。
たしかにそうだ。狙ったわけじゃない。あの時、あいつが踏み込んでこなければ、剣は当たらなかった。ほんの少し、間合いが狂っただけだ。
だけど――。
「……ガルシア様だぞ」
口に出した自分の声が、やけに他人みたいに聞こえた。
銀灰妃様の、叔父様。
なんでも、王子様たちに慕われているとか。
つまり、王族に限りなく近い血筋。
下手をすれば、いや下手をしなくても、普通なら首が飛ぶ。
それが――事故で済んだ。
おかしい。
おかしすぎる。
「助かったな、ゼフ」
肩を叩かれた。仲間だ。笑っている。
ああ、助かったさ。助かったに決まってる。生きてるんだから。
けど。
「……ああ」
返事をした口の中が、やけに乾いていた。
助かったはずなのに、喉の奥に何かが引っかかっている。吐き出せない、黒い塊みたいなものが。
――許されるわけがない。
頭のどこかで、ずっとそれが繰り返されている。
じゃあ、なんで許された?
偶然?
温情?
そんなわけがない。
王家に関わる血筋を、ただの事故で済ませる?
そんな甘い場所じゃないだろ、ここは。
「……なあ」
思わず、隣にいたやつに声をかけた。
「なんでだと思う?」
「は?」
「俺が、許された理由だよ」
そいつは眉をひそめて、少し考えてから肩をすくめた。
「さあな。上の判断だろ。気にしても仕方ねえよ」
――気にするな、か。
無理だ。
気にしない方が、どうかしてる。
だってこれは、命の話だ。
本来なら終わっていたはずの命が、理由もなくつながっている。本来なら終わっていたはずの俺の時間に、誰かが勝手に「猶予」という名の値札を付けたんだ。
それはつまり――。
「……あとで、使うってことか」
ぽつりと漏れた言葉に、自分でぞっとした。
そうだ。
そう考えた方が、筋が通る。
いまは殺さない。
その代わり、いつでも殺せる場所に置いておく。
あるいは――。
使い潰す。
「はは……」
笑ったつもりが、変な音になった。
嬉しいはずなんだ。
命拾いしたんだから。
なのに、背中が寒い。
見えないところから、ずっと誰かに見られている気がする。
「事故だから許す」
あの言葉が、頭の中で何度も反響する。
違うだろ、そんな簡単な話じゃない。
事故で済ませたことにされただけだ。
俺の知らないところで、何かが決まっている。
俺の命の値段も、使い道も。
それが、たまらなく気味が悪い。
「……くそ」
拳を握る。
生きているのに、安心できない。
むしろ、生かされていることの方が怖い。
いつ、どこで、どうやって――帳尻を合わせられるのか分からない。
それでも。
逃げることも、拒むこともできない。
もう、俺は許された側に入れられてしまった。
その意味を、考えれば考えるほど――
胸の奥が、冷たく沈んでいく。
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