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1020 通い始める二人



「お。来たな。」


 先々週の失敗の反省がてら投げ技の復習を師範相手にしていると、入口から覗き込む二つの顔。二週間前から顔馴染みとなった同級生(クラスメイト)の二人だ。

その二週間前の出来事を切っ掛けに、俺の通うこの護身術の道場に通う事になった。先週はテスト週間だったから、今日が初日だ。


「よ、よろしくお願いします」「お願いします」あ

「説明はもう受けているな?じゃあ、早速稽古に入るか?それとも座学からにするか?まあ稽古と言っても基礎からだし、どのくらい動けるのかを見ておきたいから、動き易い格好に着替えても良いぞ?」


 師範はそう言うけど、どう見ても既に動き易そうな格好だ。当然このままの格好で良いと返答がある。着替えの入っていそうな鞄を更衣室の空いたロッカーに入れると直ぐに二人とも師範の説明に耳を傾ける。中々熱心なのは良いとして...


「師範?俺の相手は?」

「ん?ああ、そうだったな。自主練で」

「何その冷遇は!!ちょっと酷くね?」

「あ?んなもん当然だろ。超初心者の女の子二人と、稽古に慣れた愛想のない糞坊主。天秤に掛けるまでもないのは誰でも分かるこったろ」

「ひっでぇ!!そもそも俺の相手をしていた途中だったのに!!」


 ぎゃいぎゃいと言い争うのを、流石に後から割り込んだ形になってしまった智下(ちげ)黒生(くろはえ)が申し訳なさげに自分たちは後からで良いからと申し出て来るけど、それは師範も俺も断った。


「いや、二人はそのまま続けてくれて良いよ。これは俺と師範のお約束なやり取りだから」

「そうそう。こんな糞坊主を気に掛ける事はない。こいつは一人でも出来るし、やるべき事はさっき終わってるからな」

「師範、今日は酷さが半端ないな。いい加減、俺泣いちゃうかも」

「おう、泣け泣け。今のうちに泣いて本番(有事)の時に泣かないようにしておけ」


 再度騒ぎ出した俺と師範に、二人は呆気にとられていたが、それに少し慣れてきたのか黒生は手で口を隠しつつクスクスと笑い出し、智下がもしかして飛弾はドМ?受け専?と意味の分からない事を口走っていた。何だろう、聞き流してはいけない気がするんだけど。

それにしても黒生の表情は随分と明るくなったな。テスト週間前のあの出来事は何も影響はなさそうだ。智樹が気にしていたから俺も気にはなっていたけど、心配ないようだ。



一通り漫才を終えて満足した師範は、女子二人の指導を始める。

先ず、目指すべき方向性を示す師範に、智下が早々に異議を唱えた。


「どうして?襲われたら撃退するんじゃないの?護身術ってそういうのじゃないの?」

「いや。先ずは逃げ果せる事を目標にして欲しい。下手に撃退しようとして失敗すれば、相手を刺激して何をされるか...想像出来るだろ?」

「...むう。で、でも!飛弾だって投げ飛ばしてたし、ミサさんだって痴漢を撃退したって...」

「いや。二人とも三~四年も通って、漸くそこまで出来る様になったんだ。直ぐに出来る様になると思わないで欲しい。先ずは逃げる事からだ。この前はそれすら出来なかったんだろ?」

「むぐっ!!わ、分かったわ...」


 確かに逃げる事すら出来なかった事を思い出すと、納得したのか口を噤む智下。黒生もそれは初めから承知していたようで異議を唱える事もしなかった。

師範は二人に逃げる事と声を上げる事を教えつつ、自己防衛として一人で路地裏に入らない、夜道は避ける事を念入りに言い聞かせていく。二人はまだ中学生なので夜遊びは以ての外だからピンとこないだろうけど。でも黒生あたりは冬の時期に買い物の帰りなんかで暗くなってから歩く事はあるだろう。近道だからと人目の無い道を選ばず、避けて歩く事も覚えないとな。真っ暗な公園をショートカットも駄目だと言われて吃驚している所を見ると、いつもやらかしているようだ。これからは気を付けよう。



 それから二人は師範を相手に身を竦ませない訓練や、声を出す特訓を受ける。

その間、俺は道場内に鎮座している木偶(でく)君3号を相手に投げ飛ばす練習、そして何時もの時間に来たミサの相手をする。師範が二人に掛かりっきりになっているので仕方ないけど、またミサの相手か...はぁ。


 この道場では稽古時間は個人の自由だけど、一時間半に一度は休憩する事は義務付けられている。長く続けていてもダラダラしてしまうだけなので、そこは絶対だ。その休憩時間を目安にみんなは稽古に来ている。途中での出入りは自由だ。働いている人も多いので時間を有効に使うための処置である。中には毎日30分未満しか受けない者もいるけど、それも自由。一応師範がそれぞれに週にどれだけの稽古をしたら良いか目標の時間を示しているが。

