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005 暴走気味なサフラン









「脱線が過ぎたね。緊張はもう解けているみたいだし、話を戻して良いかい?」

「む。エスピーヌ、ちょっと私に対して扱いが悪くないかい? 私は本気だよ? こんな弱々しい()が親の温もりを知らずに育ったんだろうと簡単に想像できる状況でじっとはしてらんない事くらいエスピーヌなら分かるだろう?」


 そう言って再度シャイニーを抱きしめるサフランに、エスピーヌは諦めたようにシャイニーに向く。


「あ~、シャイニーさん。悪いけど、暫くの間で良いからそうしておいて貰っても良いかな。嫌なら無理してでも部屋から追い出すから」

「エスピーヌ。流石にこの娘が嫌って言えば私も諦めるぞ?」


 むすっとするサフランに、ぷっと思わず噴き出した。そしてシャイニーはと言うと……


「あ、あの。サフランさんの子になるってのはちょっと…… でも、暫くならこのままでいてくれても…… とても暖かいし、トクトクと音が聞こえてきて心地良いから……」

「はうっ!! 可愛いわね、この娘はっ!! ん~ギュッとしちゃう!!」


 これまでの男勝りな面がどこかへ吹き飛び、母性本能剥き出しの女性の姿がそこにはあった。そしてその攻撃(ヘッドロック)を受けたシャイニーは、どうやらその豊満な胸に顔が埋まって窒息寸前なのか、サフランの腕をパンパンと叩きギブアップのゼスチャーをする。慌ててシャイニーを一旦引き剥がすと、顔を真っ赤にしたシャイニーがゼイゼイと肩で息をするが、どこか嬉しそうだ。そう言えばこんなシャイニーは見た事が無かったな、と思わず顔を緩めるのだった。



「はあ…… 中々話が進まないけど、今度こそ進めよう。今日売った物と同程度の商材はまだあるかい? あれば先ずはそれから見せてくれないかい」


 エスピーヌに言われ、白い布を広げた後に小袋を取り出すと、中から屑石を数粒そこに並べる。


「赤い石…… もしかしてこれは。ちょっと手に取って見ても良いかい?」


 そう断りを入れると、自分のバッグからルーペのようなものと白い手袋を取り出し、手にそれを嵌めて石をひとつ摘まみ取った。防犯の為だろう高い位置にある窓からの陽の光に翳したり、ルーペで覗きこんだりした後、こちらに顔を向けるエスピーヌ。


「……もしかして暗幕を持ち歩いていたりは?」

「ああ。何なら蝋燭も」


 そう言いつつそれらを取り出し暗幕の箱を作り出すと、エスピーヌはすかさずその中に顔を突っ込む。暫くして出てきたエスピーヌの顔は今まで見せていた顔とは全く別の物だった。


「失礼だが、お名前をもう一度……フルネームで頂けるかな」


「……トゥルース・バレット」


「そうか……まさかとは思ったけど、バレット村の出身者か。それなら納得だ。トゥルース君、この石はレッドナイトブルーで間違いないね。この石を言い値で買おう。いや、これから王都へ行こうとしてるんだったね。じゃあ、もっと良い石も持ってたりする? それも見せて貰えないだろうか。いや、それだと手持ちではとても足りなくなるか。そうだな……ここから馬車で半日いった所の町に支店がある。そこであればそれなりの金額が払えるだろう。どうだね、一緒に付いて来ては貰えないかい? 夕食や宿はこちらで手配するから心配はいらないし、護衛もこうして付いているから、二人での旅よりずっと安全だよ?」


 どうだい!?と突然人が変わったように言い寄る姿に、シャイニーを愛でていたサフランも驚きの目を向けていたが、石の名前を反芻すると更に目を剥いて驚きの声を出す。


「なんだって!? レッドナイトブルーって三大変色石のひとつじゃないかい! それは本当なのかい!?」


 シャイニーを優しく包んでいた腕を解いてエスピーヌの元に移動するサフランに、シャイニーが少し残念そうな表情を溢す。


「……これがそうなのかい? 私にも見せて貰っても?」


 どうせならと思ってもう少し大きな石を取り出すと、サフランに手渡した。受け取ったサフランは、光に(かざ)してその色合いを確認した後、蝋燭の灯っている暗幕の中に頭を突っ込む。すると、中から驚嘆の声がくぐもって聞こえてきた。


