表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/51

006 初めての大きな商談









「へぇ...結構栄えていますね」



 陽が沈むにはまだ高い位置にあるので、予定よりはずっと早い到着なのであろう。歩いての移動を考えれば2~3日分の距離を一気に稼いだ事になる。況してや石を売りながらならその倍だろう。そんな町の中心らしき人の多い商店街の一角にある店の裏手へと回った馬車はそこで止められた。チラリと見えた店の表には結構な人が出入りしていたので、それなりに繁盛しているのだろう事は予想が付く。間違っても盗賊の一味とかではなさそうだとホッとしていると、エスピーヌが裏口を開けて俺たちを中へと誘う。


「裏口からで悪いね。表からだと悪目立ちするからね」


 店内の方に向かって店長はいるか~と声を掛けつつ、廊下の途中にあるドアに手を掛けて開けるエスピーヌ。外では他の者たちが馬車で荷ほどきをしている。と言うか、何故まだサフランがシャイニーに纏わり付いてんだ?



「...なに?アンタ、私をこの()から引き離す気?いつまで一緒にいられるのか分からないのに?鬼ね」


「...」


 どうやらまだ離れる気は無いようだ。それにはシャイニーも苦笑いするしかない。仕事を放ったらかしにして何してんだか...。

そんな事を思っているとエスピーヌがテーブルの席を勧めてきたので、二人でそこに座る。


「ええっと...お二人とも、ここの支店長が同席するけど良いかな?」


「良いも何も、流石にここで駄目とは言えませんよ?」


「ま、そりゃそうか、悪いね。って、サフランはまだ暫くはそのままか。仕方ない。シャイニーさん、悪いけどお相手を頼めるかな?」


「え?あ、はい」


 それこそ駄目とは言えないよな、と苦笑いする俺とシャイニーだった。そこへ、ここの支店長らしき人が入ってくる。




「やあ、エスピーヌ。お待たせ。何やら大きな商談なんだって?...って、お相手はこの方々?」


 入って来たその人が俺たちの若さとサフランの様子に目を白黒させているのをエスピーヌが苦笑して返す。


「ああ、そうだよ。この商人の卵さんたちだ。それもとびっきりの。紹介しよう。ここの支店長のエム。こちらはトゥルース君とシャイニーさんだよ」


「エムです。よろしく」


「トゥルースです。よろしくお願いします」


「...シャイニーです」


 シャイニーはエムが入って来たとほぼ同時にフードを被ってしまい、若干サフランの機嫌が悪くなっていた。


「シャイニーちゃん。そんなの被んなくて良いよぅ。何か言うようならエムなんて私がノシちゃうからさぁ」


「...サフラン?今、何か不穏な言葉を発さなかった?」


 若干顔色を悪くしたエムが、顔を引き攣らせてサフランに抗議するが、サフランはどこ吹く風だ。そこはエスピーヌが宥めるが、相変わらずのシャイニーにサフランが業を煮やしたのかまたもやシャイニーをヘッドロックの刑に処するとシャイニーがもがき、その勢いでフードが捲れた。少し力を緩めたサフランだったが、顔がサフランの胸に埋もれ見えない事で諦めたのか、フードを被り直す事なくそのままの態勢で静かになるシャイニー。窒息した訳ではないと思いたい。その綺麗な金色の髪を梳く様に撫でるサフランの機嫌は漸く直ったようだ。シャイニー、大丈夫...だよな?

