1022 非日常なる日常
「へぇ、真実の母親か...会ってみたいな」
「その話通りだと、相当癖の強いおばさんみたいだよな~」
「あ~、ワタシは良いわ。何か面倒臭そうだし」
智下の話を聞いた三人。
早い時間にゲリラ豪雨に見舞われた陸上部の三人が予定より早く家に来た。テスト明けという事で大半が午前中も自主練していたらしく、布田や和田野は多少不満顔ではあったが智樹は満足しているようだ。ダラダラと続けるのは良くないしな。
智樹は俺の母さんに興味津々、布田は興味は薄そうで、和田野は嫌悪感を隠さない。三者三様だ。
「で?昼は何を作ったんだ?真実の事だから外食には行かなかったんだろ?」
「ああ、ちょっとパスタをな。ナポリタンをイチから作ったのは初めてで、上手く作れたと思うんだけど...」
「けど?何だ、美味しくなかったんか?」
俺が歯切れ悪く答えると、智樹は智下や黒生の様子も伺った上で首を傾げる。二人も微妙な顔をしていたからだ。
「いや、美味しかったんだと思う」
「ん?思う?何か変な言い回しだな。まるで人から聞いた感想みたいじゃないか」
「ああ、そう母さんが言ってたから。俺たちも食ったんだけど、味わうどころじゃなかったんだよ」
俺がそう答えると、智下も黒生も同じだったようで、ウンウンと頷く。
「...言いたい事は分かるけど、そんなにも怖いのか?真実の母親は」
「怖いって言うか、威圧感が凄いのよね。反論を許さないって雰囲気がプンプンしたわ」
「...ん。でも...良い人」
あれ?智下は想像通りの反応だけど、黒生は母さん大丈夫なんだ。ちょっと意外だな。
「ええっ!?何で?光輝、どこを見てたの?何処が良い人なの?」
「...ん。何となく?でも、たぶん良い人で間違い無いと思うよ?ね、真実くん?」
いやちょっと、黒生さんや。曲がりなりにも俺の母さんなので、悪く言わないのはちょっと嬉しいけどさ。その自信は何処から?俺でもそこまでは言い切れないぞ?
そう考えながら陸上部の三人を見れば、布田と和田野は智下か黒生の話どちらを信じたら良いのか戸惑いつつも、当初よりは興味を持ったようだ。いや、会わない方が良いと思うぞ?
対して智樹は、ほぅ、と黒生を見やる。智樹は黒生の意見で興味を深めたみたいだが、会わない方が良いと思うぞ?ああ、何度でも言うぞ、会わない方が良いと思うぞ?
「それにしても、前にも思ったけどチゲもクロも休みの日はホント別人に見えるな。マサが最初そう言った時は、何を馬鹿なと思ったけど...髪型でこうも印象が変わるとは...」
「何?それってワタシがブスだって言ってるの?それともアヤノやキラリのようにお洒落じゃないと?」
「ん?別に?そんな事1ミリも思った事なんて無いぞ?ワタはどこ行ってもワタとしか思えんし」
「ムキー!それってワタシが何しても可愛くないって言ってるようなものじゃんっ!!」
わ~、また始まった。この二人はいつでもどこでもこうして口論する。してないのは布田が寝ている時か二人とも走っている時くらいじゃないのかな。
「...や、やめて、二人とも。ウチの髪は、ただ結んでないだけだから。ほら、結んだらいつも通りでしょ?」
「お?おぉ...分かったよ、クロ」
「分かった、分かったから。そんな事しなくても良いから、キラリ」
アワアワとする布田と和多野。どうも二人は黒生に弱いな。まぁ、俺たち三人は市立第二小学校出身で、一小出身の黒生の小学校時代を知らないから仕方ない。
中学では小学校には無かった髪の毛の長さの指定があり、それより長く伸ばしている女子は指定の結び方で纏めなければならない。とは言え、それを忠実に守っている者は少なかったが、黒生はその数少ない一部の者たちの一人だった。