「……本店には展示品があるって聞いた事はあるけど、興味がなかったから現物は初めて見たよ。こんな石をこんな子たちが持っているってのも驚きだね。二人とも一緒に行こう! 二人だけでは危なっかしいよ。私たちが守ってあげるから!」



 鼻息荒くそう言ってくるサフランに怖じ気付きつつ、シャイニーの方を見るとそう嫌な顔は見せていない。どの程度買い取って貰えるのかも分からないが、ある程度売れるのであればそれも良いかと思う。王都まで行ってみたくはあったが、それは絶対でもない。全て売れてしまうのであれば、一度村に戻って石を仕入れて来なくてはいけないから、近い方が都合も良い。

そんな事を一巡した後、その誘いに合意する。一瞬、安易過ぎかな?とも思ったが、自分の勘ではこの人たちは悪い人ではないと思うし、この石が何なのかを言い当てて見せたので、ある程度石には精通していそうだというのは分かるから、商会の人間ってのも嘘ではないと思う。


「因みに今出した石より大きな物もあるのかい?」


 その問いに頷くと、エスピーヌは手で顔を覆った。


「やっぱり。うん。手持ちのお金では全然足りないのは確定。是非ともご同行頂きたいね。悪いようにはしない。寧ろどこよりも良い数字を出せると思うよ? それは保証できる。ここ十数年はレッドナイトブルーは国内に出回っていなかったからね。どうやら売人が皆国外に出ているみたいだし」


 そう言うとドカッと椅子にもたれ掛かるエスピーヌ。俺もたぶん売人が国内にいないんじゃないかとは思っていたが、こんなところで答え合わせが出来るとは思っていなかった。




 その後その部屋を出た俺たちは、エスピーヌたちの馬車に乗って南西へと進む。馬車にはエスピーヌ、サフラン、俺、シャイニーと、他に護衛二人の全六人、もう一方の馬車には他の三人が乗り込む。アンバランスに思うが、積み荷の重要性に差があるので当然の処置だろうが、もうひとつ理由があった。それは……


「あ、あの~サフランさん。ここじゃ無いと駄目ですか?」


シャイニーがサフランに後ろからガッシリと抱き付かれ、肩に顎を乗せられている。そんなシャイニーは、一応抗議はしているのだが、どこか嬉しそうである。

あれ、ラブラブなカップルの何者でもないよな~と横目で見るが、それは男女であればの話だ。一部からは百合百合しい~!と鼻血が噴出するに違いない。

良いから、良いから!とサフランに宥められているシャイニーを、どこか気の毒そうな顔で見やるお仲間さんたち。どうやらこういった光景は初めてではないようだ。そんな役に立ちそうもない護衛のリーダーを放って自分たちは仕事に専念している。聞けば普段は自分を犠牲に仲間たちを休ませているから、珠には和んで貰う時間を作ってあげたいと、見て見ぬふりをしてくれているそうだ。中々良い関係に少し和みつつ、隣に座るエスピーヌとの会話に戻る。


「実際のところ、石はどのくらい持ってるんだい?」

「そうだな……ざっと計算してみたところ、中古の家一軒が買えるくらいかな?」

「へえ。それは地方で? それとも王都で?」

「王都なんてまさか。地方の安い物件での話」


 そうエスピーヌの質問に返していると、少しエスピーヌの顔が歪んだ。



「……トゥルース君。今更だけど、その口調は必要無いよ? いちいち心の中と違う言葉を聞くのはこちらも疲れるからね」

「……はぁ、それもバレバレですか。すみません、今まで失礼な言葉遣いをして」


 それまでの口調から、普段シャイニーと話しているリラックスしている時とも違う、少し畏まった口調に変える俺。相手が敬うべきうんと歳上の商談相手だから、本来あるべき姿なのかも知れない。今更だけど。それにこの口調の方が俺も楽だし。


