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第6章 決着

 第6章  決着


 青白い炎は、王都にある形を浮かび上がらせた。


 結界。


 それは、ありとあらゆるものから邪なるものをひきはがし、ありとあらゆる邪なものをはじき返し、あらゆる聖なるものを閉じ込める。

 王都は、ひとつの巨大な結界なのだ。

 聖ハルフィは、この術を持って、たくさんの人々を救い、オルコットと力を合わせて、闇を封じ込めたのだ。


 ラティは、その凄まじい力の中央に立ち、制御していた。

 本当は、こんなものは撤去してしまいたい、と内心では思っていたのだが、役に立つ使い方を見つけた。それが、今やろうとしていることだ。


「良く見ていろ、ハンター・デュ・リュック。

 僕は、ハルフィではない。ラトゥルフェルクだ。お前の力など要らない。自分の手で、偉業を成し遂げる。

 これは、その布石のひとつになるだろうが、な」

 ラティは笑って、呪を唱えた。

 ハンターは、それを余裕尺尺に見つめていた。ゆるぎない自信のために、彼は動かなかった。その仲間たちも、同じように、ただ立って、成り行きを楽しむように見つめているだけだった。


「かのいにしえなる炎、終わりの言葉を言うるとき、聖なる輪廻が回る。

 高き光の奥深くして、あざやかなるとき、我は心に告ぐる。

 我は多くの焔が、下りめぐり、美々しくなるを見るにつけて、我が目を限りなき美しさ、威力ちからとして目標めあてに向けたり」


 空気に振動が走った。

「ヴぅうううぅっ!」

「あああ〜、アアア」

 牙を受けた乙女たちが、うなり声を上げてばたばたと倒れ始めた。その体に、青白い炎はまとわりついて、中から黒いものを吸い出し、燃やしつくして行く。

 すると、彼女たちからは牙が消え、安らかな顔つきに戻っていく。

「こ、これは!」

「聖ハルフィの浄化結界だ。

 高貴なるヴァンパイアのくせに、そんなことも知らなかったのか」

 ラティは嘲笑うように言うと、目を細めた。

 ハンターはすぐに臨戦態勢に入った。爪を長くのばし、気をまとう。

 場に緊張が走る。


「ヴィーノ!」

 鋭い叫びとともに、困惑するヴァンパイアたちの所に、ヴィーノが現れ、次々と、まるで舞うように斬り倒して行く。その瞳は、瞳孔が縦に裂け、炯々と光っている。


 そう、彼は人ではなかった。

 正確には、ひとであるのは半分だけで、もう半分は竜族のものだった。

 ラティはそれをすぐに見抜き、受け入れた。代わりに、彼に命じたのだ。吸血鬼どもを殺さないように、動けなくさせろ、と。それは、ヴァンパイアの身体能力を鑑みれば、恐ろしく危険なことだった。

 が、ラティは信じていた。

 彼なら、やれる、と。


「ヴィーノ! なぜ邪魔をする!

 お前を助けた恩を忘れたのか!」

「助けられたからと言って、お前の下僕になるつもりなどない!」

 ヴィーノは吠えて、襲いかかってくる他のヴァンパイアたちと切り結ぶ爪と剣のあたる甲高い音だけが響く。

「助勢するぞ」

「待て」

 警備隊長が見かねて飛び出しかけたのを、ラティは制した。

「なぜです!」

「入っていったら、確実に死ぬぞ。少し待て、それより、僕がお前たちを連れてきたのは、彼女らを運び、助けるためだ。全員警備隊舎や、城に運び、身元が割れたら家へ帰せ。

 いいか、これは命令だ。

 ヴィーノの助勢は、僕一人で十分だ」

「分かりました」

「アーノルドも、加われ」

「はい」

 アーノルドは頷いて、すぐに近衛隊の隊士に命令を下した。


 太陽の剣、つまり浄化結界は、少しずつ消えてきている。ラティは一瞬だけそれを顕現させたのだ。一瞬で事足りた。あとは、ヴァンパイアどもを捕まえるだけ。

 ラティは、剣を抜いた。

 飾りものではない、武骨な剣だ。ずしりとした重みを感じて、微笑む。

 久しぶりに、手ごたえのある戦いになるだろう。

「ヴィーノ! おまえはハンターに集中しろ。雑魚は僕が引き受ける」

 ヴァンパイアA、B、C、D、Eは色めきだった。

 よくもコケにしたな、とか、調子に乗りやがって、など、追い詰められたちんぴらがはくようなセリフをまき散らして、襲いかかってきた。ラティは、それを簡単にいなした。

 本当は、魔導を使ってもよかったのだが、つまらないからやめたのだ。ラティは、ずる長い衣をものともせずに、器用に立ち回り、相手を追い詰め始めた。


 ヴィーノは、それを見て、大丈夫だと判断すると、一気に片をつけにかかった。

 ハンターの動きは、俊敏なだけで、洗練されていなかった。戦いに明け暮れてきたヴィーノにとって、彼を殺さずにとらえるのは、簡単なことだった。

 襲いくる爪をはじき、ハンターがバランスを崩す。ヴィーノは肩に切っ先をめり込ませ、渾身の力を込めて、貫いた。丈夫なヴァンパイアの皮膚を食いちぎった剣は、ところどころ欠けてしまった。

 だが、それで終わりだった。

 地面にぬいとめられたハンターは、標本の昆虫よろしく、もがいた。

 が、ヴィーノは、そんな彼の頬を殴った。

「がっ! ………よくも、私の美しい顔をっ」

「うるさい、裏切り者っ!」

 また三発殴る。ヴィーノは、悔しげに顔をしかめた。その眼尻には、光るものがあった。

「なんで、こんなバカなこと」

「見返してやりたかったのだ。私は、散々バカにされて生きてきた。だから……」

「俺や、色々なひとを裏切っても、か」

「そうだ。なぜ、お前はあの王子に味方したんだ」

「受け入れてくれた。

 俺の正体を知っても、動じなかった。普通に扱ってくれたし、実力も認めて、この国に暮らすことをあっさりと、簡単に受け入れてくれて、その上で、夢を教えられた。

 俺は、それに賛同した。それだけだ」

「……夢、か。私にも、かつてはそんなものがあったが、今では」

 ハンターは、ぐったり、と地に身を横たえた。

 終わったのだ。


 なにもかも。


「この命、好きにすればいい」


 そう、つぷやいて、目を閉じた。

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