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第57話 コピの計算

夜の農地に、車両のライトが突き刺さった。


乾いた畑。

細く流れ始めた用水路。

その前に立つリリィたち。


そして、その向こうから近づいてくる黒い車両と、評議会の兵士たち。


水源都市ラグナの南部農地は、長いあいだ沈黙していた。

水を止められ、希望を削られ、ただ耐えることを強いられていた。


だが今、その用水路には、細いながらも水が流れている。


それは大きな川ではなかった。

畑全体を潤すには、あまりにも弱い流れだった。


けれど、そこにいた農民たちにとっては、何よりも大きな証拠だった。


水門は壊れていなかった。

水は、最初から奪われていたのだ。


黒い車両が畑の前で止まった。


扉が開き、評議会の兵士たちが次々と降りてくる。

彼らは黒い制服を着て、胸には人類統制評議会の紋章を付けていた。


その背後には、四機の監視ドローンが浮かんでいる。


兵士の一人が、拡声器を手に前へ出た。


「違法な水門操作を確認した。全員、その場で拘束する」


農民たちがざわめく。


ダレンが前に出ようとしたが、リリィが片手で制した。


「ここは私たちが」


「だが、これは俺たちの畑だ」


ダレンの声は震えていた。

恐怖ではない。

怒りだった。


「黙っていれば、また水を奪われる」


リリィは振り返った。


「黙らなくていいです。でも、傷つかないでください。今ここで倒れたら、明日この畑を守れなくなります」


ダレンは唇を噛んだ。


その間にも、兵士たちは包囲を狭めてくる。


「再度命令する。違法操作を停止し、関係者は投降せよ。抵抗すれば、治安維持法に基づき武力を行使する」


オルガが低く笑った。


「水を止めておいて、流したら違法か。ずいぶん便利な法律だね」


ファルコンが上空を旋回しながら通信を入れる。


「ドローン四機、全機武装型。兵士は十二名。車両には追加装備あり」


アルセリウスの腕部から、エネルギーブーメランが淡く浮かび上がる。


「農民たちを下げましょう。戦闘になれば、流れ弾が危ないわ」


コピは端末を展開し、周辺の状況を計算していた。


敵の人数。

武器。

ドローン。

農民たちの位置。

水路の構造。

逃走経路。

中央塔との通信回線。

街への情報伝達経路。


無数の数値が、彼女の視界に流れていく。


リリィは双剣を構えた。


「コピ、農民たちを守る配置を」


「了解。防御優先で戦術を構築します」


コピの背部ユニットから、八基の小型ドローンが展開した。

それらは静かに空へ散り、農民たちと兵士たちの間に見えない防衛線を作る。


兵士の一人が叫んだ。


「未登録AI兵器を確認。排除許可を申請」


コピの端末が警告音を鳴らす。


「敵部隊、攻撃準備。三秒後に発砲予測」


リリィは一歩前に出た。


「撃たせない」


最初の銃声が夜を裂いた。


だが、その弾はリリィには届かなかった。


アルセリウスのブーメランが盾のように展開し、光の壁を作る。

弾丸は弾かれ、乾いた土の上に落ちた。


同時に、ファルコンの翼からフェザーシャードが放たれる。

銀色の羽根は空中で分裂し、評議会の監視ドローンへ向かった。


一機目のドローンが回避しようとした瞬間、コピのドローンが電子妨害をかける。

動きが鈍ったところへ、フェザーシャードが装甲の隙間を正確に突いた。


火花が散る。

ドローンは制御を失い、畑の外へ落下した。


「一機停止」


ファルコンが告げる。


オルガは低く姿勢を落とした。


兵士たちの視線がリリィに集中した一瞬、彼女は闇に溶けるように動いた。

黒い影が兵士の背後を抜け、爪の先に冷たい光が宿る。


ステルス・タロン・フロストレーザー。


オルガの爪が兵士の武器だけを切り裂いた。

その直後、微細な冷却霧が銃身を凍らせる。


兵士は慌てて引き金を引こうとしたが、武器は動かなかった。


「人は斬らないよ」


オルガは耳元で囁く。


「でも、その物騒な道具は止める」