「ああ、それはもう良いよ。これからもその調子で良いと思うよ? まあ、敬意を払わなくても良い奴らにはその必要はないけどね。それにしても家一軒分か…… それをポンと渡すって中々出来ないよね?」

「いや、これ以上の支援は一切無いと宣告されましたし、既に村には俺の居所はありません。それに石の原価的にはもっと安いんで……」


 暗に俺が村を追い出された身である事を示したのだが…… しかし、エスピーヌはそれを気に掛けることはしなかった。


「それでも、だよ。普通に売ればお金に変わる物だし、もっと少ない量でも無いよりは遥かにましだよ。世の中、無一文で追い出される者もまだまだ多いと言うのに、ね」


 そう言ってエスピーヌはシャイニーの方を見やる。そこでは後ろのサフランが何やらシャイニーの耳元で囁き、シャイニーが顔を真っ赤にしてぽかぽかとエスピーヌの顔を叩いているが、全く攻撃になっていないようだ。

確かにシャイニーはほぼ無一文、着の身着のままで追い出されていた。それを考えればこうして宿に泊まれ、飯にありつけ、衣類を買い足す事も出来る。それだけでも有り難いと思わざるを得ない。


「でも……家一軒分か…… これは支店決裁で済ます話じゃないかも知れないよ? 石を見てからだけど、もしかしたら王都まで足を運んで貰わなくてはいけないかも。全部とは言わないまでも、良い方の石は確保したいからね。うち以外の店でそんな物が並んだら、王宮御用達の看板に泥が付いちゃうから」

「いや、あくまでも試算で田舎の中古物件程度の金額ですよ? それにどちらかと言えば屑石の方が多いですし……」


 路銀稼ぎに都合が良いように、小さな屑石を多目に持たせてくれたので、片田舎の店でも困らない程度には買い取って貰えた。代わりに大きめの石は極少量だし、大きめと言っても無理をすれば庶民にも手の届く程度の物だ。あまり期待させ過ぎてもいけないと、思案しだすエスピーヌに慌てて釘を刺す。


「ははははは。分かってるよ。本当に良質な石が混じってれば、卸値でもそれ一個で中古物件程の値が付くって分かっているから。そんな石を初めての旅の者にポンと渡すなんて事は考えられないよ。まあ、中には一個で王都に豪邸が建つ程の物もあるみたいだけど、流石にそんな石は数十年にひとつ出るかどうか。それを扱えるのは一番腕の良い売人だろうね」


 笑いながら答えるエスピーヌ。どうやら俺の慌てっぷりが面白かったようだ。それにしても王都に豪邸が建つ程の石か…… 話には聞いたことがあるけど、実際のところそれが本当かどうかすら俺には分からない。一度くらい目にはしてみたい物だが……

そんな事を考えていると、エスピーヌが質問を続けてきた。



「そう言えば、あの暗幕の箱は便利だね。あれはみんな使ってるのかな?」


「ああ、あれは俺が何年か前に自分で作った物で……家に転がっていた石を見るのにいちいち暗幕を被って自分が暗室になるのが煩わしくなったから、机の上で落ち着いて見られるようにと色々試してあの形に……」


「へぇ、自作かい? あれは中々良いよね。組立ても素早く出来るし……何か応用できそうだよね」


そうエスピーヌが呟くと何やら思案を始め出す。成る程こんなところも商売人らしいと感心する。人のアイディアを吸収しようとするのが早い。物思いに耽ったエスピーヌから視線を逸らしてシャイニーの方を見ると、何やら真剣な顔をしながらサフランの話を聞き入って頷いている。一体何を話しているのか気になって近付こうとしたら、それに気付いた二人に睨まれた。え? 何? 聞かれちゃ拙い事? 少し恐怖を感じながら元に戻るが、シャイニーのいろんな顔が見れてちょっとだけホッコリとした。俺とだとあんな顔は今までした事なかったよな。うん、この人たちに付いて来て正解だったかも。


 そんな風に思いを巡らせている内に、何事も無く目的の町が見えてきたようだ。









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『近所に勇者が引っ越してきたようです(仮)』
~2017.12.28 完結しました。

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