003 昼食中の再会
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「あ~。やっぱこの店は大当たりだったな。どれも美味いや」
少し早い時間だったが、王都へ向かう前に腹ごしらえしようと感じ良さそうな飲食店に入った。そこで出された日替りランチは量も味も申し分無かった。トマトベースのソースがかかった豚肉をメインに、色とりどりの新鮮な野菜を使ったサラダ、玉ねぎや人参がトロトロになるほど煮込まれ胡椒がピリッと効きながらも奥深い味のコンソメスープに大きくて柔らかなパン。申し訳程度だがデザートに小さく切られた果物の盛り付けが付いてくるのが嬉しい。今日の宿の朝食とは大違いだ。
普段少食のシャイニーも、今朝の朝食は少なかったのか珍しく完食しそうな感じで美味しそうに食べている。いつもなら早々に残すのは勿体無いからと少なくない量をこちらに取り分けて来るのだが、今日はそれがない。うん、いつもは食べる量が少なすぎるからこれは良い事だ、とその様子を見ながら食べている間に昼時になったのか、気が付くと店内がほぼ満席になっていた。うん、これだけの味を出せるのだから、たぶん地元でも人気の店なんだろう。俺の店を見る目は確かだったのだ、いつもは外してるけど。
とその時、外が少し騒がしくなった。
「済まないがオヤジさん、表に馬車を2台止めさせてもらうよ。それと6人だけど座れるかな?」
「あ、済みません。今空いているのは4人掛けの席だけでして……。 相席でも宜しいでしょうか?」
「ああ、そうか。それは仕方ないね、少し出遅れたようだからね。ええっと、そこのお二人さん。相席をお願いしたいのだが宜しいですか?」
入ってきた集団を食べながら何気なく見ていたら、そのリーダーらしき40歳くらいの男が声を掛けてきた。あ、どうぞ。そう言いながら二人で奥へ詰めると、その人と護衛らしき20台半ばくらいの女の人がお礼を言いながら横に座った。ランチを7つ注文し、1食は外で馬車の見張りをしている者に持って行って貰うように頼むと、こちらに話し掛けてきた。
「また会ったね、お二人さん。どうやら商談は上手くいったみたいだね」
えっ?と、その顔をよく見ると、今朝宿の食堂の入口で様子を見ていた商隊のリーダーだった。たったあれだけでよく分かるな、と思ったが、こちらには屋内でもフードを取らないシャイニーがいるから直ぐに気が付くか、と何となく納得した。
「今朝の宿の朝食はどうだった?美味しかった?」
そう聞いてくるその人に、今朝の朝食を思い出して顔を顰める。
「……あれは誰が食べても美味しいとは言えないだろ。固くて噛みちぎれないパンに、具が少なく味の薄いスープ。量も少なかったし…… ここと比べたら月とスッポンだ。いや比べる事自体、この店に失礼だな」
そう愚痴るように返すと、意外にも護衛の女の人が、えっ?と驚いたような表情を向けて首を傾げる。
「ああ、やっぱりか。今朝の朝食は私たちにはここのランチのような大きくて柔らかいパンに具だくさんの美味しいスープ、そしてサラダが出されたよ。そして君たちには古くなった小さくて堅いパンと湯で薄められたスープだけが出された、と」
「ああ? マジか!? あの宿、そんな事をしていたのか。そりゃエスピーヌの言うように次は利用しないようにしないとな。私たちもいつそんなもん食わされるか分かったもんじゃねぇな」
女の人が眉を顰めて宿の方を見やりながら声を荒げる。どうやら俺たちは歓迎されてなかったようだ。
「あの宿は部屋の大きさ以外にはサービスに差は無かった筈なんだけど、先代が倒れて息子夫婦が継いでから少しづつおかしくなって来てるんだよ。先代の頃から世話になっていたから、代が代わった頃は色々と助言したものだったけど……いよいよ見切りを付ける時かな?」
少し寂しそうに言う商隊長が、ああそう言えば!と思い出したようにこちらを向く。
「申し遅れた。私はザール商会のエスピーヌ。この商隊のリーダーだよ。そしてこっちは護衛の……」