大きな溜め息を吐き気を取り直したエスピーヌが、俺の方へと視線を向ける。



「ああ、シャイニーさんには気の毒だけどあのままサフランの相手をお願いしておいて、私たちは商談を始めよう。では、早速で悪いけど石を見せて貰えないか。勿論全部でなくても良い。出来れば状態の良い石や大きな石を優先して見せて欲しいんだけど...」


 それに頷いた俺は、荷物の中から今まで出さなかった少し大きな小袋を取り出すと、白い布を広げてその上に順に並べていく。それを見たエムは赤い石?と首を傾げる。他にも赤い石は数種類あるが、そのどれもが大した値段は付かない。俺のような若い者が持つのはそんな安物の石だとでも思っているのだろう。だが、俺を連れてきたエスピーヌは出していく石に真剣な眼差しを向ける。その様子を見たエムは顔を顰め、断りを入れて石を一粒手に取って見入る。


「...なあ、エスピーヌ。私は夢を見ているのか?私にはこれがレッドナイトブルーの様な気がしてきたんだが...」


「いや、夢でも幻でもないし、気がするだけでもない。言っただろ?大きな商談だって。」


 どっしりと椅子の背もたれに体を預けるエスピーヌに対して、エスは若干手が震えていた。


「まさか...これ、みんな本物なのか!?」


「それは自分の目で確かめると良い。トゥルース君、暗幕を頼めるかい?」



 エスピーヌに頼まれた俺は黙って暗幕を取り出し組み立てると、それを差し出す。受け取ったエムはエスピーヌが頷くのを見やると、受け取った燭台と共に暗幕の中に首を突っ込んだ。そしてくぐもった唸り声が部屋に木霊する。


「...ふぅ。まさか三大変色石のひとつ、それもこれ程の数を拝める日が来るとは...。 この商談は是非とも成功させねば...とは言え、この量だとここでは全てを買い取れるか微妙なところかな?」


エムがそう唸るが、エスピーヌは腕を組んで眉間に皺を寄せていた。そしてチラリと目だけを動かし俺を睨むように見ると、口を開く。



「トゥルース君?君はまだ隠し持っているね?」


「...そうですね、屑石は敢えて出してません」


「いや。もっと良い石をだよ」


 俺の答えにエスピーヌがそう指摘すると、エムがええっ!?と驚く。


「...持っていたとして、ここで買って頂けるのですか?」


 そう俺が口にすると、エスピーヌは笑みを漏らす。


「ふふふふ。トゥルース君、君はもう立派な商人だよ。最大の武器を隠したまま、相手にそれを予感させて好条件を引き出そうとしている!それも分からない相手には一切それを見せる事もなく、ね。確かに、ここでは今出された石だけでも全てを買い取るのはキツいかも知れない。やはり王都までご同行頂く事になるね。頼めるかな?」


 下手に良い石を先に見せてしまうと、そちらにばかり目が行ってしまい現実的に買える石をよく見ないまま商談が纏まらないという事をこの一ヶ月で学んだので、石をランクを分けて4つの袋に別々に入れる事にしたのだ。そうする事でこのクラスの石ならもっと欲しい、とかもっと良い石は無いのか等の意見を拾い易くなる...が、今はまだ別の問題がある。



「...その前に、今出してる石がいくらに成るのか...。 それを知ってからでないと、このまま付いていくのが良いのかどうかすら判断出来ませんよ?」


「ははははは。確かに!うん、良いね君は!商人は商材と現金を交換して無事に帰して貰うまで油断してはならない、それが分かっている!そうだね、概算だけでこの店で全てを買い取るのを諦めた感はあるよ。君、田舎の中古物件程度の金額だって言ったけど、それって少な目に見積もってるよね?経験が浅いのを勘案してかな?君の場合は商材が特殊だから、もう少し強気でも良いと思うんだけどね。そうだね...先ずはこの店で販売出来る量を買い取る事にしよう。残りを王都の本店で買い取るってのはどうかな?値が気に食わなければ他の店に行って貰っても構わないよ?まあ、そうならない自信はあるけど。概算で合計金額が出せるって事は、ある程度の相場は把握してるんでしょ?」