だからでも無いが、普段二つ結びの姿しか知らなかった俺たちは髪を下ろしている黒生が別人に見えるのだ。しかも普段喋らない黒生が自分たちの言い争いを止めようとするのを無視など出来よう筈はなかった。
「さてと。折角光輝が静めてくれたんだから、さっさと本題に入ろうよ。みんな行きたい所の候補は考えて来た?」
布田と和田野が大人しくなったのを見計らって、智下が音頭を取る。本来の目的である、修学旅行の自由行動の計画を立てる為だ。
みんながそれぞれ希望を上げていく...のだが。
「おいおい、奈良の大仏さんって、誰だよ。これ、東大寺の事だろ?元々全員行く予定になってるのに...二度も行くつもりか?」
「えっ!?そうなの?そうならそうって早く教えてよ!」
「何だ、犯人はワタか。そんな基本的な事が分からなかったのか?」
「うっさいわね!他に思い浮かばなかったんだから仕方ないでしょ!」
あ~、思い付きで書いたのか。と言うか、しおりを読んでないのがバレバレだな。布田がいつものように和多野に絡もうとしたが、智樹が絶妙なタイミングでそれを止めた。
「まあまあ、和田野。京都の方で挽回すれば良いから。で?この飛び降りの名所って書いたの誰だ?一体何処へ行こうとしてるんだ?」
「あ、それ、おれだ。ほら、崖?の上に建ってて建物が浮いてる奴。踊る所のような名前じゃなかったかな?何て名前だったか忘れてさ」
は?何だそのナゾナゾは。布田は断崖絶壁の崖から誰かを突き落とそうとでも言うのか?そんなサスペンスを起こす訳にはいかないぞ?
そんな事を考えていると、首を傾げていた黒生がおずおずと聞いてきた。
「...もしかして...清水寺?」
「おう、クロ。たぶんそれだ!キヨミズの舞台から飛び降りる...だったっけ?」
「おいおい、祐二。清水寺は京都だぞ?それに清水寺も全員行く予定になってる。お前もしおりを読んでないのか?」
「えっ?そうなのか?どれ?おれ、そんなの見つけられなかったぞ?」
「見つけられなかったって...清水寺の名前を度忘れしときながらよく言うよ。ほら、これ...」
「は?これって...セイスイジじゃないのか?綺麗な水でも湧いている寺なのかと思ってたんだけど...」
「ぶはっ!セイスイジって何?何処のお寺よ!?」
「なっ!ワタ、てめぇ!」
「何よ!アンタだって人の事言えないじゃない!」
あ~、また始まった。どちらも人の事は言えないのにな。呆れ返る俺たちだったが、一人だけそれを好としなかった。
「...二人とも、やめて?仲良く、ね?」
「「...はぃ」」
黒生の懇願に負ける布田と和田野。
これ、定番のパターンになりそうだな。
「でもさ、何で奈良から決めようとしたのさ」
「ん?真実、分からないか?奈良は東大寺が起点で時間も多そうだけど、それでも周辺しか回れないだろう。だから行き先は限られるんだよ。直ぐ決まる方を優先した方が後が楽だろ?」
俺の疑問に智樹が答える。成る程、確かに簡単に決まりそうな方を後回しにすると、疲れて考えが纏まらなくなる恐れもあるか。なら素直に決めてしまった方が良いな。
この後、三日目の奈良は学校側の提案ルートである春日大社、そして若草山で弁当を食べる事にした。9月なので旅行シーズンからは外れているだろうが、うちの学校や一般客で良い時間帯は奈良公園周辺の弁当を広げられるところは軒並み満席になるだろうと予想して、だ。希望する班は学校手配の食堂で昼食が用意されるが、それを利用する班はほぼ皆無だった。
そして二日目の京都は智下の強い希望で伏見稲荷に行く事が決まり、清水寺を始点に五条坂を通って豊国神社、三十三間堂に立ち寄ってから電車で行く事になった。二日目は比較的時間が長めに取られているので、ちょっと足を延ばしたり●●体験に参加したりが出来る。