特に試合がある訳でもないので、運動部にありがちなスポコンは無しだ、か弱い女性も多いから当然だけど。でも、言ってみれば毎日が試合のようなものなので、通う人たちは皆真剣に稽古を積んでいる。中にはエキスパートと言っても良さそうな人もいて、師範が忙しい時には指導も引き受けている。困った者同士なので皆親身になってくれる。持ちつ持たれつなのだ。

その中でも俺やミサは古参の部類に入るのだが、年齢的にも若い俺も中々上達しないミサも指導役と言うより可愛がられる役なのが解せない。



「よ~し、時間だ。各自クールダウンストレッチは忘れずにな」


 師範の号令で皆が一斉に息を吐く。軽くストレッチをして息を整えると、それぞれで声を掛け合った。


「どうかしら~。二人とも続けられそう?」

「ええ。ちょっとロリコンおじさん(師範)はキモ怖いけど、それもあたしたちの為なんだろうし」

「...ん。頑張る」


 ミサの問いに智下も黒生もコクリと頷いた。勧誘した手前、やって行けそうかミサとしても気になるようだ。何故か師範は、ロリコンおじさん...だと?と、この世の終わりのような顔をしているが、放っておいても問題ないだろう。暫くは忘れないようになるべく土日共に出る方が良いとアドバイスを受けて、二人ともそうするらしい。スタートは肝心だからな。

というか俺は結局、自分の稽古が終わった後にミサの面倒を押し付けられたから、いつもより帰りが遅くなったな。


「この後は二人ともどうするの~?」

「あ、夕方から飛弾の家にみんな集まる予定だから、このまま飛弾の家に行こうかって話になってるの。光輝も飛弾に料理を教えてるから、今日は時間の掛かる物を教えたいからって...」

「ええっ!?何?その話。真実くん!私、聞いて無いよっ!?」


 智下の返答にミサが抗議の声を俺に向けてきたけど、それって俺悪くないよね?

今までだって帰り際に聞かれる事はあったけど、大半は家事で忙しいからずっと家にいると返していた。今日だって結局は家の事(料理)をするんだから、いつもと違うのは夕方から修学旅行の自由時間をどうするのかの相談をする予定。決して遊びではない...と思う。


「ねぇ~、真実くん!私だけ除け者なのっ!?」

「...別にミサさんを除け者にするつもりはないんだけどなぁ」

「じゃ~あ、私も行っても良い?ね、ね、良いよね?私も真実くんの家に行っても良いよね?」

「いや、それは良いんだけど...つまらないと思うよ?」

「やった~!真実くんの家に行けるっ!久し振りね~、真実くんの家に行けるの♪」


 喜ぶミサ。以前にもミサは二度、真実の家を訪れている...のだが、一度目はミサがまだ高校生の頃、真実も小学生の頃。この時は料理が全く出来ないと言うミサに真実が超簡単な料理を教えようとしたのだが、悉く食材を駄目にされ真実から泣きのご帰宅を懇願された。

二度目はミサが運転免許を取った直後。昼前にミサの家を出たのに真実の家に辿り着いたのは夕方の五時近く。途中どこかに寄った訳ではなく、走るシケインとなったうえ怖くて左にしか曲がれないという事でグルグルと周囲を回った事で、自分の起こした渋滞に自らはまり身動きが取れなくなってしまったのだ。結局、昼食もとれないまま日も暮れるという事でそのまま別れる事になったのだが、その夜ミサの家族からまだ帰らないと問い合わせが来たのは苦い思い出だ。あの時は警察に捜索願を出す出さないと揉め、近所で渋滞になっている所を探すようにアドバイスする事でそれは回避されたのだ。よくあれで家族から免許を取り上げられなかったなと感心するくらいだ。


 そんな回顧に浸っていると、ふいに悪寒が走った。

な、何だ?と振り返ると、いつの間にか道場の奥からおじさん(師範の親父さん)おばさん(お袋さん)がニッコリしながら...いや、あれは笑顔ではないぞ?何か黒いオーラが出ている...二人がガシッとミサの肩を掴む。


「ひっ!!」

「ネーちゃん、時間は空いているようだな。じゃあ、今日も特訓しようか?」

「そうね。ちゃんと上手になるまで面倒は見るわよ?それもこれもウチのバカ息子が原因かもって話だし...」

「い、いやぁ~!!真実くん、助けてぇ!私は真実くん家に行くのぉ~!!」


 ズルズルと引き摺られていくミサを、俺たちは呆気に取られて見送る。

な、何だあれ?師匠の方を見ると、苦笑を隠そうともしてない。聞けば、前回ミサのクルマで送って貰ったあの死のドライブの話を聞いたおじさんとおばさんがミサの運転の矯正に名乗りを上げたそうだ。ああ、これをドナドナされていく仔牛の目と言うのか。いや、そんな目を向けられても助けないぞ?それがミサの為だし。頑張れ、ミサ。






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『近所に勇者が引っ越してきたようです(仮)』
~2017.12.28 完結しました。

お時間がありましたら、合わせてご覧ください。
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