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未来への頼み-アパートの鍵を握りしめたまま、俺は旧日本海軍士官になった-【異世界年間最高104位/歴史日間最高9位/チート無歴史IF】  作者: 山口灯睦
第7章 1935年4月-

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二人の仕事

1936年9月29日


豊台での衝突が収まった後も、大陸では新たな事件が続いていた。


上海で日本海軍の水兵が襲撃され、漢口でも日本側関係者への襲撃も起こった。


そんな情勢の中、山崎少佐の大陸派遣が正式に決まった。


表向きの任務や現地での所属先も細かく指定されていた。


しかし、今回の派遣において山崎に託される本当の役目は、どの公文書にも一文字たりとも記されてはいない。


それは海軍中央のほんの一握りの者しか知らない機密だった。


夕刻の薄闇が迫る中、頼は横須賀へと向かっていた。


山崎とはすでに大陸行きについての話や腹積もりも済んでいる。


だから今さら、ここで新しい任務の説明をする必要などなかった。


ただ、だからこそ出発を前に一度だけ二人きりで酒を酌み交わしておきたかったのだ。


頼が小さな小料理屋の暖簾をくぐると、山崎はすでに奥の座敷で足を崩して座っていた。


「遅かったな、頼」


「すまない、省内で少し手間取った」


山崎はからかうように片眉を上げた。


「俺を送り出す側の人間が遅刻するとはな」


「送り出すと言っても、まだ死地と決まったわけじゃあない」


「大陸だぞ」


山崎は目の前にある盃を指で弾いた。


「それだけで十分な理由になるだろう」


頼は無言で山崎の向かいに腰を下ろした。


「……そうだな」


2人の前に徳利と肴が並べられていく。


狭い空間に、二人の呼吸音だけが微かに響いていた。


山崎が自然な手つきで盃を掲げる。


「まあ、堅い話は抜きにして飲もうぜ」


「ああ」


カチリと、小さな陶器の重なる乾いた音が響く。


しばらくの間、二人の間に交わされたのは、今日の仕事とは何の関係もない世間話だった。


最近の横須賀のどんよりとした天気。


増産される新型艦をめぐる現場の愚痴。


海軍省の椅子にしがみついているだけの役人連中に対する毒舌。


山崎がどこか投げやりな調子でくだらない冗談を言い、頼が呆れたように苦笑する。


そこに流れるのは二人の対等な空気だけだった。


だが、酒が少しずつまわるにつれて、山崎からは少しずつ軽口が消え、手元の盃をじっと見つめたまま、ふと呟くように口を開いた。


「……それでだ、頼」


「なんだ?」


「俺が大陸へ渡った後のことだ」


「お前は、こっちの東京で何をするつもりでいる?」


「俺は俺の仕事をするだけだ」


「……そうか」


山崎は盃を口に運んだ。


「なら、俺も俺の仕事をするまでだ」


「そういうことだ」


「だったら、余計な心配はいらんな」


「心配してるのか?」


「してないさ。ただ――」


山崎は少し笑った。


「お前なら、何か仕掛けてくると思ってるだけだ」


「買いかぶりすぎだな」


「買いかぶりじゃあないさ」


「お前が現地でやることと、俺が東京でやることは別じゃない」


「……」


「俺たちの仕事だ」


徳利から盃へ、静かに酒を注ぎ足す。


頼は盃を置いた。


わずかに視線を逸らし、それから真っ直ぐに見返す。


山崎は満足したように肩の力を抜いた。


「それなら安心だ」


「安心、か」


「ああ」


山崎は盃の酒をあおると、息を一つ吐き、頼の目を真っ直ぐに見据えた。


「俺たちは、兵学校から同じ釜の飯を食った仲だが……お前のその頭の中がどうなっているのか、時々底が知れなくてぞっとすることがあるよ。『神通』のあの時だってそうだ」


美保関のあの夜の記憶が、二人の間に蘇る。


火花が散り、鋼鉄が悲鳴を上げ、誰もが思考を停止させる極限の修羅場。


あのとき頼が見せた常人離れした判断が、山崎の命を救った。


「あの時、お前がいなければ、俺は今こうして酒を飲んではいなかった。……お前のその異様なまでの頭の切れ味には、正直、今でも舌を巻くというより、恐ろしさを覚えるくらいだ」


「……昔のくだらない話を蒸し返すなよ」


「くだらないものか。事実だろ」


山崎は苦笑を漏らしながらも、その声には確かな敬意が滲んでいた。


「だからこそ頼む。俺が向こうで動く時、お前が東京で何を企んでいるのか……それが見えているだけで、向こうで思い切り動ける」


頼は目の前の男を見つめた。


山崎の顔には、対等な友人としての親しみと、頼という人間への説明しがたい畏敬が混ざり合っている。


その重みを感じながら、頼は静かにうなずいた。

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