 そうでなければそれ程の石を持たせて貰えない筈だしとエスピーヌは付け加え、エムに石の選択を促す。まあ、全部を一気に卸すなんて話は想定外だけど、一気に王都か...。 何かの時の為に屑石は少し残しておかねば...と思いつつ、ふとシャイニーが気になって見てみると、完全にサフランの胸の谷間の間でグロッキーになり大人しくあやして貰っている彼女がいた。ああ、サフランの言うように母親の温もりを知らずに厳しい環境で育ったシャイニーにはある意味、未知のご褒美的な体験か。言ってみればWin-Winの関係なのかも知れないな。死んだ魚のような目をしている様に見えるのはきっと気のせいだろう。



 暫くすると何粒か大きさの異なる石を選び出したエム。更に屑石を要求されたので幾つか出して選んで貰う。


「ふむ。この位であればこの店でも何年かで完売するだろう。かと言ってこれ以上の石はこの町では手に余るだろうから、それは本店で扱って貰えば良いと...そう何度もこの町に来ては貰えないのだろう?」


 エムの問いに、暫し黙考した後に頷く。過剰供給、安定供給になれば値崩れに成り兼ねない。不足気味の方がこちらには都合が良いのだ。なので同じ場所には来ても何年も後になってからの方が良い。今、こうしてこの石が渇望されているのは、他の売人が石が出回っていない遠方をターゲットに回っているからであろう。もしかしたら俺のような新人のテビューに合わせて近場での販売を控えてくれているのかも知れない...と考えて、まさかそこまでは考えてはいないだろうと結論付ける。たぶん近場で安く売るより、遠くで高く売りたいが為だろうと思う。

さて、後は金額だが...


「むう...なあ、エスピーヌ。実際のところ、この石が出回るのって記憶が確かなら約20年振りだったよな?その間に国外での値上がりに引き摺られて物価以上に値上がりしていた筈...この内容ならこの位と思うんだが...」


 そう言いながらテーブルの下で見えないように指を使って相談する。いや、それでは安過ぎる!しかし安く買える時に安く買わねば、だがそれでは二度と来て貰えなくなる、と押さえ気味の声にも熱が籠り丸聞こえだ。だが、その話はこちらに不利な流れでは無さそうだ。

これなら買い叩かれる事は無いかな?と思いつつ、次の言葉を待つ。



「トゥルース君。少し確認させて欲しい。ここに来るまでにどの大きさの石をどの位の量売って来たんだい?」


 エスピーヌが相談を一時中断して聞いてくる。その質問には正直に答えても問題無いだろう。これまではほぼ全て屑石を極少量づつ、路銀稼ぎ程度に売って歩いて来た事を伝える。


「...そうか。ならば、今並んでいる石はまだ出回っていないのだね?なら売価はこちらでコントロール出来る。勿論、本店での商談成立が前提だけどね。そう考えれば、やはりこの位は出さないと後々恥を掻くよ?ケチな奴だって。店の名前にも傷が付くから、私としては買い叩くのは止して欲しいね」


 エスピーヌが釘を刺すように言うが、中々発言力が強いなぁと感心する。普通ならもっと買い叩け!だろう。それがもっと出しておけ、だ。しかし、その普通でないアドバイスにエムは手を顎に当てて考え込む。


「ふむ、確かに。国外との買い取り価格の差が大きいと、骨を折ってでも遠くへ行った方がマシだと思われてしまうか。売人が少ないのは値崩れを防ぐ為でもあるだろうし...ここで良好な関係を築いて再びの商談の可能性を残したいところだしな。トゥルース君。村を出る際に王都を目指す事を言われたのかな?」



「いえ。東にあるアーバストって町や周辺には近付くなと言われただけです」


「...そうか。やはり何か問題があれば二度と卸して貰えなくなるか」


 俺の答えにそう漏らしたエスピーヌはエムと再び相談すると、結論が出たのか紙切れに金額を書き出して俺の方に差し出した。そこには......









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『近所に勇者が引っ越してきたようです(仮)』
~2017.12.28 完結しました。

お時間がありましたら、合わせてご覧ください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