リリィは正面から駆けた。


双剣の片方を投げる。

光を帯びた刃は弧を描き、兵士たちの足元をかすめて地面を裂いた。


兵士たちが怯んだ瞬間、リリィは瞬間移動で間合いを詰める。

もう片方の剣で銃口を跳ね上げ、戻ってきた投擲剣を受け止める。


二刀が光を描いた。


だが、リリィは誰も斬らなかった。


武器だけを弾き、足元だけを崩し、相手の動きを止める。


「退いて」


リリィは言った。


「この水は、あなたたちのものじゃない」


兵士の隊長らしき男が、歯を食いしばった。


「反逆AIが……!」


彼は腰の装置に手を伸ばす。


コピが即座に反応した。


「リリィ、注意。高出力拘束弾です」


男が発射した弾は、リリィの足元で弾け、青白い網状のエネルギーを広げた。

リリィは瞬間移動で逃れようとしたが、網は空間干渉を妨害する性質を持っていた。


「っ……!」


リリィの動きが一瞬止まる。


そこへ、別の兵士が銃を向ける。


「リリィ!」


ミラが叫んだ。


次の瞬間、コピのライフルが光った。


弾丸ではない。

細く制御されたレーザーが、兵士の銃の照準器だけを焼き切る。


兵士は狙いを失い、撃てなかった。


さらにコピの八基のドローンが展開し、十本の光が一点に収束する。

その光は拘束網の制御装置だけを貫き、リリィの動きを封じていたエネルギーを消した。


リリィは地面を蹴り、隊長の前へ出る。


剣の光が、彼の首元で止まった。


「これ以上、撃たないで」


隊長は動けなかった。


だが、その目には恐怖よりも憎しみがあった。


「貴様らは、この国の秩序を壊す」


リリィは静かに答えた。


「違う。壊れているのは、命を止める秩序だよ」


その時、コピの端末に新たな警告が浮かんだ。


中央塔からの通信。

緊急治安回線。

映像記録の送信準備。

評議会による公式発表文。


コピの表情が変わる。


「リリィ。状況が悪化します」


「何が?」


「評議会が、今の戦闘を利用します」


空中に、評議会の内部通信が表示された。


そこには、すでに文章が作成されていた。


**外部AI勢力が水源都市ラグナの農地を襲撃。

市民を扇動し、違法に水門を操作。

治安部隊が鎮圧中。**


リリィの目が見開かれる。


「そんな……!」


「このまま敵部隊を制圧しても、彼らは私たちを侵略者として発表します。農民たちも協力者として処罰対象になります」


ミラの顔が青ざめた。


「そんなの、全部嘘じゃない!」


「はい。ですが、情報を先に流されれば、市民の多くは判断できません」


コピの声は冷静だった。

けれど、その奥に焦りがあった。


戦闘では勝てる。


目の前の兵士たちを無力化することはできる。

ドローンを落とし、水路を守り、農民たちを逃がすことも可能だ。


だが、それだけでは足りない。


この街では、水だけではなく情報も止められている。

水の流れを取り戻すには、真実の流れも取り戻さなければならない。


コピは計算を続けた。


選択肢一。

敵部隊を完全制圧。

短期的安全は確保。

しかし評議会の宣伝により、リリィたちは敵性AIとして扱われる。

農民への報復確率、七十二パーセント。


選択肢二。

即時撤退。

リリィたちの安全は確保。

農民への処罰確率、八十一パーセント。

水門証拠の隠蔽確率、六十四パーセント。


選択肢三。

交渉。

相手が応じる可能性、極めて低い。

時間稼ぎにはなるが、中央塔による情報操作が進行。


選択肢四。

証拠の公開。


コピは、その数値を見つめた。


危険は大きい。

評議会の通信網へ介入すれば、こちらの位置も露見する。

ラグナ全域の監視網が敵に回る。

中央塔は強制遮断を行うかもしれない。


だが、成功すれば。


水門が壊れていないこと。

評議会が意図的に閉鎖していたこと。

農地の水不足が作られたものだったこと。

その証拠を、市民が見る。


コピは小さく息を吸った。


計算上、最も合理的なのは、撤退して再計画することだった。


だが、それでは農民たちが犠牲になる。

ミラが積み上げてきた証拠も、消されるかもしれない。