勿論遊びではなく学習の一環なので、それから外れた事は却下となり考え直さなくてはいけない。そして時間配分もきちんと考えなくてはいけない。あっちもこっちもと欲張ると、混雑等思い掛けない事で全部を回れなくなってしまう。目的地に辿り着いたは良いが何も見ずにとんぼ返りという事もあれば、あまり遅いと晩飯抜きにされかねない。なので皆、余裕を持って計画を立てようとするのだが、今回に限っては何故か智下が張り切ってあちこち行きたがったので、何か一つだけと制限した結果だ。特に三日目の奈良はその後学校に帰るので、遅刻は厳禁なのだから学校側の提案から思いっきり外れるのは避けた方が無難との判断で智下案は全て却下だ。
何やら聖地巡礼の計画がぁぁぁぁ!と智下が一人唸っていたけど、みんなそれを無視していたので俺もそれに倣う事にした。触れてはいけないらしい。黒生も声を掛けようとして智樹に止められていた。
何だかんだで暗くなる前に決められた事は良かったと言える。最悪、明日も集まる話が出ていたのだから。そうなればまた機嫌を悪くした布田と和多野の夫婦漫才(?)に黒生が付き合わされるのを俺たちは見る事になったであろうが、何と言うかあれは疲れる、精神的に。
さて、明日はどうしよう。
智下と黒生はたぶん午前中は道場だろう。師範に勧められた事もあるから、これからも週末は道場通いになるのであろう。もしかしたら夏休みも...。俺も夏休み中は気分が乗れば曜日に関係なく道場に通うつもりなので、もしかしたら会うかも知れないな。
思わぬ道場仲間が出来たものだ。
陸上部の三人は夏休みに入ったら中学最後の大会が始まる。三人とも地方大会は余裕で突破できるだろうと智樹に聞いているから、大会の日に空いていれば応援に行っても良いかな?あまり遠いと電車代が掛かるから行かないかも知れないけど、地方大会なら市内だって言ってたから自転車圏内だしな。うん、そうしよう。
大会でどこまで残れるのかは分からないけど、三人とも良い所まで進むと良いな。
それにしても、まさか俺の家にみんなが来るようになるとはな。学校からも遠くなくみんな大幅な遠回りにならなずに済むからと言う理由なんだけど、今まで友達が家に来るなんて考えられなかった。しかも女子が来るなんて...
そして夏休みも勉強会をする事を智下から提案されて智樹が賛同して、陸上部の大会が終わった後は六人がまた集まる事になった。
こんな事、三年生になるまで...いや、つい二週間前まで考えも付かなかったよ。たぶん俺の一生分の幸運が今、使いきられようとしているのかも知れないな。俺の将来はどうなるんだろうな。いや、夢の中の話も絡むし、俺の将来は俺でなくなっているのかも知れない。そう考えるとちょっと怖くなるけど、俺は今を精一杯生きて行くしかない。
そう考えながら、帰って行くクラスメイト五人を見送る。布田と和多野は元から自転車通学なので颯爽と漕いで帰って行った。智下と黒生も今日は道場に自転車で行っていたが、智樹と一緒に帰るのか自転車を牽いて歩いて行く。うん、まだ明るいとは言え、もうすぐ暗くなってくるから一人で帰るのは危ないからな。ちゃんと今日、道場で習った事を実践しているじゃないか。話によると、近い順に智下、黒生、智樹の家の順だという事なので、智樹に任せておけば大丈夫だろう。
さて、みんな帰った事だし、家の中の家事が今日はまだ何も済んでいないからさっさと片付けてしまおう。掃除洗濯が終わったら、黒生から習った料理のおさらいを兼ねて晩飯を作ろう。勿論、冷凍分も。
俺は静まり返った家の中に入ると、遅ればせながらいつもの週末のルーティーンを始めるのだった。
第一部 完
第二部に続く
カスブレ第一部を長らくお読みいただき、ありがとうございました。
続きは
カースブレイカー ~ 俺の夢は夢なんかじゃない! ような気がする! ~ (第二部 少年受難編 旧Bi-World) にてどうぞ。
よろしくお願いします。