「護衛のリーダー、サフランだ。よろしく」
「あ、俺はトゥルース。こっちはシャイニーだ。ちょっとした商材を売りながら旅を始めたばかりだ」
そう二人に自己紹介を返すと、エスピーヌがウンウンと頷く。
「トゥルース君とシャイニーさんだね。旅を始めたばかりという事は商人の卵だね、覚えておこう。それで商材は何かな?私たちの商会は結構手広く扱っているから、もし良い商材であれば是非とも紹介して欲しいのだけどね。あ~、ちょっと待って。当ててみよう。そうだね……」
そう言って手を顎に当てると俺の服装を見た後、荷物を見やる。
「う~ん、服装はこちらの方では一般的な格好で、これと言った特徴は無し。荷物は旅をしていると言う割には少ないね。商材が入っているとは思えない位だ。そこから推察するに……もしかして宝石関係?」
エスピーヌが難しい顔をしながら、そう告げる。当然、俺もシャイニーも言い当てられて吃驚した顔を曝してしまう。が、そのやり取りを見ていたサフランが、プッと噴き出した。
「ふはははははは! そりゃ芝居が過ぎるぞ、エスピーヌ。推察って程、大層なもんでもないだろうに!」
ひぃひぃと出されていたスープの皿に手にしたスプーンを置いて腹を抱えるだけで飽き足らず、膝に手を打って笑う。突然笑い出したサフランに、俺もシャイニーも何が起きたのか分からず顔を見合わせ首を傾げる。
「ひぃひぃ、ふう。あ~、悪い悪い。あんたらには訳が分からんだろうがな、見てたんだよ。今朝南にある宝石屋から出てきて直ぐそこの宝石屋の方へ歩いて行くあんたらを。ちょうど荷を降ろして次の所へ荷を受け取りに移動している時に見掛けたんでな。宝石を買いに行くには若過ぎて不相応だと思ってたから、商材を売りながらって聞いてピンと来たんだろ。違うか? エスピーヌ」
「……サフラン。種明かししちゃ面白くないじゃないか。だけど、まあそんなところ。間違ってた?」
エスピーヌが苦笑いしながら、ごめんごめんと頭を掻く。成る程、見られていたのなら納得だ。
「それでその様子だとこの町での商売は上手くいったようだけど、そこの店だよね。あの店主を相手にしたの?」
「いや、途中まではそうだったんだけど、話にならなくてね。見兼ねた奥さんが話を付けてくれた」
「ああ、あのご婦人……シービスと言ったかな? あのご婦人は話が分かる。それに対して主人のバービルはみみっちいから。次があれば主人ではなくご婦人に直接話をした方が良いよ」
切り分けた肉に舌鼓を打ちながらそうアドバイスしてくれるが、次があるのかはまだ分からない。自分にこの仕事が合っているのか、その見極めの旅でもあるのだ。
「ところでどうだろう、本気で君の扱う宝石を見せて貰えないだろうか。ウチはそれこそおむつから棺桶まで、食材から家財、宝石も扱っているから、それなりに見る目はあるつもりだ。こんな出会いの為にも、ある程度の裁量を任されている。王都にも店があるから、態々王都まで足を延ばさなくても良くなるかもね。とは言え、想定を越えるほどの宝石を持っていたとすれば手持ちの問題もあるから、兎に角一度見ての判断になるだろうけどね」
もちろん無理にとは言わないよ、とエスピーヌは柔らかなパンを齧りながら言う。
「いや、見せるのは良いけど……ここで?」
「ああ、それなら……オヤジさん! 後で少し奥の部屋を貸して貰えないかな?」
エスピーヌが少し大きな声で言うと、厨房の奥からあいよ~と返事が聞こえる。
「ここはこの町に来るといつも使っててね。時々商談に部屋を使わせて貰うんだ。所謂裏メニューって奴だね」
裏メニューの意味が少し違うようだが、そういう融通を利かせてくれる店だと言う認識で間違いは無さそうだ。それにしてもこの二人、シャイニーの顔には一切触れて来ない。今までここまで触れずにいてくれる人たちはいなかったので、少し心地よさを味わいつつデザートの果物盛り付けを口にするのだった。
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