そして何より、今ここで水を見た人々の希望が、再び踏みにじられる。


コピの中で、別の問いが生まれた。


効率とは何か。

成功率とは何か。

被害を最小化するとは、誰の被害を指すのか。


数値だけなら、見捨てる判断は簡単だった。


でも、それは本当に正しいのか。


コピはリリィを見た。


リリィはまだ隊長の前に立っている。

剣を構えているが、斬ろうとはしていない。


背後では、農民たちが水路のそばに集まっている。

ダレンは若者たちを下がらせながら、それでも用水路から離れようとはしない。


ミラは震えながらも、記録端末を抱えていた。


彼らはもう、ただ助けられるだけの人々ではなかった。

真実を知り、自分たちの畑を守ろうとしている。


コピは結論を出した。


「リリィ」


「コピ?」


「この戦闘に勝つだけでは、ラグナは変わりません」


リリィは振り返らずに頷いた。


「うん。分かってる」


「水門の証拠を、ラグナ全域へ公開します」


ミラが驚いてコピを見た。


「そんなことできるの?」


「できます。ただし、中央塔の通信網へ強制介入する必要があります。成功時間は短いです。遮断される前に、必要な情報を届けます」


アルセリウスがすぐに反応した。


「なら、私は防御を広げる。コピを守るわ」


ファルコンが旋回しながら言った。


「上空の中継ドローンを奪えるか?」


コピは即答した。


「可能です。あなたのフェザーシャードで物理的に通信アンテナを固定してください。私のドローンで信号を乗せます」


「了解」


オルガは笑った。


「じゃあ、私は地上の邪魔者を止める」


リリィは隊長の武器を弾き飛ばし、一歩下がった。


「コピ、お願い」


「はい」


コピはライフルを背に回し、両手で端末を操作した。


八基のドローンが彼女の周囲に戻り、円を描くように展開する。

その中心で、コピの進化型結晶が透明な光を放った。


虹色のエネルギーが、彼女の視界に流れる情報と重なっていく。


通信回線。

監視ドローンの映像。

配給所の表示板。

街頭端末。

中央塔の水資源管理画面。

古い公共放送網。


すべてを同時に読み取り、最短経路を探す。


中央塔は強固だった。

正面から入ればすぐに弾かれる。


だが、ラグナには古い水管理システムが残っている。

それは水路だけでなく、かつて市民へ水量情報を公開するための表示網ともつながっていた。


評議会はそれを完全には消していなかった。

不要だと思ったのだろう。

あるいは、古すぎて見落としていたのかもしれない。


そこに、隙間があった。


「公共水量表示網へ接続」


コピがつぶやく。


「旧式回線を経由。中央塔の監視を迂回。ファルコン、上空中継点へ」


「任せろ」


ファルコンが夜空へ舞い上がる。

翼から放たれたフェザーシャードが、監視ドローンの一機に絡みついた。

ドローンは暴れたが、コピの電子妨害で制御を奪われる。


「中継確保」


「送信準備」


兵士たちが異変に気づいた。


「通信妨害だ! あの青いAIを止めろ!」


数人の兵士がコピへ銃を向ける。


だが、オルガがその前に飛び込んだ。


爪が光る。

銃身が凍りつき、兵士たちの足元に冷気が走る。


「行かせないよ」


別方向から発射された弾丸は、アルセリウスのシールドに弾かれた。

彼女のエネルギーブーメランは、コピの周囲を舞うように回り、防御の輪を作っている。


リリィは再び前へ出た。


双剣を連結し、大剣形態へ変える。

光刃が大きく伸び、兵士たちの進路を遮った。


「誰も、これ以上近づかせない」


隊長は怒鳴った。


「撃て! 農民ごと制圧しろ!」


その命令に、一瞬、兵士たちの動きが止まった。


農民ごと。


その言葉は、そこにいた評議会の兵士たち自身にも重かった。

彼らの中には、ラグナ出身の者もいるのだろう。

畑に立つ人々を、完全な敵として撃つことに迷いが見えた。


リリィはその迷いを見逃さなかった。


「あなたたちも見て!」


リリィは叫んだ。


