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未来への頼み-アパートの鍵を握りしめたまま、オレは旧日本海軍士官になった-  作者: 山口灯睦


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7/10

嵐の前の静けさ

日々の訓練は過酷だった。


上官の怒声が飛び交い、部下たちも緊張の中で動く。


そんな中、頼と山崎の絆は深まっていった。


「頼、俺たちの時代はこれからだ。お前と一緒に頑張りたい」


 山崎の言葉は頼の胸に染みた。


(そうだ。俺はこの時代を生き抜かなければならない。必ず。)


 だが、頼の脳裏には常にあの沈没の光景がちらつく。


 爆炎、砕け散る木片、沈みゆく艦の甲板、仲間たちの叫び――。


 死の直前の光景が、いつしか現実と夢の境を曖昧にしていく。


「……俺は、何をすべきなんだろうか」


頼は誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

朝が来て、艦はまた動き出す。

現実は待ってはくれない。


艦内の雑踏が頼の耳に重くのしかかる。

無数の足音と指示が飛び交い、緊張感が張り詰めている。


「吾妻中尉、今度の巡航は沿岸警備が主だ。警戒を怠るな」


川西中佐の言葉は冷たく、しかし的確だった。


頼は黙ってうなずき、心の中で誓う。


山崎少尉も艦橋の隅で集中している。


「吾妻、中尉。お前、やっぱりあの件で悩んでいるのか?」


「…いや、訓練に集中しているだけだ」


頼は答えを濁すが、山崎の目は鋭い。


日々の訓練は厳しく、だがそれは当然のことだった。


この時代、海軍は世界の情勢を鋭く見据え、備えを強化していた。


その中で、頼も確かな足跡を残していく。


しかし心の奥底で、あの断片的な映像が何度も蘇る。


沈みゆく艦、助け合う兵士たち、静寂と混乱が入り混じる恐怖の瞬間。


頼はそれが自分の過去の記憶か、ただの幻覚か判別できずにいた。


「吾妻中尉、艦内の巡視を頼む」


突然の呼び出し。頼は静かに身を起こし、任務へと向かう。


夕暮れが艦の外を染めていく中、頼の胸には言葉にできぬ焦燥が広がっていた。


ただひとつ、今はこの時間を生き抜くことだけが、彼にできることだった。


翌朝、艦内は慌ただしい活気に包まれていた。


訓練の準備が進み、兵たちの声が甲板に響く。


頼は指揮官としての責務を全うすべく、細かな点まで目を配っていた。


「吾妻中尉、訓練前の点検は万全か?」


川西中佐が巡回しながら声をかける。


「はい、中佐。機関部も無線も問題ありません。乗組員も士気は高いです」


「よかろう。戦時に備え、我々は常に最高の準備をしておかねばならん」


一方、同期の山崎少尉は、新人たちの訓練指導に奔走していた。


「もっと腰を落として、姿勢を正せ。戦場では油断は死に直結する」


山崎の厳しい声に、新兵たちは身を引き締めた。


訓練の合間、頼は艦橋で上官たちと戦況や最新の情報を確認する。国際情勢は日増しに緊迫しつつあり、彼らの任務もその影響を無視できなかった。


「吾妻中尉、艦隊の動きは速い。新たな指令が下れば即応できるようにしておけ」


頼は静かに頷き、決意を新たにした。


夕刻、甲板に立つ頼は、水平線に沈む夕日を見つめた。


沈みゆく光のように、己の心も重く沈みかけているのを感じながらも、彼はただ静かに、明日への歩みを止めなかった。


翌朝、甲板に立つ頼と山崎は、淡い朝日のなかで演習準備に取りかかっていた。

海風が冷たく頬を撫でる。


「頼、今日は機関の調子どうだ?」


山崎が声をかける。


「問題ない。昨夜も点検したが、異常は見られなかった。」


「さすがだな。お前がいると安心するよ。」


山崎は笑いながら答えた。


そのとき、厳格な表情の上官が近づいてきた。


「吾妻中尉、山崎少尉、訓練開始だ。気を抜くなよ。」


頼はきちんと敬礼を返し、山崎も続いた。


「はっ!」二人は緊張感をもって指示に従い、艦内は一気に忙しさを増した。


演習中、頼は自分の役割に集中しつつも、山崎の無事を気遣う。


「山崎、大丈夫か?」


「任せとけ!」


山崎が応え、頼は少しだけ安堵した。


その日、艦は無事に訓練を終え、夕暮れの空が赤く染まるなか、二人は甲板でささやかな会話を交わした。


「戦争は遠い話だと思っていたが…」


頼はぽつりと言った。


「わかる。でも、俺たちができることをしっかりやるしかないな。」


山崎の言葉に頼は頷いた。



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