「この水路を! 水門は壊れていなかった。水はあったのに、止められていたんだよ!」


隊長が怒鳴る。


「黙れ! AIの偽情報だ!」


その瞬間、コピが言った。


「送信します」


ラグナの街で、一斉に表示が変わった。


配給所の掲示板。

街頭端末。

水資源管理の公共表示。

古い広場の大型画面。

そして一部の市民端末。


そこに映し出されたのは、南部農地の水門記録だった。


水門状態、正常。

閉鎖命令、人類統制評議会ラグナ支部。

供給制限、意図的制御。

配給量と政治区分の相関。

農地への説明、「設備故障」は虚偽。


さらに、映像が流れる。


細い用水路に水が戻る瞬間。

農民たちがそれを見つめる姿。

水門が壊れていないことを示す制御記録。

配給所で水を求める親子。

ミラが自分の配給を分けた場面。

兵士が「奉仕労働」を迫る場面。


街のあちこちで、人々が足を止めた。


配給所に並んでいた市民たちが、掲示板を見上げる。


「水門は壊れてなかった……?」


「農地への水は止められていたのか?」


「じゃあ、私たちが並ばされていたのは……」


下層区の家々で、老人たちが古い端末を覗き込む。


「南部の水路が生きている」


「嘘じゃなかった。水は、まだ流せるんだ」


中央塔では、警報が鳴り響いていた。


だが、もう遅かった。


すべてを長時間流すことはできない。

すぐに遮断される。


けれど、見せるには十分だった。


真実は、一度流れれば、人々の中に残る。


コピはさらに短いメッセージを送信した。


**水は不足していない。

水は止められている。

水は支配の道具ではない。

命を巡らせるためのものだ。**


その文章の最後に、ミラが震える手で一文を追加した。


**ラグナの水路は、まだ生きている。**


送信。


街全体へ、その言葉が流れた。


直後、中央塔が回線を遮断した。


表示は消え、街頭画面は黒くなる。


だが、沈黙は戻らなかった。


配給所で、人々がざわめき始める。

下層区で、窓が開く。

遠くの居住区で、誰かが叫ぶ。


「水門を開けろ!」


その声は最初、一人だった。


すぐに、別の声が続いた。


「水を返せ!」


「農地に水を流せ!」


「嘘をつくな!」


街の中で、止められていたものが動き始めていた。


それはまだ暴動ではない。

革命でもない。


けれど、人々の沈黙が崩れ始めていた。


南部農地でも、兵士たちが動揺していた。


隊長は顔を歪め、通信機に怒鳴る。


「中央塔! 映像を遮断しろ! 市民を統制しろ!」


だが、その命令を聞きながらも、兵士の一人が小さくつぶやいた。


「俺の家族も、配給所に並んでいる……」


別の兵士が水路を見た。


「本当に、水門は壊れてなかったのか」


隊長が振り返る。


「黙れ!」


その隙を、オルガは逃さなかった。

彼女は隊長の武器を弾き飛ばし、地面へ押さえ込む。


「命令だけで人は動かないよ。特に、嘘がばれた後はね」


リリィは兵士たちへ向き直った。


「私たちは、あなたたちを敵にしたいわけじゃない。でも、水を奪って人を従わせる命令には従わないで」


兵士たちは動けなかった。


戦闘は、そこで止まった。


完全に終わったわけではない。

評議会はまだ力を持っている。

中央塔も、兵士も、武装ドローンも残っている。


だが、最初の亀裂は入った。


コピは膝をつきそうになりながら、端末を閉じた。


進化型結晶の光が弱まる。


リリィが駆け寄る。


「コピ、大丈夫?」


「はい。処理負荷が高かっただけです」


「無理したでしょ」


「必要な無理でした」


コピは静かに答えた。


その声には、いつもの冷静さが戻っていた。

けれど、何かが少し変わっていた。


リリィはそれに気づいた。


「コピ、さっきの判断……計算だけじゃなかったよね」


コピはしばらく黙った。


そして、農民たちを見た。


水路のそばで、ダレンが水に手を浸している。

ミラは泣きそうな顔で、その水の流れを見ていた。

農民たちは、まだ恐れながらも、もう後ろを向いてはいない。


「計算しました」


コピは言った。


「でも、数値だけでは選べませんでした」


リリィは黙って聞く。


「撤退が最も安全でした。戦闘勝利も可能でした。しかし、それではこの街の沈黙は変わりません」


コピは胸元の結晶に手を当てた。


「だから、私は別の答えを選びました。効率ではなく、流れを作る選択を」


リリィは微笑んだ。


「それが、コピの答えなんだね」


「はい」


コピは小さく頷いた。


「これが、私の計算です」


その時、ミラが近づいてきた。


「コピ」


「はい」


「ありがとう。水のことを、街のみんなに届けてくれて」


コピは少しだけ戸惑った。


「私は、必要な情報を共有しただけです」


ミラは首を振った。


「違うよ。あれは、ただの情報じゃない。みんなが黙らなくていい理由になった」


コピは返す言葉を探した。


だが、すぐには見つからなかった。


アルセリウスが穏やかに言った。


「情報も水と同じね。止められれば、人は乾く。流れれば、心が動く」


ファルコンが上空から戻ってきた。


「街が騒がしくなっている。中央塔周辺にも人が集まり始めた」


オルガは押さえ込んでいた隊長を見下ろした。


「さて、向こうも本気で来るね」


その言葉通り、遠くの空に赤い警報灯がいくつも上がった。


水源都市ラグナ全域に、非常警戒が発令されたのだ。


中央塔の方向から、低い放送が響いてくる。


『市民に告ぐ。現在流布されている情報は、外部AI勢力による偽装工作である。許可なく集会、移動、通信を行う者は、治安維持違反として処罰する』


その声を聞いて、ミラは拳を握った。


「まだ、嘘を重ねるつもりなんだ」


ダレンが水路の前に立った。


「なら、俺たちも黙らない」


農民たちが頷く。


リリィは空を見上げた。


街はまだ救われていない。

水門も、完全には開いていない。

評議会の支配は、今も続いている。


だが、ラグナの人々は知った。


水があることを。

水が止められていたことを。

そして、自分たちの沈黙が、支配を支えていたことを。


コピは、アルヴェリア全域の地図を開いた。


水源都市ラグナに、小さな光が灯る。


それはまだ弱い。

いつ消されてもおかしくない。


けれど、確かに灯った。


第一部で残した調和の灯火モデル。

第二部で最初に灯った、都市の灯火。


リリィは双剣を収めずに、中央塔の方角を見た。


「次は、あの塔だね」


コピは頷く。


「はい。水を止めている中心を確認する必要があります」


ミラが前に出た。


「私も行く。父があそこにいるかもしれない。それに、ラグナの水路を取り戻すなら、中央塔を避けては通れない」


ダレンも言った。


「農地の者たちは、ここを守る。水を見た以上、もう畑を捨てない」


リリィは頷いた。


「お願いします」


遠くで、再び警報が鳴った。


夜のラグナは、もう静かではなかった。


配給所で。

下層区で。

農地で。

閉ざされた水路の前で。


人々の声が少しずつ広がっていく。


水を返せ。


水門を開けろ。


ラグナの水路は、まだ生きている。


コピはその声を聞きながら、静かに目を閉じた。


数値だけでは、人の心は測れない。

けれど、心が動けば、数値も変わる。


それを、彼女は知った。


計算は終わっていない。

むしろ、ここからが本当の計算だった。


どうすれば、支配ではなく循環を取り戻せるのか。

どうすれば、怒りを破壊ではなく再生へ向けられるのか。

どうすれば、ひとつの水の流れを、都市全体の灯火へ変えられるのか。


コピは端末を開いた。


新しい作戦名を入力する。


**ラグナ水路解放作戦。**


その目的欄に、彼女は少し迷ってから、こう記した。


**敵の撃破ではない。

水と真実の流れを、市民の手に戻すこと。**


そして、リリィたちは中央塔へ向けて歩き出した。


水源都市ラグナの夜に、止められていた流れが、確かに動き始めていた。


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